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ジミ地味アライアンス 〜舞坂高校のおばか女子高生三羽烏〜  作者: 塩屋去来


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暗黒少女





 なにも私が生まれた時からこうだったという訳ではない。


 むしろ前半生の私はじつに明るい子供であった。両親はもちろん、親戚や近所の方々も私を愛し、愛され、今となっては馬鹿馬鹿しいことこの上ないのだが、太陽のような子とさえ言われたこともあったのだ。それが今はどうか。


 それで調子に乗っていたのが悪かったのかもしれない。私の本質が陰であるのを、子供特有の無知ゆえに気付いていなかった。誰の責任でもない、ひとえにその責任は私に帰依する。にもかかわらず私はこの世のすべてを恨んでいる。その分裂に私はずっと悩まされていた。ではどうすればいいか。私がこの暗黒の世界で心の安寧を得るにはどうすればいいか。その答えは意外と簡単だった。


 誰とも接点を持たなければ良いのである。


 かくして私は選択的に、そして確信的に孤独の道を歩んだ。それは中学3年生からだっただろうか。私はそこでしこたま、自分がこの世には上手く馴染めないことを痛感し、調子に乗っていた鼻柱を折られ、現実を知った。それから私は天の岩戸に引き籠った。しかし天照大御神ならば地上に太陽が出なくなる大問題になったのだが、私のような小娘以下が引き籠ったところで世の中にはなんの影響もない。そしてそんな私を引き摺り出そうという存在も、またなかった。それで良いと思っている。


 そんな私ではあるが、さすがに両親を悲しませたくはないと思っていた。だからこの世のすべてに呪詛を唱えながらも、完全に引き籠りはしなかった。むしろ学校には積極的に登校していた。奇妙な話だし、また皮肉ではあるのだが私は肉体的には頗る健康であり、無遅刻無欠席を守った。ある意味ではその方が気楽だからでもあった。本格的に引き籠っていたら、私はどうなっていたか。しかし私はその中で倒錯した愉悦も覚えていた。私が世界になんの影響を及ぼさない、その矮小さをマゾヒズム的に暗く楽しんでいたのである。


 舞坂高校に進学したのは単に自宅から比較的近いからに過ぎない。


 最初の1年間は平穏無事に過ごした。私基準での平穏である。つまり無風。凪。なにも起こらなければそれで良い。他人とは積極的に接触しない。徹底的に壁を作る。私の心を抉るような存在はそこかしこにいた、いたような気がする。そうに違いない。だからこそ私は強力に拒絶した。私に味方はいなかったのかもしれないが、しかし敵を作ることもしたくなかった。


 積極的な孤独。


 しかし認めざるを得ないが、そうしていると私の心はますまず陰鬱の方向に進んでいった。このままでは矯正不可能なのではないか。そういった恐怖がなかったと言えば嘘になる。しかしどうしようもなかった。私は今更軌道修正は出来なかった。ならば、この無味乾燥な、砂漠のような人生を、それこそ砂を噛むようにして生き続け、そして死んでいく。友達もいない。恋人なんて以ての外。結婚などとは――私の人生とは正反対、真逆、事象の地平線、その先にあるような概念だった。


 陰鬱は私の友であった。


 他者を、世界を拒絶すれば取り敢えず自分の平穏は保たれる。それが今までの人生の指針だった。そう間違っているとは思えない。すくなくとも私のような人間にはそれが合っているように思われた。


 そして2年に進級した。なにも変わらないことを望み、途中までは上手く行っていた。しかしそこにいやにちょっかいを掛けてくる存在が現れた。私はひとを遠ざける暗い波動を全力で放っていたのに、彼女はそれを強引に跳ね除けてくる。


 その彼女は浦部紀子と言った。


 1学期から奇妙に絡んでくるのを私は感じていた。私などの暗黒女に絡んだところで不幸になるだけだと言うのに、実際それに近いことも警告したのに、彼女はずっとやって来た。あまりにもやって来るので私はついに無視を決め込んだ。私が頑なにしていると、流石に彼女も諦めたようだった。


 ように思えた。


 しかしこの2学期になって、それが急転直下の展開を見せることになる。


「地味同盟……なにそれ……」


 まあ、確かに私が地味女であることは否定しない。むしろ積極的に肯定しよう。しかしそのあっけらかんとした馬鹿馬鹿しさに、私は唖然としていた。


 そして橘佳奈と浦部紀子の間に、どれほどの差があるのか、そんなことを考えた。彼女もまた、くすんだ地味女である。しかし彼女はそれを謳歌しているように見える。クラスの中でも堂々としている。教室の隅で縮こまっているだけの私とは雲泥の差であり、だから地味女という共通項はありつつも、本質的には私の対極にある子だと感じていたのだ。


 それが。


 私は彼女と、それから佐倉さんが去ってからも独りで座ったままだった。そのようなことがあったからと言って、見える光景が変わる訳でもない。大多数の人々のとって私はなお空気のような存在のままだ。そうなることを私が望んでいたから。しかし彼女は、浦部さんは、きっと気付いていないだろうが、殊の外私の心のくすぐったい部分を弄んでいった。カナちん、などと。言っていないからこの舞坂高校では誰も知らない筈なのだが、それは私の小学生時代の渾名なのだった。


「……なんだっての」


 そんな昔の名前が復活したからと言って、私の気質が昔に戻ることもない。表面上のことでは何にも変わらないし、また変える気もない。


 そうやってぼうっとしていると、さすがに金城先生が私に話し掛けてきた。心配しているようでもあり、またいい加減に追い出さないといけない、というようでもあった。後者のほうが強いだろう。


「橘、気分が悪いのか? なら保健室に言ったらどうだ」

「いいえ、あたしは健康です」


 心が健康ではないところはあえて無視した。


「それならいいが……お前ももっと友達と交流をもったほうがいいぞ」

「あたしにはあたしなりの生き方があるんです」


 金城克哉(かねしろかつや)先生は悪い先生ではないと思う。むしろ近年では珍しいほどの、というかフィクションの中でしか存在しないのではないかというほどの熱血教師である。だから私のような暗黒高校生も放っておかない、というのは分かるし、悪く言いたくはないのだが、私としては放っておいて貰いたい。なんとも難しいところである。


 そういう訳で、私もそろそろ頃合いかな、と思った。孤独を被虐的に楽しんで教室にいるのも倦んできたところである。そろそろ帰ることにした。学校を出れば真っ直ぐ家に帰る。たまには書店に立ち寄ることもあるが、それは稀だった。


 バスで家に帰る間、その短い時間の中で本を読む。私が孤独の中で生きられるのも創作物に耽溺できる、この文明があるからであると分かっている。


 それは児島修一郎の新刊だった。あまり売れていない作家で、今時珍しいほどの古典的な純文学を書いているからだ。本業は大学教授で、作家業はほとんど趣味のようだから売れなくてもいい、という話を聞いたことがある。少数のファンがいればそれでいいのだ。それはそれで悪くない生き方ではないかと思う。むしろ文筆家としては理想とも言える生き方だろう。彼はこの同じ市に住んでいるという話も聞いたことがあるが、本当だろうか。だがまあだとしても、私の人生と交差する事はないであろう。


 しかし読んでいても文章が頭に入ってこない。その原因は先程の事件によるだろう。あの浦部さんが突き付けた「地味同盟」とやらで、私の頭が混乱しているのだ。集中できない。そういう訳だから私は読むことをさっさと諦め、自宅前の駅に着くまで精神を落ち着かせることにした。こういった精神集中にはそこそこ自信がある。


 帰った頃にはもう午後6時だった。わたしとしては帰宅時間は遅い方だろう。そんなにぼうっとしていたのか、と思い、そしてまた陰鬱になる。また一日を無駄にしてしまったという後悔である。しかし私はずっと日々を無駄にしているのに、その感覚に慣れないというのはおかしな話だ。まだ修行が足りない――人生を諦めた覚者になる覚悟が。


「おかえりなさい、きょうの学校はどうだった」

「何にも変わらないよ」


 私の母、橘佳代(たちばなかよ)。孤独の人生を決め込んでいる私だが、本当に独りで生きていける訳ではなく、高校生なのだから当然親の庇護にある。だから私は常に親に関してだけは後ろめたい気持ちになっている。親に甘えて孤独ごっこをしているだけなのかと思ってしまう。母親も父親も優しいひとだから、なおさら。


 帰宅したら、私はすぐにシャワーを浴びる。特に理由は無い。中学生からの日課になっていた。そして母親が用意してくれている夕飯を食べる。父はいる時もいない時もいる。会話がないのはいつものことだ。そして私はさっさと食事を終えると歯を磨き、自室に引き籠って寝るまでそこで過ごす。


 先程の児島修一郎を読もうかとも思ったが、どうにも気乗りがしない。小説を読むだけの集中力を欠いているのだった。ネットでSNSを眺める気にもならない。こういう日は大体ゲームをする。ゲームは小学校からの趣味だったが、中学生の頃から不可逆的にのめり込んでいった。おかげで私はひどい近眼になった。乱視も入っている。眼鏡がださいのは分かっているが、コンタクトにする勇気もない。


 それでそのゲームなのだが、女子が好むような、きらきらした乙女ゲームや恋愛ゲームはしない。私はもっと殺伐としたというか、男子が好きになりそうなゲームを好む。しかし別に私の感性が男に似ているとは思わない。私がそういったゲームを好む理由はただひとつ。


 何回もやってきたゲームを起動する。プレイステーション2もだいぶん擦り切れてきて起動が不安定になってきたが、まだまだ戦える。それで私がするのは某戦闘機に乗って空戦するゲームZEROである。


「うへへへへへへ……」


 自分でも気持ち悪い声が漏れるが、仕方ない。


 そのステージはずっとメモリーカードにセーブしてあり、何度も遊ぶ。静かながら熱く盛り上げる戦闘BGMが始まると、私はその時だけは現実を忘れられる。


「ゴルト1はいつでも格好いいなぁ」


 私がそういったゲームをする理由はただひとつ、格好いい中年、壮年男性キャラが出てくるからだ。若い男なんかどうでもいい。簡単に言えば私は爺専だったのである。


 しかし何故なのだろうか。恋愛の嗜好などに、明確に言語化できる理由などないのかもしれない。しかし同世代の男子を好きになれず、そんな実現不可能な恋愛に恋焦がれるのも私がヒネクレてしまった理由のひとつであろうから、その謎は解明しなければならなかった。


 ちなみに金城先生は年齢はそれなりだが趣味ではない。もっと渋くなくてはいけない。


 それだけ格好いいキャラでも、最後には落とさなければならないのが悲しいところである。彼は敵だからだ。しかし私はそこに、悲恋を勝手に見出しているのかもしれない。おかしな話、奇妙な話、いや、愚かな話だ。


 そしてゲームも止め、私は現実世界に帰還する。無味乾燥な世界に。世界への恨みがまたぶり返してくる。つまらなく、腐敗して、愚かな世界に。その感覚が膨らまない内に、私はすぐにベッドに潜り込んで睡眠に入る。夜中まで起きているのは――怖いからだ。


 本当は分かっている。


 一番腐っているのは、私だ。


「クズ女め」


 それを忘れるようにして眠りに入り、夢の世界に逃避して、また起きて。砂を噛むような日々がまた始まるのだ。

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