2018年―文化センター、大ホール
人の狂気には、真理がある。
想像は、世界の在り方を越えない。
パズルのピースが揃えば、美しい世界が描かれる。
灯田友恵は、思わず目を瞬かせた。
「君は、この曲の死生観について何を感じる?」
隣りに座る能面のような男を見て、反対側へ視線を逸らす。
寄り添うように眠る娘。その向こうの席の人物とも、目は合わなかった。
再び男を見る。
視線は、最初から一度も逸れていない。
「え……と」
口をまごつかせた。
白目がちの眼が、覗き込む様子に変わる。
「ブラームス作曲、ドイツ・レクイエム。 死者の救済を否定する曲だ“よ”」
「そう……なんですか……」
ほっと息を突き、持っていたパンフレットに目を落とす。
そこには、男の言葉と似た説明があった。
「私は……」
男を一度、見る。
そして、寄り掛かる娘へ視線を落とした。
「生きている間……家族が幸せでいてくれれば……それで……」
「それで?」
「……幸せです」
顔を上げると、男は口角を上げていた。
「それが、君か」
男が舞台を見下ろす。
「君は、この曲を肯定した」
「はぁ……」
「生者は救われ、世界が続く」
その時、腕を引かれる感触がした。
「死は終焉であり、それが、人の理性であると」
娘が目を擦りながら、こちらを見上げている。
反対側で、男の立ち上がる気配がした。
見上げると、細い目が僅かに開かれている。
その視線は、前を向いていた。
男の踵が浮き、
上下に揺れ、リズムを刻む。
両手を広げ、
天井を見上げ――
目を、見開いた。
灯田丈一郎は、手にしていたスマートフォンを落とす。
目の前に広がっていたのは、開けた空間だった。
狭い道に車が溢れ、赤色灯が瞬く。
瓦礫に覆われた地面が、何度も照らされる。
警察が立ち塞がり、
消防隊員が走り、
救急隊が駆け、人が集まる。
凍り付いたように動かない視界の中、
そこにあるはずの建物が、
どこにも、存在しなかった。




