どっちにしろ地獄
※注 前回の『どっちにしろ終わり』を読んでいる方が楽しめるかもしれない
テーマ「お金」
ビルの上層階にある都内のレストラン。そこで頂くのは、高級フレンチのコース料理。さらに、一面に張られているガラスからは、都が織り成す人工の星々を眼下に望める。
――でも、そんな私の心には暗雲が立ち込める。目の前のコイツのせいで。
「サナちゃん、ごめんよ。会社を畳まなくちゃいけなくなってね。今までみたいに、お金を渡すことが出来なくなってしまったんだ……。でも、こうして今まで何回も会ってきたし、僕もいい歳だしね、サナちゃん、良かったら、僕と一緒にならないか」
何を言っているんだろう?いい歳こいたやつが日本語もまともに使えないんだろうか?
ごちゃごちゃと言っているが、考えておきます、の一言で終わらせた。笑顔で伝えたのは、最後のリップサービスだ。
レストランを出た後も、家まで送ろうか、とか、僕の家で一緒に飲み直さないか、とか色々言ってきたが、強引にタクシーに押し込み帰らせる。
一刻でも早くブロックをしたくて、普段外では開かないが、その場でアプリを開いてブロックをする。
私は帰路に就きながら、パパについて考える。
あーあ、山口さん、金払いが良かったから頻繁に会ってたんだけどなー。佐藤さんはあまり金払いが良くないし、田中さんは連絡ほとんど来ないからなー。最近会った濱中さんは、そこそこイケメンだし、金も持ってそうだったけど、生理的に無理だったんだよなー。どうしよっか。
はぁ、運が悪いなぁ。
今、めぼしいパパがいないことに、頭を悩ませたまま、家に到着する。
まずは、部屋着に着替え、付けていた黒髪ロングのウィッグを外す。そうすると、ネットに包まれたピンク色で染められた髪が現れる。
おじさんには、黒髪の方が受け良いんだよねー。最近のウィッグは安くても質のいいものもあるから助かる。
メイクを落とし、お風呂から出てスキンケアを諸々終わらせていたら、現在魔法が解けてから一時間経過している。
ベットを背もたれにして座り、眠くもないから、改めて新しいパパ探しを行う。アプリを開き、まずは連絡を送ってきてる人から見ていく。
却下。却下。うーん、これも却下。なんでみんな体目当てなんだろうか。体売ってないっつうの。
すべて見たが、条件に合う人はいなかった。私はアプリを閉じ、一縷の望みをかけ、インスタを開く。
インスタはパパ活用にそれほど使っていないが、意外と連絡がくることも多い。
だが、DMには一件もそれらしいものはきていなかった。
「はぁ、ほんとにどうしようかな」
私は立ち上がり、ベットに勢いよく横になる。何気なく、インスタを見ながら、惰性で夜を過ごす。
そんなことをしていたら見つけてしまった。
――元カレのアカウント。
ああ、こいつかー。こいつ年も近いし、金払いも良かったから付き合ってたんだけど、言動がマジキモ過ぎて振ったんだよなぁ。メイクとか服に口出してくるし、俺が絶対あってますけど、俺の言うこと聞いとけ、感がガチできつかったんだよなぁ。華を持たせるために、こいつの意見に合わせてやってたけど、それでいて、褒めはしないんだよ。
でも、いまちょうど良いパパがいないし、気分転換にこいつでも良いか―。
前言撤回、私って運が良い。
思い立ったら吉日。即私は復縁しないかとDMを送った。
もう夜中の三時前。さすがに返信はすぐに来ないだろうから、寝ちゃおっと。
私は、充電器をスマホに挿した後、自分が思ったより疲れていたのか、すぐに夢へと旅立った。
朝、起きてスマホを確認すると、元カレ、奏多から返信が来ていた。
内容は復縁に関してOKだというもの。返信が午前五時であることに若干引きつつ、ありがとう、と薄皮一枚の言葉を送り返す。
ある程度は楽しめそうだと、気分良く一日を始めることが出来た。
奏多と再度付き合い始めてから1か月。
相変わらず言動は気持ち悪いが、金払いもいいし、ピンクに染めた髪でも過ごせる環境に、十分満足していた。
しかし、私が満足しているときほど、不運な私には、問題が舞い込んでくる。
それは夜に送られてきた一通のDM。奏多からのものだった。
――お前、これ何?
その文言とともに写真が一枚添付される。そこには中年の白髪交じりのおじさんと、黒髪の女性が腕を組んで歩いている様子が斜め前から映し出されている。
そう、その黒髪の女性は、ウィッグしている私だ。今日パパ活している最中のものが撮られている。ウィッグしてるし、メイクも変えてるから、大丈夫だと思っていたが気付かれたらしい。
それに、最悪。よりにもよって、久しぶりにあった田中さんだったから、サービスで腕を組んでいるところを見られるなんて。これじゃあ、言い訳もしづらい。
どのように返信をしようか、迷っているともう一通奏多からDMが届く。
――家行くから。とゆうかもう着くから鍵開けて待ってろ
私が内容を理解できず、困惑していると家のインターホンの音が鳴り響く。
ほんとに来たの。1回ぐらいしか家に呼んだことないのに、なんで覚えてるんだよ。
心の中で悪態をつくものの、どうしようもない。再度インターホンの音が鳴り響き、するとドアが叩かれ始めた。
「おい、いるんだろ。紗衣奈、出てこい。俺が納得するような説明をしろよ」
奏多の怒号までもが、家の中に鳴り響く。
このままじゃ、近隣の人に白い目で見られる。とりあえず玄関を開けるしかない。
私はさすがにしっかりと玄関を開けるのは、怖かったため、チェーンロックをしたまま、玄関を開けた。
すると、すぐさま黒い革靴を履いた足が扉の隙間に入り込み、扉を閉めることが出来ないようにされてしまった。
「おい、紗衣奈、これ外せ、そして説明しろ。お前、何してたんだ」
「わ、分かった。説明するから大声を出さないで。お願い」
私の説明をするという言葉に少し怒気を潜めた奏多にたたみかける。
「私ね、実はね、病気なの。それも簡単に治せないような病気。それで、お金が必要だったの。それで……」
「へー、じゃあなんて病気?」
「心筋呼吸圧迫症っていう病気。今はまだ普通に日常生活を送れているんだけど、悪化してくるとそれも難しくなるのだから……」
もちろんそんな病気はない。でもそれっぽい言葉を即座に言えば、疑心の目は薄まる。
「奏多には悪いと思ってる。ごめんね。――で、でも、体は売ってない。キスもしてない。それはほんと、信じて」
私は目に涙を浮かばせ、上目遣いで訴える。嘘をつくときは、少し真実を混ぜる。
明らかに狼狽えた奏多は、怒気や猜疑心が収まり、逆に困惑と心配が顔に出ている。
ほんと、男ってバカ。
「奏多、信じてくれる?」
「……そうだったのか、逆に気づくことが出来なくてごめんな」
勝った。
「でもさ、パパ活してたのは事実だし、病気のこととか話したいから、部屋に入れてくれない?」
めんどくせぇなぁ、こいつ。だから気持ち悪いんだよ。素直に引き下がっとけよ。
私は、目を伏せ、泣いてるように見せながら、断る。
「ごめんね、いろいろあったから、私も気持ちの整理をしたくて。今話しても上手く話し合えないと思うの。また後日しっかり時間をとるから、今日は帰ってくれる?」
「……分かった。じゃあ、俺を安心させるために、この状態でいいからさ、キスしてよ」
「……いいよ」
今、キス1つで帰ってくれるなら、安い。さっさと帰ってもらって、いろいろ考えなきゃ。はぁ、引っ越し先を見つけなきゃいけないのが大変だなぁ。
そんなことを考えながら、速く終わらせるべく、扉の隙間に近づいて少し背伸びをする。
――鋭い痛みと、鈍い痛みがお腹に同時に現れる。そして、お腹が濡れ、服が肌に密着する。
「へ?」
私は自分のお腹を見る。白い部屋着に濃い赤が映えて見えた。
体に力が入らず、その場に倒れこむ。かすむ視界の中でも、はっきりと分かる赤く染まった包丁が目の前に投げ捨てられる。
扉が閉まる直前、声が聞こえる。
「地獄に落ちろ、アバズレが」
白かった部屋着はどんどん赤く染まり、それに反比例するかのように、体の熱は失われていく。
そんな中、私は思う。
――やっぱり私は運が悪いなぁ。
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