地味同盟の栄光
何故由美があのような無謀な挑戦を仕掛けてきたかは謎である。自分がアホであることくらい分かっているはずだ。べつにくまなくみんなの成績をチェックしている訳ではないけれど、あいつが常に成績下位のところをうろついているのは確認している。そのくせ赤点は取らないのだから、そういうところの世渡りは上手なのかもしれないけれど、それはまあそれだけの話。
「構って欲しかったんじゃない?」
京香のそっけない見解は当を得ているのではないかと思う。あいつにはそういったところがある。寂しがり屋なのだ。そのくせ積極的に友達を作ろうとしないのもまた謎。
佳奈はなにも言わない。しかし私たちの中で一番成績がいいのもこいつである。テストも終わり、判決の時間を待つこの緊張した時間の中でも彼女は悠然としている。成績に自信があるというよりは、あまり自分の成績に頓着していないだけかもしれない。
「あいつのことなんて渡り鳥の行く先よりも興味ないけど」
「そうはいかんぞ。今回は我々地味同盟の誇りを懸けた戦いなんだからね」
「負ける訳ないでしょ」
昼休憩の時の話である。佳奈はお母さんに作って貰ったおいしそうなお弁当をばくばく食べている。喰いっぷりが素晴らしい。ちなみにこの喰いっぷりを見て、私はこいつの阿呆の本質を察したのだった。食べ物をおいしそうに食べる奴に悪い奴はいない。
そして放課後には渡り廊下の掲示板に成績が掲示される。
「ふふふ。由美との勝負が一番だが、今回はお前にも負けないぜ」
そういう訳なのだから、私は私らしくもなく今回は猛勉強した。苦手な理数系までヒイヒイ言いながら教科書に向き合い続けたのだった。おかげで睡眠不足になりちょっと頭がふらふらしている。こんなに真面目な私はとても珍しい。
「勝負の時が来たようだね……」
そして放課後、由美は唯を連れてやって来た。どういう訳か自信満々な顔をしている。不敵ですらある。こいつも勉強してきたのだろうが、残念ながら生まれつきの頭の出来は覆しようがないし、今までの積み重ねがにわか仕込みの勉強で逆転できる訳もない。努力するものは報われ、怠け者には応報が下るということをこいつに思い知らせる、いい機会だとも言える。
「勝てる気でいんの?」
「ふんふ~ん。勝負は蓋を開けてみないとわかんないものさぁ~」
「結果はもう出ているはずだけど」
いやに調子のいい唯に対して、京香は身もふたもないことを言った。その通り。すでにテストは終わってしまい、結果はすでに決まっているのである。あとはその確認に過ぎない。
で、我々地味同盟と由美唯の愚連隊はそろって渡り廊下に向かった。呉越同舟。普段の私たちを知っている者はなぜこんなことになっているか不思議に見えたことだろう。私自身不思議な思いをしていたから間違いない。
結果は言うまでもない。
由美だって、本当に勝てるとは思っていなかったに違いない。だがそれでも異様に顔をしかめ、怒りの表情でこちらを睨んでくる。その裏で唯がそれ見たことかと言わんばかりに両手を振ってため息を吐いている。性格はこいつのほうが悪い。根っからの悪人ではないが、なんだか小狡いのである。
「くっそー、この野郎!」
「うら若き乙女に向かって『野郎』とはなんたることか」
「かと言って女郎とか言われてもそれはそれで困る」
「ばーかばーか」
ばーかと言ったのは佳奈である。例の屋上での一件以来、彼女もすこしずつ明るくなっている。とてもよいことである。
「うっさいぞ、このまっくろ女!」
「あたしのどこがまっくろなのよ。くすんではいても心は真っ白だ!」
「そういうこと。まあ女なら潔く負けを認めな」
由美は肩をぷるぷるさせている。こういうことになるのが明白なのにもかかわらずそういった反応を見せる。それだけでこいつがその場のノリだけで生きていることがよく分かる。そういうところは、まあ、かわいく思えなくもない。
「調子に乗んなよ、このがり勉同盟どもめ! これで勝ったと思ったら大間違いだ!」
「いや負けは負けじゃん。由美はこれだから……」
「あんたもあたしより上だからって調子乗ってんじゃないの?」
挙句の果てには仲間割れまで起こそうとしているふたり。見ていてとても気持ちがいい。いやはや愉快痛快。
「ざまぁみろ。普段から真面目に授業も聞かず勉強もしないお前が悪いのさ」
「勉強ができることがそんなに偉いことか!」
「勉強がすべてとは言わんが、将来の明るい未来を考えたらちゃんと勉強できる奴が幸せをつかむもんだよ。今回それに気付けて良かったな。なぁ由美?」
「うぐぐ」
言葉を失った由美はそのまますごすごと去って行った。そしていつもの通り唯がその後に付いて行く。結局この勝負がなんだったのか、よく分からずじまいだった。
「で、これでこの茶番は終わり?」
「そんなこと言うない。これは記念すべき地味同盟の初勝利なのだ!」
「勝利とかなんとか、そういうのを気にする同盟だったっけ?」
「戦いを求める組織じゃないのは確かだね。だが挑まれれば正々堂々と受けて立つ。それが掟だ」
「スポーツで勝負をいどまれたらどうしよう。あたし運動音痴だし」
「そこはそのぅ……でも逃げる訳には行かんさ」
そこでもしかしたら切り札になるかもしれない後輩ちゃんがやって来た。美也ちゃんである。
「さすがっす! 先輩方!」
「やあ美也ちゃん。でもあんたも結構成績よかったみたいだね」
「そりゃもう、あたしは才色兼備っすから」
「それを言うなら文武両道、だよ。美也ちゃん」
佳奈が優しく言った。佳奈はことのほか後輩を気に入っているようだ。多分だが覚醒すれば面倒見のいい子なのだろう。これで彼氏が出来た日には、もう……
「えへへ」
頭はそれなりに良いが、どこか抜けている所のある彼女である。
「じゃ、この勝利を祝って乾杯しに行こうぜ! 行くぞ!」
「どこに」
「学食前の自販機にゴー!」
もちろん未成年の私たちはお酒が飲めないので、自販機のオレンジジュースで乾杯した。ちなみに全員分を私が奢った。それだけ気分がよかったのだ。
「しかしさすがの私もカナちんには敵わなかったなぁ」
「私も現文には自信あるのに負けちゃうもんね」
我らが地味同盟一の才媛、橘佳奈をそれぞれ言祝ぐ時間。悔しいのは悔しいが、それはなんだか爽やかな悔しさだったのだ。
「うーん。あたしは別に自分の頭がいいとは思わないけど」
「過剰な謙遜は却って失礼になるもんだぞ。ここはきちっと胸を張れ」
「そうそう」
「うーん」
成績優秀を鼻にかけないのは彼女のいいところだが、かと言って自信がなさすぎるのもそれはそれで問題になる。本来の彼女らしさをどう引き出せばいいのか――その問題はまだ残っている。
「カナちんは進路とか考えてんの?」
「カナちんならかなりいいところ狙えそうだよね」
「ううん……ぜんぜん考えてない。理数系がダメだから私文だとは思ってるけど」
「出世しなよぅ、カナちん。私ぁカナちんが将来女性初の総理大臣になることを夢見てんだからさ」
「あたしの前にはさすがに女性総理は出て来てるでしょ。ていうかそれ以前に政治家なんかになりたくないよ」
「そりゃまあそうか」
彼女は照れ臭そうな顔をしたままだった。愛いやつ。いっぽう京香はなんだかそわそわしている。その理由を察しない程、私は鈍感ではない。テスト期間中は当然ながら部活は休みになる。つまり京香は、彼女にとっては地味同盟以上に大事な居場所(いささか悔しいがそれは認めてあげないといけない)、文芸部からしばらく遠ざかっているのだ。で、その再開が今日。年末も近付いているのであと何回参加できるかも分からない。
「じゃ、私は部活に行くから、あんたたちはこのままのんべんだらりと……」
しかし、ここで私の中でヘンな虫が蠢き始めたのである。どうしてかは分からない。しかし思い付いてしまったものは試さずにいられないのが私。ちくしょう、これでは由美を笑えない。
「あのさぁ……キョーカがいいんなら、って話でいいんだけど」
「なによ。妙に畏まって」
「文芸部、地味同盟で見学に行っていいかい?」
「はぁ!? なにそれ!」
さすがのクール京香もこの提案には吃驚したようだった。
「いいっすねいいっすね! この前はあたしが見て貰ったから今度はキョーカ先輩のカッコいいところ、みたいっす!」
「いや、文芸部なんかでカッコいいとか、なんなのよ……」
私の提案に美也ちゃんははしゃぎ、佳奈もなんだか味わい深い顔をしている。そして京香は呆れた顔をしているが、拒絶しているようではなかった。
「まぁあんたたちが見たいって言うのなら別にいいけど、なんにも面白いところなんかないよ?」
「それでもいいのだ。いつもとは違うキョーカは見られるはずだかんね」
「だからそれが面白くないって言ってるの」
「いんやぁ、どうだかなぁ」
そういう訳で話はそのまま進んでいったのだが、そこでひとつ問題が発生した。
「あ、でも星崎先生に許可取らなきゃ……」
と言って、京香は職員室に向かった。
どうなるかは分からない。どうせ無茶な頼みである。ダメならダメでいいや、と私たちは軽い気持ちで待つのだった。




