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洗い流せないもの

テーマ「シャワー」

 

 心理学の用語に”マクベス効果”というものがある。シェイクスピアの戯曲である『マクベス』に登場するマクベス夫人が夫である王を殺した後、手を洗う場面から名づけられ、体を洗うことで罪悪感や後悔のリセットを試みるという心理現象である。だが、いまだ効果の確かさは確立していないらしい。

 

 でも、そのような効果があるのではと考えられるのも分かる。何かをきれいにするということは気持ちいい。それだけは私の中で確かだ。

 私は銀色のシャワーヘッドからまるでビームかのように放たれる冷水を頭から被りながらそんなことを考えていた。私の体温が奪われると同時に、頭の中も落ち着いていく。

 今日はらしくないことをしてしまった。私も反省すべき……いや、あれはどれも拓哉のやつが悪い。あいつがあんなことを言ったから。

 「ああ、もっう」

 思い出したくないものから思考を逸らすため、いつもなら絶対こんなことしないが、顔に冷水をぶち当てる。私の第二の服が流されていく。

 あー絶対肌が荒れる。ニキビできるのはなぁ。あっ、つけま外れた。あとで発見したときに、虫に見えるから嫌なんだよな。

 今後の懸念点がどんどん湧き出てくるが、今の私の心を落ち着かせる方法は、これ以外思いつかなかった。少しは落ち着いてきた頭で、思い出したくもないが、今日あったことを思い出していく。

 今日は珍しく休みが被っていたから、一緒に出掛けるだろうと思って、昨日の夜から楽しみにしていたのに、遅刻してくるし。私という存在があるのに、他の女の子のことばっか見てるし。せっかく同じ飲み物を飲もうと思ったのに、別の飲み物買って飲んでるし。私がハンバーガーあまり得意じゃないのに、ランチはハンバーガーだし。さらにマックって。せめてモスでしょ。コスメや服を買いに行った時も、私が欲しがっているのに買ってくれないし。その時もずっとほかの女の子のことをかわいいとか、きれいとか、似合っているとかって褒めてるし。私には一切言わないのに。夜ご飯もファミレスで、さらに割り勘だなんて。本当に最悪。極めつけは別れ際に私へ「気持ち悪い」って言うなんて。

 やっぱりいくら考えても全て拓哉のせいだ。私の行動は正解だった。もうあいつのことは忘れよう。きれいさっぱりにするのが一番。

 

 私はずっと出したままだった冷水のシャワーを止め、しっかりと頭から足先まで洗っていくことにした。汚いものはすべて洗い流すに限る。

 私はさっぱりとした気持ちになり、お風呂場を出て、体についた水滴を洗ったばかりのふわふわなバスタオルで拭い取っていく。このふわふわ加減がとても気に入っているバスタオルだ。頭にスリムバスタオルを巻き付け、スキンケアを始めていく。特に今日のように疲れて帰ってきた日は、とてもめんどくさく感じるが、やはりどんなものでもきれいなままがいい。それにあいつのせいで肌荒れしたら、最悪だ。荒れた肌を見て、またあいつを思い出してしまう。

 パックをしている間にSNSを確認しておく。あいつのアカウントはブロックしておかなければ。フォローしている人の投稿を一通り見たが、特に目を引く情報はなかった。そこに新しい投稿が届く。まあよくある買った服紹介だ。だけどそれを見て思い出した。そうだ、今日来ていた服、汚れてしまったから捨てなきゃ。私はゴミ袋を広げ、服を入れる。きれいさっぱりにしなくちゃね。

 スキンケアが終わったら、次は髪のケア。自分の黒髪はちょっとした自慢。そういえばあいつに最初褒められたのが髪だったっけ。忘れていたけどあいつのことが気になり始めたのもそのときだ。――思い切ってバッサリと切っちゃおうかな。それに髪を染めてみるのも良いかもしれない。

 すべてのケアを終え、歯も磨き終え、私はベットに倒れこんだ。はぁ、今日は疲れた。いろいろなことがありすぎた。ちょっと早めだけど今日は寝てしまおう。そうだ、あいつがいなくなったんなら、この部屋に住む理由もないし、引っ越しをしてしまうのも良いかもしれない。きれいさっぱりに。


 



 


 翌日、すっきりとした気持ちで起きられた私は、まずカーテンを開け朝日を浴びる。私の心を表したかのように晴天だ。よし、今日は何をして過ごそうか。

 私は、テレビでニュースを見ながら、朝食を食べ始める。今日は朝からがっつりとホットサンドとアイスコーヒーをいただく。私は今時珍しいがテレビでニュースを見る派だ。朝、朝食を食べながらや支度をしながら流すのにちょうどいい。男性のアナウンサーと女性のアナウンサーがにこやかに挨拶をし、ニュースが始まる。いくつかのニュースを読み上げ終えた後、速報だろうか、新しい紙が回されてきた。そうすると、男性のアナウンサーが少し緊張した声音で話し始めた。

「――ここで速報です。本日の未明、東京都――区で男性の遺体が地元住民の通報によって発見されました。その男性の所持品から男性の身元は、松井拓哉さん、27歳ということが判明しました。死因は、首元をナイフのようなもので刺されたことによる出血性ショックで、凶器が見つかっていないことから、警察は他殺と断定して調査を――」

 そこでインターホンの音が耳に届く。何か宅配を頼んでいたっけ。まあ、何か頼んだんでしょう。私は意気揚々と玄関へ歩いた。

 

毎日ショートショートでは、お題に沿ったショートショートを毎日投稿しています!目指せ、100日!ぜひ感想等お待ちしております。もしこのお題で書いてほしいというものがありましたら、ぜひお送りください!

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