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ジミ地味アライアンス 〜舞坂高校のおばか女子高生三羽烏〜  作者: 塩屋去来


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青春の門





 地味同盟などという胡散臭い組織に、私が諸手を上げて参加したと思われては困る。とても困る。ならば参加しなければ良かったのではないか、という意見もあろう。それは正しいことのように思える。


「ほぅれほれほれ、よいではないかよいではないか、一緒に帰ろうぜ」

「……悪代官かあなたは」


 不承不承、と見えるように私は表情を作った。尤も私ならば意識して顔を作らなくてもそうなっていたに違いない。そうやって私は距離を作る。慣れたものだ。高校に入ってからずっとそうしていた。寄る者はずっと遠ざけてきた。処世術だと言ってもいい。そうして私はいじめ()()()遭わない孤独を貫いてきた。教師たちは心配しているようで、どこか腫れ物に触るような感じであった。星崎先生は違ったかもしれないが、かといって心を開くこともない。


 だからと言って全くつらくないかというと――そうでもない。安寧は手に入れているが、陰鬱も確かに広がっている。


 そこで彼女だ。


「わはは。いいぞいいぞその調子。どんどんツッコんできていいんだぞぅ」

「アホか」


 私が拒絶の素振りを見せているのに、浦部さんは容赦なく踏み込んでくる。私のようなつまらない女に拘る理由がまるで分からない。地味、という共通項だけで仲間を、同志を作ろうというのは私の理解の範疇を超えていた。それゆえ、私は不本意ながら、誠に不本意ながら、彼女に流されているのである。


「私たちは進むのだ。そう、なんの曇りもなく、威風堂々と!」


 しかし認めざるを得ないのだが、私は決して不快とは思っていなかった。どうしてだろう。浦部さんがあまりにも明るすぎるからか。不快を超えて呆れているだけなのかもしれない。いや、それは確かにあるだろう。しかし、それだけではないような――


 そう言えば、誰かと一緒に帰るのも久々のような気もする。なんとなく身体が軋んでいるような感覚があった。なんというか、不自然なのである。長年の孤独が私の身体を強張らせていた。そして精神も。


「そんな緊張するない」

「緊張はしてない……」


 これは緊張とは別種のもののはずだ。


「あたしは嫌になったらすぐに出て行くよ」

「そうはならんように努力するさ。それに……カナちんもホントはまんざらでもないんっしょ?」


 私は答えなかった。


「ま、なるようになるしかないさ」

「あんたって年の割に悟ってるよね」

「いや、結構無理してる」


 にんまりと笑ってサムズアップする浦部さん。佐倉さんもすこしばかり呆れているようだ。彼女が呆れるくらいなのだから。私は完全に茫然としていた。頭が真っ白になる、というのも久々の経験だった。


 浦部紀子はかつて私の人生の前には決して現れなかった性質の人間である。なんと言うか、底を見せることがなく、私はそれを計りかねている。もしかしたら単に底が抜けているだけなのかもしれないが、いずれにせよ一筋縄ではいかない人物なのは確かだった。そんな人物が、同じ女子高生2年である彼女が、そんな存在であることに私はやや戦慄を覚えなくもない。そしてそんな彼女が私に執心しているのは、どういうことなのだろう。


 教室で長い間駄弁っていたから、いや、私はほとんど話してなどいないが、とにかく下校時間はかなり遅くなり、校門を出る頃には陽はかなり西に傾いていた。9月にもなっているから、大分落ちるのも早くなっている気がする。気温はまだまだ暑いが、なんとなく秋の訪れを感じて心が安らぐ。


 そもそも私は夏が好きではない。元々は好きだったような気もするが、そんな少女時代は疾うに過ぎ去り、そのあっけらかんとした明るさが憎々しく思えるようになったのだ。暑さはあまり関係ない。私は身体だけは無闇に頑丈に出来ているから、気候の変化で体調を崩す事はない。しかし心はまた別だという話となろう。


「この中で一番家が遠いのは――キョーカだっけ」

「私は学区ぎりぎりだからね」

「そんな遠くからわざわざこの学校を選んだなんて大したもんだ」

「私はそんなに成績がよくないからここに落ち着いただけよ」

「ふーん。私ぁ家から近いから選んだだけなんだけどねぇ」


 私はボンヤリしながらその会話を聴いていた。私からなにか言うことは何もない。


 その筈なのだったが。


「カナちんはどうなのよ」

「は? あたし?」


 積極的に話を振ってくる浦部さんに私は困惑してしまう。しかし強く拒絶も出来ない。なんとなく、そんな雰囲気になっている。別に私の明確な答えを欲している訳ではないのだろう。ただ話したいというだけだ。人心の機微に疎い私にでも、そのくらいは分かるし、そういう場面すら避けることまでは流石にしない。訊かれたら最低限は答える。それもまた処世術のひとつである。


「いや、別に……なんとなく」


 これは別に嘘ではない。ただし明白な真実でもない。中学校の時の先生には偏差値的にも内申点的にももっと上の高校を狙えると言われた。いい学校に導くのは教師としての得点になるだろうことは分かっていたが、私は固辞した。下手に進学校に入っても勉強勉強で追われるのは嫌だった。私は平穏を望んでいた。何も起こらないことを望んでいた。私の希望は、平穏で、凪で、無理なく登校出来ながら、精神的には引き籠れる高校なのだった。その点において舞坂高校はまさに私の理想だった。


 だがしかし、そこにこんな爆弾が仕掛けられていようとは。


「ま、そのなんとなくで私とあんたは引き合った訳だ。運命ってのはどう転がるか分からんものだぁねぇ」


 訳知り顔で言う浦部さんに私は微妙な顔で返した。


「あなたが一方的に引っ張ってきただけでしょうが」

「でもカナちんは拒否しなかったよね?」


 それを言われると私も弱い。ここに私がいるのはどうしようもない現実だからである。すでに負けている、と言えば確かにそうだ


「でも、浦部さん……」


 彼女はにやりと口角を上げながら、しかし目は笑っておらずじつに真剣だった。


「『でも』とかはなし! これからはね。それから最初に言ったけど私のことは気軽にノリって呼んで。そんな他人行儀な呼び方だとノリちゃん淋しくなっちゃうよう」


 言うまでもないが、相手の名前の呼び方はそのままそのひととの距離を示す。それに気付いたのは中学生の頃である。小学生の頃から親しくしていた友達から、「そんな渾名で呼ばないで」と言われた経験があった。それはじつにショックだったが、それで学んだ訳だ。それ以来家族以外の誰かを下の名前で呼んだりしなくなった。呼ばれるのも嫌だった。距離を詰めるのも、詰められるのも。


 それを浦部さんは分かっているのだろうか。分かっていないのなら無神経だし、分かってやっているのなら――いやしかし、それなら私は強力に否定するべきなのだ。でも何故それが出来ないのだろう。そして今こうやって迫られていることも。


「ほぅら、呼んでごらぁん」

「あ、あのね……」


 今ここにいる状態も含めて、何故ここまで彼女に私のペースが崩されているのか分からなかった。そうやって私の中にある、懐かしいが唾棄すべきものを掘り起こされて、私はどうして怒れないのか、怒っていないのか。分からない。まるで分からない。


「の、紀子……さん」


 しかし私はその時、確かにそう言っていたのである! 愚かしい、と思いながらも、完全に拒否は出来なかった。そしてそうした時、私の心は揺れ動いていた。それがいい方向なのか悪い方向なのか、まだ判別は付かなかった。


「まぁ、今のところはそれでよかろう」

「あんまりイジメてあげないであげてよ、紀子」

「イジメてないよ。必要なイニシエーションなのさ。それにキョーカも私のことはノリって呼びなさい。さあほれ早く」

「むりやり距離を縮めようとするな!」

「ちっ。恥ずかしがり屋さんばかりかここは」


 傍目には浦部さ……いやまあ、紀子が空回っているだけのようにも見えるが、彼女自身はじつに楽しそうである。人生を謳歌する、というのはこのようなことなのだろうか。いや、人生の楽しみ方はひとぞれぞれだし、誰もが彼女のようになる必要はない。だが――これもまた認めざるを得ないのだが、私は人生を楽しんでいない。楽しんではいけない、という枷を自分自身で掛けているような気がする。


「紀子さんは……どうしていつもそんなに楽しそうなの?」


 堪らずに私は訊いていた。嗚呼、私の愚か者。どこまでも愚かだ。


 しかし紀子はなんの躊躇いもなく答えた。


「そりゃあ、あんた。自分が自分らしく生きていられれば自動的に人生は楽しくなるものさ」

「そんなの、言うのは簡単だけど……」

「あんたは、人生を楽しんでないんでしょ」


 先程も述べた通り、私にはその自覚がある。だがそれを他人に指摘されるのはまた別だ、簡単に言えば私はむっとした。


「そんなこと、あなたに言われる筋合いはない」

「否定はできないっしょ?」


 なにを言っても揺るがない彼女に私はややたじろいだ。


「認めちゃいなよ、自分の本質がただのアホだってことをさ。そうすれば人生は開けるよ。いやマジで」

「それは開き直りっていうか、ただのやけくそじゃない……」

「やけくそパワーを侮っちゃいかんよ」


 これ以上彼女と議論(とでも呼べるのだろうか、これを)するのも疲れて、というか呆れ果てて、私は嘆息した。だがそうした時点で私の負けは決まったようなものである。


「ほれ、鞄持ってやるよ」


 なぜかそんなことをしてくる紀子。佐倉さん――いや、ここまで来たら素直に諦めて、それに逆に失礼でもあるから、ここからは京香と呼ぶことにする。その京香はいっぽ引いた視点でこちらを見ているような気がした。一見して大人しいのは私と表面上は似ているかもしれないが、その本質はまるで違う。彼女は確信的に冷静である。


 それがなんだか怖い。いや、京香も悪い人ではないのは分かっている。紀子もだ。でも、それでも怖いと思ってしまうのは、間違いなく私のほうに理由がある。分かっている、分かっているのだ、しかし……


 そんな葛藤を抱きながら歩いていたものだから、私は形而下の現象を見失っていた。別の言い方をすれば、いつの間にか3人でコンビニの前にたむろしていた。私の手の中には「ガリガリ君ソーダ」があったのだが、どうしてそんなものを買ったのか、まるで覚えていない。ちなみに2人もガリガリ君を買っていた。そして揃って齧っていたのである。


 コンビニの前でたまるなど、不良みたいである。だから私は最初居心地が悪かった。しかし3人でいるとその不快感も徐々に薄れてきた。


「ま、これでカナちんもようやく青春の門の前に立った訳だ」

「訳知り顔で言わないでよ。あなたはどうなの?」

「私は青春真っただ中さぁ!」

「カレシもいないのに?」


 口を挟んだのは京香である。


「男はこの際問題ではないよ。心映えの問題さね」


 馬鹿らしい……と私は彼女たちから目を背けた。背けた先には若い母親と3歳か4歳かくらいだろうか? それくらいのちっちゃい女児の母娘連れが見られた。あまりにも邪気のない、頬のふっくらした笑顔の女児に、私の邪悪さは一瞬だけ抜かれた。幼児と目が合うと、その子はこちらに物怖じしたりもせず、笑顔のままこちらに手を振った。


「ばいばーい、おねえちゃーん」

「ばいばーい」


 私も手を振った。それは何でもない、平凡な光景のはずだった。しかし。


「ふぅーん……」

「な、なぁに」

「カナちんってば、子供好きなんだ」

「な、なにを根拠に! そりゃ子供に手を振られれば返事くらいするでしょ!」

「だってキミぃ、今の顔を鏡で見てごらんよ。すっげぇにまーってしてるぜ」

「うん。確かに佳奈のそういった顔を見たのは初めてかもしれない」

「そんなアホな!」

「現実は現実だよ。受け入れな」


 そんなアホ面を見せていたのか、と私は暗澹たる気持ちになった。表情は絶対に変えないつもりだったのに、ただひとりの幼児にそれを乱されるとは。まったく修行が足りていない。そんな顔をすればこうやって揶揄される。それは分かり切っているはずのことだった。なのに。


「カナちんは結婚願望強いほうなの?」

「いいえ……結婚なんて考えたこともないし、考えたくもない」


 一緒の家で異性と生活するなど、ちょっと考えただけで怖気を振るうものである。


「でも子供は好きなんだ?」

「うん……」

「ということは、結婚はしたくないけど子供は欲しいってことか」

「うん……え、ええ、ちょっと待って、えええ?」


 狼狽える私をニヤニヤ見つめながら、紀子は「認めちまいなよ、ベイベェ。子供だけにね」などとじつに阿呆なことを言い――ついつい私も乗せられてしまう。


「そ、そうね……確かに子供は欲しい、かな……」

「だいじょぶ、あんたはいい母親になれるよ」


 それがここでの最後の会話だった。それからはさらに頭が真っ白になって覚えていない。いつの間にか家の自室にいて、私はそのことを思い出し、あまりのいたたまれなさに布団に包んで叫んでいた。


「あたしの、どあほぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 全く、最悪である……

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