おしゃこんさま
「この中にはね、とってもありがたい神様がいらっしゃるんだ」
老人は蔵を見つめながら、続けて言った。
「けっして姿を見てはいけないよ」
「分かりました」
「見ようとするのもダメだから。いいね?」
「はい」
老人は念を押すと、のそのそと母屋へ帰っていった。
おしゃこんさま。それがこの蔵にいる神の名だそうだ。
見てはいけない神⋯⋯村人の話によると、その姿を見た者は例外なく死ぬという。だが、それさえ守ればなにも怖いことはなく、村に利益をもたらしてくれるのだそうだ。
電気も何もないところで朝まで数時間立っているだけ。スマホを使うのも、音を出すのも許されない。だが、これで3万円なら大満足だ。
〈パチン〉
最初にその音を聞いたのは、ピッタリ0時になったタイミングだった。蔵の中で、何かが始まったのだ。
〈パチン〉
〈パチン〉
〈パチン〉
〈パチン〉
静寂の中、一定のリズムでその音は鳴っていた。
〈パチン〉
〈パチン〉
〈パチン〉
〈パチン〉
聞いているうちに、それが爪を切っている音だと気がついた。
〈パチン〉
〈パチン〉
〈パチン〉
〈パチン〉
〈パチン〉
〈パチン〉
〈パチン〉
〈パチン〉
その音は朝まで続いた。
8時になったので、来いと言われていた母屋の玄関に行くと、昨日の老人がいた。
「ほい、中身確認して」
渡された封筒には、しっかりと3万円が入っていた。
「3万円あります。ありがとうございます」
「こちらこそありがとうねえ」
老人はほうきとちりとりを持っていた。
「もう帰っていいからね」
「あ、はい」
金も入ったし、いい肉でも買って帰るか。
「バイバイ」
「あっ、⋯⋯っす」
笑顔で手を振ってくれたが、こっちもバイバイと返すわけにはいかないので、軽く頭を下げながら、なるべく早足で歩いた。
歩きながらチラッと老人のほうを見てみると、ほうきとちりとりを持ったまま蔵へ向かっていた。
入るのだろうか。あの蔵に。
⋯⋯ちょっとだけ、見てみるか?
見ると死ぬと言っているが、あの人は蔵に入って大丈夫なのか? もし大丈夫なら俺もここから覗くぐらいなら問題ないか?
いや、そもそもだ。
姿を見ただけで死ぬなんて今どき誰が信じるんだ。だいたいそんな村がタイミーで蔵の警備を募集するなんておかしいじゃないか。タイミーと天罰が同時に存在する時代なんてあるわけがない! よし、見よう!
と思ったらもう終わってる!
老人の持っているちりとりが、爪でいっぱいになっている。やはりあの音は爪だったのか。
あの蔵に何がいるのかは気になるが、帰ることにした。多分生身の千手観音とかがいるんだろう。
その晩、あの老人の夢を見た。
「見てしまったんじゃな⋯⋯」
「見てませんよ!」
「この爪もおしゃこんさまの一部じゃ。残念じゃが⋯⋯」
老人はそう言って俺の口にちりとりを突っ込むと、爪を流し入れてきた。
「や、やめろー! 明日のうんちがトゲトゲになってしまううう! もがががが! バリバリバリバリ! ごっくんちょ。」
「さらばじゃ⋯⋯」
目が覚めると、便意があった。
腹痛はない。
夢はただの夢だったようだな。
踏ん張ると、「ゾリゾリゾリ」という音とともに、便が出た。
その後、俺は死んだ。
【地獄にて】
「あ、ユーも? ユーもトゲトゲうんちで死んじゃったんだ?」
「え、えぇ、まぁ⋯⋯あなたもなんですね」
「あ、ボク? ボクは普通に銃で撃たれてね⋯⋯」
「トゲトゲうんちじゃなかったんですか?」
「うん。トゲトゲうんちも出た。首も吊ってたし、水責めもされてたし、火もつけられてたけど、致命傷は銃だったんデャっ」
「ウルトラマンみたいだ」
「は? 真面目な話してんだけど?」
「それよりおしゃこんさまの話を聞かせてくださいよ。見たんでしょ?」
「ああ、見たよ。あの蔵の中にはね、生身の千手観音、いや万手観音、いや無限手観音みたいなのがいて、何時間もかけて爪切ってんだよ。だっそうすればいいのにね」
「脱走? 好きであそこにいるんじゃないんですか?」
「いや、脱ぐ爪と書いて脱爪ね」
「脱爪したら痒いとこかけなくなりますよね」
「神様って痒いとこかいたりするの?」
「するんじゃないですか?」
「じゃあ1本だけ残しとけば? 痒いとこかく用の爪」
「鼻ほじり用も残しましょう」
「じゃあ耳ほじり用も要るな! ははは!」
「俺お肉のパックとか破る時に爪刺すんですけど、それ用のも残しません?」
「いいなそれ! 蚊に刺されたとこにバッテンつける用のも残そうぜ!」
「バッテン、1画につき1個残しましょ!」
「そりゃ傑作だ」
「あとは〜⋯⋯」
ここは、残す爪のアイデアを無限に出し続けなければならない地獄。
2人の地獄は永劫続くのであった。




