第87話 「後半から倫理観が脱輪してるじゃねえか」
「まだ来てないかも、と思ったけど普通にいたな」
「荊斗こそ、昼休みになっても来ないからサボりかと」
大体一週間ぶりの再会となった桐子は、意外と元気そうだ。
というか、雪枩大輔と不快な仲間たちから解放されたせいか、面構えが以前とはまるで違う。
陰気で鬱々とした雰囲気が薄れ、陽気な芸能人オーラが復活しつつある。
これとは逆に、綾子はオーラが消えかけていたな……などと考えていると、奥戸と桐子が挨拶を交わしていた。
「よぉー、アッキー!」
「テンション高いね、ジューゴ」
こいつら、こんなフランクな関係性だったのか?
昔からの友達ってことも、なかったハズだと思うんだが。
俺が困惑していると、瑠佳が補足説明を入れてきた。
「桐子くん、朝から休み時間の度にケイちゃん来てるか確認に来てて、毎回奥戸くんが対応してたんだけど、三時間目の後くらいからあんな感じに」
「こ――距離の詰め方スピーディすぎだろ」
コミュ力高すぎ、だとこの時代では通じなそうなので言い換えた。
桐子は演技力でカバーしてるかもだが、ナチュラルでやれる奥戸は何なんだ。
不審物を見る目で観察していると、視線に気づいた奥戸が訊いてくる。
「何か言いたげだなー、ヤブー?」
「いや……いきなりフレンドリーだな、と思ってさ」
「友達の友達は皆友達だ、って世界一有名なグラサンも言ってたろー」
「世界一はスティーヴィー・ワンダーかミッシェル・ポルナレフじゃないか?」
奥戸の戯言にツッコんでいると、桐子もシレッと混ざる。
「ジョン・ベルーシかも」
「それは『ブルース・ブラザース』の役だけだろ」
「ダグラス・マッカーサーかも」
「今じゃ有名なのは日本だけって気が……つうか、何の話なんだ」
脱線を元に戻そうとすれば、奥戸が真顔になって答える。
「つまり、ヤブの友達ならオレの友達でもあってー、ヤブの彼女ならオレの彼女でもあるってことだなー」
「後半から倫理観が脱輪してるじゃねえか」
「まーそれは冗談としてー、アッキーもルカも友達は多い方がいいだろー?」
桐子はニコニコと、瑠佳はちょっと冷えた目で、二人とも肯定の態度を示す。
雪枩のグループと縁を切ろうとしてる桐子も、いつ俺の巻き添えを食らうかわからない瑠佳も、現状いつトラブルが起きてもおかしくない状態だ。
俺がいたなら何があっても大抵は対処できるが、不在のタイミングを狙われると厄介極まりない。
それを考えれば、二人にちょっかいを出したら俺だけじゃなく奥戸も出てくる、と周知されるのは校内での安全性を高める意味で有効だろう。
わかって言ってるのか考えナシでやってるのか、ちょっと判断に困るが。
ともあれ、悪意で動くことはなさそうなので、遠慮なく頼らせてもらおうか。
「仲間を増やして敵を減らす、ってのは全ての基本だしな」
「ゲーム感覚で人生やってるね、ケイちゃん」
「まぁ、人生は人生ゲームみたいなモンだから」
「うん……うん?」
首を傾げる瑠佳は措いといて、桐子の方に向き直って話を振る。
「雪枩の手下から、何か接触があったりは?」
「今のところ、ないね……というか、今日は校内で誰も見てないような」
「あ、ネネちゃん先輩もヤンキー軍団が登校してない、って言ってた」
桐子の印象に、瑠佳が裏付けをプラスする。
前に聞いた話だと、学校にいる構成員は十五人くらいだったか。
それ以上の人数をブチのめしてる気がしなくもないが、息の根は止めてないので復帰してるヤツもいるだろうし、二軍的ポジの連中も駆り出されてるかもしれない。
水津らの話だとトップ不在で混乱中らしいが、揃って不登校状態を選んだのは引っかかるな……
「俺が今日倒した八人の内、七人は大輔の手下だ」
「それ、やっぱ冗談じゃなかったんだ……」
「いや、違うわ。倒したのが九人で、八人が大輔の手下だ」
「増えてるー!?」
瑠佳のツッコミも尤もだが、ラリアットでKOしたタイダイ染めの存在、瞬殺すぎてカウントを忘れてた。
指折り数えて再確認していると、奥戸が呆れ半分に確認してくる。
「普通なら信じねーけどなー……ところで残りの一人は何者だー?」
「そう、それに絡んで桐子に聞きたかったんだ。テールラリウム、知ってるか」
「アイドルの? 存在は知ってるけど、僕の休業中に出てきたグループだから、詳しいことはあんまり……」
「じゃあ、事務所はどうだ? OTRエンターテイメント、だっけ」
綾子が所属している会社の名前を出すと、桐子の表情が明るくなる。
「そっちなら、何とか。僕はそんなに詳しくないけど、OTRに所属してる人だったら連絡とれると思う」
「助かる。どうにかして、話を聞けるようセッティングしてくれ。相手の状況次第では、報酬も出ると伝えていい」
「どんな事情があるのか、訊いても大丈夫な感じ?」
「ああ、一通り説明しといた方がいいか。サメ子とオクも、もしかしたら何か手伝ってもらうかもだから、一応知っといてくれ」
そう告げると、瑠佳はやや緊張の面持ちで、奥戸はいつも通りの鷹揚さで頷いた。
「おー、オレらは言ってみりゃスンゲー消防隊だからなー」
「……もしかして運命共同体って言いたいの?」
「面倒事を火消しするってダブルミーニングだぜー」
瑠佳のツッコミに、奥戸はドヤ顔を披露する。
ダブルミーニングってそういうのだったか、と思いつつ俺は流しておく。
教室内はだいぶ人口密度が減っているが、不意に近づいて来られたら話の内容が漏れるかもしれない。
「聞かれると拙い。ちょっと出てもらえるか」
皆にベランダまで移動してもらって、そこで今朝からの出来事と綾子が受けている被害について、ある程度を端折りつつ説明する。
ストーカーが伝わり難いかと思ったが、全員に理解してもらえたようだ。
桐子は何とも言えない苦々しい表情で、奥戸も不快感を隠そうとしない。
瑠佳は綾子の恐怖や不安に同調しすぎたのか、顔色が不自然なまでに白くなっていた。
「ケイちゃんは、綾子さんの身内に犯人がいると考えてるの?」
「正確には『身内にも』だな。少なくとも二系統のストーカーが存在してる」
「情報を流してる大本は……その身内かな」
一線を超えようとする、或いは超えてくるファンの記憶でも甦ったのか、声の調子がいつもより半音ほど低い。
質問に応じる前に、コチラの表情から返答を読み取ったのか、桐子は大きく溜息を吐いて小さく頭を振る。
「なるべく早く動くべきだね……今日にでも、OTRの蓼下さんに渡りをつけとくよ。進展あったら連絡する」
「ああ、何時でもいいから電話くれ」
「ところでよー、二人がいる避難場所っての、ホントに安全かー?」
「姉さんがそう言うならそうなんだろう、と信じるしかないが……」
奥戸に改めて問われると、急に不安が増大してきた。
記憶の中の鵄夜子は随分と大人びた存在に思えていたが、久々に一緒に暮らしてみると年齢相応を下回るポンコツな部分が目に付く。
トータルすればハイスペックなんだが、妙なところで抜けていたり奇行に走ったりするような、そんな感じに。
「とにかく、どう動くにしても現状だと情報が足りない。犯人サイドで一人だけ名前が割れてるから、まずはそこから崩せないか試してみる」
「あんまり無理しないでね、ケイちゃん」
「心配すんな。常人の『絶対無理』が、俺にとっての『ちょっと無理かも』だ」
「ふたつの距離感がわかんないんだけど……まぁいいや」
瑠佳もだいぶ慣れたのか、言っても無駄なラインを察するのが早くなった。
とりあえず必要な連絡は終えたので本日は解散、ということに。
とにかくやることが多いので、俺は皆と別れて駆け足で駅へと向かう。
今度は待ち伏せを食らうこともなく、スムーズに帰宅できたのだが。
「何かいるなぁ……」
壁を攀じ登ったか門を乗り越えたか、招かれざる客の後ろ姿が見える。
その見覚えのあるシルエットを見据えながら、声をかけるべきか技をかけるべきかを迷う――




