第63話 「大量殺人の日本記録でも作る気か?」
何をされたか理解できず、アホの顔でポケッとしている百軒。
ザスタバの転がる音に混ざって、弓を引いてる最中の軋みが聴こえた。
咄嗟に六角棒を手放すが、体勢も崩れていて回避が間に合わない――
「ぁぐっ、ふっ」
ドフッ、と思ったより鈍い音を立て、金属の矢が背中に突き刺さった。
胸倉を掴まれて射線上に移動させられ、俺の盾となった百軒の背中に。
役目を終えた肉の盾を投げ捨て、改めて桟敷に向かって駆ける。
仲間への誤射に動揺した様子もなく、再び弦を引き絞る気配が。
「ぬらっ!」
変な感じになった気合の声と共に、ポケットから引き出したハンマーをサイドスローでブン投げる。
「ひんっ――」
回転しながら飛んでいった凶器は、身を乗り出して俺を狙う弓女の頭部に命中。
ゴヂッ、という嫌な音に短い悲鳴が混ざり、弓女は昏倒。
金属矢は明後日の方向に放たれ、アーチェリーは階下へと落ちる。
百軒と打ち合わせていたのか、アドリブでの同時攻撃だったのか、どちらにせよ悪くないコンビネーションではあった。
「で……シャチョサンはどこに消えたんだ」
力生はとにかく、俺が血祭りに上げられる光景が見たかったハズ。
ならば、撤収するのは沼端との勝負がついてから、だろう。
不利を悟って逃げるにしても、あの場からどこに、どうやって。
桐子も連れて行ったようだし、流石に俺も気付きそうなものだが。
とりあえず桟敷を調べるか、と方向性を決めて武器の類を回収する。
まずは、やたらと活躍してくれている六角棒。
あまり使いたくはないが、ザスタバM57――残弾数は五。
矢が刺さったままの百軒を身体検査してみたが、予備のマガジンなどはない。
その代わり、俺に使うつもりだったと予想される、手錠と鍵が出てきた。
これは何かがキマっていて、次の行動が読めない大輔に使っておこう。
意識を失っている大輔を後ろ手に拘束し、鍵は当然ながら持ち去る。
「あーあ……ダメだな、こりゃ」
大輔のポケットを探ると、明らかにマズい感じの錠剤やカラフルな紙片、粉末が入ったビニール小袋などが次々に出てきた。
現実逃避で過剰摂取するにしても、この量と種類では人間やめるまで秒読みだ。
何かに使えるかもしれないのでいくつか確保し、力生の行方を聞き出すべく弓女の倒れている桟敷へと移動する。
急な階段を上って、力生たちがいた場所へと到達。
意外な広さがあるそこでは、耳と鼻から血を流した弓女が気絶しているだけだ。
ハンマーはどこに飛んで行ったか、付近には見当たらない。
あとの二人はどこへ……と見回してみれば足元に違和感が。
二畳に少し足りない程度のスペースが、周囲から微妙に浮いていた。
ちょっと色が濃いのもあるが、床から五ミリほど物理的に浮いている。
「消失トリックには、コイツを使ったのか」
近くにスイッチがあるハズ、と探せばソファの肘掛けにそれっぽいボタンがある。
押してみると「ガキンッ」という音が鳴り、続いてモーターの駆動音らしきものが低く響き始めた。
それに合わせて色違いの床が沈み始めたので、俺もそこに乗って降下していく。
リフトになった床は緩やかなスピードで降り続け、二分以上経ってから停止する。
「地下室の更に地下、ねぇ……」
劇場のあった場所より、二階分ぐらい下がったように思えるな。
こんな地の底で待っているのは、ロクでもない何かだと相場は決まっている。
ゲームならば禍々しいボスキャラ、ホラー映画なら封印された悪霊。
実体験としては、複数人の子供が監禁された隠し部屋や、戦争でも起こす気かって量の武器庫を発見したことがある。
他には、詳細不明の研究施設だとか、ミイラ化した死体の山なんてのもあった。
イヤな予感に苛まれつつ、コンクリが剥き出しの通路を進んでいく。
しばらく行くと、金属製の引き戸に突き当たった。
待ち伏せを警戒し、コチラの身を晒さないようドアを半分ほど開ける。
以前はこういう場面で、室内の様子を確認するのに手鏡を使っていたな。
だが、手軽で高性能な偵察アイテムが増え過ぎ、そんな小道具の存在を忘れていた。
だいぶ油断があるな――と反省しつつ、シャツを脱いで六角棒に引っ掛け、物陰からサッと飛び出させる。
「……ふぅ」
急な動きに反応しての銃撃は発生せず、人が動いた気配もない。
無意識に止めていた息を吐き出し、シャツを着直して室内へと足を踏み入れる。
それなりに広い空間――練武場の半分くらい、だろうか。
高くも低くもない天井、白々とした照明、光沢のない薄緑の壁と床。
部屋の左奥には円筒形の檻があり、中では虚ろな表情の桐子が鉄格子に凭れていた。
右奥には入口と似たようなドアがあり、その手前にいるのは抜き身の刀を提げた力生だ。
「処刑場、か」
部屋の印象を口にすれば、力生は肯定も否定もせず無言で目を細める。
壁にいくつかある小さな丸い窓の向こうには、おそらく撮影用のカメラ。
天井にあるフックは、縛った生き物を吊るすのに便利そうだ。
床の端に設えられた浅い排水溝は、飛び散った血肉を洗い流すためのもの。
そして円い檻は至近距離で処刑を見物させる――見たくなかろうが、対象の殺害や解体を見せつけるための、悪趣味な特等席だろう。
「それで、俺は何人目になるんだ」
「さてな……二十から先は、数えておらん」
「大量殺人の日本記録でも作る気か?」
「そんなものに、興味はないな」
空疎な言葉を交わしながら、更に詳しく室内を観察しておく。
右奥のドアの先は詳細不明なので、迂闊に近づくのは危険。
伏兵が潜んでいそうな、隠し扉みたいなものは見当たらない。
壁の丸窓が開閉式の場合、狙撃に使われる可能性もある。
天井には換気ダクトや点検口など、何かを仕掛けられそうな箇所がいくつか。
ともあれ、まずは日本刀を装備した殺る気マックスの危険人物、コイツをどうにかするのが先決だ。
「じゃあ、目的は殺人映像の撮影か? 安っぽいサイコ野郎にお似合いのしょうもなさは、笑えるけど笑えないぞ」
「下賤な連中の見世物と一緒にするな……儂の創り出すものは、常人の辿り着けない高みにある」
「おいおい、アーティスト気取りかよ」
「気取り、などではない。どんな芸術家の技術も想像も及ばぬ、次元の異なる表現……平たく言うなら命の写し絵であり、無意味な死に彩りを施す業でもある」
日本語で頼む、と言いたい気分をコッテリ含ませ、冷たい視線を送る。
しかし、力生はそれに気付いた様子もなく、恍惚の表情で刀身を眺めつつ話を続ける。
「比類なき才の持ち主が墜ちていく様も堪えられぬが、凡愚な俗物が極限で見せる姿にもまた、得も言われぬ馥郁たる香気がある……わかるか」
「変態の感覚に同意を求めるな」
「怯懦に染まって逃げ惑う、死の恐怖で動けなくなり命乞い……こうした無様を晒すような者共には興醒めだ。儂が手を煩わせる程の値打ちもないので、適当に処理させた後は豚のエサか魚のエサだ。だが、絶望を振り払い闘うことを選んだ者たちは、時として想像の埒外にある輝きを放つ」
「どういう立場でモノ言ってんだ、さっきから」
ツッコミを無視した力生は、劇場で喚いていた大輔よりもガンギマった双眸で俺を見据え、滔々と述べる。
「一縷の望みもないというのに、脆弱な肉体と浅薄な頭脳を総動員しての無益な抵抗を繰り広げ……藻掻き、足掻いた末に万策尽きたと悟った瞬間の、あの表情! 生きるのを諦め、終わるのを受け入れた、彼岸と此岸の間に至ったあの円寂は、何時見ても何度見ても、脳幹が痺れる……っ!」
うるさい黙れの一言か、顔面パンチの一発で終わらせたくなる、フリガナの多そうな妄言が際限なく紡がれる。
益体もない金持ちの道楽が、この場所にどれだけの血を流させたのか。
しょうもない暇人の自己満足で、一体いくつの人生が破壊されてきたのか。
こうした愚行は過去にも無数にあり、未来でも繰り返されるのかもしれない。
だがそれはそれとして、力生の醜悪さは捨て置けない。
何よりも、目の前にいるこの腐れ外道に愚行の報いを受けさせなければ、俺の不快感が解消されないままだ。
ここから先に踏み込めば、面倒さが更にハネ上がるのは百も承知。
しかし、ここで退いてしまえばは、やはり魂が膿み腐ってしまう。
俺は六角棒の先を力生に向け、歪んだ笑顔を睨みながら宣告する。
「お前の遊びに付き合ってやる……これが最後だ、存分に楽しめ」




