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ジミ地味アライアンス 〜舞坂高校のおばか女子高生三羽烏〜  作者: 塩屋去来


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真面目不真面目





 体育祭という悪夢が去ったあとは中間テストという悪夢が待っている。一年で一番気候がいいはずの10月にこんなスケジュールが組まれているから、高校生は秋を楽しめないのである。あるいはそんな平穏な季節だからこそそんなスケジュールを組んでいるのかもしれない。真相は闇の中。案外何にも考えていないということも考えられる。


「教室ってのはじつに無機質だね」


 40名の机が並び、教壇の机があって、あとは空調設備もあるけれど、飾り付けとかいうものはほとんどない。前には黒板があって後ろには連絡板。新聞部が発行している新聞だけが定期的に変わるが、しかしそれを読む人はほとんどいない。勉強をする場所なのだから余計なものは必要ない、という意見はごもっとも。しかし私としてはもうすこし遊び心があっても良いんじゃないか、と思ってしまうのだ。


「そんなの今さらじゃない」

「いや、テストが近付くとこの『勉強しなさい』空間がなんともプレッシャーに感じるのさ」


 それはテストが近付くにつれピリピリしてくる空気も関連しているのだろう。


「でもテスト勉強、ってなんかおかしくない? 普段勉強してれば何の心配もしなくてもいいし。点数の為に一夜漬けとか、なんか本末転倒何じゃないかって思うんだけど」

「そりゃ正論だが、現実は正論では動かないものさ」


 確かに、普段授業も聴いていないのに赤点を避ける為に直前だけ勉強しても学が身に着く訳がない。ついでに言えば、先生たちがよく言う「ここテストに出るからねー」という告知もなんだかおかしい。勉強の為のテストなのか、テストの為の勉強なのか訳が分からない。しかしながら、数字を出すというのは一概に間違っているとも言いがたい。ひとがひとの脳味噌を直接覗けない以上、テストという形式でしか学習進度を計れないのも確かなのだった。


「……ここであたしたちがなに言ったって、現実が変わる訳じゃなし」


 なんだか淋しい諦観を見せる佳奈。まあそうなんだけれど。いくらここで地味同盟として学校教育の欠陥について管を巻いていても、現実は何も変わらないし、とすれば我々は現実に対処しなければならない。


 つまり勉強をしろ、ということだ。


「ま、そういう話だわな。とりあえずみんな赤点取らないように頑張ろう」

「赤点なんか取ったことないけど」

「あたしも」

「ふむぅ。みんな優等生だね。まぁ私も赤点とは無縁だけどさ」


 要するに中途半端には勉強はできるのが私たちだった。ならば体育祭と同じように穏便にやり過ごせばいいだけなのだが、いざ地味同盟! と宣言したからにはなにかそれ以上の成果が欲しい。なにも優等生として表彰されたい、という話ではない。


 ここまで言えば、この時私がなにを企んでいたかは容易に分かるだろう。


「じゃあ地味同盟としてはもっと野心的な計画をしなきゃならんね」

「なにをするっていうの?」

「つまりだね、みんなで勉強会をしようって話さ」


 京香はほぅ、と口を開け、佳奈の表情は変わらなかった。


「我々はこれまで、それぞれ孤独の戦いを強いられてきた。だがこれからは違う! 力を合わせることができる! そう、これまで以上の力を、ひとりひとりでは小さな力かもしれないけど、それを協力すれば――」


 私はぐっと握りこぶしを作り、世紀末覇王のごとく天に突き上げた。


「まぁ、それはいいんじゃないかとは思うけど」

「ホントにするの?」


 ふたりとも強く否定しなかったので、このまま続けようと思った。


「ホントにするのさ」


 しかしここで思いもよらぬ――というか私の浅慮さが暴かれる事態になった。それを突き付けたのは京香だった。


「で、どこで勉強するの?」


 簡単な言葉だったが、私はそれで頭を真っ白にしてしまった。まったく修行が足りない。


「あー、いやぁ……それは全然考えてなかったわ」

「ホント行き当たりばったりね、あんたは」

「あぅぅ、キョーカが冷たいぃ。カナちん。アテクシを慰めてくれ」

「あたしにそんな事求められても……」


 しかしみんなで勉強する、となればどこが適当なのだろうか。最初に思い付いたのは市立図書館だったが、私たちが乱入して迷惑になってはいけないし、それに単純に遠すぎる。3人の住所からすればこれはあまり現実的ではない。となればこの3人の誰かの家ということになるのだが……


「ま、言い出しっぺの法則ってのがあるからね」


 それはそうかもしれない。しかしそれは。


「え、あ、いやぁ、あの」

「なによ。なにか友達を入れてまずいものとか家にある訳?」

「そんなもんないよ。ないよ! でも、なんていうか……散らかってるし……」

「普段は威勢がいいくせにいざ詰められるといきなり弱くなるよね、あんたって」

「確信を突くな」

「散らかってるのなら、掃除すれば。いい口実にもなるでしょ」

「カナちんはとてもいいことを言う……」


 結局、私は自分の言った責任を取らねばならなかった。



        ◇



 一夜漬けの勉強を批判しておいてなんなのだが、継続して勉強会をする訳ではなかった。その分密度は濃くしよう――とは言っても浅ましい点数稼ぎの為の勉強に違いはあるまい。しかしひとりでやるよりかは確実に意味があるはずだ。京香も佳奈もそれぞれの知見があるはずだから。


「しかしそのためにお片付けする羽目になるとは……はぁ」


 自室の惨状を眺めて、私は暗澹たる気持ちになった。とても人様に見せられる、人様をご案内できる状態にない。汚部屋の女子高生、とはなんと醜いことだろうか。2週間に一回くらいしか掃除片付けをしないツケが今になって回ってきた。まあ、佳奈の言う通りこれもいい機会だと思えばいいのかもしれないけれど。


 とはいえ、一度スイッチが入ってしまえば一気に片付け出来るのが私のいいところである。所詮子供部屋の一室だし、そんなに広くないからそれはすぐに終わった。ぴかぴかである。滅多に掃除をしないからこそ、一度綺麗にすると気持ちいいものだ。


「よっしゃあ!」


 本当は散らかる前に片付けなければならないんだけど、花の女子高生はそれに構っていられないほど楽しいことがいっぱいあるのである。具体的になにかとは言わないけれど。



       ◇



「結構いい家に住んでるんだね。お金持ちなの?」


 私の家は郊外新興住宅地に作られた一軒家である。お金持ち、と簡単にまとめるのは語弊があるけれど、まぁアッパーミドルではあると思う。しかしそれを誇りに思う訳じゃない。偉いのは親であって私じゃないからだ。


「プチブル……」

「なぁに言ってんのさ。キョーカもカナちんも大して家は変わんないっしょ」


 ちなみにその小金持ちにもかかわらず私は大してお小遣いを貰っていないので年中ビンボだった。部活とかもしないから、今は割と本気でバイトをしようかな、などと考えている。地味同盟の活動資金を貯める為に、それはいいのかもしれないが、しかしバイトすることによって活動時間がすくなくなるのも問題になる。どうするべきか。


 なんにせよ今は勉強フェーズだ。


「という訳で、それぞれ得意科目を挙げて、それを共有してお互い磨き合っていくのだ」

「それはいいけど」


 自慢じゃないが地味同盟員はそこそこ成績がいいほうである。優等生という訳でもないけれど、上位3割には常に入っている。


「そしてこれは競争でもあるのだよ」

「はぁ?」

「今回同盟内で一番の成績を取った奴にマクドを奢る! そういった刺激も必要っしょ」

「助け合いじゃなかったの?」

「助け合いと競争は矛盾しないさ。すくなくともこういう同盟にとってはね」

「そうかなぁ……」


 疑問の声を上げたのは佳奈だった。しかし強力に反対もしなかった。


「ゲームと思えばテストも楽しくなるじゃん? 私は負けないからね」

「その言葉、後悔させてやる」

「どうでもいい」


 心が近付き合っているのは確かなのだが、まだがっちりと噛み合っているという訳でもなかった。すこし残念ではある。しかしこれから、これから。


「それにしても、ノリの部屋ってモノがあんまりないんだね」

「あんまり物欲はないからね」


 というのは真っ赤な嘘。見られて困るものはすべて押入れに押し込んでいる。見られて困るものの追求は止めて欲しい。


「で、それぞれ得意教科は?」


 私は問う。そしてそれぞれ答えた。


「私ぁ英語だね」

「私は国語」

「あたしは……強いて言うなら世界史」


 なるほど――と思った所で思わぬ難問にぶちあった。


「ええと……もしかしてなんだけど、理系が得意な奴ってひとりもいない?」

「数学は嫌い」

「化学も嫌い」

「物理は嫌い」

「生物も嫌い」


 ……ええと。


「なんてこった!」

「この勉強会、やる意味あるの?」


 思わぬところで残酷な運命を突き付けられるのが人生の恐ろしいところであり、虚しいところであり、悲しいところであり、妙味なのだった。しかしこれには参った。もっともよく考えてみれば私たちは揃いも揃って文系面をしている。理系などとは無縁の人生を送るであろう連中ばかりだ。私自身も含めて。


「ま、まあ仕方あるまい。リケジョなんて幻想だ!」


 そういう訳で、得意科目を教え合うという当初の目的はひとまず置いておいて、苦手分野の克服、すなわち理系キャンプが始まった。


「なんでこんな苦行になっちゃったのよ」

「い、いいじゃないかいいじゃないか。ひとりでは乗り越えられない苦難もみんなでなら越えられる――多分」

「そこで弱気になる?」


 しかしおちゃらけているようでも、基本的には真面目(面白みがないとも言うが)な女が揃っている。勉強はある程度真面目にやった。途中でゲームに逃げるとかいうこともしなかった。しかし女子というのは飽きっぽい性格でもある。特に私は。


「はぁ、息が詰まったな。ちょっと息抜きに行かへん?」

「まあいいんじゃない? そろそろお昼だしね」


 そろそろ、というにはちょっと時間が過ぎていた。現在は14時。


「おなかすいた……」


 佳奈の呟きが最後の一押しになり、私たちは近所の喫茶店に向かうことになった。


「ここら辺は本当に閑静な住宅街ね」

「そうだろう」


 この区画に舞坂高校も含まれていて、だからノンビリした空気が漂っているのかもしれない。もうすこし下れば幹線道路に出てすこしにぎやかにはなるのだけれど、今日はそこまで行くつもりはない。住宅街の開発に連れて併設された近隣センターに向かう。子供の頃はそれなりに騒がしいところなのだったが、今は閑散としている。子供もいないし、一番近い舞坂高校の生徒もあまり立ち寄らない、寂れた空気を漂わせている。


 喫茶店を経営している夫婦も大分ご高齢になっていて、そろそろ店を畳もうかという話をしている。ガキンチョの頃から世話になってきた私としては淋しい話だ。それもこれも少子化が悪い。政治はなにをやっているのか。しかし私にいっぱい産め、と言われたら……その。


「ここのオムライスは絶品だぜ。みんなも堪能するとよい」


 そういう訳で、我々の前にはオムライスが並べられた。非常に家庭感のあるオムライス。甘酸っぱいチキンライスととろぉり玉子が贅沢にマッチングする。


 しかしそれがよろしくない。勉強の合間の休憩だったはずなのだが、いつの間にか無駄なお喋りが始まってしまい、時間がどんどん潰れていく。佳奈などはクリームソーダまで注文していた。勉強会はどこに行ったのだろうか。堕落とはちょっとしたところから始まり、一度足を踏み外したら一直線に堕ちていくだけなのである。


 その中の一幕をここでは紹介しておこう。


「で、この前のことだけどさ、実際問題キョーカと蒔田先輩ってどこまで進んでんの?」

「え、あ、ええ? それは、そのっ……」


 普段クールな京香がこの話題を振られると途端に焦り出すから面白い。そして焦るということは間違いなく気があるはずなのだが、彼女は一向にそれを認めようとしない。それもまた面白い。


「そんなのあんたたちに関係ないでしょ!」

「いいや、関係あるね。地味同盟は恋愛についても共闘関係を結ぶと決めてある」

「恋愛、って……」


 京香は激昂したように顔を真っ赤にし、それからしばらくして、妙に消沈したように顔を俯かせ、暗く呟いた。


「蒔田先輩には、私よりも星崎先生のほうがお似合いだし……」


 それがコンプレックスなのか、と私は得心がいった。確かに星崎先生と比べられればほとんどの女は敵わない。まして私たちのような地味女などは。


「いや教師と生徒はいかんでしょ」

「でも……私が文芸部に入るまでは……あのふたりがふたりっきりで……」


 もごもご言ってから、半ば投げやりに「きっ」とした顔を見せる京香。追い詰められるとやけくそになってしまうのは私たちに共通した特徴かもしれない。


「そもそも私が先輩を好きだなんて一言も言ってないでしょッ!」

「またまたそんな事言ってぇ。YOU認めちゃいなよ」

「古い!」

「趣味も同じでずっと濃密な空間にいて、恋愛関係に発展しない訳がないんだよなぁ」

「恋愛したこともない奴がなに言ってんの! あああ、もう、カナちんもなんか言ってあげてよこいつに!」


 迂闊なことに京香は佳奈に逃げるという悪手を取った。


「京香が蒔田先輩とくっつくなら、あたしは応援するし祝福するよ」


 そうなのだ。非常に暗くて(最近だいぶんマシになってきたが)、世の中に呪詛を唱えていそうな風をしておいて、佳奈には嫉みという感情があまりないのだ。人の幸せを普通に祝える奴、つまり本来的には優しい子なのである。私の目は誤魔化せない。


「ああああッ! もうッ! 今日は勉強会なんでしょッ! 早く帰って再開しましょう!」

「アツいキョーカも嫌いじゃないぜ」

「ボケがッ!」


 とまあ、私たちは地味なりに女子高生ライフを楽しんでいるのだった。

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