約束の旅
テーマ「旅」
「海斗先生はさ、旅するならどこに行きたい?」
本来なら白い部屋が紅く染まる夕焼けの時間。白い部屋には少女のあどけなさを残しつつ大人へと成長途中の少女と、少女よりは年上だがまだまだ若い男。
「旅って、急だな、瑠璃ちゃん」
先生と呼ばれた男、海斗は、小さく笑いながら瑠璃に視線を向ける。
「えー、忘れたの?先生。約束したじゃん」
「約束?旅の?」
「……ほんとに忘れたの?」
最初は頬を膨らませて聞いてきた瑠璃だが、海斗の思い当っていない様子を見て、眉が下がり声が細まる。海斗はその様子を見て、視線を下げ、急いで頭の中を探り始める。数舜経った後、勢いよく視線を上げ、少し誇らしげに言う。
「思い出せたよ。いつかいろんなところに行きたいから連れてって、ていう話だよね。これ話したの、瑠璃ちゃんと初めて会ったころだから、二年ぐらい前じゃない?」
「そうだけど、約束は約束でしょ。これは余計に連れて行ってもらわないとね、先生には」
「忘れていたことは謝るよ。それで、旅するならって話だよね。うーん、俺は特に思いつかないな」
「もう、つまんないなぁ」
海斗はつまらなくて悪かったな、と言ってから、呆れていることを盛大に示している瑠璃に聞く。
「じゃあ瑠璃ちゃんはいろんなところって言っていたけど、どこに行きたいんだ?」
瑠璃は待ってましたというばかりに身を乗り出してすぐに答える。
「わたしは海。きれいで真っ青な海が見えるところ」
海斗が瑠璃の勢いに目を瞬かせていると、瑠璃はさらに続ける。
「それにきれいな砂浜があるところが良いな。海に沿ってずうぅぅぅっと白い砂浜が伸びてて、でそこから水平線が一望できるの。それでね、」
「分かった、分かった。一旦落ち着こう」
海斗は瑠璃を落ち着かせてから、改めて話をし始める。
「瑠璃ちゃんがそんなに海に行きたいなんて知らなかったよ。なにか理由があるの?」
海斗がそう言うと、瑠璃は少しそわそわし始める。海斗はそんな瑠璃を心配そうに見つめる。
「どうした、瑠璃ちゃん。やっぱりさっきので――」
「ち、違う、違う。何でもないから大丈夫っ」
顔の前で大きく手を振り否定する瑠璃だが、海斗を心配させていくばかりであった。瑠璃は意を決して話始めようと顔を上げたものの、海斗の顔は見て、少し俯いて話始める。
「そ、その、前に話したの覚えてる?わたしの名前の話。わたしの名前の瑠璃って、色の名前なんだよって先生が話してくれた。わたし人見知りしやすいからさ、先生と初めて会ったときもすごい緊張してたと思うんだけど、そんなわたしを見て先生が多分緊張をほぐそうとしてくれたんだよね?わたしの名前の瑠璃は、瑠璃色っていう色があって、それは夕焼けに染まる海の中で染まっていない濃い青の色。俺は夕焼けの中でも負けずに放ち続けているその色が好きなんだって、だからわたしにピッタリな名前だねって。それに自分と海繋がりだって。わたしその時は全然色の想像がつかなくて、あまりピンとは来てなかったんだけど、あとでタブレットで見たらすごく綺麗で、わたしも絶対直接見てみたいって、それで頑張れたこともあって――」
そこで、瑠璃の言葉が止まる。目を大きく見開き、口も開きっぱなしである。瑠璃の目線の先では、――静かに涙を流す海斗。その涙には夕焼けが反射して、一筋の光となっていた。
やっと思考が戻ってきたのか、瑠璃が慌てて
「えっ、どうしたの先生っ、何かわたしヘンなこと言ったっ、それとも目にゴミが入ったとか――」
と心配する。海斗は笑いながら、涙を拭きつつ、否定する。
「いや、違うんだ。俺は嬉しいんだよ」
「うれしい?」
「ああ、嬉しくて涙が出たんだ」
海斗はさらに涙を拭き、夕焼けの光にも負けない眩い笑顔を浮かばせる。
「必ず行こう。海。俺の地元に本当に綺麗なところがあるんだ」
「ほんとっ、絶対、絶対だからね。約束だよ」
「ああ約束だ」
「約束破ったら、針千本……はかわいそうだから――先生、ポッキーとプリッツならどっちがいい?」
「どっちも好きだけど、さすがに千本はなあ。これは約束守らなきゃな」
二人が約束しあい、笑いあっていると、部屋の扉が開く。
「榎本さん、そろそろ面会時間が……」
入ってきた看護師の言葉に、瑠璃はスマホで時間を確認する。
「わっ、こんな時間。じゃ先生、私帰るから。しっかり治すんだよ」
「ああ、瑠璃ちゃんは気を付けて帰るんだよ」
「うん。それじゃ、海斗先生、ばいばい」
手を振りながら部屋から出ていく瑠璃を見送った海斗は、窓の外を見る。そこにはあともう少しで沈みかける夕日。地元の海の様子が想起される。
「約束は守らなきゃな」
海斗は瑠璃との約束を守るために、手術を受ける決意を固めるのであった。
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