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ジミ地味アライアンス 〜舞坂高校のおばか女子高生三羽烏〜  作者: 塩屋去来


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観測者





 あんまり認めたくないような気もするけれど、私の中でワクワクする心があるのは否定できなかった。地味同盟。字面だけ聞くと非常に阿呆らしい。事実阿呆だと思う。しかしそれゆえに、なのかもしれない。さもしく小賢しい小物よりも、おおらかなド阿呆のほうが人間として大きいし、結局は人生を麗しく謳歌できるのはまず間違いない。


 問題は私が今のところどっちにも属していないことだ。


「地味同盟は地味であることだけが重要なんじゃない。阿呆でもあるところがなによりも重要なのさ」


 そうやって、悩んでいるようで悩んでいない私の心を見透かしているかのように、紀子は傲然と嘯く。彼女は素晴らしい。皮肉と本音を半々に混ぜて私はそう思った。彼女は自分が阿呆であることを鷹揚に、そして確信的に受け入れている。そこに誇りさえ持っている。高校2年生でここまでの境地に至れるのは中々あるものじゃないだろう。よく分からないけれど。


「ふぅん。じゃああんたは私を阿呆と思って誘った訳だ?」

「否定できるかい?」

「いやまあ、私は阿呆じゃない! って否定出来るほど私は出来てないけど」


 昼休憩から午後の授業、そしてHRを挟んで今は放課後だった。外はまだまだ明るく、教室の中は冷房は効いているはずなのに蒸し暑い。汗っかきな紀子は制服のブラウスを汗で濡らせてうっすらと肌が見えているけれど、彼女自身が気にしていないようなのであえて指摘しないしないでおく。


「しっかしまだ暑いねぇ。こんな暑いグラウンドで部活に勤しむ奴等は大したもんだ」

「そこに加わろうとは思わないの?」

「まったく思わん」


 あんまりに断言するので私は呆れてしまった。まあ私だって運動は苦手だし、そこに加わろうとは思わないけれど、運動が得意なひとはちょっと羨ましかったりもするので、そこは複雑なところだ。


 しかし暑そうなのは確かだ。


「で、お前さんの涼やかな部活はどうなん?」

「今日は蒔田先輩が塾だからナシ」

「へえ。受験生はたいへんだねぇ」

「なに言ってんの。来年は私達が同じ立場になるんだよ。お気楽に過ごしていられるのも今の内」


 つまりへらへらと「地味同盟」などと言っていられるのも今年位のものなのだ。まったく、この阿呆狸はそこら辺を分かっているのか、いないのか……


 まあそれに付き合っている私も大概なものだけれど。それくらいは理解している。


「じゃ、まあそういうことなら地味同盟親睦会ということで、今日はしばらく一緒にいようぜ」

「いいよ」


 そこで私は今のところなにも発言しない佳奈のほうに目をやる。彼女は文庫本に目を通して、なんの本を読んでいるのかは分からないけれど、集中しているようで集中できていないその姿をしっかりと観察していた。


 橘佳奈という女子は、今のところ私にもよく分かっていない存在だ。同じクラスになったのは今年が初めて。話もほとんどしたことはない。くすぶっているようではあるがその頭は中々良さそうで、私的なお喋りなどは全然しないが、授業で先生に当てられた時は時々鋭い反応を見せる。そういう頭脳の片鱗をみせることで、クラスでは完全に友達がいなくとも、いじめられる対象にはなっていない。しかしみんな腫れ物扱いしているのも確かではある。どうしてこんなのになってしまったのか、その過去を語られることはないし、また彼女自身も語ろうとはしない。謎に包まれている。


 そして未来はどうなるのだろう?


 その彼女はちらちらと紀子のほうを見ている。陰鬱なようでいて、構って欲しい小動物のようでもある瞳。どうやら彼女の内心はかなり複雑のようだった。ちなみに私のほうはまったく見ていない。つまり様子を窺っているというよりは、紀子に目立たないラブコールを送っていると言える。私は別に気にしない。


 ――と、橘佳奈をここまで観察しているのも私くらいだと思う。紀子も彼女のことは目にかけているようだけれど、それはなにかしらのカンによるもなのだろう。私のように観察対象として見ている訳ではない。観察対象。観察。人間観察。


 それがあまりいい趣味じゃないのは分かっている。というよりそれは私にとっても付随的な趣味に過ぎない。つまり人間を知ることが、ひいては自分の創作の糧になると思っているからだ。もちろん対象そのままの人間を小説に出す訳じゃないし、出す訳にも行かない。そこには何かしらのアレンジ、ないしはブレンドが入る。


 私が地味同盟とかいう胡散臭い組織に参加したのも、そこによるところが大きい。つまり私は浦部紀子と橘佳奈を中々面白い素材として見ているということだ。まぁ、そんなことは決して本人たちの前では言わないけれども。地味ではあるが味わい深い存在だと見ている。だから意外と楽しいと思ってしまうのだ。


 しかし、じゃあ自分自身はどうなんだろう?


 私は私小説は書かないし、また書くだけの人生経験もないけれど、一番身近で確実な取材対象が自分自身なのは間違いない。そういう訳で私は自己省察も怠っていない……つもりだ。


 地味なのは間違いない。しかし私の「地味」は、ほかのふたりとは質が違うと思っている。


 紀子は見た目こそ地味だけれども、こうやって組織を作ったり、リーダーシップを発揮する能力に長けている。場の中心になるべくしてなるひとであり、精神的には地味なところはどこにもない。むしろ派手だとすら言える。


 で、佳奈はどうか。確かに今はくすんで見えているだろう。眼鏡もあんまり似合っていない。自分磨きという概念をどこかで捨ててきたような自暴自棄さも見える。しかし私の目は誤魔化せない。顔立ちは整っているし、身体も整っている。ちょっと磨いてやれば、見違えるほどの美人に生まれ変わるのは間違いないだろう。今はそれを彼女自身が拒否しているだけだ。


 翻って私、佐倉京香はどうか。煌びやかなのは名前だけであり、名前負けしていることこの上ない。外見的に見るべきものはない。特に悪くもないけれどよくもない、平均値の辺りをうろついていて、お化粧したり服で着飾ってもキラキラにはなりそうもない。性格も、よく言えば落ち着いているのだろうけれど(よく言われる)、突出したところがないとも言える。


 つまり私は現在表面上地味になっているに過ぎない紀子や佳奈と違って、本質的に、魂の底から地味、地味オブ地味なのだった。


 そんな人生も悪くはあるまい。


「さ、今の内に綱領を文書化しておこうぜ。書記はあんたに決まっているから任せた」

「だから私はそういうのは得意じゃないって……」

「それでも私よりかはマシでしょ」


 紀子はニヤニヤした顔を崩さない。人生の8割くらいは笑って過ごせそうな楽天家で、羨ましいことこの上ない。


 ともあれ、綱領と呼べるようなものなのか、それは全然分からないけれども、私は無理矢理それを書かされて、それぞれが持つ用の写しまで作らされた。ちなみに全部手書き。私はPCで小説を書くので、手書きの長文を書くのが久し振りだった。


「自分の字の汚さがイヤになるなぁ」

「いやいや。結構綺麗だよ。私なんかよりずっとね。いやはや、手書きの時にはそのひとの心映えが出るもんだぁねぁ」

「それは、私が地味ってこと?」

「ま、それはここではあえて否定はしない」


 まったく、と嘆息して、私はその割と面倒なミッションをこなした。結構疲れる。


「じゃ、地味同盟の結束を記す為に、ここに血判を押そうか」

「血判ゥ?」


 まさか本気で言っているとも思えなかったので私は最初軽く見ていた。しかし紀子の目が異様にぎらついていて、そして実際にカッターまで取り出したところで流石に止めにかかった。


「ちょ、ちょっと待ちなよ! そこまで深刻にすることじゃないでしょ」

「私ぁ、本気だよ。一生モンだかんね」

「私は一生ものとは思ってないんだけど……」

「ふふ、そんなことを言ってももう遅い。賽は投げられたのだよ」

「絆創膏だって持ってないし……」

「保健室に行って貰ってくればいいっしょ」

「地味同盟結成の為に血判しました、って言うつもり? それはさすがにアホすぎるでしょ」

「ええい、ここまで来て怯むない! ちょっと切るだけだから! 痛くないから!」

「そういう問題じゃない!」


 カッターの刃をかちかちと出し始め、本当に親指の先を切ろうとする紀子の腕をつかみ、なんとか止めようとする。押し合いへし合い、大して筋力もないふたりなのだから、その押し合いへし合いはどこか滑稽なものに見えた。当事者の私が言っているのだから間違いない。


 まあ、そこまで強硬に否定するものでもなかったのかもしれない。しかしその時はなんだかイヤに思えたのだ。血を流すのもイヤだったけれども。さすがに重たすぎると思った。地味ではあるがお気楽にも過ごそうという(これは綱領の中にある一文である)気持ちにも反していると思った。なによりその場のノリで突き進む紀子を、どこかで牽制しておかないとあとで困ることになると思ったからだ。


「ほら、佳奈もなんか言ってあげてよ!」


 忸怩たる思いだが、ここで助けを求められるのは彼女だけだった。しかし彼女まで紀子に賛同してしまったらどうしよう。それは十分にあり得る。なぜなら――


 その佳奈は、ぱたんと机に文庫本を置いて、目は伏せたまま言った。


「……私もそこまでする必要はないと思う」


 静かだが、そこにはなんだか奇妙な迫力があった。昼休憩のこともあるけれど、この子はもしかしたら私たちが思っている以上の大物なのかもしれない。あるいは底が抜けているだけか。


「……ふぇ」


 意気消沈したのか、気圧されてしまったのか、紀子はへんてこな声を上げたあげく、急に力を抜いてしょんぼりした。そうすると組み合っている私のほうが力が抜けていないから、まるで合気道の罠に掛かったかのごとくによろっと転がりそうになり、しかしそれを受け止めたのもまた紀子なのだった。


「……まぁ、カナちんがそう言うなら、やめにしとこっか……」


 やはりな、と私は思わざるを得ない。


 決してレズビアン的ではないと、本人たちの名誉の為に前置きしておくが、紀子はかなり佳奈のことを気に入っている。好きだといってもいい。だから気に掛けているのだ。どうしてそうなのかは分からないが、きっと当人にも分かってはいないだろう。


 そして佳奈のほうも、自分では気付いていないのかもしれないが、紀子のことを好きになっている。


「阿呆なのはいいかもしれないけれど、馬鹿なのは駄目」


 佳奈は深いんだかそうでないんだかよく分からないことを言った。しかしそれがある意味では真理を突いているだろう。私たちは確信的で革命的な阿呆にならなければならない。愚物になってはいけないのだ。いやまあ、血判をそこまで否定する訳でもないけれど。


「まあいいだろう! 形などどうでもいい、私たちの心意気は一致している!」

「そうかなぁ」

「そう思わんと私がやってらんないから、お願いだから乗ってくれたまえ」

「呆れた奴。ホントに」


 しかし、そうやってツッコミながらも彼女のペースに巻き込まれているのは間違いない。そして――意外と楽しいかも、と思っているのも確かだ。


「じゃあ、これから地味同盟の凱旋行進と行こうか! 総員、旗振れ!」

「どこから凱旋してきたのかも分からないし、旗なんてないし」

「うーん、そのクールなツッコミ、嫌いじゃないぜ」


 私は紀子が暴走しすぎないように止めなければならない。そういう役割が回ってくる、私はそういう星のもとに生まれているのだ。ゆえにこそ、地味、か。


「征くぞ諸君!」


 紀子はその広い肩幅で風を切るようにして教室を出て行こうとした。そのあとをしずしずと佳奈が付いて行く、私は一番後ろに回って、やはり付いて行った。どこに行くかは分からない。決まってすらいないだろう。


 ――その二人の背中を見て、私はふと思った。


 私はこの地味同盟の観測者になるのか? どうもそんな気がしてならない。そしてその役割は中々面白そうだと、思っていた。

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