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ジミ地味アライアンス 〜舞坂高校のおばか女子高生三羽烏〜  作者: 塩屋去来


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海岸沿いにて





 地味同盟の活動を拡張しようと思った。具体的に言えば、いままで学校内と、あとは放課後の活動だけで終わっていたのを、ここは休日にも広げていこうと思ったのである。それはさして間違いのない発想だったと思う。私偉い。しかしながらそこは簡単には行かないものもあった。


 私たちの住んでいる市区は、ちょっと南に下れば海岸に出られてとても風光明媚だ。あからさまな観光地という訳でもなく、しかし住宅街というには中々面白い光景が広がっている。まあ……最近は寂れつつあるのは認めなくもないけれど、とてもいい所だ。私は地元を愛している。


 で、憎らしいことに橘佳奈さんはその海沿いのマンションに住んでいる。島と島を跨いだ巨大建築物がいつでも家のベランダから見られ、しかし彼女はその恩恵を恩恵とも思っていないようだった。


「橋よりもフェリーのほうが味わい深いじゃない」


 というのが佳奈の持論だったようだ。ま、その意見は賛同しなくもない。しかし彼女が瀬戸内海をお気楽に眺められる環境にありながら、その心を腐らせているのを私は勿体無く思っている。というかなんでコイツはこうなったのか。


「わざわざこんなところまで来なくてもいいのに。なんにもないことくらい、紀子も知ってるでしょう」

「海があるじゃないか」

「海はいつでもあるよ。そんなに珍しいもんじゃない」

「きみィ、いつでもそこにあるというものが、それがいかに尊いものなのか分かってないね」


 私の住む住宅街(そこに我が学び舎も含まれる)から、佳奈の住む海岸沿いの駅前までは公共バスで10分程度の距離だ。しかし私にはそこに山奥と都会の明確な差を感じてしまう。なに、今さらそれを大きな冒険と言うつもりはない。しかし子供の頃は海側に出るまではまさに大事業だったのであり、その頃の記憶はまだ私の中に残っている。


「あんたは持つ者で、私は持たざる者なんだよ」

「なにそれ」


 海が見たい、と言った私を佳奈はあえて否定しようともしなかった。彼女も色々と思うところがあるらしい。しかし私が求めたのはただ私自身が海を見たいという訳ではなく、地味同盟として海を見たいということだった。


 ここにいささかの問題がある。


「京香がいないんじゃちょっと締まらないんじゃないの」

「ま、それはそうなんだけど……」


 あろうことか、京香は地味同盟としての活動よりも文芸部の活動を優先した。いや、それはいいのだ。彼女の優先順位において文芸部が上位に来るのは分かっていることではあるし、そこは納得した上で彼女を誘ったのである。


 でもいささか淋しいのは確かだった。


「船が行くね……」


 狭い海峡を、貨物船とかタンカーとか、そういった商業船がゆったりと走っていく。橋の下をくぐって。それは中々の迫力なのだが、佳奈はそれになんの感銘も受けていないようだった。彼女にとってはそれが日常の光景なのだろう。


 その後ろでは電車も走っている。橋の上ではクルマもたくさん通行しているだろう。


「生きてるね、ひとは生きてる。うん、生きてる」


 私はそういった交通の要衝になっているこの場所を見て無闇に嬉しくなってしまう。そういうわけで、私は地味同盟日曜活動の始まりを、この海岸に設定したのである。私が来たかったのもあるが、一番重要なのは佳奈が無理なく参加出来ることにあった。だからこそ彼女の地元なのである。


「生きているからってなんだっての?」


 佳奈は冷たいツッコミをする。しかしコイツは何も分かっていない。


「生きているってのは、それだけで尊いものなのさ」

「でもあたしたちはそういった命を奪って生きている」

「メシ食うってこと?」


「まあ、そう……」と歯切れ悪く佳奈が言った。


 彼女は日曜日というハレの日にもかかわらず地味な服装をしている。灰色のトレーナーと黒ズボン。足もスニーカーで、部屋着と大して変わらない。コイツは本当に女なのだろうか、と疑念に思わざるを得ない。ささやかなお洒落なのかもしれないが、髪をポニーテールに結んでいるが、手入れをしていないぼさっとした髪はそのままだからあんまりかわいくは見えない。眼鏡が似合っていないのは相変わらずである。


「カナちんはコンタクトとか考えないの?」


 彼女は「ほっ」と口を丸くして、それからやっぱり陰鬱そうな目を見せて「コンタクトにしたからなんだってのよ……」とぶつぶつ言った。


「じつに勿体ないんだよねぇ。水泳の時裸の目、見たけどさ、あんたの目ってもっと大きく見えると思うんだけどな」

「何にも変わらないよ」

「そうかね」


 やはり彼女はなにか勿体ないことをしている、と思わざるを得ない。ここに至るまで彼女がどういった経験をしてきたのか、あえて訊いたことはない。訊くべきではないとも思っている。


「紀子だってもっさりした格好じゃない」

「ま、それは認めよう。だがね、カナちん。そこには大きな違いがあるのさ。私はこういうのが自分には似合っていると確信的にこういった格好をしているのだ」


 私はグレーのパーカーと群青色のジーンズという格好。靴も安いスニーカーである。色気がないことこの上ない。しかし私のようなもったり女が下手に色気を出してみても逆効果だと確信している為、こうやって自信満々に色気ゼロの衣装をしている。髪もショートだ。私は家を出る前に自分のしょっぱい格好をよく吟味して姿見で観察し、じつに満足してここにいる。


「……紀子はモテたいとは思わないの」

「まあちょっとは思わなくもないよ。でも自分にないものを求めてもしゃあない、って私は思っているのさ」

「だから『地味同盟』なの?」

「いや……ぁ、それはちょっと違うんだけれども」


 彼女、橘佳奈には出来るだけ秘密にしておかなければならないが、私が地味同盟を結成した大きな理由のひとつに彼女の存在がある。それひとつではないけれども。つまり、こうやっておもしろおかしく過ごすことによって、私は彼女の更生を願っているのだ。なにも派手になって貰いたい訳ではない。地味魂を誇り高く、尊厳を以て一生固辞し続ける、その崇高さが目的であり、私は彼女にもそうなって貰いたかった。


「じゃあ地味同盟ってなんなの?」

「それは、そのぅ。言葉で説明したら安っぽくなっちまうよ。それは行動と結果で示されるものだ」


 そういう訳なので、私は佳奈に対してはそう言うに止めた。


 しかしそれにしても、これだけ暗黒面に陥っているのに佳奈は愛らしいのか。愛さずにはいられない愛嬌を振り撒いているのだろうか。こういったネガ状況ですらこうなのだから、その封印が解かれた時、その時は彼女を中心に愛溢れる素晴らしい世界が展開されるのではないか。その時を心待ちにしながら、私は今の時間を彼女と過ごしている。


 今日は秋晴れだが風はやや強かった。海には波がやや激しく打っている。それに揺られて佳奈のポニーテールもゆらゆらと吹かれていた。しかし地味である。こんなに地味でいいのだろうか。いいのだ。


「京香がいないと淋しいな……」


 およ、と私は思った。彼女の口からそんなことが聞かれるなどとは全然思っても見ていなかったのだ。この前のことで、彼女の京香に対するポイントが貯まったのだろうか。実績解除されたのだろうか。それはそれでじつによいことだが、しかしいっぽうでは私も嫉妬してしまう。


「そりゃあ。京香が文芸部を優先するのは尊重しないとね」

「それはそうなんだけど……」


 地味な格好をした女子高生が日曜日に海岸沿いをぶらぶらするというのも中々ない光景であっただろう。もしかしたら道行く人々には、私たちが花の女子高生であると知られなかった可能性すらある。まあヘンに色気を持たれた目線で見られても困るのでこれはこれでいい。


 そんなことを言っている内に海岸の、砂浜にまで着いていた。ばぁん、ぱぁんと波が岸を打っている。右側にはコンクリートと鉄柵で作られた岸辺があって、そこでは中々歳のいったおじいさんたちが釣りをしている。こんなところでお魚が釣れるのだろうか。いっぽう私たちのいる砂浜には家族連れ夫婦や、やや歳のいったカップルが見られる。日曜日なことこの上ない。そんな中で私たちは浮いてしまわないか、やや不安がってはいたが意外と馴染んでいる。ここはとても緩やかで柔らかなところで、こんな地味同盟も優しく受け止めてくれる。とてもよい。


「波の音はいいね。じつに癒される」

「そうかなぁ」

「あんたはその恩恵を当たり前に受けているから気付かないだけだよ」


 佳奈の気持ちは今日は落ち着いているほうだった。日曜日だからかもしれない。日曜日はとてもいい。愛している。


「それで、これが地味同盟の活動なの?」

「そりゃそうさぁ」

「あたしにはただだらだら歩いているだけにしか思えないんだけど」

「しかし、その内面にはじつに精緻で高貴な精神活動が行われているのだよ、カナちん。どうだ、あんたも感じるっしょ」

「全然感じない」

「おかしいなぁ」


 まあ口から出まかせを言っているだけなので私もそこまで本気ではないし、傷付きもしない。だが彼女たちとの時間を大事にしようとしている、その思いだけは本当だ。もう1年半しかのこっていない高校生活を充実させるために。そしてその時間よりもはるかに長い後半生を充実して生きる為にも。


 私は橘佳奈を、佐倉京香を生涯の友としたい。その気持ちだけは誰にも否定させない、本当のものだ。だから、彼女たちにも同じ思いを持って貰いたい。


「うー……んぅ」


 なにか思うところがあったのか、佳奈はスニーカーと靴下を脱いで、波打ち際に足を伸ばした。なんだかちゃぷちゃぷと遊んでいる。なんでいきなりそんなことをし始めたのか、まったくの謎である。彼女はそういった突拍子のないところがある。


「あふっ、冷たいっ」


 あんまりあからさまに表情は動いていない。だが温かいものを感じるのも確かだ。それが楽しかったので、私もそれに倣って靴と靴下を脱いで塩水のなかに足を入れた。


「うひゃひゃ、こりゃあ、気持ちが良いね!」

「そうでしょ」


 若い女のいいところは、こんなヘンなことをしていても不審がられないことである。だから私たちは時間を忘れてそんな遊びにしばらく耽ることになった。


「海っていいね」

「おいおい、さっきと言ってることが真逆になっているじゃないかい?」

「紀子に言われて気付いたの。確かにあたしはこの幸せを当然のものとして受け取ってるんじゃないかって」

「そんな深刻に考えなさんな」


 しかし佳奈の顔はどことなく爽やかである。爽やかでありながらどこか阿呆面でもあった。いいね。それなのだ。私が彼女に望んでいるのは。できればこのまま上手く――しかし放ったままで上手く行く訳でもないだろう。よって彼女は私たちがより慎重繊細に導かねばならない。


 そうなのだ。


「あのさ、紀子!」

「なぁに!」


 波の音がうるさいので、私たちの声は自然と叫ぶようになっている。


「京香が文芸部だからいないじゃない……! じゃ、あたしがなんか部活に入りたかったらそれを許してくれるの!」

「なんか入部したいクラブがあるのかい!」

「ないよ! あくまで可能性の話!」


 叫び続けるのも疲れたので、私たちは波打ち際遊びをそこそこに切り上げ、靴と靴下を履き直して、向こうにある段々になっている松林のそばに腰を落ち着けた。


「……なんでそんなこと言ったのさ」

「だって……京香が許されるんなら、あたしはどうなの、って」

「地味同盟はその人生を縛るものじゃない。やりたいようにやればいいさ。地味魂を持つ女たちの共同戦線。それ以上の意味はないさ」

「でも……なんか3人揃ってないと淋しいな」

「あんたもそこまで思えるようになったわけだ。いいよ。それはじつに大きな進歩だ」


 私は彼女のカレシになったとでもいうように肩を大きく引き寄せた。そして抱き締めた。念の為言っておくとここにはレズビアン的要素はどこにもない。あくまで友情の範囲内だ。


「そう心配すんな。キョーカも今日は部活を早めに切り上げて合流するってさ。さっきLINEに連絡があった」

「そうなんだ」


 3人揃ってこそ地味同盟――その思いは私にだってある。だから彼女ほどではないにせよ、京香の合流を心待ちしていた。


 そしてその時こそが、新たなる進撃の始まりなのである。

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