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暗中模索

暗中模索


テーマ「小説」

 僕は町の中をバイクで軽快に走っていく。誰もいないからこそ、交通事故を心配する必要がないというのがいい。まあ、自損事故を起こす可能性もあるが。

 そんなことを考えつつ、走っていくと、空をどんよりとした雲が覆い始めた。

「一雨きそうだな」

 僕はぼやきつつ、雨宿りができそうな建物を探す。手ごろな建物を見つけ、中に入り、バイクを停める。こんな時にやることは1つ。執筆だ。僕はノートパソコンを起ち上げ、昼間に充電しておいたモバイルバッテリーと繋ぐ。そうすると雨音が聞こえ始め、すぐに周囲は雨音で満ちる。降り方を見ると、今日は夜まで雨が続きそうだった。僕はため息を吐きつつ、ノートパソコンの画面に視線を戻し、書き始めることにした。

 

 僕は昔から小説を書くということが好きだった。

 きっかけは今でもはっきり覚えている、祖父だ。

 祖父は小説家で、大きな賞も受賞するほど、人気があり、家族の誇りとして扱われていた。だけど、子供のころはそんなこと関係なく、ただただ書斎にこもっているおじいちゃんという印象だった。僕は、母や祖母に邪魔しちゃいけないよと言われながらも、たびたび祖父の書斎に忍び込んでいた。なぜか僕は、あの本から発せられる独特なインクや紙の混ざった香りが、あのときから好きだった。祖父は書斎に入ってくる僕に対して何も言わなかったけど、祖父の筆を走らせる音が少し軽やかになるのが、僕を歓迎してくれているような気がして、嬉しかった。

 そんなある日、確かその日も今のように雨が降っていて、僕は友達と遊ぶ予定もなく、祖父の書斎に入り込んでいた。でも、その時は図書館で借りていた本を読み切ってしまい、暇を持て余していた。祖父の書斎に置いてある本は当時の僕には、どこか自分が触れてはいけないような気がして、読んでいなかった。そもそも子供には難解な本が多かった。そんな僕を見かねたのか、今までそんなことしてこなかったのに、祖父が突然僕の目の前に小さいちゃぶ台を持ってきて、原稿用紙と筆記用具を差し出してきた。

 「お前も書いてみたらどうだ」

 僕が原稿用紙と祖父の顔を交互に見ながら、ぽかんとしている様子を見るも、祖父は泰然と言い加えた。

 「小説を書いてみたらどうだ」

 僕の頭の中を祖父の言葉がぐるぐると回った。小説?小説を書く?僕が?逡巡しながら、やっと言葉を捻り出した。

 「……僕、小説なんかかいたことないよ」

 「誰だって最初はそうだ。私だってそうだった。暇なんだろう?試しに書いてみるといい」

 そう言うと、祖父は執筆作業に戻ってしまい、雨音とともに筆が走る音だけが鳴り続けた。僕は原稿用紙をじっと見つめて、おそるおそる筆記用具を手に取り、祖父の筆の音と重なるように書き始めた。

 今考えてみると、文章というものさえあまりまともに書いていない子供に対して乱暴が過ぎる。でもその祖父の行動が今の僕に繋がっていると考えると、文句を言いたくても言えない。それで僕は小説を書き始めた。最初は小説とも言えない日記に近しいものだったと思うが、それでも祖父は僕が書き終わると毎回読み、ここをこうしたらいいとかアドバイスをくれて、そして、ここの表現が良いとか一点は必ず褒めてくれた。それが嬉しくて続けていたら、書くことも好きになっていった。あの頃は純粋に小説を書くということが好きだった。

 でも大人になって、小説家になると、どんどんその気持ちに靄がかかっていった。

 売れるような作品を書かなければいけない。あの賞が取れるような作品を。締め切りに間に合わせなければ。アイデアが出てこない。こんなアイデアではダメだ。なんで僕よりも執筆年数が低いやつ賞を。ああ、なんのために書いているんだっけ。でも、生活するためにも書かなければ。

 僕は塞ぎ込んでいった。何かを書くたびに自らの墓穴を掘っているような感覚だった。

 書くことをやめようと何度も思った。でもやめられなかった。どうなっても僕は、小説を書くことが好きだった。自らの世界を作り上げ、自らの思いを乗せ、小説を書くことが好きだった。それに祖父との繋がりが消えてしまうように思えたから。

 だからこそ今も書き続けている。あの頃の原稿用紙は、今はノートパソコンに置き換わってしまったが、書き続けている。こんな世界になっても。

 

 翌日、準備を整え、バイクに乗りながら、地図を広げ、改めて目的地を確認した。あの祖父との思い出が詰まったあの家だ。

 今日は昨日の夜の雨と打って変わって、青空が広がっていた。

 よし、と気合を入れ直し、僕は出発する。誰もいなくなり、荒廃した街を眺めながら、軽快にバイクを走らせた。

毎日ショートショートでは、お題に沿ったショートショートを毎日投稿しています!目指せ、100日!ぜひ感想等お待ちしております。もしこのお題で書いてほしいというものがありましたら、ぜひお送りください!

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