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ジミ地味アライアンス 〜舞坂高校のおばか女子高生三羽烏〜  作者: 塩屋去来


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目覚めの始まり





 なんとも馬鹿げているのだけれど、そこに心地よさがあるのは認めなければならない。馬鹿馬鹿しいからこそ楽しい。完全に、素直に認めている訳ではないけれど。


 ファミレスを出た頃にはすっかり辺りは暗くなっていた。幹線道路だからクルマの通りも多く、ぎらぎらしたヘッドランプの群れがいやに眩しい。すこしずつ風も出て来て、すこし寒いくらいだ。9月も下旬に入ってきた。昼の暑さはまだまだきついけれど、夜になるとすこし秋の香りも徐々に感じられつつある。


 ということを紀子に言うと、


「ほほぅ、流石は文芸部、詩的だねぇ」


 と返された。私は憮然として拳を作って、その額をこつんと小突いた。


「こんなの大したもんでもないでしょ。それに私は詩人じゃなくて小説書きだから」


 しかしにやにやした紀子の顔は変わらない。いやに憎々しいが、それでありながらどこか憎めないところもあるのが、なんというか、矛盾している。それが彼女の才能なのかもしれなかった。


「小説にだってある程度の詩情(ポエジー)は必要でしょ」

「まぁ……それは認めなくもないけど。でもあんたも小説はよく読むの?」

「いんや、文字が沢山なのはあんまり好きじゃない」


 自信満々に、胸を張ってまで言う紀子に私は溜息を吐いた。ああ言えばこう言う、と言った感じで彼女をやり込めるところはまったく見られない。しかし佳奈にまで嘆息されると、彼女はややきまずそうにはにかんだ。


「いやぁ、まぁ……」

「知らないことは下手に訳知り顔で言うものじゃないよ」

「んむ。カナちんの言う通りだね。すまんかった」

「別に謝られることでもないけど」

「まぁまぁ、よいではないかよいではないか」


 そう言って彼女はなぜか私に抱き着いてくる。別に性的な色は全然感じないが、なんでここまで馴れ馴れしいのかは分からない。なんだかその場の勢いだけで生きているようなひとだった。別に悪い気はしないけれど。


「私はどっちかっていうと論理的な小説が好きだし、そういうのを書いているんだけど」

「ふぅん。ミステリとか?」

「それとはまた……ちょっと違うけど」


 じつはこの時、私は微妙な嘘を吐いていたのだけれども、もちろんふたりにはそれは分からないだろう。当たり前だ。私がこれまで顔の見えるひとに自作を見せたのは、蒔田先輩と彩乃先生しかいないのだから。


 ――私が、本当はどんな小説を好み、書いているのか、それを明かすときは来るんだろうか?


 来て欲しいような気もするし、来て欲しくないような気もする。なんにせよそれは蒔田先輩にすら明かしていないものだ。明かしてしまうと人生が終わってしまうようなほどの恐怖を持っている。でもやめられない。だから今のところ私は偽名を使って電子の海にその欲望を吐き出すことしかできない。ときおり、どっちの私が本当の――つまり、小説書きとしての自分、という話だけれども――私なのか分からなくなる時がある。


 でもまあ、今はこうするしか出来ない。それ以外の解決策は見当たらない。


「よぅし。じゃあここではキョーカが目出度く作家になってばりばり印税で稼げるようになるよう祈願しようじゃないか! そしてキョーカはその印税で私たちに寿司を奢る! いいことばっかりだ! ヒャッホウ!」

「別に私はプロを目指してる訳じゃないよ。私の中にある物語――いや、それだけじゃないのかな?――熱情とか、そんなの――を表現したいだけだから」

「うひょ、ガチアーティスト気質じゃん」


 紀子にそんなつもりはまったくないんだろう。それは分かる。でもなんだか心のくすぐったい部分を揶揄されているような気がする。まったく、こんな話なんかするんじゃなかった。しかし話の流れとは恐ろしいもので、ついそんな話になってしまった。


「普段クールなキョーカがどんなアツい小説を書いてるか、一度読んでみたいものだねぇ」

「小説読まないんじゃないの?」

「ちょっとは読むよ。まぁ……色々と」


 ここにきて妙に紀子の歯切れが悪くなったので、私は少々訝しんだ。でもここではあえて追求しなかった。あんまり踏み込むと藪蛇になってしまうと思ったからだ。いや、すでにそうなっているのかも。


「そう思うんなら、文芸部に入部してみる?」

「それはいいよ。あんたの居心地のいい場所を無闇に乱したくはないからね」


 気を遣っているのかいないのかよく分からない発言だった。いや、気は遣っているのだろう。だがそこにはもうすこしの隠れた意図を含ませている。「居心地のいい文芸部」――彼女は今の文芸部が3人だけの聖域で構成されているのを知っている。そして蒔田先輩のことも。


 しかし私は気持ちを隠蔽して言う。こういった手管は得意だ。


「私は仲間が増えるのは歓迎だよ?」

「そうかい? いやまあそうだとしても、それなら地味同盟で充分じゃん。私が入ったところで高尚な文学論議には付いて行けないだろうしね」

「別にお高く留まってる訳じゃないけど。まああんたがそう思うんなら、べつに強く勧誘はしないよ」


 そこで私は佳奈に目を向けた。


「佳奈はどうなの?」

「ふぇっ? あ、あたし?」


 彼女は自分に話が振られるのをまるで予想していなかったのか、なんだか素っ頓狂な声を上げた。それからなんだかおろおろとする。身体はそれなりに、まあ、色々なところを含めて大きいのに奇妙なほど小動物的な印象を与える。


「休み時間結構本読んでるけど、興味あるんじゃないの?」


 仲間が増えるのは歓迎、というのは嘘じゃない。3人だけの文芸部も悪くはないけれど、いささかクローズドに過ぎるのも私は感じていた。新しい視点があればいいかもしれない、とは常々思っていた。それにしてもなんで文芸部にはひとが寄ってこないのだろう。熱心に勧誘をしてはいないってのもあるけど。もうすこし文芸に興味を持つ同志がいても良さそうなものなのだが。


「ななな、ななな、な、な、なんでそんなこと知ってるの!」

「だってあんたの席、私の右斜め前じゃない。嫌でも目に入るって」

「なんていやらしい!」


 その言葉はあえて否定しないでおこう。確かにその通りでもあるからだ。私の趣味と実益を兼ねた行為、人間観察というのはそんなに上品なものとは言えないからだ。しかしだからといて、休憩時間に本を読んでいるのをみられているだけでここまで動揺するものなんだろうか。佳奈の思考、心理はまだまだ計りかねているところがある。


「そんな動揺するなよぅ。もしかしてエロ小説とか読んでんの?」


 と、私が静観している所に、ツッコんだのはなぜか紀子だった。佳奈は顔を真っ赤にする。どうやら怒っているようだ。私の観察によれば、佳奈は普段暗黒に身を沈めている割に、こういったときはあからさまに感情を表に出しやすい。本当は感受性の高い女の子なんだろう。というより、だからこそそれを恥じて自分を必死に隠そうとしているというのが今のところの私の見立てだ。そう間違っていないと思う。


「読むかアホ!」

「本気にすんなよぅ。私には分かっているさ」

「なにを分かってるって……」


 紀子はくけけと笑う。そこに厭らしさを感じさせないのは人徳と言うべきだろうか。


 それはさて置き、私は佳奈に訊いてみた。


「でも本は好きなんでしょう? なら文芸部に入ればもっと楽しくなるかもよ。私は歓迎するけどね。もちろん蒔田先輩も星崎先生も」

「星崎先生、かぁ……」


 佳奈はゆっくりと呟いた。彼女も心なし彩乃先生にはある程度心を開いているのは分かっていた。何度となく彩乃先生が彼女に声をかけているのを見たことがある。その時はちょっとだけ頬が緩んでいるようには見えた。瞳はなお暗かったが。


「どうなの」


 私は彼女に強くは迫らなかった。これは彼女の問題であり、私の問題じゃあ……いや、誘ってみた責任は確かにあるけれど、最終的には佳奈の決断であり、どうであろうとも私はそれを尊重するつもりだった。


「ああ、え、ああん……いやいや! あたしには部活なんてムリ……」


 それならばそれでいい。無理強いすることじゃない。しかしもじもじする佳奈はややかわいい。暗黒少女を気取っている癖に、こういうところで愛嬌が滲み出てしまうのは、なんというか、勿体ない。


「だから、その……あたしのことは放っておいて」

「文芸部に関しては、まあそういうことでいいか。でも地味同盟は別だぜ。ひとたび契ったからにはみんな一蓮托生だからね」

「それは一生なの?」

「一生どころじゃないさ。地獄に落ちてもずっと、ずっとずっとずっと一緒だ!」

「私は天国に行く予定なんだけど」

「ふっふっふ。諦めな。地味女というのは運命であり、それは地味地獄に落ちることが決まっているのだ。そこからは誰も逃れることは出来ない……」


 訳の分からないことを宣う紀子。この女の脳構造はどうなっているのか。ある意味天才かもしれない。即興で「地味地獄」なんて言葉が出てくるのだから。いや、もしかしたら常日頃からそんなことを考えている可能性もあるけれど、それはそれである意味天才だと思う。


 私は呆れて、馬鹿馬鹿しいと思うのだけれど――いっぽうでこいつにはどうあがいても勝てないんだろうな、という諦めと奇妙な尊敬を同時に抱いていた。


「地味地獄ってなに」


 訊いたのは佳奈だった。紀子は待ってましたとばかりにふふんと鼻息を荒くした。


「それは私にも分からない。ただ『そういうもの』があると知らされているに過ぎない……」

「はぁ?」

「でも! だからこそ! そういう過酷な運命に打ち勝つために私たちは連帯が必要なのであり、それゆえの地味同盟なのである!」

「オマエはどこまでアホなんだ……」


 そんな無駄な駄弁り(これ以上に無駄な駄弁りがこの世に存在するだろうか?)をしながら、私たちは幹線道路沿いの歩道を南に下っていた。本当は、私はバス通学なのだけれどその最寄りバス停をすっかり過ぎてしまっていた。どこに向かっているのかは知らない。なんだかこの場が完全にその場の勢いだけで動いていて、その主導権は紀子が握っているようでいて、しかし彼女自身にもコントロール出来ていない節がある。


 しかし、まぁ……それに付き合っている私も、かなりの阿呆なんだろう。それを認めるにやぶさかではない。おかしなはなしだけれど、こうしているとなんだか脳が活性化されているような気がして、アイディアの断片のようなものがふわふわと降りてくる。


 ハッキリ言ってしまえば、どこか気持ちいい。


「そろそろ帰らないと親に心配されるんだけど……」


 佳奈もそうやって付き合ってはいるが、そこを心配していた。高校生と言えども私たちはまだまだ親の庇護を受けている子供だった。特に私たちは女子だからあんまり遅くまで遊ぶ訳にもいかない。佳奈の意見はごもっともだった。


「そだね。地味同盟は品行方正に生きていかねばならない。不良少女になってはいけないからね。そろそろここで解散しようか」


 彼女は狙っていたのかいなかったのか、そう言った時の場所は丁度高速道路の高架下だった。クルマの走行音が耳に障る。だから私たちは大声で喋っていた。


「ここまで連れてきておいて、なんと中途半端な!」

「ここまで来たら、あたしはもう歩いて帰るよ!」

「まあまあ、いいじゃないか。では皆さんお手を拝借!」


 そうして紀子は諸手を上げた。特に理由もないのだけれど、私も佳奈もそれに釣られてしまった。鞄は道に置いてある。


「それではご唱和ください! 地味同盟万歳!」


 紀子の声はすぐに騒音に掻き消されてしまい――そして私も佳奈もそれには付き合わなかったのだった。

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