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ジミ地味アライアンス 〜舞坂高校のおばか女子高生三羽烏〜  作者: 塩屋去来


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文芸部の京香





 なんだかヘンなことになったなぁ、と私は思っていた。


 いやまあ、紀子がおばかでへんてこな女だっていうのは前々から分かっていた話ではある。しかしここまでとは思っていなかった。地味同盟なんて。すくなくとも品行方正に生きている私には出て来ない発想だ。ついでに言えばそんなに仲間とか友達を多く求めている訳でもない。そういうのは量ではなく質が問題、というのが私の持論だ。


 別に地味認定されたのは気にしていない。私は紛うことなき地味女だと思う。そしてそれはある程度意識していることでもある。さして気の強いほうでもない私が、平穏無事に高校生活、ひいてはこの先の人生を歩んでいく上で、ステルス性というか、目立たないように振舞っていくのは結構大事なんじゃないかって思っている。


 派手な青春とか、派手な人生とかは求めていない。あくまで細く長く。


 そこに志を同じくするパートナーがいれば――いやいや、それを考えるにはまだまだ私は幼過ぎる。


「なんだかなぁ」


 地味同盟とやらの一員となってしまった紀子や佳奈を放っておいて、私はすぐにあるべきところに行こうとした。そう、私には居場所があるのだ。そんなよく分からないままの同盟とかに拘る理由はどこにもない。すくなくとも私には。断らなかったのは単にめんどくさいからだけである。あと紀子にはそれなりに好印象を持っているのもある。阿呆ではあるけれども。まあ阿呆なのは私も大して変わらないのだろうけれども。


「まだまだ暑いなぁ」


 9月になったところでいきなり涼しくなってくれる訳ではない。暑いから夏休みなのなら、9月いっぱいまで休みを延長しても良いんじゃないか――なんて凡人の私なんかは思ってしまう。セミの鳴き声もやかましい。いや、セミは嫌いじゃないけれども。しかし汗っかきなので夏は嫌いとも好きとも言えず、なんとも微妙な愛憎が潜みこんでいる季節だった。


「そうね、暑いわね」


 私の他愛のない独り言を後ろから拾ったのは彩乃先生だった。星崎彩乃(ほしざきあやの)先生。我らが2‐D組の副担任で、担当教科は古文。暑苦しい担任、筋肉ダルマの体育教師金城先生の熱気を穏やかに中和しているのが彼女であり、おかげで教室は涼やかになっていた。


 しかし私にとって重要なのはそんなものじゃない。


 私が一番大事にしている場所、文芸部の顧問だということだ。


 私は独り言を聴かれたのが恥ずかしくなって、それを振り払うようにして慌てて振り向き、ちょっとだけむっとした顔を見せた。しかし彩乃先生は穏やかな微笑を湛えたままだ。柔らかい雰囲気の美女で、スタイルも抜群。そして優しそう。おまけに年齢は結婚適齢期の26歳。男が女に求める理想を最大公約すれば、それはそのまま彼女になるんじゃないか、というほどの非の打ちどころのない女性だった。


 ここまで完璧ならば女としての嫉妬すら湧いてこない。尊敬している、崇拝すらしていると言ってもいい。


「せ、先生。いるならいるって言ってくださいよ」

「ごめんなさいね。京香さんの後ろ姿がじつにチャーミングだったものだから、ついつい見入ってしまってたのよ」

「そんなお世辞を言っても私からはなにも出ませんよ」


 冷静に返したつもりだが内心は緊張している。周りからはクールだと思われているらしいけれど、本当の私は小心者だ。自分でも嫌になる位の。だから自分を守る手は常に考えている。舞坂高校は平和そのものの校風だが、用心してし過ぎることはない。


 そんな私が本当に安心できる場所が、顧問を含めた3人だけで構成された文芸部だった。


「部活に行くんでしょう? 一緒に行きましょう」


 彩乃先生は生徒とは友達に近い感じで接する。それが良いのか悪いのか、それは私の判断するところじゃない。でもすくなくとも私は悪い気はしていないかな。


「星崎先生と一緒に行くのは、なんだか新鮮ですね」

「そうね。こういうことはあんまりなかったから」


 先生としての業務はないんですか、と私が訊くと、彩乃先生はふっと笑い、首を横に振った。


「そういうのはあとあと」


 私は高校教師にどういう業務があるのか知らない。でも忙しそうなのは分かる。こと40名のクラスを受け持つのは、副担任だとしてもしんどい仕事だってのは簡単に想像できる。激務というのはネットでもよく聞く話だ。しかし彩乃先生はいつでも悠然としている。彼女は超人ではないのか――そう思ったのは一度ならず何度もある。今もだ。


「でも地味同盟って、なんだかおかしな話ね」

「聞いてたんですか」


 彩乃先生は打って変わって悪戯気な笑みを浮かべた。なにか楽しんでいるようだ。


「浦部さんは面白い子ね。私、あの子結構好きよ」

「ああいうのは阿呆って言うんです」

「でもその阿呆と付き合うのもまんざらではないんでしょ?」


 わたしは返答に窮し、「まぁ、その……」と言葉を濁した。それだけでも私の心の裡は彼女には読まれているだろう。まったく勝てる気がしない。勝つ気もないけれど。


「友達が増えるのはいいことよ」

「そりゃまあ、そうなんでしょうけど。薄っぺらい友達だったら私はいらないですね」

「はっきり言うのね。でもそういう京香さんは悪くないと思うわよ」


 そんなことを言い合いながらふたりで校内を歩いていく、なんだか幸せな時間だなぁ、と私などは思っていた。しかし彩乃先生のほうはどうなんだろう? 私なんかと付き合って面白いところなんかあるんだろうか、っていうのは前々からある疑問だった。


 というのは、私が入部する前の文芸部は部員がひとりだけで、つまりその部員の男子と顧問ふたりの部活だったのである。そんな部活が存続していいものなのか、というかどうして存続を許されているのか分からない――いや、ある程度は想像できるけど、ともかくふたりの濃密な空間が、私が入部する前に存在していたのは間違いない。


 つまり私はお邪魔虫なんじゃないかと思っていた。


 さすがにいかがわしい関係にまでなっていたとは考えにくいけれども、仲のよさそうなふたりを見て、私は得も知れぬ劣等感を密かに抱いていた。


 それでも――文芸部は居心地がよかった。


「さあ、早く行きましょう。多分だけど、良明くんはもう待っているわよ」

「そうですね」


 いつの間にか私たちは校舎の渡り廊下を渡っている。ここを通れば文化系クラブの部室が集まっている棟に続いている。しかし舞坂高校は文化系はあまり盛んじゃないので、人通りはそんなに多くない。とすれば静かになるはずなのだが、その静寂を打ち破るのが軽音部のがりがりしたギター音とドラムのどこどこした音だった。不快とは言わないけど、へたくそである。まあ高校生にテクを求めるのも酷だろう。好きなことを好きなように活動する。それを否定することは誰にもできない。


 だいたい私からしてそうだ。


「ほら、あなたから入って」


 彩乃先生に促されて、私は部室に入っていった。そして予想通り先輩は先に来ていて、ハードカバーを読みながら、広い四角形に囲った机の一辺、その奥に座っていた。


「やあ、こんにちは」

「こんにちは……ええと、蒔田先輩」


 文芸部の部長、ふたりしか部員がいないのに部長というのもなんだかおかしいので、私は彼を部長とは呼ばずに先輩と呼んでいる。


 その先輩の名前は蒔田良明(まきたよしあき)という。一年上の先輩だ。


 彼は自称無個性の男だった。確かに男前ではないかもしれない。かといって不細工でもない。背は高くもないし低くもない。ちょっとやせ型ではあるけれど貧相という訳でもない。髪型もごく普通。外見から目立つところは、失礼ながら驚くほどにない。そこから微かに知性的な雰囲気を感じているのは、私と彩乃先生だけだろう。ともあれ、人間のルックスには好みと主観が入るのは重々承知の上であえて評価するなら、彼は平均値ど真ん中にいて、それゆえにまったく目立たない。


「友達からは『ステルス蒔田』って呼ばれているんだよ」


 その不名誉とも思える渾名を、別に先輩は気にしてもいないようだった。大らかというか、柳のメンタルの持ち主で、感情が揺らいだところを私は一度も見たことがない。まあそこも目立たなくしている要因なんだろうけど。


 彼はある程度意識してそう振舞っているふしがある。


 つまり私と一緒だ。


児島修一郎(こじましゅういちろう)ですか、また渋いのを読んでますね」

「2年ぶりの新作だからね」

「児島は筆名で、本名で大学教授をやってるんでしたっけ」


 そんな話をしながら、私は先輩の対面に座る。隣に座る度胸はない。


「新作と言えば、佐倉さんは書いてきたの?」

「え、あ? ええと」


 隠しても意味がないので白状しておこう。私の趣味は読書と、小説執筆である。本、というか文字があれば生きていけると断言する。だから自分でも書いている。文字から物語、そして芸術が生まれるのは楽しい。プロ作家になれればいいとは思っているけれど――淡い夢だった。ちなみに公募小説賞に投稿したことは一度もない。


 だからこそ文芸部だと言えばそう。しかしここで小説を書いているのは私だけだった。蒔田先輩は書いていない。彼は作家よりも評論家を志向している。


 で、私も自作を書いて先輩に講評を貰っている。しばしば辛辣な評価を食らうけれど、不思議と嫌な感じがしない。なんでだろう。


「長い夏休みだったよね。書いてなかったの?」


 夏休み中は活動していなかった。だから先輩と会うのも久し振りだ。


「あのぅ……書いてるのは書いてるんですけど、まだまとまっていなくて」


 本当は別の、彼には見せられない小説のほうに注力していたからこっちが後回しになったのだけれど、それは彼には秘密にしている。その秘密については、機会があればのちのち話そう。


「じっくり熟成させるのが佐倉さんの持ち味だからね。自分で納得するまで磨いたらいい。本当は早く読みたいけどね」


 私が書き、彼が読む。文芸部の活動の7割くらいはそれに費やされている。あとは文芸誌などが発売されたら論評し合うこともある。


 それをずっとニコニコ見守っているのが彩乃先生。


 私が入部する前、蒔田先輩はどんな活動をしていたのだろう。彩乃先生とふたりっきりで――頻繁に考えはしないけれど、たまにそれに思いを馳せた時、私は胸にくさくさしたものを感じる。しかしそこには温かさもある。なんだかおかしい。


「……まあ期待せずに待っていてください」

「うん」


 基本的には静かな文芸部で、軽音部の騒音もどこか遠い。そこで蒔田先輩の地味だけど透き通った瞳を見ていると――私の心は完全に見透かされているような気がする。私自身が気付いていない部分も含めて。


 私は……彼のことをどう思っているんだろう? 1年生の頃は考えもしなかった。なんだか奇妙なふわふわ感を覚え始めたのは今年から。しかしそれがなんなのか、私は説明できない。


 恋――なんだろうか?


 でもそれはおかしな話だ、なぜなら私はもっとキラキラした恋愛に憧れている。創作世界の中で。私にとって恋愛は紙上にあるもので、現実のものじゃない。するとしてももっと身を焦がすような恋愛をしてみたいと思っている。


 こんな緩やかな世界で、果たして私は恋をしているのだろうか?


 違うはずだ、違うはず。


「どうしたの? 珍しくぼーっとしてるね」

「え? あ? そ、そうですか?」


 私は慌てて襟を正した。気持ちを整え、呼吸も整え、彼に向き合う。


「じゃ、じゃあ今から即興小説書くんで、また批評してください」

「分かった」


 そんな時間が続いていたと思ってもらっていい。

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