第88話 「まるごとバナナにバナナ乗せる仕事を紹介してやる」
ここ最近、デカいのと遭遇する頻度が上がりすぎているが、その中でもコイツの佇まいは独特なんで、間違えようがない。
状況的に「逃げて身を隠す」一択だったハズなのに、わざわざ戻って来る理由がわからんので警戒は解けないが、一応は話が通じる相手だった記憶がある。
どう対処するか迷っていると、コチラの視線に気付いたらしい巨体が振り返った。
「……よぉ、待ってたぜ」
「カジュアルに不法侵入してくれてんなよ」
GWに入る前、瑠佳を助けるため反社ビルで一暴れした時に見た顔だ。
確か、親玉だった貞包のボディガードをやっていた――
「えぇと……トドマンだったか?」
「誰だよ、そりゃ。芦名だ、芦名!」
ああ、言われてみればそんなだった気がするな。
芦名からアシカへの連想で、変な所に入ってしまった。
門を開けて庭に入ると、アチラもゆっくりと距離を詰めてくる。
殺意や悪意は感じられないが、何にせよ目的不明なので油断できない。
自宅を特定してくる程度には頭も回る、ってのが警戒心を更に煽る。
「で、家庭訪問の用件は? 復讐には半端な時期だが」
遺恨ある相手への報復攻撃が決まりやすいタイミングは、主に三つ。
まずは、即座に仕掛けてくるとは思っていない、心理的な陥穽を衝いた当日から数日以内。
次に、警戒し続ける緊張に疲れて油断が出てきた、三ヶ月から半年後。
最後は、トラブルの存在すら忘れた可能性がある、数年以上が経過した後。
そんなセオリーからすると、三週間ほどしか経っていない今を選ぶ理由がわからない。
「いや別に、お前への恨みを晴らしたいとか、そういうんじゃねぇ」
「じゃあ何だってんだ。ワザワザ、俺んちを調べて入り込んだ理由は」
「あー……説明すっと、長くなるんだがな」
「とりあえず用件を言ってみろ、メインの目的を」
煮え切らない相手にそう告げるが、まだ逡巡している様子で口を開いたり閉じたりする。
困り顔でモジモジするのが似合わないコンテストがあれば、余裕で決勝に行けそうな姿にアホを見る目を向けていると、やっと観念したらしい芦名が一息に言う。
「俺を養ってくれねぇか」
「……プロポーズされんのは、流石に予想外なんだが」
「あぁ、言い方がちょっと拙な。アレだ、俺を雇ってくれんか」
「アンタを雇う? 頭を蹴っ飛ばした後遺症、まだ残ってんのか」
「お前とは色々あったが、コッチはそれどころじゃねぇんだわ」
相手は人買いもやってたような、箍の外れたヤクザの関係者。
しかも全力でぶちのめし、短刀を脚に突き刺した因縁まである。
口では何と言おうとも、コチラに薄暗い感情を抱えている可能性は高い。
全体的にボロボロな服装や、本気で追い詰められてそうな態度には、真に迫ったものが感じられなくもないが――
あからさまな疑いの目で見据えていると、芦名が焦りを滲ませて手振りを混ぜながら言う。
「ぶっちゃけな、こんなん頼むのどうかしてるって、正直思うんだけどよぉ……」
「まったく同感だ。ヤクザでもヤクザもどきでも、好きな転職先を選べ」
「それしかないかもなぁ、と覚悟はしてたんだ。だがな、どうにも俺の立場がオカシなことになってんだ」
「指名手配されてる、とかなら雇うもクソもないぞ」
俺の言葉に、芦名の口許がキュッと引き攣る。
そのレベルだとココに来られるのも迷惑だ……と溜息を吐きつつ宣告。
「よーし、帰れ。キチンと懲役を勤め上げて来たら、まるごとバナナにバナナ乗せる仕事を紹介してやる」
「まぁ聞けって! 手配されてるっても、警察じゃねえ。狙ってんのは多分、洪知会と泗水会だ」
「どんだけ大物なんだよ。こんなとこでグズグズしてる場合じゃないだろ」
「それがよぉ……貞包さんの手元にあったヘロインとか現金とか、ゴッソリなくなっててな? その行方を俺が知ってんだろ、って疑われてんだわ」
「……なるほど」
ヘロインは下水に流れ、現金は恵まれない子供たち――俺や村雨姉妹に寄付された。
それを考えると多少は哀れに思わなくもないが、基本的には自業自得だ。
チャイニーズマフィアと関係が深いとされる、泗水会に追われてるってのもよくわからない。
さては芦名のやつ、逃亡中にも何かやらかしたな。
「そんでまぁ、俺の人脈で匿ってもらおうとしても、ロクなことにならんってのがな」
「一般人なら巻き込まれる危険があって、アウトローなら密告の不安が拭えない、ってとこか」
「そう、なんだわ……そんで色々と考えて、この状況でも拾ってくれる可能性がありそうなのがいないか、考えてみたら……」
「俺が出てきたのか。どんだけ交友関係が終わってんだよ、おい」
本気の呆れを込めて言えば、芦名はシワシワな表情で顔を逸らす。
実際問題として、何をするにも手駒が欲しいってのはある。
この先もそうだし、現状のストーカー対策でも、俺だけだとだいぶキツい。
しかしながら、雇用する一人目がコイツでいいんだろうか。
変な緊張感が漂う状況で、どうしたモンだか悩んでいると、背後を異様な速度で走り抜ける車が。
『ギュキィイイイイッ!』
続いて、油の切れ気味な急ブレーキ音が響く。
何事かわからないが、無視するのはダメだろ、との予感があった。
芦名に背を向けて小走りで庭を出る。
数十メートル先、斜めに停車した白い車を確認。
たぶんカローラのバン、ルーフキャリアが載っている。
「ふぇっ? 何何何っ!?」
「ちょっ――ええっ?」
進路を塞いだ車に対し、困惑の声を上げる女性たち。
どこかで聞いたことがある、というか綾子と鵄夜子の声だ。
隠れ家のアテがあるなんて言っときながら、最終的にはウチで匿うルートになったのかよ。
姉のプランの雑さにズッコケそうになりながら、直接行動に出てきたのであろうストーカーの暴挙を阻止するため駆ける。
「展開が急すぎるだろっ!」
誰にともなく苦情を述べながら、ナンバープレートを記憶した。
ここに来て、直接的な接触がやたらと増えているのは何故だ。
焦っているのか、自棄になっているのか……にしても、動きが早すぎる。
朝にゴミ捨て場で飴降らと接触してから、まだ半日も経っていないというのに。
「ぬぁあああああっ!」
「だぁああっ! ちょ、やめぇい!」
絹ではなくスルメを裂くような悲鳴と、オッサンみたいな叫び声。
車体に隠れて見えないが、前者が綾子で後者が鵄夜子だ。
ここで拉致されたら流石に追いきれないので、どうにか止めねば。
『パァアアアアアアアアアアッ!』
前方から来た大型のトラックが、派手にクラクションを鳴らす。
斜めに停まったバンが邪魔、というのもあるだろうが、サイズ的に普通に擦れ違うのも難しそうだ。
これは思いがけない助けだ、と速度を上げようとすると――
「おいおいおいおいっ!」
勢いよくドアを閉めたバンが、猛然とバックで突き進んできた。
進路に立ち塞がったところで、相手がブレーキを踏むとも思えない。
想定される可能性を頭の中で並べながら、自分の選ぶべき行動を探る。
家の前に出てきて、何事かとコッチを見ている芦名。
「ぅおぃっ! しゃがめっ!」
走りながら怒鳴ると、迷う様子も見せずに芦名が腰を落とす。
エンジン音から距離を推測し、歩幅を調整しながらタイミングを計る。
「よっ、とぉ!」
芦名の肩を踏み台に跳んで、脇を走り抜けたバンのルーフに取り付く。
キャリアのパイプを掴んで移動し、香港映画でよく見る腹這いの姿勢に。
気付かれてるかどうか、微妙なところだが……とりあえず、仕掛けるのは車が停まってからだな。
 




