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第11話 マリーの望み

「そうです。私はあの戦争の最中に一度死にました。酷い籠城戦でしたわ。

 プロテスタントの自治都市だった港町をルイ13世陛下は御攻めになった。

 せっかく先代のアンリ良王さまがカトリックとプロテスタント双方に和解をもたらし、フランスの内乱を終わらせたのに『親の心、子知らず』ですわ。


 私は写植職人でした。

 女だてらにと思わないでください。あの頃は少なくない数の女職人が印刷に携わっていました。彼女たちはラテン語やギリシャ語を操れました。印刷工房では普通にラテン語が飛び交っていましたの。

 でも、あの戦争で市民の8割が死にました。

 私は職人組合が作った銃弾を持って城壁に上がり、国王軍に放った。そこから何も覚えていません。死体の中に転がっていて、人間と違う何かになったのだけは確かでした。

 ラ・ロシェルが降伏した日の夜でした」


 コメルソンのマリーを見る眼の色が変わった。

「お前の姓はエティエンヌ……、かつて王の印刷工房の名を欲しいままにしたエティエンヌ家の娘なのか。いや、あの印刷一族はカトリックだった」


「あら、師匠。よく御存知ですね。印刷工房なくして学者は論文発表はできませんものね。

 初代と2代目のエティエンヌはプロテスタントでしたわ。カトリックが酷く迫害するので3代目の時に長男はスイスに逃げて次男がカトリックに改宗しましたの。

 栄誉ある工房を潰せませんもの、改宗してでも存続の道を選んだのです。もっとも6代目で潰れてますけど。 

 私は4代目の愛人の子。庶子で女でしたけど、プロテスタントである母の教育の賜物でこうなりましたわ。

 私はアンリ良王さまが暗殺された1610年生まれ。10歳で母を亡くし、カトリック改宗を迫られたため、パリを出奔しました。

 男装してスペインへの巡礼団に加わり、ロワール川を下りましたの。


 第二の故郷ラ・ロシェルを失い、人でない身になって安住の地もなく、やっと小さな家を手に入れたのは30年ほど前。バラを始め、花と薬草を育てました。

 それでも女がひとりで家を構えると、時に偏屈な男たちが横槍を入れに来ました。仲間が必要でしたわ。それに吸血鬼でも、ひとりは寂しいものです。前の仲間を失うと一層それは強くなりました。

 そしてジャンヌ・バレに出会い、彼女に友愛を捧げました」


 夜の海に潮騒が鳴り始めた。コメルソンはふうふう唸りながら言った。

「長生きして何を得たんだ、吸血鬼」

「知識と経験以外、何もありません。人を喰う不死人ですから、特定の人間と長く一緒にいられません。6年もあなたの傍にいられたのは奇跡のようです」

「地獄だったのに……か?」


 マリーは頷いた。

「師匠、私にも望みはあります。

 航海の間中、女と男が対等な立場で暮らせる場所を見つけたかった。南米大陸、太平洋の島々、バタヴィア、このフランス島、どこかにあると信じてポワブル殿のつてで航海者の話もたくさん聞きました。

 そして分かったのです、私が求める場所などないと。女が人間として認められ、男の庇護なしに生きられる場所は見つかりませんでした。絶望しましたが、今、こうしていられるのはこの家を買っておいたからですわ。ね、師匠。私、度胸がありますでしょう?」


「マリー、話せなくなる前に言っておく……。私は妻を愛していたし、ジャンヌ・バレを愛していた。結婚し、妻が亡くなるまでの2年間、自分の家庭を持った幸福と、妻亡き後のジャンヌが優秀な助手で博識な女学者であった幸福は同等なのだ。

 誤解されたまま死ぬと、不死人のお前が将来どこで私に不名誉をもたらすか分からないから言っておく。私は決して彼女たちを女だからと軽んじたことはない」


「そうでしょうか。自分の所有物だから大切に扱っただけかもしれませんよ」

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