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ジミ地味アライアンス 〜舞坂高校のおばか女子高生三羽烏〜  作者: 塩屋去来


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京香と良明





 なんで小説なのか、と問われると結構戸惑ってしまう。創作が好きだったのは子供の頃からだったけれど、小学校低学年の頃はむしろ漫画が好きで、漫画を読んで漫画を書いていた。お人形さん遊びも好きだったけれど、それもその延長線だろう。そういう訳で、「なにかを創る」ということが「小説」に至るまではいささかの距離を必要とした。私は生まれた時から小説が好きという訳ではなかったのだ。まぁ、そんなひとはまずいないだろうけれど……


 言葉だけ、文章だけで世界が創造され、作られていく快感に目覚めたのは中学校のころだ、国語の課題でそういうものがあったのだ。それは私にとってエポックメイキングなものだった。その時に書いたものは、大したものじゃないし恥ずかしいものだけれど、しかし私の文章創作欲はそこから始まった。小説書きが、「読むこと」か、「書くこと」から始まるのか、それはひとそれぞれだろうしどちらが良いという話ではないけれど、すくなくとも私は後者だった。そこから読書も好きになった。順序がちょっと違うんじゃない? と問われれば確かにそうだと言わざるを得ない。


「今日は楽しみだね」


 9月末の日曜日、元々不定期な活動しかしていない文芸部は休日はあまり集まらないのだけれど、今日は珍しく私がせがんで開催して貰った。しかし蒔田先輩はそれを別に気にもしていないようだった。


「すいません、私の我が儘で……」

「いや、文芸部は学校の部活なんだからもっと活動するべきなんだよ」


 しかし申し訳ないという話になれば、それは蒔田先輩に対してではなく、むしろそれに付き合う顧問の彩乃先生に対してだろう。なのだが、彼女もまるで気にしていないようだった。


「みんなが幸せなら、それでいいのよ」


 彩乃先生はこっ恥ずかしいことをさらりと言ってしまう。それは大人の余裕であり、また彼女の人柄でもあった。しかし彼女にはカレシとかいないんだろうか、あるいは結婚とか――彩乃先生の周りには男の匂いを感じない。隠しているだけかもしれないけれど。


「先輩も受験でたいへんなのに」

「でも俺は文芸部をできるだけ大事にしたいと思っているよ」


 文芸部は彼の為に創部されたものである。私が入部するまではほかに部員もいなかった。舞坂高校に本の虫は――いや、いるのはいるんだろう(例えば、佳奈とか)。しかし部活とはまったく別物なのだった。もしかしたら、舞坂高校に文芸部が存在することすら知らないひともいるかもしれない。それはそれで別に悪くはない。2年前まで、彼がひとりだけでどんな活動をしていたのか、それは訊いてはいけないことだろう。


 で、この日は私の試練の日でもあった。


「読み終わったよ。佐倉さんの本気が見られて、俺は嬉しかったな」


 なぜこの日に集まったのか、というところから話を始めなければいけないだろう。というのは、事前に渡していた、私の長編作品の論評をして貰うことになっていたのだ。それもただの趣味ではない、ある小説賞向けに書いた公募用の原稿だったのだった。


 私はそこまでプロ志向が強い訳ではなかった。作家になれればいいな、っていう憧れは、物書きが平凡に思うくらいには私にもあったけれど、それは淡い夢でもあった。何が何でも、という執念がある訳じゃない。今時はプロになれなくても作品を発表できるプラットフォームは沢山あるし、それに簡単に稼げる職業ではないことも分かっている。趣味を仕事にしたらそれはそれでつらいだろうという想像だって簡単に出来る。


 けれど、私はこの2年弱の文芸部の活動で、色々書いて、蒔田先輩に読んでもらって、挑戦したい気持ちがふつふつと湧き上がってきたのだ。で、生まれて初めて小説賞に投稿しようと思ったのだった。


「もし舞坂高校から作家が生まれたら、大事件ね。佐倉さんは一躍ヒーローになれるわ」

「や、止めて下さい」


 私は書くのが好きだが、別に才能があるとは思っていない。私の書く小説は、私にとっては一番面白い小説だけれど、他人にとってはそうではない。でも私が愉しめればそれでよかった――というのが高校入学までの私だった。


 しかし顔の見える読者、つまり蒔田先輩のことだけれども、それが現れたことによって私の欲は拡張された。もっと自分の作品をほかの人に読んでもらいたくなった。web小説を上げ始めたのもその一環である。そして蒔田先輩は、じつに、じつに、よき読者だった。


「でもちょっと背伸びしたような小説だったかな」


 今回私が書いた小説は、いささか「外向き」を意識しすぎたものだったかもしれない。それに気付いたのは蒔田先輩に原稿を渡したあとだった。自分が大した人生経験もない小娘であることを忘れていた。想像力はそれを飛躍する可能性がある――とは言っても創作は良くも悪くもそのひとの個性を表し、それを超えることはない。


 私はその作品に、好きな曲のタイトルをそのまま拝借して「アブセント・ラバーズ」と題した。それがしてすでに背伸びしているとも言える。内容はそんなに深刻なものではない。モテない男に謎の女性が現れ、期間限定の恋人契約を結ぶというものだ。どちらかと言えばコメディチックとも言える。しかし私は力瘤を作ってその作品に打ち込んだ。執筆は夏休み前から始め、仕上がったのがついこの前。それに前後して地味同盟が立ち上がったから、私の身辺はにわかに慌ただしくなった。しかしそれも所詮はコップの中の嵐、世の中になにか多大な影響を与えるものじゃない。


 しかし私にとっては一大事だった。これまで書いてきた小説にも、すべて力を込め、魂を込めていたけれど、今回はその質が違う。世に私の価値を問うべくための、第一歩となる恐怖の旅路の始まりなのだった。


 だからこそ、私は蒔田先輩の柔和な瞳が怖かった。このひとに「つまらなかった、完」などと切り捨てられてしまったら私はもう再起できないかもしれない。小説も止めてしまうかもしれない。自信はある。しかしその自信はどこにも根拠がないものであり、「現実」という斧に切り裂かれると、簡単にぽっきり折れてしまうものなんじゃないかと、戦々恐々としていたのだ。


「大学生の主人公と、保育士のヒロインが出会うって筋書きは中々興味深いけれど、ちょっと無茶な感じもあったな」

「そ、それはヒロインがそもそも無茶苦茶だから、っていう狙いがあって……」

「もちろん小説はすべてリアルである必要はない。でもリアリティというか、それらしさは必要なんだと思うな。そこからすれば、この導入はやや強引に思えたな」


 蒔田先輩は優しいが容赦がない。導入から始まり、私が渾身の思いを込めて書いた「アブセント・ラバーズ」の瑕疵をことごとく指摘してくる。私自身が危ういな、と思っていたところも、私自身がまるで気付いていなかったところも含め、なにもかも。


「主人公の腐れぶりは、ちょっとやりすぎじゃない? 男ってもうすこし単純なものだよ」

「そりゃまあ、私は女ですから男の内情なんてホントのところは分からないですけど……」

「じゃあなんでこういった主人公にしたんだい?」

「いや、それは、面白いかなと思って、あぅ……」


 あんまり責められるので、私はついかっとなってしまい、立ち上がっていた。


「女が腐れ男を書いてなにが悪いって言うんですか!」


 しかし蒔田先輩は柳のように揺れながらも動じない。面白がっている節すらある。


「悪いとは言っていないよ。けれど説得力は必要だって言っているだけだ」

「なかったんですか?」

「無くはなかった。でもちょっと弱いと思ったかな」

「自分の腐れ具合を参照して……?」


 ああ、これはじつにまずいと思った。激昂しながらもまずいと思えるのだから、それはもうとても深刻なものだ。しかし蒔田先輩はクサされても柔らかく苦笑するだけだった。


「そういう訳じゃないよ。あくまで小説のリアリティの話だ」

「リアリティないって言うんですか……」


 それからも蒔田先輩はなんの呵責もなく私の作品を批評し続けた。そうしている内に私は段々と自信がなくなっていって、それの裏返しとして怒りを感じるようになった。なんでここまでぼろくそに言われなければならないのか。もっと褒めてくれてもいいのに。


「じゃあ、先輩は私が全然面白くないって言うんですね!」


 ついにはそう叫んでしまっていた。自分の分身とも言える作品をここまで容赦なく言われるのを我慢出来るほど私は人間が出来ていない。


「そう言っている訳じゃないよ。面白くはあると思う。でも粗もそれなりには……」

「嘘でしょう! 先輩は私を下らないと思ってるんだッ!」


 ここがふたりきりであったら、もしかしたら取り返しのつかないことになっていたかもしれない。しかし幸いにも、ここには彩乃先生もいたのだった。


「もぅ。あんまり京香さんを責めちゃいけませんよ。良明くんももっと優しくしなさい。欠点ばかりあげつらうのはよくないわ。もっと褒めてあげないと」

「すみません。でも俺は小説に関しては忖度できないんです」

「忖度しなさいと言っている訳じゃないわ。褒めるべき点をもっと積極的に挙げてあげて、っていっているのよ。京香さんは後輩なんだから、もっと優しくね」

「もういいです。聞く必要はありません。原稿、返してください」


 蒔田先輩は「参ったな」と言いつつ、全然参っていない顔で私に原稿を戻した。そして私はそのまま部室を出た。


「ちょっと、待って!」


 私にはやるべきことができた。怒りは一過性のものに過ぎない。元々怒り続けることができないのが私のいいところであり、悪いところでもある。たぶん。


 追い掛けてきたのは彩乃先生だった。


「落ち着いて、京香さん。良明くんにはあとで謝らせるから」

「そんな必要はありません。別に喧嘩した訳じゃありませんから。強いて言えば、これは……戦いですね。だからこれでいいんです」


 たしかにかなり凹んだが、私の芯はそれくらいで折れるものじゃない。


「この作品は書き直します。もう、それはもう最初から!」

「そこまでしなくてもいいんじゃない?」

「私は引き下がれません。先輩を唸らせるまでは」

「賞に出すんでしょう? 良明くんを唸らせる必要はないんじゃないの」

「先輩を打ち負かせない程度の作品じゃ、どの道受賞はできませんから」

「でも締め切りは大丈夫なの?」

「いや、それはそのぅ……まぁ妥協も必要ですけど」


 彩乃先生は優しい顔で微笑んだ。しかしだ。彩乃先生の指摘もごもっともだった。私の中に――私を、どうにかして蒔田先輩に認めさせたいという気持ちがあり、それが一番大きく、受賞とかそういうのはあんまり考えていなかった。


 顔の見える読者というのはそれほど大きい。


「私も読ませてもらったけれど、素人だからかしら、とっても面白いとしか思えなかったわよ。良明くんは言い過ぎだと思う。だから……」

「俺は佐倉さんにはもっともっと成長して貰いたいと思っているだけですよ」


 いつの間にか蒔田先輩が彩乃先生の後ろにいた。そこでも彼のステルス性は存分に発揮されていて、すぐには気付かなかったほどである。まあ、彼のステルス性を揶揄できるような私ではないけれど……


「でも。駄目ですよ。ふたりの文芸部なんだから、ちゃんと仲良くしないと」

「別に仲が悪くなっている訳じゃないですよ」

「そうです。私たちは仲良いです。磨き合っているだけです」


 そうして、私たちは握手までしてみせた。彩乃先生はにっこりと笑った。


「それならいいわ。でももっともっと仲良くなりなさいね」


 それから彼女は意味深なことを言う……


「こうして文芸部で一緒にいられる時間はそんなに長くないんだから」


 それは確かにそうだ。半年過ぎれば蒔田先輩は卒業し、私は3年生。この時間は奇跡の時間と言ってもいい。だけど――彩乃先生はそれ以上の含みを持たせて言っているように思えてならなかった。


 気のせいだろうか?


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