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ジミ地味アライアンス 〜舞坂高校のおばか女子高生三羽烏〜  作者: 塩屋去来


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チャラ男登場





 今のところが上手く行っている、と評価していいだろう。地味同盟の滑り出しは上々。まあキラキラした展開にはなりようもないけれど、すこしだけ懸念していた、ケンカになるようなことはなかったのは有難い。それも地味ゆえのことではあるんだろうけれど。


「で、本日も地味同盟定例会のお時間ですが……」


 とりあえず、昼休憩の時は、よっぽどのことがなければ(例えば、先生に呼び出されるとか)毎日会合を重ねるのがすでに慣例になっていた。それに文句を付ける者もいない。机は大体佳奈のものが中心になっている。彼女はあんまり動きたくはないからだ。簡単に言えば私たちは彼女を構ってやっているのである。


「定例会ねぇ……」

「もうそんなものになっているようなもんだろう、そうだろう」

「はぁ。まあいいけど」


 佳奈の物腰もひところに比べれば大分柔らかくなっている。ような気がする。気のせいかもしれないけれど気のせいではないことにしておこう。だが私の求めているものよりはまだまだ遠い。こいつにはさらに奥がある筈だ。私には分かっている。


「しかし、特にイベントが起こる訳でもないのに、話すことなんかあるの?」

「きみたちがちゃんとすこやかに高校生活を営んでいるか、それは毎日確認報告しなければならないものなのだよ」

「ふぅん。じゃあノリが最初に言いなよ」


 お、と私は思った。京香の私を呼ぶ名前が「紀子」から「ノリ」に変わっている。それもごく自然にだ。無理をしているようには見えない。とても喜ばしい変化だと言えよう。しかし喜ばしいがゆえに私はそれをわざわざ指摘はしない。


「私はいつでも楽しくすこやかだよ!」

「数学の小テストが駄目だったって聞いたけど」

「どこからそんな情報を手に入れた?」

「秘密」


 くすくすと笑う京香。なんともかわいくない奴。しかし愛嬌がない訳ではないので怒ることもできない。なにより小テストがダメダメだったのは事実だったからだ。しかし。


「そういうあんたたちはどうだったんだ?」

「私は……その……まぁまぁ」

「あたしも、そんなには……」


 言葉を濁すふたり。ふたりとも比較的優等生のはずなのだが、いまいち芳しくなかったらしい。


「そろそろ中間テストも迫ってるからねぇ、勉強も忘れてはならないのが地味同盟の決まりだぞ。綱領にも定めただろう。赤点取った奴は謹慎な!」

「あんたが謹慎しないように願ってるよ」


 まぁ、確かにまだ揺籃期にある地味同盟、その盟主であるこの私がそんなことになってしまえば瓦解しかねない。これまで赤点を取った経験は一度もないが、気を付けるに越したことはない。勉強しなければならない。


「その前に体育祭もあるけど」

「やめろ、その呪われし単語は口にするのも憚られる!」

「そんなもんでもないでしょ……」


 鬱蒼とした雰囲気を湛えている佳奈が言った。そのぼさぼさした髪も含めて、複雑怪奇な森林を思わせる彼女だった。もちろん私はそこに冒険を仕掛けているのだけど。


「ほうぅ? カナちんは体育祭が楽しみなのかい?」

「楽しみって言うか、どうでもいい」

「しかし、ここで私たちの運動音痴ぶりが満天下に晒されるんだよ?」


 これも事前に手に入れた情報なのだが、1学期の体育測定で私たちは揃って低スコアを叩き出していた。筋力も走力も悲惨なものである。唯一佳奈が妙に身体が柔らかかったようだが、筋肉の柔軟性は、残念ながら体育祭では発揮されない類の能力だ。


「だから、どうでもいい」

「そんないけずになるなよ~」

「だからって、今さらトレーニングとかしても付け焼刃でしょ」


 京香の指摘はじつにごもっともだった。腑抜けてインドアな生活が常になっている私が焦って鍛えたところで、スパルタ戦士になれる訳がない。でもそれはそれで私たちの個性であり、同じような運動音痴が結束することによって、その修羅場を潜り抜けるのも目的のひとつ。私たちは常に団結し、あらゆる逆境を乗り越える。


「でもなんで学校ってこんなに行事が多いんだろう」


 ぼそっと言う佳奈。彼女の心の裡ではどんな気持ちが渦巻いているのだろう。


「修学旅行とか、あたしは行きたくなかったのに」


 それは事実だった。修学旅行は2年生1学期の時に行われる。行先は北海道だった。それについての詳細を述べることはしないが、ここにその時撮ったクラスの写真がある。めいめい楽しそうな顔をして写っているものが大半の中で、なんと不幸なことか、佳奈の世の中をすべて呪っているような暗黒顔も収められていた。


「なんにもなければいいのに」

「でもまあ、そういうところで社会性を身に着けるのも学校の勉強のひとつだよ」


 京香の指摘はまたもやごもっともだったが、ちょっと危険なものでもある。それは佳奈をさらに陰鬱に沈めかねないからだった。しかしそこまで心配する必要はなかったのかもしれない。佳奈はフラットな顔をしていた。


「うん……」

「ま、なんでも全力投球! とまで考える必要もないさ」


 ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ素直になりつつある佳奈を私は微笑ましく見ていた。彼女がこのまま順調に成長していってもらいたいものなのだが。己の阿呆を受け入れるのが、成長と呼べるのならだが。


「まあ運動はいいではないか。なんとかやり過ごそう」


 などと言いながらお昼ご飯を(つつ)いていた私たちなのだが、そこにちょっかいを掛けてきたのが、忌々しい由美である。そしていつも通り唯も腰巾着として付いて来ている。


「あーあ、あんたらはいつでも陰鬱ね」

「2‐D組の空気が汚れるから、そういうの止めて欲しいんだよねー」

「いや、固まっているほうが一気に片付けられていいんじゃない?」


 私はいらいらはしない。あっけらかんと怒るだけだ。


「ふん。この輝かしい地味同盟の光を見て、どこが陰鬱に見えるのか。そう見えるのなら、それはあんたらこそが邪の側にいる証拠だね」

「なぁにが光なんだか。川べりの(こけ)みたいな奴等が」


 唯の罵倒は中々キレがいい。そこに感嘆しなくもないけれど、それを受けているのが我々なのだから手放しに褒める訳には行かない。


 そして怒っているのは私だけではなかった、見ると京香も佳奈も顔を険しくしている。あまり綺麗な話じゃないけれど、共通の敵がいればこちら側は団結できる。その意味では由美たちに感謝するべきなのだろうか。だからと言って許すわけにはいかない。


「へん。私たちは品行方正に生きているから、なにを言われてもへっちゃらなのさ。むしろあんたらはどうだい? お天道様に顔向けできる生き方してんのか? ちゃらちゃらして遊んでんじゃないの、このユルマン女どもが」

「このッ――!」


 おやおや、と私は思った。予想以上に効いている。実際に遊んでいるからなのか、じつは遊んでもいないのにそんなことを言われたからなのか、それは分からない。彼女たちの実情は知らないからである。しかしカレシがいるとかいう情報はつかんでいない。分かっているのはふたりも部活などには入っておらず、塾にも通ってもおらず、私たちと同じように(と言うと京香は否定するだろうが)暇人なのである。だからこうやって絡んで来てもいる。青春がこんなものでいいのだろうか。


「そんな下品なこと言うなッ!」

「図星かい?」

「そんな訳あるか! あたしは、あたしはぁ……」

「そうだよ。由美ぷーは正真正銘の処女なんだから! 清らかなんだから!」

「あっ、こら! いらんことは言わんでいい!」


 処女であることが名誉なのか不名誉なのか分からなくなってくる話だった。


「じゃ、そっちのチビはどうなんだい」

「へっへっへ……そんなことを教える義理はないねぇ」


 やはりこっちのほうが性根が悪いようだ。そんなふたりがくっついて動いているのもよく分からない話だが、そこをあえて解明する必要はない。


 だがなんにせよ、これは私の勇み足のせいであると認めざるを得ないが、雰囲気はまったく険悪になってしまった。まさに一触即発。憤懣やる方ない、といった感じの由美はふつふつと顔を顔を赤らめ、ぐっと拳を握っている。私はいつ襲い掛かってきてもいいように構えた。とはいえ、殴り合いのケンカでは勝てない自信がある。


「もうちょっと落ち着きなよ。ノリも、瀬島さんも」


 京香は冷静に言っているのだが、この状況ではうまい仲裁にはならなかった。佳奈は俯いたままだ。なぜかさらに暗くなっているような気がする。


 止めるものはなにもない。緊張感は今まさに最高潮に達していた。


 だがここを仲裁する存在――男子は奇妙なところからやってきた。


「そこらへんで止めときな。しょうもないところで内申点も落としたくないだろ」


 引き締まった身体のその男子は、名前を桐生洋二(きりゅうようじ)という。確か水泳部所属のはずだ。


「なぁんだい、あんた。女の諍いに割って入ろうだなんて、男のくせに度胸があるね」

「男だから度胸があるんだよ」


 なんとなくだが、女子を軽く見ているような目付きだった。そうじゃないのかもしれないが、誠実な男子のようには見えない。髪も校則違反ギリギリのところまで伸ばしている。顔立ちは中々いい、と言っていいだろう。なのに男前に見えないのは、まさにその漂う軽薄さの故なのだった。私の偏見に過ぎないのかもしれないけれど。


 俗な言い方をすれば、彼は「チャラ男」である。


「女子がそんな怖い顔してたらもったいないぜ。もっと朗らか明るく過ごしていかないか? 俺は女子がもっと仲良くなる方が嬉しいね」

「あんたの嬉しさの為に仲直りする謂れはどこにもないんだけど」


 だがしかし、確かに桐生くんの登場によって私たちの間にあった火種は萎み、毒気は抜かれた。恥ずかしい話だが、男子に絡まれるのはあまり慣れていないのだ。しかしそうではないはず(はずだよね?)の由美までしゅんとしているのはどういうことか。


 まあいいだろう。


「……ふん。つまんなくなっちゃったわ。オマエラと付き合ってやるのもここまでにしておいてやる。行くよ、唯!」

「ままま、待ってよう、由美ぷー!」


 現れた時も騒がしかったが、去り際も騒がしいふたりだった。金輪際関わって欲しくない相手だが、同じクラスである以上はそうもいかないだろう。だがすくなくともこちらからは絡んでいかないのは間違いない。


「なんだったのよ、あいつら」


 ぶっすりとした顔で京香が言った。まったくその通りである。しかし。


「ほれほれ、京香はもっといつも通り澄ました顔をしてな。かわいい顔が台無しだぞ」

「別に私はかわいくない」

「そんなことないぜ。ていうか女子は大体かわいい」


 そんなことより今の問題はこの男である。桐生くん。一体どういうつもりで仲裁に入ってきたのか。いや、助かったのは間違いないのだけれど、そこになんらかの下心があるのは間違いなかった。彼が色んな女子に絡みに行っているのは隠されてもいないことだったからだ。その割にカノジョがいたという話も聞かない。


「……まぁ、ここは素直にありがとうと言っておくよ」


 私は言ったが、桐生くんはにやっと笑い、首を横に振った。


「感謝することもないさ。女子を守るのは男子の務めだからな」

「気障なことを。あんまり似合ってないよ」


 京香はあくまで辛辣である。しかし彼は気にした風もない。


「ま、そうだな。俺も無償の善意じゃなくて、下心があってやったんだからな」

「やはりそうか。でもどんな下心があるってんの?」


 私はそう訊いて、そして桐生くんは口を開いた――


 そしてそれは私を、否、私たちを激怒させるに充分のものだった。

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