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ジミ地味アライアンス 〜おばか女子高生、青春のから騒ぎ〜  作者: 塩屋去来


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青の楽園





 そもそも何故私がこんなことに付き合っているか分からない。にもかかわらず一番最初に到着したのは、単に暇だったからなのと、私の自宅が集合場所から一番近いだけである。彼女たちが言うように、私が浮かれているという訳ではない。断じてない。水族館で浮かれるような時代は小学校の時にすでに過ぎ去ってしまった。まあ、それからも65536回ほど行ったこともあるのは認めよう。だからと言って私が嬉しがっていると言われたら困る。そういうことではないのだ。


 地味女子高生が連れだって水族館に行く、という構図がもうおかしい。紀子などは妙に気合の入った服装をしているが、まさかナンパを期待しているわけでもなし、一体何が目的なのか分からない。


「まあそんな深刻に考えなさんな。これは親睦会のようなもんだよ」


 今さら親睦会などと言うのもなんだかズレているような気もするが、ともかく紀子はそう言った。


「親睦会ねぇ……」


 京香も同じような気持ちを抱いていたようだ。しかし紀子はどこ吹く風である。彼女はマイペースを貫き、同時に私たちを巻き込んでしまう。


 浦部紀子に奇妙な力があるのは認めざるを得ない。結局の所、私もそれに抗えないのだから。


「しかし11月の水族館なんて、なんか侘しすぎない?」

「だからいいのさ。地味同盟っぽくて」

「それを認めるのは同盟としてどうなのよ」


 水族館に向かう電車は案外混んでいて、カップルや子供連れなども多い。どう見ても私たちは浮いている。それが自意識過剰と言われれば、確かにそうなのかもしれないが、私としてはいたたまれない気分になるのを避けられない。


「今日の海は穏やかだねぇ……」


 席を取れなかったので、私たちは並んでつり革を握り、立っている。南側の窓には瀬戸内海がぼんやりと見えている。確かに今日は大して風も吹いていなく、しかも快晴であり、絶好の行楽日和と言えなくもない。


 こんな日に家の中で腐っているよりかは、こうやって水族館に行く方が幾らかはマシではあるのだろう。しかし、何故私はそれを「みっともない」と思ってしまうのか。それはもう私にかけられた呪いとしか思えない。


 そうこうしている内に、列車はJR某駅に付いた。ここからはすこしだけ歩く。行楽に浮かれている人々はいよいよ多くなって来て、私鉄のほうからやって来たグループも加わって、ぞろぞろと向かっていく。


「そんなに(ウオ)が好きか!」


 私はいたたまれなさを誤魔化すように叫んでいた。幸いにもあまり目立ってはいない。


「魚だけじゃないよ。イルカもいるよ」

「亀とかペンギンとかもいるしね」

「人類の慰安の為に海から連れて来られた生物の気持ちを考えたことがあるのか!」


 なんか妙にテンション高いね。と京香に言われた。私としては別に高揚している訳ではないと思うのだが、なんだかおかしな気持ちになっているのは間違いない。何故だろうか。


「ふふふ。それは人類が地球の王者たる権利であるのだよ」

「動物たちは奴隷か。それはよくない」

「でもカナちんは楽しんじちまうだよねぇ。そうだよねぇ」

「あんまりイジメてあげないでよ」


 京香は冷静だった。そして紀子はじつに楽しそうだった。紀子は水族館ではなく、私の反応を楽しがっていることくらい、私にも分かっている。しかし何故彼女は私にここまで執着するのだろうか。その理由が分からず、私は今でも困惑していて、その解決の糸口は未だ見つかっていない。


「着いたねぇ。入り口前の建物を見る時が一番ワクワクするのは変わらんね。この気持ちの正体はなんなんだろうか。人間心理に敏い文豪の佐倉先生、貴女の見解は?」

「さあ」

「さあ、って……もうちょい気の利いた答えを返せんのかい」


 そう言って紀子は京香を肘で小突く。京香は澄ました顔をしたままだ。


「ねえ、よう。カナちんもこの時間が一番コーフンするっしょ」

「それは認めなくもないけど……」

「聞いたか諸君! 彼女は水族館に来てコーフンしているのを認めたぞ!」


 紀子は私を見て大いに笑い、私は頭に血が上るのを自覚していた。


「……ハメたなッ! ずるいぞ紀子!」

「はっはっは。カナちんは水族館に来るとテンションが上がることを確認したぞ。オマエは口では否定するだろうが、身体のほうは正直なんだぜぇ? ぐへへ」


 いやらしい漫画の男のような、いや、今時いやらしい漫画でも使われないようなベタなことを言われて、私は逆に冷静になった。それはよかったと思う。


「ここでウダウダしてても仕方ないでしょ。さっさと入ろうよ」


 こういうとき、実務能力に優れた京香がいるのはとても助かる。入り口前で漫才していても埒が開かないが、それを打開することができるのは、唯一、彼女だけだった。


 そういう訳で、私たちは地味同盟として水族館に入場する。そして正面に待ち受けるのは大きなロビーと、その先に見えるメインの大水槽である。そこでは色々な魚や水棲生物が、縛られた自由の中で泳いでいる。水は海水なのだろう。そうして、私たちが海に住んでいたらどういった光景を見ているのかを擬似体験させてくれるが、しかしそれは自然のものではない。


「……なぁんで、あんた、そんな底のエイばかり見てんのさ」

「いいでしょ。あたしの勝手」


 なぜかここにくるとエイに感情移入してしまう。同じく底にいる私の境遇と重ね合わせるからなのだろうか――と言いたい所だが、じつはこれはまだ私が腐っていなかった頃からの習性なのである。なんだかよく分からない。


 展示物は昔からあまり変わらない。それでも見飽きた、とは感じないのが不思議な所である。小さい水槽に入れられたタツノオトシゴ、奇妙な威圧感を見せるタカアシガニ、水槽内を暗くされて、見物するのが難しい深海魚、整然とした組織行動を見せるイワシ――私はここに来るたび、魚たちは健気だなと思ってしまう。人間に囚われた哀れな生物ではあるが――その分生命を担保されているとも言えるが――かれらは一生懸命生きている。生きているだけで素晴らしい、そういった生命賛歌を歌っているように思える。だからこそ私は複雑な気持ちになってしまう。一生懸命生きていない自分を恥じてしまう――


「しかしまあ予想はしていたけど、やっぱりカップルや親子連れが多いね」

「当たり前でしょ。そいつらに対する当てつけの為じゃなかったの?」

「いや、かれらが幸せならそれでいいことさ」


 紀子と京香はあまり真剣に魚たちを見てはいないようだった。むしろ人間観察に夢中になっているように見える。その理由は各々違うだろうが。


「みんな……ここまで来たんだからちゃんと(ウオ)を見てあげようよ」

「カナちんは真面目だのう。しかし飽きたってほどじゃないけど昔から見てきたもんばかりだしねえ」

「じゃあなんで水族館親睦会なんて提案したのよ」

「そりゃもう。この器に、この人々、この魚たちが一体になっている、その荘厳さに心を洗う為さ」

「今テキトーに考えたでしょ」

「バレたか」


 紀子は悪びれる風もない。


 そうやってノンビリルートを辿り、私はとりわけ好きなブースに入り――興奮するのではなくむしろ安心する。


 海月(クラゲ)の展示会場である。


 ああ、なんてクラゲくんはここまでかわいいのだろう。癒される。その足には毒があると分かっていても、彼らは善の側にいるとしか思えない。まさに海洋の神秘。私はぼーっとしながらふわふわ泳いでいる、というよりは浮いているクラゲを見ていた。


「なんかパワーを貰えるね。生命というのは偉大だね」

「ホントテキトーなんだから、ノリは」


 ひととおりメイン展示場を回ったあと、私たちは昼ご飯を食べに、水族館の真ん中にあるレストランに向かった。午後一時過ぎ。ほんわかした太陽の光が窓から差し込んでいる。なんだか穏やかである。ちなみにみんなカツカレーを食べた。


「さて、カナちん。ちったぁ純真だったころの気持ちを思い出せたかい?」


 紀子が妙に真剣な眼差しで言ってくるので、私はすこし身構えてしまった。こいつ、そういう目的だったのか。だが私も簡単に心を売り払ったりはしない。


「こんなことくらいであたしが変わると思ってもらっちゃ……」

「でも大分元気にはなってきたよ。うんうん、いいことだ」


 だが……


 ここに私の幼心が、世界の全てが光り輝いていて、なにもかもがおもしろおかしかった時代の私が封印されているのは確かだった。すこしだけそれを思い出していた。そういえば――ここに来るのはいつぶりだろう? そしてこうやって友達と一緒に来るのは?


 答えは出なかった。


 そして私たちはその後イルカショーを最前列で鑑賞し、イルカが跳ねて飛ばす海水を浴びながら楽しんだのだった。その頃にはもう、浮いているとか、そんな余計なことは考えなくなっていたのだった。

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