表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

戦国?転生したけども

戦国?転生したけども2 堺の武侠者

作者: とる

短編作品「戦国?転生したけども」の続編です。未読の方は前作からお読みください。設定を前作から引き継いでいるので本作では細かい説明は省略しています。

 俺の名前はサバ。和風異世界戦国時代の漁村で生まれて筋トレを頑張った結果、身長185cm越えのガチムチ偉丈夫になった現代日本からの転生者だ。

 ある時、生まれ育った漁村が織田信長の侵略を受けたので、紀伊半島をぐるりと回って大阪の南の方まで逃げることになった。そこで戦乱か盗賊に襲撃されたかで廃墟となっていた岬の近くにある村に間借りして適当に暮らしていたのだが、最近になって元村人が続々と帰ってきて、だんだん居心地が悪くなってきたので出て行こうか迷っている。


「村長さんよ。この家の住人が帰ってきたなら俺がどっか移ろうか?」


「いえいえ!とんでもない!サバさんには好きなところを使っていただいて結構ですので!」


 俺としては持ち主が帰ってきた家は落ち着かんから返したいんだが、村長は俺に貸しときたいらしい。徒党を組んでやってくる盗賊を一人で叩きのめす俺の武威を当てにしてるのが見え見えだ。


「サバさん、熱燗ができましたよ♪つまみも用意しましたので沢山食べてくださいね♪」


 村長の娘の恰幅の良いお嬢さんが酒を持ってきた。つまみにやたら精がつきそうなぬるぬる食材がてんこ盛りなのはやりすぎだろ。家の貸与は防衛の対価なので受け取っても良いんだが、娘をあてがおうとしてくるのはありがた迷惑だなぁ。今のところ所帯持つ気はないし。酒と飯を貰ったら村長たちを家に帰す。素知らぬ顔で泊まっていこうとする娘さんを村長に押し付けて無情に戸を閉めると、どっと気疲れが押し寄せてきた。俺って人付き合いがめんどいタイプなんだな。やっぱ出ていこう。


 翌朝、日も上らぬうちから旅支度をして家を出る。旅支度といっても水と握り飯と銭と愛用のダンベル兼武器の金棒を持っていくぐらいだ。釣竿やら洋式便器の出来損ないやらそれなりに物は持っていたが全部置いて行く。ちょっと惜しい気もするが旅に余計な荷物は持っていけないのでお別れだ。

 家の近くの岬から海を眺めたが、あいにく曇りで光源がないので身体強化魔法のかかった俺の目でも暗くてよく見えない。ここの眺望が好きだったのだがまあ仕方ない。あばよ世話になったな。


 左手に波の音を聞きながら暗い峠道をざりざり歩く。この時代の道は舗装されていない凸凹の土の道だ。歩き難くてしゃあないが雨が降ってないだけましと思いながら、村の者が追って来れないくらい先に進む。まあ万が一村人に追いすがられても応える気はないが、話すのも面倒だし。


 日が真上に来たころ、浜の松林の木陰に座って水を飲みながら休憩する。朝早かったのでひと眠りしていると、ざりざりと足音が俺が歩いてきた道の方から聞こえてきた。


「──やあサバさん、お待たせして申し訳ない」


 声をかけてきたのは白髪交じりの年配の男と、大荷物を背負った若い男の二人組だ。二人共みすぼらしく見える着物を着ているが大きな街の商人であり、岬の村に焼き物の買い付けの商談に訪れた帰りである。彼らに街までの案内をお願いして、代わりに護衛を申し出たのだ。


「いや待ってないですよ。──お付きの人の荷物が増えましたね。少し持ちましょうか?」


「いえいえお気遣いなく。()()()()のサバさんが護衛してくださるんで、ついつい買いすぎてしまいましたハハハ」


 品のある年配の商人はそう言うと隣に腰を下した。彼らも休憩にするらしい。彼らは普段の移動では盗賊に目をつけられないように契約だけして、商品の買い付けなど目立つ荷物になるものは持たないようにしているそうだが、二つ名持ちの俺が護衛するということでサンプルの焼き物を買って帰ることにしたそうだ。

 ちなみに『岬の大鬼』というのは、襲ってくる盗賊や魔物を金棒でしばき倒して退治しているうちに、いつの間にか付けられていた俺の二つ名だ。たぶん村長が抑止のためにわざと広めたんじゃないかな。


「ところで、荷物の風呂敷からはみ出てるのって、ひょっとして洋式便器では?」


 丁稚の背負う荷物から、俺から村人に伝えた洋式便器がはみ出ていた。俺も作ろうとしてみたんだが作陶で躓き、村に戻ってきた焼き物職人に伝えて出来上がったものだ。水洗ではなくボットン式だがおつりが来ないように工夫された逸品である。


「ええそうです。使ってみると楽でいいモノですよね。裾も汚れないし、足腰弱ったご隠居さんには特にいいんじゃないかと試し用に一つもらいました。聞けばサバさんが考案したそうですね?」


「考案なんて大それたもんじゃないですよ。誰からか忘れましたが聞いたモノを職人に伝えただけです」


 年配の商人は他にも仕入れた白っぽい陶器を見せてくれた。俺には陶芸の才能はなかったが現代知識の恩恵はあったので、ラノベで読んで憶えていた釉薬のレシピを職人に伝えたら白磁とまではいかないが白濁した良い感じの陶器を作ってくれた。村長はそれを村の特産品にしたいようだ。


 休憩を終えて街に向け出発する。荷物が増えたので今回は海沿いのルートをまっすぐ帰るそうだ。途中に宿場町があればよって休むが、小さな漁村はスルーして野宿する。この時代、村人が夜盗にジョブチェンジするのはよくあることなので防犯のためだ。




 目的の街まで数日のところまで来たところ、道が隠れるほどに夏草の茂った草原を通ることになった。俺が先頭に立って金棒で丈の長い草を倒しながら突っ切っていく。季節は初夏に入るところなので鉄の棒を振り回してると汗ばんでくる。今日は水場のあるところで休みたいものだ。

 ガサガサガサと俺が倒す草とは別の音が斜め前方から聞こえてきた。周りを見ると朽ちた武具っぽいのが落ちているのが目に付く。


「どうやらここは戦場跡のようです。お客さんが来ましたよ。お二人は後ろの開けたところでじっとしてて下さい」


「わかりました。お任せします。…盗賊ですかねえ?」


「いや、この匂いは魔物みたいですわ。真昼間からご苦労なこって」


 下草をなぎ倒して広いスペースを確保していると、草をかき分けて朽ちた胴丸を着けた腐りかけの死体が5体ほど現れた。ぼろぼろの刀や槍を持っている。このあたりで起きた合戦の死者が亡者と呼ばれるゾンビになったのだろう。ここは現代日本の過去とはちょっと違う和風異世界なので魔物も存在しているのだ。

 ゾンビがどうやって生者を知覚しているかわからんが、5体のゾンビは正確に俺たちを標的にしている。この世界でもゾンビは生きてる人間の肉を喰らいたがるので和解など不可能。発見・即殲滅が推奨される。


「往生せいやぁ!」


 向かって右端の槍持ちのゾンビが反応できない速度で間合いに踏み込み、横から胴丸に金棒を叩きつける。某有名海賊漫画の百獣のカ〇ドウの雷〇八卦のような超威力の一撃でゾンビの胴丸と腹がバラバラになり、上半身と下半身が分かれて他のゾンビを巻き込んで吹っ飛んでいく。次に持ちこたえた刀持ちゾンビに狙いをつけて上段から頭を叩き潰した。ゾンビは弱い魔物なので他の3体も特に問題なく順番に叩きのめすことができた。


「サバさん!右奥にもう1体弓持ちがいます!」


 年配の商人の警告に首を巡らせて敵を確認すると、離れたところから弓を構えて俺を狙っているゾンビが見えた。身体強化魔法のかかった俺の動態視力なら発射された後の矢でも避けられる。冷静に発射後に避けてから近づこうと身構えていると、弓ゾンビの矢は発射前に弓が壊れて10㎝も飛ばずに落ちた。まあ刀も朽ちてるほどだから、より繊細な武器である弓が無事のわけがないな。とっとこ近づいて最後のゾンビの頭を吹っ飛ばして戦闘は終了した。


「──うえぇ、俺の金棒が腐汁まみれに…」


「この草原の先に沢がありますんでそこで洗ってくださいな」


 武器の後始末が大変なのでゾンビは魔物の中でもぶっちぎりの不人気だ。死体の頭を潰したり坊さんが供養しとくとゾンビ化を防げるそうだが、戦場ではそこまで手が回らなくて放置された死体がこうやって人を襲うことがままある。生前の動きはしないので強さはそこそこだが数が多くなると厄介だ。なので戦場跡などは僧侶による供養の法事が済むまでは一般人は近寄らないことが推奨される。


 街までの道のりではゾンビをはじめ、他の魔物にも何回か出くわすことになったが、幸い俺一人でどうにかなるレベルだったので無事に済んだ。


「いやあ、いつもより魔物が多かったですよ。サバさんがいなかったら危なかった」


 最近、畿内でも戦が増えたので陰の気を好む魔物が増えているのではないかとの話だ。村々を行き来する行商人もこれからは護衛を多く雇う必要があるかもしれないと年配の商人と丁稚が話あっていた。




 街に近くなると魔物は適宜駆除されているので遭遇することは減る。大きな問題もなく俺たちは目的地の街へついた。俺にとっては今世で初めて訪れる地だ。


「無事たどり着けました。ありがとうサバさん。ようこそ環濠都市『堺』へ」


 堺は都市丸ごと水堀で囲まれた城塞都市で、商人による自治が時の天下人によって認められてきた特殊な都市だ。都市の入り口は市民権を持つ者とそうでない者とで分かれている。年配の商人のツレということですんなりと街へ入れたのはラッキーだった。


「それではサバさん、ここまでの護衛ありがとうございました。お時間があればうちの店にもよってやってください」


 正式な護衛契約ではなく報酬も発生しないので街に入ったところで年配の商人とは分かれた。茶でもどうかと店まで誘われたが何か用事があればよることもあると断って街の散策への興味を優先した。


 堺は海外貿易が盛んなので都市内には南蛮人や明人など外国人が多く行き来している。文明開化したのかと思うほど洋風の煉瓦の建物が建ち並び、通りを歩いている人の中には南蛮服を着た日本人もいた。街の中には水路もたくさん走っており、行ったことはないが水の都ヴェニスのようでとても美しい街並みだ。

 俺は歴史に詳しくないので史実のこの都市がここまで先進的に発展してたかは知らない。けどここは和風異世界なので史実とは別の歴史を辿っているのかもしれないな。


 街の中は綺麗に掃き清められていて通行人も小綺麗な格好をしている。俺は自分の古びた小汚い着物を見て場違い感を感じた。お金は盗賊どもから徴収した迷惑料があるので街に合わせた服を買おうと思い、古着屋を見つけて中に入った。


「いらっしゃい。うぉっ!ずいぶんでっかい兄さんが来たね」


 古着屋の店主のおっさんが読んでいた瓦版から顔を上げてこっちを見た。おっさんは日本人らしく髷を結って着物姿だったが、売っている古着は無国籍に色々なモノを取り扱っていた。シャツみたいな襦袢や草鞋じゃないサンダルやブリーフっぽい下着もある。どこの国のかわからないが丈夫そうなズボンっぽい形の袴(?)があったので買うことにした。上着はアロハっぽい派手な柄の小袖が気に入ったのでそれも買うことにする。下着はボクサーパンツがあれば買いたかったのだが流石にこの時代にそんなのはなかったので褌のままだ。

 店主のおっさんに金を払い、店の隅で着替えさせてもらう。ズボンは俺の体格だと七分丈パンツみたいになった。これから夏なのでまあいいだろう。小袖も俺の体格だとアロハシャツみたいだ。前を締めるとキツイので開けっ放しにしておく。戦国時代に七分丈パンツとアロハシャツ着た蓬髪の兄ちゃんが登場するのはなかなか面白いと思う。金のネックレスがあればなお良しだが、無いのでアクセサリー代わりに金棒を背負っておく。某海賊漫画に出てきそうないかついファッションになったな。

 古着屋を出て通りを歩いていく。小綺麗な格好になって街に馴染めたかというと、ちと傾奇者過ぎたか浮いてる気がしないでもない。道行く人が目をそらすのは俺のファッションセンスではなく筋肉ムキムキのガタイのせいだと思いたい。ちなみに脱いだ古い着物は古布として下取りしてもらった。


 さて、街の散策もいったん置いて、仕事を見つけるためにある場所に行こうと思う。場所は旅の途中で年配の商人に聞いていたのでわかっている。大通りを都市入り口方向に戻っていくと和風建築の大きな建物の前に着いた。表には看板が掲げられ、そこには『武侠者(ぶきょうしゃ)組合』と大きく書かれている。異世界名物『冒険者ギルド』だ。


 老舗旅館か和風銭湯のような開け放たれた入り口をくぐると、ちょっとしたお寺の本殿ぐらいの広々とした天井の高い土間となっていた。横の壁には掲示板が掲げられ、貼り付けられた木札や紙を見ている人間の姿があった。そういえば識字率はどうなんだろうな?俺は転生者の嗜みとして読み書きは出来るように調べて勉強はしたが、普通の冒険者って教育されてなさそうな低能がなるイメージなんだが。

 横の壁に近寄って見てみると、掲示板は金・銀・銅・鉄・木と表記して分けられ、掲示物の内容も異なるようだ。おそらく鉱石の種類は冒険者ランクってやつだな。高ランクの金級の掲示板には紙に依頼内容が文章で書かれていて、低ランクの木級の掲示板には木札に荷物を運ぶ人とかの絵だけが書かれている。金額すら書かれてないのは数字すら読めない人向けか。上に行くには字も読める頭がないとダメってことだな。

 掲示物を適当に流し見してから奥に進む。奥には受付があり、銀行のカウンターのように格子越しに受付の人が座っているのが見える。一つしか開けられていない受付窓口の前には何人か並んでいるが、13時ぐらいの時間帯のせいか、さほど混んでいるようには見えない。武侠者登録をするために俺も列に並ぶことにした。

 列の最後尾に並ぶと、前に並んでいた武侠者というよりただの町人っぽい気の弱そうな兄ちゃんが、気配を感じたのか振り返って俺を見上げ、慌てて横にずれて小さくなった。別に俺は順番ぬかしなんてしないから譲ろうとしなくていい。普通に並んでろと指で指図して順番を待った。


 受付まであと二人となったところで草鞋の紐が解けているのに気づいてしゃがんで結びなおしていたところ、前に並んでいた兄ちゃんの前に三人組のガラの悪い男達が横入りしてきた。


「あ、あの…」


「ああん!なんだぁ?文句あんのかぁ?」


 男達は非常にわかりやすいチンピラムーブで気の弱い兄ちゃんにすごみだす。兄ちゃんはビビってしまってなかなか言い返せない。ガラの悪い男達はさらに調子に乗って兄ちゃんに絡んでいた。受付の人も横目で見てはいるが他の人に対応中のせいか特に何も言わないようだ。

 俺は草履の紐が結び直せたので小さく溜息をついてから立ち上がった。気の弱い兄ちゃんの後ろから筋骨隆々の大男がいきなり立ち上がったものだから、調子に乗っていたガラの悪い男達はビクッとして黙り込んだ。


「おい、後ろに並べ。横入りすんな」


「「「えっ、おっ、す、す、すみませぇんっ~!!」」」


 冒険者ギルドでの新人に絡むベテランの定番イベントかなと内心ワクワクしながら殺気マシマシの目で睨むと、三人組は慌てて詫びを入れて列の最後尾に走って移動してしまった。後ろからコソコソと三人組の話声が聞こえてくる。


「やべえよすげえ迫力!殺されるかと思ったぁ」


「俺あの金棒背負ってる大男見たことあるかも。たぶん岬の大鬼だと思うわ」


「それって最近調子乗ってた侠客集団が名を上げるために30人で挑んで返り討ちにあった相手か!?」


「それそれ、あいつら盛大に宣伝してたから喧嘩見物に行ったんだが凄かったぜ。人がポンポンとあの金棒で空高く打ち上げられて海に叩き込まれていったんだ」


「まじかよやべえな!──」


 ふーん、俺の二つ名って結構有名なんだな。今背負ってる金棒も今の時代では珍しい野球バットを太くしたような特徴的な形だから同定されたのかな。こんな都会でも知ってる奴がいるとは、ちょっと承認欲求がくすぐられたわ。絡まれていた兄ちゃんが眉をハの字に下げてお礼を言ってくるので、気にすんなという意味を込めて手をひらひらさせといた。




 受付の順番が来たので格子越しに担当者の前に立つ。意外というか定番というか受付は妙齢のお嬢さんだった。服装は和服だが髪型は日本髪ではなく南蛮渡来なのか現代的な結い上げ方をしていて、花飾りのついた(かんざし)を挿しているなかなかの美人さんだ。胸に『(なつめ)』と書かれたプレートが掲げられている。名前だろうか?さっき揉め事を解決したせいか愛想の良い挨拶をしてきてくれた。


「こんにちは。武侠者組合へようこそ。初めてですよね?」


「ああ、冒険者…じゃなくて武侠者の登録をしたい」


「はい。ではこちらの用紙をよく読んでから署名をお願いします。代わりに読んだり書いたりも致しますがどうしますか?」


「いや、読み書きはできるから不要だ」


「はい。わかりました。素晴らしいですね。読み書きは武侠者として上級にあがるために必須の教養ですので」


 受付嬢に渡された紙には派遣労働者の雇用契約みたいなことが書かれていた。特殊なのは都市の行政府から組合員になんらかの協力要請があれば特段の理由なく断れない、とかそんな内容もあることだ。まあ冒険者あるあるの魔物のスタンピード対応とかだろうな。戦争協力とかあるんだろうか?


「武侠者組合は支部間で移籍とかできるのか?例えば堺支部から尾張支部とか」


「武侠者組合はここだけですので支部とかはありませんよ。尾張にも似た組織はあるそうですが提携関係はありません」


 残念。国を跨ぐ世界的な組織ではないんやね。ランクについても聞いてみよう。


「武侠者の序列ってどういう仕組みだ?壁の掲示板は金・銀とか分けられてるよな」


「はい。組合員には上から金・銀・銅・鉄・木の5つの級のどれかが振られています」


 受付嬢がカウンターの下から絵が描かれたフリップを取り出して説明してくれた。想像通り、新人は木級から始まり、依頼の完遂などで組合から振られる貢献度をためることで昇級することができる。依頼失敗やペナルティを受けるべきやらかしをした場合は貢献度取り消しや組合からの除名もありうるとのことだ。新人あるあるの加入試験はなかった。Aランク試験官を圧倒して俺ツエーはできないようだ。


「仕事を受ける流れは、あちら壁際の掲示板に張られた依頼を見て、こちらの受付で受けたい依頼をおっしゃってください。依頼内容と組合員の級をみて仕事を任せるか判断します。基本的にはご自分の級の掲示板に張られた依頼を受けるといいですよ」


 級ごとにどんな仕事があるかも聞いておく。


「木級は荷運びや都市清掃などの人夫が主な仕事ですね。鉄級は仕事内容は木級と変わりませんけど、もう少し信用が必要な仕事を任されることもあります」


 受付嬢はフリップをカウンターの下にしまいながら説明を続けてくれる。


「銅級になると都市内外に現れる魔物の駆除を任されることもあります。堺は街中に水路が張り巡らされていますからね。都市内でも結構、水生の魔物が現れるんですよ」


「ふーん、そういうのに対処する官憲はいないのか?」


「堺は自治都市ですから。お武家様が担うような仕事も住民で行います。その部署が武侠者組合ってわけですね」


 なるほど。武力集団が食い詰め者でも入れるようなゆるい組織でもいいのか心配になるが、上が優秀なのか今のところうまくいってるのだろう。


「銀級は都市内外に現れた強力な魔物への対処を主導して行ってもらいます。下級の武侠者を従える指揮官ですね。武力だけではなく統率力も必要なので教養も必要な実質最高の人材ですね。金級は名誉職的なところがあるので現役で持ってる人はいません。秘密ですよ?」


 人差し指を口の前に立ててウィンクしてくるとは、なかなか可愛いじゃないかこの受付嬢。


「ところで魔物は銅級以上じゃないと狩っちゃダメなのか?」


「そんなことはないですよ。木級でも魔物の買い取りは致します。ただ組合が仕事として依頼するのは銅級からですね。実力が足りない人が魔物に挑むのは危ないことですから…」


 受付嬢にも何か思うところがあるようだが今日会ったばかりの俺が聞くことでもないのでスルーしておく。武侠者組合の建物の裏に魔物の買い取り所があるとのことだ。魔物の亡骸を持ち込んだら査定して買い取ってくれるらしい。

 他にも色々聞いて納得したので渡された用紙にサインして提出したら、組合員の証として木製の割札が貰えた。仕事の受領書や領収書に印鑑のように押印して使うらしいので、紛失しないようにと言われた。新規発行手数料は千銭(せんぜに)だ。これは現代の価値で千円と思ってもらっていい。史実と違うような気がするが、ここは魔法があり織田信長が(いみな)で通じるわかりやすさ優先の和風異世界なのでこれでいいのだ。知らんけど。再発行は新規の百倍とのこと。無くさないように気をつけよう。


 受付嬢に礼を言って武侠者組合を出ることにした。結構長いこと話し込んでいたので隣の受付窓口が開いて、後ろに並んでた奴等はそっちへ行ったようだ。担当はおっさんだったので受付は嬢だけじゃないんだな。


 夕暮れ時になり、通りに設置された街灯に明かりが灯された。なんとこの街には街灯があるのだ!といっても油や電気で点くものではなく、魔物の亡骸を加工して作り出された黒い石をエネルギー源として発光するらしい。年配の商人が言うには加工法や原理など詳しいことは軍事機密とのことで詳しいことはわからない。武侠者が狩った魔物を組合が買い取り都市のエネルギーを賄うという仕組みが堺という先進都市では出来上がっているのだ。すごくファンタジー。

 夜でも明かりがあるので開いてる店も多い。台湾旅行で行った夜市のようなごちゃごちゃした屋台が並んでる通りを人波をかき分けて歩くとテンションが上がっていいな。堺は新鮮な魚介類が手に入りやすいし海外貿易も盛んなので食文化が豊かだ。多国籍なジャンクフードを買い食いしてたらすぐに腹が満ちてしまった。ここの食を制覇するのは一筋縄ではいかなさそうだぜ。その日は一人部屋の空いてる宿屋を探して泊まることにした。




 次の日、朝早くから起きて武侠者組合に向かう。木級の人足の仕事は朝一じゃないと受けられないと受付嬢に言われたので早朝出勤をした。組合建物には昨日と違って沢山の人間がいる。着物姿の軽装の奴らは人足仕事目当てだろうが、胴丸に槍や刀を持っているのは魔物狩りを予定している銅級以上の奴らということだろう。木級の仕事なんて種類が少なそうなんで掲示板を見ずに受付に並んだ。


「あっ、サバさんおはようございます」


「よっ、おはよう。荷運び人足の仕事ないかな?一日仕事なら場所はどこでもいい」


 運良く昨日の受付嬢に当たった。少し慣れた感じで挨拶を交わす。


「荷運びなら港湾でどうでしょう?きついけど報酬はいいですよ。一日15000銭です」


「いいね。それにするわ」


「けどほんとにいいんですか?サバさんて二つ名持ちですよね。実力があるなら魔物狩りの方が儲かりますよ?」


「いいんだよ。木級の仕事ってのを体験してみたいんだ」


 受付嬢に受領書を出してもらって割札を使って初の押印をしてみた。受付嬢にも片割れの割札で押印してもらったので、港に行って受け入れ担当者にこの受領書を見せれば仕事を受けられる。仕事終わりにこの受領書に雇用主側の印を貰って組合に提出すれば報酬が支払われるという流れだ。


「そうだ。仕事に行ってる間、この金棒を預かってもらいたいんだが、そういうのはやってるか?」


「荷物の預かりでしたら裏の魔物買取所にどうぞ。併設してますので」


 荷物を預け、水路を迂回しながら歩くと小一時間はかかる港に向かう。街中の水路を通る巡回船もあるそうだが、待ってられないので走っていくことにする。幅10mの水路も飛び越えれば大幅なショートカットだ。半分以下の時間で移動して港の一角に建つ事務所に着いた。


「おぉっと、ずいぶんと屈強な兄さんが来たね。仕事は港に停泊している船の荷物の積み下ろしだよ。人一倍働いてくれたら日当に色を付けるから頑張ってくれ」


 港側の担当者に受領書を見せて仕事内容の説明を受けてから現場に移動した。石で組み上げた岸壁から桟橋が沖に伸びて喫水の深い南蛮船でも泊められる船着き場に大きな和船が泊まっている。現場に行くとすでに何人かは仕事を始めていた。現場監督に声を掛けて仕事の指示を受ける。船に積み込む荷物は一応サイズ規格を合わせた1m四方の木箱に収められていた。普通は一個ずつ運ぶ重さだが俺なら二個ずつでも余裕を持って運べる。日当に色を付けるという言葉がどこまで信用できるかわからんが、ちょっと頑張ってみようと思う。


 朝から作業を始めて昼には一隻目の船の積み込みが終わった。現場監督には大層喜ばれて昼からもよろしくと言われた。昼飯を港近くの屋台でテイクアウトし、桟橋の海風が気持ち良い場所で食べる。笹にくるまれた玄米おむすびの具はカツオのおかかだ。甘辛い味が労働で疲れた身体に染み渡る。午後からの仕事は積み下ろしだ。船が入港するまで桟橋で青空を眺めながらボーっとする。


 空にもくもくと立ち上がる積乱雲を見上げながら綿菓子機の構造を考察していると、遠くの桟橋に停泊している南蛮船から怒声が聞こえた。金属の打ち合う音も聞こえるので、どうやら戦闘が発生しているようだ。船の甲板では荷運びの日本人と船員の南蛮人が蠢いている。その中に明らかに毛色の違う人型の存在も見えた。

 銀色にぬらぬらと光る鱗に覆われた身体に魚の頭は魚人マーマンの特徴だ。海面から船壁をヤモリのようにペタペタと登って続々と甲板に上がっていくのが見える。甲板では上り終えた魚人と人間が戦い始めていたのだ。船員の湾刀カットラスと魚人の持つ一角獣の槍が打ち合うたびにあたりに金属音が響く。港内を見渡すと他にも何ヵ所かで魚人と戦っている音がするので結構大きな襲撃なのかもしれない。

 俺は荷運びの仕事で来たので魔物の襲撃に対処する必要はないが、桟橋でのんきに見物したままというのも外聞が気になるので、現場監督と他の人夫が詰めてる小屋に戻った。


「魚人が入ってこないように窓を何かで塞げ!」


「うぃっす!」


 小屋の中はバタバタしていた。魚人の襲撃を知って警戒しているようだ。


「おう監督さんよ、何か手伝うことあるかい?」


「おっ、あんたかい。あんたなら魚人が来ても倒せそうだけど、いけるかい?」


「わかった。小屋の前で魚人が来たら倒しとくよ」


 現場監督に声をかけてから小屋の外に出ると、ちょうど岸壁からイワシ頭の魚人が上がってくるのが見えた。愛用の金棒は武侠者組合に預けてきたので丸腰だが、成人男性ぐらいの体格の魚人程度なら素潜り漁師やってた時に何度も退治してきたのでどうとでもなる。海から上がったばかりで戦闘態勢に無い魚人に走り寄って豪快なアッパーをかます。他の魚人があっけにとられた目で沖に放物線で飛んでいく仲間を見上げていた。


「惚けてる場合じゃねえぞ。次々行くぜ!」


 どんどん岸壁に上がった魚人に拳を叩きこんでいく。身体強化魔法のかかった俺の拳は魚人の硬い鱗も簡単にひしゃげさせて仕留めてしまう。一角獣の槍で反撃してくる奴もいたが木っ端魔物の攻撃にあたってやる気はない。槍ごとぶん殴って地面に沈めてやった。1体目は沖に飛ばしてしまったが魔物の亡骸は武侠者組合が買い取ってくれるので他は海に落とさず倒していった。


「──壮観だねえ。水際で全部倒してくれたおかげで小屋に被害がなくてよかったよ」


 魚人の襲撃もひと段落し、現場監督が小屋から出てきて死屍累々の光景を見て感嘆したように呟いた。


「こういった魔物の襲撃ってよくあるのか?」


「まあ堺の街は魔物にも人気なのか、結構あるよ。ここまで規模が大きいのは年に数回だけど」


「ふーん。魔物の死骸を買取所までどうやって運ぶかなぁ」


「ああ、それはこっちでまとめて買い取るよ。後で上に数を申告してくれ。現場監督の俺が倒すのを見てたからすんなり通るだろ」


「手慣れてるな」


「よくあることって言ったろ」


 ここらは静かになったが、他の場所ではまだワーワーやってる。俺たちが一休みしていると誰かが息せき切って走ってきた。


「おーい!こっちにデカいのが出たんだ!助太刀頼む!」


 走ってきたのは仕事の説明をしてくれた港側の担当者のおっさんだった。最初に俺が魚人を見かけた船とは別の南蛮船に魚人の襲撃があり、そこに通常の3倍はありそうなデカさの魚人が混ざっていて、警備を請け負っていた銅級の武侠者達では止められなさそうとのことだ。


「わかった!俺が行こう!」


「助かる!こっちだ!」


 担当者のおっさんに先導され俺は走り出した。


「デカいのが出たのはその船のとこだけか?」


「ああ、魚人の数も多いし、奴らの狙いの本命じゃないかと思う」


「魚人が好きそうなモノでも積んでるのかねぇ」


「南蛮船の積み荷の内容はうちらじゃわからん。港への襲撃者は撃退するだけさ」


 南蛮船の接舷している桟橋に着くと、ちょんまげの武侠者と革鎧を着た南蛮人護衛とイルカの頭をした魚人たちが船の内外で入り乱れて戦っていた。

 桟橋の手前では2mを優に超える背丈をした力士体型の魚人が丸太を振り回して大暴れしている。顔はゴンドウイルカのようなちょっとかわいい鼻の低いイルカ顔だ。


「「うわぁぁぁ!?」」


 最後まで力士魚人を抑えていた武侠者と南蛮人の若者が吹っ飛ばされてくる。


「あとはまかせろ!」


 倒れて呻いている武侠者たちを飛び越えて俺は力士魚人の前に躍り出た。


「よっしゃ、俺の相手をしてもらうぜ!」


「クルルルルル…!」


 力士魚人は背丈を超える丸太を横殴りに俺に叩きつけてくる。


「おらぁっ!!」


 俺は拳でそれを迎え撃ち、ズドンと腹に響く音を立ててはじき返した。丸太を跳ね飛ばされて仰け反りたたらを踏んだ力士魚人に、はっきよいとばかりに相撲のぶちかましをかける。力士魚人は俺の体当たりに耐え切れず、後ろに吹き飛びながらドズゥンと大きな音をたてて倒れこんだ。


「「「おおぉぉぉぉぉ!!!!」」」


 俺と力士魚人の立ち合いに周りのギャラリーがやんややんやと沸いた。力士魚人はイルカ顔を顰めながら腹を抑えて立ち上がると、ウォォォォォン!と大声で吠えて気合を入れて俺に掴みかかってきた。

 ドガァンと重量級同士のぶつかり合いで大気が震動した。体格では力士魚人の方がデカいので、がっぷり四つに組んでは俺に不利に見える。だが俺には身体強化魔法がある。かつて兄貴に見せてもらった水魔法(水神様の神通力)が羨ましくて必死に練習したけど、結局目に見える効果の魔法は身につかなかったが、肉体的にあり得ない力を発揮する身体強化魔法は会得できた。


「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」


「グ、グビュッ!?」


 未だに身体強化魔法の発動原理はよくわからんが気合を入れるといろいろな身体能力が強化される。力士魚人の寄り切りに対抗して気合を入れ、俺は肉体的にあり得ない力で力士魚人の身体を持ち上げ、それを真上に放り投げた。


「クルルォォン!?」


 5mは上空に投げ飛ばされる経験は初めてだろう力士魚人は驚愕の悲鳴を上げ続ける。身体ごと後転して頭が下を向いて落ちてきたので、重力加速度をさらに増させるように落ちてきた身体を掴んで地面に叩きつけてやった。

 ドグォンッッッ!!!!と踏み固められた埠頭の地面が揺れる。力士魚人の頭が地面に亀裂を作り、少し遅れて顔面の各所から血が溢れだす。掴んでいた身体を離すと力の抜けた身体はドズンと重い音を立てて地面に大の字になった。


「「「「……ぉぉぉぉ、うっおおおおお!!すげえ!やりやがったぁぁぁぁぁ!!!!」」」」


 倒れていた武侠者達や南蛮人護衛達が体の痛みも忘れて歓声を上げた。魚人たちは力士魚人が負けるとは思わなかったのだろう。明らかに意気消沈している。あとは大した抵抗もなく討ち取られるか、逃げ出すかして魚人襲撃事件は収束したのだった。




 港での荷運び人足の仕事は日当20万銭となった。内訳は人足の基本給1.5万銭+色付け5千銭(結局荷運びは船1隻だった)+魚人討伐8万銭+力士魚人討伐10万銭だった。一日の収入としてはなかなかじゃないだろうか。


「こんだけ魔物倒したんだが昇級はしないんだな」


「うーん、初めての人足仕事で魔物の大量討伐は前例がないですからねぇ。木級は10回程度仕事ぶりを見てから昇級判断するという決まりなので……ただ、サバさんの事例は特殊なので上に掛け合えば特例を認めて貰えるかもですよ?」


「いや、木級のままでいいさ。昇級を急ぐ理由もないしな」


 受付嬢のナツメさんに受領書を渡して清算してもらった。領収書に割札で押印して現金を受け取って武侠者組合を出る。夕暮れ時の街は街灯が灯され始めていた。初仕事で得た収入で今日は豪勢な飯を食おうかと夜市の方へ向かう。夜市にも屋台以外に店舗を構えたちょっとグレードの高いお店もあるのだ。

 ワイワイガヤガヤと活気のある発展途上な若さを感じる街を歩いていると、前世で嫁と旅行に行ったアジアの街を思い出す。ピーナッツを飴で固めたブロックをカンナで削り出してパクチーを散らして食べるおやつをまた食いたい。似たモノがないか今度市場で探してみようかな。街灯に照らされた洋風の煉瓦の建物が水路に映る景色もキレイだ。


 前世を想い、ちょっとセンチな気分になりながら夜市の通りを歩いていく。環濠都市『堺』。この街に骨を埋めることになるかはわからないが、俺はここで生活していこうと思う。




 完


前作は短編作品ですが設定が使いやすかったので続きを書いてしまいました。さらに続きを書くかは決めてませんが、膨らました設定は使い切ってないので何処かで日の目を見ることがあれば良いなと思ってます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ