ときどきが、いつもに
テーマ「1人暮らし」
金曜日、最後の平日の夜。
世間では、仕事が終わる華の金曜日。
まあ、大学生の私たちにはあまり関係ない。
金曜日、それは私たちにとって、週末限定の二人暮らしが始まる日。
エコバックを肩に掛け、帰り道を歩いていく。
もう二年以上歩いていれば、目的地に向かうだけとは違う、家に帰っているという感覚も湧いてくる。
家である六階建てのマンションが見えてくる。
親の反対を押し切って始めた一人暮らし、押し切る材料になった1つがオートロック。
そのオートロックを開け、エレベーター前を突っ切り、階段で二階に上がる。
労力と時間を天秤に掛け、私は時間を選ぶ。
私の部屋は206号室。
いつもなら、カギを取り出し、中に入るのだが、今日は違う。
206号室を通り過ぎ、1つ隣の角部屋である207号室の扉を開ける。
「お邪魔します」
部屋を開けた瞬間、自分の部屋とは違う、でも嗅ぎ慣れた匂いが私を出向かえる。
「おかえりー」
部屋の奥から、何か食べているのだろう、少しくぐもった声が聞こえる。
その声を聴いて、心の澱が少し舞い上がる。
悩み事を思い出してしまった……。
私は再び心の奥底にしまい込みながら、玄関のカギを閉め、エコバッグをキッチンに置いた後、洗面所に向かい手を洗う。
リビングに向かうと、お気に入りのビーズクッションにもたれかかりながら、動画を見ていた。
最近ハマっていると言っていたVtuberだろう。
必要最低限の机の上には、さっき食べていただろうスナック菓子がティッシュの上に広げられていた。
「咲良、おかえりー」
見ていた動画から顔を話し、ふにゃりという擬態語がきこえてきそうな感じで笑う。
「お邪魔します、美散花」
「えー、ただいまって言ってくれないの?」
「どちらでもいいでしょ」
どちらでも良くないから、わざわざ「お邪魔します」って言っているのだけど。
「これ何味?」
話題を逸らすために、お菓子の味について聞く。
「えーと、これはね、なめろう味」
「……それは…………おいしいの?」
「うーん、ふつう?」
私は遠慮しておこう。美散花はこういう変わったお菓子を食べていることがよくある。本人曰く、常に新しい可能性を探しているようだ。
私は、それだけ聞くと、キッチンに戻り夕飯の準備に取り掛かる。
今日は、キャベツが安かったから、ポトフだ。
「今日は何作るのー?」
いつのまにかキッチンに来ていた美散花が、私の肩に腕を回しながら、聞いてくる。かすかなシャンプーの香りと、まつげの長さがはっきりと分かる距離感に内心ドキドキしながら、淡々と答える。
「キャベツが安かったから、ポトフ」
「おぉー良いねー。私も手伝うよ」
そう言うと、美散花は手を洗い、手伝い始める。
二人で夕飯を食べ終えた後の時間は、お互いだらだらと過ごす。二人で映画やら、アニメやらを見る時もあるが、今日は特にそういうこともなく、お互いスマホを見ている。
私はSNSをなんとなく見ながら、考える。
私は美散花とどうなりたいんだろう。
こうやって、金曜の夜にお互いの部屋に集まって、週末を過ごす生活を二年続けている。
私は、何かに甘え続ける存在にはなりたくない。
もうあんな気持ちにはなりたくない。
でも、この現状はすでに美散花に甘えているんじゃないの?
私は自問自答を繰り返す。
今私たちは大学三年生。大学を卒業したら、この関係も終わる。
本当にそれでいいの?
この関係を続けていってしまっていいのだろうか。
私は――。
「なーに、思い詰めてるの?」
急に視界が開け、眩しさに目を細める。気づかぬうちにうつむいてしまっていたようだ。
私の髪を掻き分け、美散花が私の顔を覗いている。
「なんでもないよ」
私はとっさに顔をそむける。今の私の顔は見られたくない。
「ねぇ、咲良」
いつもの声とは少し違う美散花の声。
柔らかい中に芯がある声。
だめだ、これを聞いてしまったら、私はあとに戻れない。
「私は、咲良が望むなら、このままの関係のままでもいいし、先に進んでもいい」
やめて!もう誰かに甘えるのはやめたの!
「私は咲良が望まない限り、離れることはないよ」
お願い!やめて!
「私、咲良のこと、好きだよ」
私は思わず美散花のことを押し倒す。
美散花はいつものようにふにゃりと笑っている。
「ふふふ、ひどい顔してるねー」
美散花の手が伸びてきて、私の頬に隙間がなくなるように合わせる。
「咲良に昔何があったかは知らない。けど、私はいなくならないよ」
「……ほんとに?」
「うん、咲良が望まない限りね」
「……一生望まないけどいいの?」
「しわくちゃになっても、隣で笑ってあげる」
カーテンから漏れ出す朝日で目が覚める。
少しよだれを垂らしながら、隣で寝ている美散花の姿を、私はこれからも見ていきたいと願った。
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