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第12話 コメルソンの望み

「神に誓う、彼女たちを鞭で打ったことも、殴ったこともない。

 か弱い女性に対し、それは恥ずべきことだ」

「ふーん、か弱い女性だからですか」


「当然ではないか。女は男より体が弱く、家の主人を務めるのは無理だ。女が男の庇護なしに生きられようか。

 代わりに女は家庭の中の愛の灯火でいられる。子を産み、家を快適に保ち、その上で少々字が読めれば、私は彼女を女神のように崇拝した。

 完璧だ……我が家に女神がいるのだぞ」


「師匠はたまたま従順で心根の良い妻と愛人を持ったのですわ。我が儘で強情なアマゾネスと縁がなくて幸運でしたわね」

「マリー、お前は男と同等の立場でありたいようだな……」

「もちろんですわ、師匠。

 存知ですか、芸術アカデミーのサロン展に女性の作品がありますのよ」

「……何だと?」


「父親の名で出展するしかなかったのです。いくら優れた絵画でも女の名では見下され、出品者は男の猿真似と嘲笑されてしまう。

 あなたと同郷の天文学者のラランド氏は女性の才能を讃えていますわ。

 あなたは科学アカデミー天文学部門の女性の功績に興味ないでしょうけど、ルポート夫人をご存知?

 ラランド氏の助手のルポート夫人の計算の正確さは男性に劣りません。彗星の軌道計算を支えたルポート夫人の才能は教育の賜物ですわ。

 でも、科学アカデミーの発表時に彼女の名はスタッフから削除されました。誰かが彼女の才能を妬んだのです。

 文明なんて男に都合がいいだけ。だからジャンヌは男装に飛び付いたのですわ。あなたの命令とあなたへの愛だけで従っていたとお考えですか?」


「お前こそ……ジャンヌの純真を利用し、魔物の仲間にするつもりだったのだろう。

 人間の男と同じじゃないかね。お前は特別な力がある。それは人間の女に対して男が力を持つのと同じだ」


 マリーは薬瓶の栓を抜き、中身を捨てようとした。

 コメルソンは嘲笑った。

「図星のようだな。お前はひねくれ者だ……死を前にした男を少しも穏やかにさせない。お前を殴ったことがあったか」

「殴るかわりに『コメルソンの荷馬』という厭らしいあだ名をいただきましたわ」

「まだそれを言うのか」

「撤回していただけませんか」


 マリーの姿が変わり始めた。黒髪は薄い銀色に輝き、眼は青から澄んだオペラピンクになった。さらに水色の翼が背中の後ろに出現した。

 コメルソンはもう驚かなかった。むしろ笑っていた。

「それが……吸血鬼マリーの真の姿なのだな、コシニュがここにいれば良かったのに……こんな姿が見られるとは。

 ああ、何に分類すべきだろう。神がお許しになるなら、大天使ミカエルに似ていると言いたい、パリのリュクサンブル宮殿で見た……ラファエロのミカエルだ……」


 コメルソンの肺は最期の苦痛に襲われ始めた。

 夜明けが近かった。薄っすらと青い闇が白くなり、潮騒が大きくなった。

 彼は寝台の上でもがいていた。

「ジャンヌ、ジャンヌ……もうすぐ会えるぞ……」


 マリーは冷たい手でコメルソンの胸をさすった。

 彼は窓の外がバラ色の夜明けを迎えるのに気づいて叫んだ。

「吸血鬼マリー! いっそ私の命を取ってくれ。それほど良い血じゃあなかろうが、このまま何日も苛まれるのはたまらん。今日を私の命日にしてくれ!」


 マリーはオペラピンクの眼をしばたいた。

「自殺なさるのですか!」

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