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ジミ地味アライアンス 〜舞坂高校のおばか女子高生三羽烏〜  作者: 塩屋去来


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女の子の好きなお話





 紀子は校舎を出て校門を通ってからもなんだかぶつぶつと言っていた。あんまり明確な言葉にはなっていなく、申し訳ないがそれは話というよりも鳴き声のようだった。実際、彼女は誰かに聞いてもらいたくて言っているんじゃなかった。ただ自分の中に溜まった鬱憤を吐き出しているだけだと思う。ただその鬱憤は吐き出した傍から胸の奥にあるなにかで再生産され、消えることはない。


「まったく、あいつは……」


 そんなに引っ張る話なのかなあ、などと私は思っていた。


 確かに愉快な出来事ではなかった。とはいえ明確に不愉快という訳でもない。桐生くんは軽薄ではあるけれども悪い人間ではない。その、お気楽に生きている感じが紀子の気に入らないのかもしれないが、だが私に言わせれば紀子もどっこいどっこいのお気楽人間だ。


 そして私も大して変わりない。佳奈も。高校生という生き物はおおむねそういう生き物である。


「そんなに気に食わないなら、無視すればいいじゃない」

「そういう訳にもいかん。無視はよくない。いかなる相手でも」

「それはいい心掛けだとは思うけれど……」


 西日の日差しが妙に切なく眩しい。人恋し秋――か。しかしそんなことを言っている内にいつの間にか冬が来て、年越しして冬も終わってあっとういうまに3年生。最近時間の流れが速くなっているような気がする。人生に一度しかない高校生という時間を、こんな、地味同盟とかいうものに費やしていていいのだろうか。いささか疑問である。紀子はどう思っているのだろう。


「なんかもっと有意義なことが出来ないのかな」

「無意義でいいじゃないかいいじゃないか」


 まぁ、真面目に考えるのもそれはそれで勿体ないのかもしれない。


「しかしあいつ、なぁんで由美なんぞに惚れたのかね。しょうもない女なのに」

「自分で言ってたじゃん。顔がいいからでしょ」

「女の価値は顔で決まるもんじゃない。愛嬌と度量さ」


 などと紀子は言う。それにはやや賛同するところもある。そして驚くべきことに、わたしはそのふたつの才能を紀子に見出しているのだった。


 という訳で、私は紀子がなんでモテないのかよく分からない。確かに見た目は地味だが、それを補って余りある人間力があるように思える。だからこそ私もくだんないと思いつつも彼女に付き合っている。端的に言えば興味がある。人間としても創作者としても。そういう意味では佳奈も同様だった。


 とすれば地味同盟もあながち無意義という訳ではないのかもしれない。あんまり認めたくないことだけど。


 下校時3人で歩く時間はそんなに長くない。紀子は近所の団地に住んでいるから、すぐに別れる。


「じゃあね、また明日」

「明日は祝日でしょ。別になんか予定を作っている訳でもなし」

「あ、そっか。じゃあ休み明けにね」


 そう言って紀子は離れ、背中に鞄を回した格好で去って行った。その逞しい背中が妙に頼もしく見える。彼女には決して言わないが、そこには尊敬できる女の後ろ姿があった。


 で、ここからは佳奈と二人になり、バスで駅前まで付き合うことになる。とすれば、私の付き合いは彼女に対してのほうが長い。


 しかし私は、また沈んでいる佳奈のことが気になった。桐生くんが去ってから、彼女は一言も発していなかった。元々言葉少なな佳奈ではあるけれども、最近少しずつ明るさを取り戻す兆しが見えていたのに、逆戻りしている感じである。


「気分悪いの?」


 俯いたまま、顔色の悪い彼女に訊いた。体調的なものより精神的なものだろう。


「別に……」

「桐生くんが嫌いだったの?」

「そういう訳じゃない。彼は悪くない……けど」


 私たちは品行方正に生きているので、それも地味同盟の綱領にするまでもなかったのだがなので、バスの中で大声でしゃべるような不躾な真似はしない。部活がない時の下校時刻で、同じ舞坂高校の生徒もちらほら乗っているけれども、そこまで混んでいない。気分が悪くなるような状況でもない。だが佳奈はぎゅっと鞄を抱き締めて顔を俯かせている。喋る時もこちらに目線を合わせない。それで気分を害する私じゃない。ただ心配にはなる。


 彼女の陰鬱の理由がよく分からなかった。別に彼女が攻撃された訳でもないのに。私には彼女の事はまだよく分からない――ちょっとは理解していたつもりだったけれど、それは橘佳奈の、ほんの浅瀬に過ぎないのではないか。そう思い始めている。佳奈にはもっと奥深い者があるように思えてならない。気のせいかもしれないが、それを確認する為にも彼女のことをもっと知るべきだろう、と私のカンが囁いていた。


『お降りの際は、お忘れ物がないように――』


 バスを降車してからはすぐに別れる。そう、いつもは。しかし私はこの日、佳奈を放っておけないと思った。


「ちょっとお茶していかない」


 自分で言うのもなんだけど、私がこうやって自発的に誘う機会はそんなに多くはない。基本的には受動的な性格なのだ。だが佳奈はそれに輪を掛けて受動的である。となると誘うのは必然私ということになる。人間の性格とは相対的なものである。


「いいけど」


 有難くも、佳奈はつっけんどんに断らなかった。じつを言えばそれを怖れていた。


 お茶と言ってもお洒落なものじゃない。駅前ビルに入っているファーストフード店でぐだぐだと時間を潰すだけだ。まだ中途半端な時間なので客もそんなに多くない。


「ここは私が奢るね」

「え、それは悪いよ」

「いいんだよ。私があんたに付き合わせてるんだから」


 佳奈は遠慮がちにポテトとコーヒーを注文した。私はシェイクが飲みたい気分だったので、それを頼む。


 それで、佳奈の心に踏み込むことがここでの重要なミッションになる。何故彼女はここまで陰鬱になっているのか。いや、彼女には常に陰鬱が付き纏っている。まるで腐れ縁かというように。しかし、私の目にはそれが佳奈本来の性格のようには思えないのだ。紀子が気になっているのも、多分そこなのだろう


「桐生くんのこと、どう思う」


 それはいささか踏み込んだ質問になりかねなかった。あそこから佳奈の調子が悪くなったのは確かだからだ。だが問題は彼本人ではなかったらしい。


「別に、どうでも。男子なんてあんなものじゃないの」


 しかしそうなると、彼女の不機嫌がますます謎になってくる。


「男子がみんなあんなのな訳じゃないよ」

「そうかもしれないけれど」


 佳奈は注文したはいいものの、その品に中々手を付けない。いっぽう私は苺味のシェイクをすすっと飲んでいる。中々おいしい。


「恋愛なんて、くだんない」


 そう退屈そうに切って捨てる佳奈。ようやくポテトを口に放り込み始め、それをコーヒーで流し込む。なんだかもっさりしているが、そこには奇妙な色気も感じられた。それは彼女にしか出せない色気――これだけ野暮ったい姿をしているのに色っぽいのだから、磨いてやればどうなってしまうのか。それは誰にも解答の出せない問いである。もっとも野暮ったいからこそ出ている色気である可能性も捨てきれない。


「ま、確かにくだんないね。でもそのくだんないことを追求してやまないのもひとだ。だから恋愛ものの創作は古今東西を問わずに作られてるのよ」

「京香の書いているのは恋愛ものなの」


 これはちょっと藪蛇だったかと思い、私は誤魔化すようにはにかむ仕草を見せた。


「それは機が熟せば教えてあげるよ」

「あんまり見せない方がいいと思うけど」

「私の気持ちはいいじゃない。カナちんは読んでみたくないの?」

「それは……そのぅ」


 彼女はすこし言い淀んだあと、それから反撃の糸口をつかんだかというように「きっ」とこちらを見据え、言った。実際私は反撃の材料を与えてしまっていて、迂闊にもそれを指摘されるまで気付かなかった。


「じゃ、京香の書いてるのはやっぱり恋愛ものなんだ」

「い、いいじゃない。私がどんなものを書いたって」

「それはそうなんだけれど、ちょっと意外って言うか」


 コーヒーを飲んでいる内に佳奈も落ち着いてきたようだった。さっきまでの土気色をした顔色からは打って変わって、なんだか艶々している。まあ単純に時間の問題だったのかもしれないが。


「でもそういうことよ。恋愛は創作の普遍的テーマなんだから」

「恋愛したこともないのに、書けるものなの」

「経験がすべてじゃない。想像は時に現実を超えるものなのだ!」


 いやまあ、私の恋愛ものがすべて想像、もっとあけすけに言えば妄想の産物であることは認めよう。しかしその妄想の萌芽もほかの創作を読んだゆえに生えてきたものであり、そして古今東西恋愛を書いてきた創作者たちが、みんなしてそんなドラマティックな恋愛を経験してきた訳では、絶対にない筈なのである。


 すこし熱くなってしまった。


「ふぅん……」


 佳奈は肩肘を突いてコーヒーを飲み続ける。憂い気な感じがまたまた色っぽい。この子もこの子でモテてしかるべき存在のはずなのだが、もしかしたら彼女の色気は女にしか気付かれないものなのかもしれない。


 すこし落ち着いたようなので、私はほかに話したかったことを言った。


「で、あのふたり。どう思う」

「あのふたり? いや、桐生くんと瀬島さんがくっつくなんて有り得ないとおもうけど」

「ばっさりと言うんだね。まぁそれはそう。でも私が思うのはそっちじゃない」


 佳奈はぽかんと口を開けた。きっとこの時の私はニヤニヤした顔をしていただろう。


「私が言っているのは、桐生くんと――ノリのこと」

「……はぁ?」

「あのふたり、結構怪しくない?」


 うーん、と佳奈は唸った。彼女も気付いているはずだ。傍目にはいがみあっているように見える。だがおうおうにして、ああいった男女がくっついてしまうものなのである。


「それは」

「でしょう? だったらいっそのこと地味同盟として――」

「京香も紀子に染まっちゃってるよ。それはいいか……でも」


 また彼女は顔を暗くさせる。それで私は気付いた。気付いてしまった。


「その話は、あんまりしたくない」


 佳奈は恋愛話を忌避している――怖がっていると言ってもいい。

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