嫁が食わない漬物を買って来る
職場の昼休み、同僚の高木さんがお弁当を食べているのが目に入った。共働きで奥さんも働いているので、彼が自分で作って来ているらしい。昼くらい買えば良いのにとも思うが、少しでも家計を浮かしたいのだとか。殊勝な旦那さんだ。
その時、偶然、彼のお弁当の中身が目に入った私は、昨日も同じ具が入っていた事を思い出した。特徴的な漬物。だから、
「その漬物、好きなの? 昨日も入っていたわよね」
とそう尋ねてみた。特別美味しいのかと思ったのだ。ところが彼はそれを聞くなり溜息を漏らすのだった。
「どうしたのよ?」
と、思わず尋ねてしまう。すると彼はこう答えた。
「別に嫌いなわけじゃないけど、流石に飽きたよ」
私は首を傾げる。それならお弁当の具に選ばなければ良いだけの話だ。何を言っているのだろう?
「いやね、彼女が買って来ちゃうんだよ。この漬物」
「つまり、奥さんが好きなの?」
「いや、多分、好きじゃないと思う。だって自分じゃほとんど食べないから」
「なら、どうして買って来るのよ?」
「それが分からないから困っているんだよ」
ある日、何故か彼の奥さんはその漬物を初めて買って来たらしい。どうして買って来たのかは分からない。が、あまり食べようとはしない。多少神経質なところがある彼が賞味期限を確認してみると既に後少しに迫っていた。“このままでは捨てるしかなくなってしまう”と彼は思い、その漬物をがんばって食べてなんとか片付けたのだそうだ。ところがそう思ってホッとしていると、また奥さんは同じ漬物を買って来てしまった。そしてやはり自分ではあまり食べない。それでもしばらくは様子を見ていたのだが、漬物の減りはやはり遅かった。そうこうしているうちに賞味期限が迫って来て……、
「またあなたががんばって食べた、と」
「そうだよ。で、なんとか食べ切ったと思ったらまた買って来る……」
それでまたこうしてお弁当に入れて食べているのだろう。確かに地味に大変かもしれない。
「それ、もしかして奥さんからの嫌がらせじゃないの? 何か怒らせたとか」
「いや、そんな覚えはないよ。それに彼女は大らかなタイプでしかもサバサバしている。仮に怒っていたとしても、こんな陰湿な嫌がらせはしないはずだ。もっと正々堂々と文句を言って来ると思う」
「ふーん」
“それなら直接訊くしかないのではないか”と私は思ったが、そこは微妙な空気でなんとなく訊きにくいとかあるのかもしれない。ま、彼が気にし過ぎているだけなのかもしれないが……
「……なんて事があってね、凛子ちゃん」
休日、私は同じアパートに住んでいる鈴谷凛子という女子大生にその話をしてみた。彼女は妙に勘が鋭いところがあって、こういった謎を簡単に解いてしまったりするのだ。
すると彼女は「それってとてもシンプルな話じゃないですか?」と何でもない事のように言う。
「何が?」
「まず、奥さんがその漬物を買って来たのは単に安かったからだと思います。賞味期限切れが迫っていたのですよね?」
「ああ、そうか」
「その奥さんは大らかな性格だそうだから、きっと賞味期限切れも特に気にしないでゆっくりと食べていたのでしょう。が、旦那さんは“これはまずい”と思って急いで食べてしまった」
私は頷く。彼の話ほぼそのままだ。が、疑問は残る。
「でも、それならどうして奥さんはまたその漬物を買って来たの?」
「それはきっと綾さんと同じ理由です」
は? 私と?
首を傾げる。
「綾さんはその人がお弁当にその漬物を毎日入れているのを見て、その漬物を好きに違いないと思ったのですよね? なら、その奥さんも同じ様に考えたのじゃないですか?」
それを聞いて私は理解した。彼は賞味期限を切らしてはいけないと懸命にその漬物を食べていた。賞味期限切れを気にしない奥さんからしてみれば、“うちの旦那はこの漬物を好きなのだろう”と思えてしまう。
「なるほどねぇ、その線が強そうだわ。嫌がらせとかじゃなくて良かったわ」
もっとも些細な点ではあるが、夫婦間のすれ違いではあるだろう。こういう何気ない“ズレ”が大きな問題に発展してしまう事もあるだろうから、彼には忠告をしてあげるべきかもしれない。