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第6話 「特務の青二才かよ」

 こちらの脳天を目掛めがけ、猛然と回避不能な一閃いっせんが撃ち込まれる――

 みたいなイメージなのだろうが、残念ながら速度も威力もヘボヘボだ。

 俺は振り下ろされたキューのシャフトを掴み、スイッと縦に引き抜く。


「えぁっ?」


 何をされたのか理解していない様子で、リーダーは間抜けな声を発した。

 半端な空振りの余勢よせいに流され、二歩、三歩とよろめきながら前に出てくる。

 そんなリーダーの下腹に前蹴りを入れ、組まれないよう距離を広げておく。


「おぅふぁ!」


 半ば牽制けんせいの一発だったのに、リーダーは無様に転がった。

 戦法に工夫がない、部下を使いこなせてない、体幹が弱くて握力も全然ない。

 トップがこんなで、コイツらは本当に不良集団としてやっていけてたのか。

 強奪したキューを背後に放り、尻を引きずりながら後退する男を見下ろす。


「て、てっ、てめぇなぁ! だっ、誰にケンカ売ったか、わかってんのかっ⁉」

「知らん。どちらサマだってんだよ、アンタは」

「おっ、オレを知らなくても、オレらの上がドコかってのは――」

「知らん。それに、知ったこっちゃない」


 なるほど、クソザコ集団なのに調子こいてる理由はコレなのか。

 バックにいる反社アウトローは、時代的に暴走族かチームかヤクザか……

 まぁ、どれが出てこようと、引いてやるつもりは微塵みじんもないが。

 起き上がったリーダーは、汗で湿った髪を掻き上げてオールバックにする。


「ん? ……ああ、お前のこと知ってるわ、たぶん」

「ハッ! 今頃オレが誰だか気付いても、もう遅ぇぞ! 『赤地蔵連合じぞうれん』の野々ののむらにアヤつけた時点で、てめぇは終わってんだよ!」


 髪型が変わった結果、コイツが何者なのかを思い出す。

 一年後にココで起きる事件の中心人物で、加害者兼被害者の代表として名前と顔がメディアに晒されまくっていたヤツだ。

 TVや週刊誌で繰り返し目にした写真は、もっと明るい髪色でデコを出していたんで、パッと見では気付けなかった。


「どうでもいいけど……ジゾウレンって名前、ダサくないか」

「あぁ⁉ だぁら、ナメたこと言ってんじゃねぇぞ! イキがれんのも今日で終いだコルァ! 赤地蔵連合を敵に回すってのはなぁ――」

「ゴチャゴチャうるせぇ!」


 ヘタレていたのに、何を勘違いしたのかグイグイ詰め寄ってくる野々村が鬱陶うっとうしいので、バラ手の目潰しを繰り出した。


「がっ……んぁあああああっ!」


 モロに食らった野々村は両目をおさえてひざから崩れ、ぐねぐねと体を左右にツイストさせるキモい動きを披露してくる。


「おぉおおぉおっ、目がっ! 目がぁあああぁ!」

「特務の青二才かよ」


 足裏で押すように蹴り倒せば、床をゴロゴロ半回転するのを繰り返す。

 これで終わりにしてもいいのだが、あの事件の報道によれば野々村とその仲間には、大量の余罪があったとのこと。

 恐喝・窃盗・暴行・強盗・監禁・強姦、その他もろもろ。

 殺人以外は殆どコンプリートしていたような、最悪に近い印象だ。


「とりあえず、来年の事件だけでも予防しとくか……なっ!」


 まずは野々村の両の足首を掴み、大股開きの状態で固定。

 それから、全体重をかけた右膝を股間へと叩き落とした。


「ぶゅごっ――」


 悲鳴と呻吟しんぎんを混濁させた短い声を残し、野々村は動かなくなった。

 念のためニードロップを三回追加し、睾丸キンタマとの別離を完璧に仕上げる。

 大体は片付いたようなので、頭を抱えて動かない瑠佳るかの元へと向かう。


 しゃがんだ恰好かっこうでフリーズしているが、視線は俺の動きを追っていた。

 ならば何が起きたかの説明はいらないな、と判断しつつ瑠佳の鼻先で二度、三度と指を弾いてパチパチ音を鳴らす。


「おーい、寝てんのか? サメ子」

「なっ、はっ――はぁ? けっ、ケイちゃ、じゃなくてやっ、薮上やぶがみくん! 何だったの、今のは⁉ 何でそんなケンカ強いのっ?」

「あー、まぁ……日頃の鍛錬たんれんだ」

「んん? えぇええぇ……何年かあれした程度で、どうにかなるそれじゃないでしょ、こんなの……どうなってんの? ねぇ、どういうあれなのっ⁉」


 だいぶ混乱しているのか、発言に指示詞しじしがしこたま混入している。

 説明するのも面倒だし、どれだけ説明しても理解してもらえないだろう。

 数十年分の鍛錬を重ねた未来の俺が、高校時代の俺の中にいるって状況は。

 しかし、この頃は筋力も体格もイマイチなのに、それなりに動けるモンだな。


「とりあえず、落ち着け。な?」

「おおお落ち着いっ、てるし?」

「自分で言ってて疑問形じゃねえか。と、そんなことよりも――そこっ!」


 ゴドッ!


「うひぃいっ!」


 ガラゴラ、ゴコッ――ガッシャ! パンッ、バリンッ!


 どこかに電話している店員に、ビリヤード台から拾った2番をブン投げた。

 玉は耳朶みみたぶかすめて通過し、棚にぶつかって安酒を薙ぎ倒す。

 店員は悲鳴を上げてコードレスの受話器を落とし、酒瓶は何本も落下して次々に割れ、床の上では誰も飲めないカクテルが出来上がる。


「かくれんぼに付き合うヒマはない。早く出てこい」

「がぁああああああああああっ! 上等だっ!」


 戦意を喪失し、姿を隠したかと思われた店員が吼える。

 カウンターの陰から姿を現すと、受話器ではなく木製のバットを握っていた。


「へぇ……仲間の壊滅っぷりを見ても、まだやる気か」

「クソガキが……ここまで好き勝手されて、これで終わりにゃ出来ねえんだよ!」

「不良の面子ってヤツか? クッソくだらねぇな、いい年こいて」

「だから、フザケたこと言ってんじゃねえ、ってんだよ!」


 ガンッ、とカウンターの天板を思い切り叩き、金髪店員が威嚇いかくしてくる。

 自分の店にダメージ与えてどうすんだ、と言いたくなるのをこらえ、俺は店員がフロアに出てくるのを待つ。

 テンションを上げる儀式なのか、店員はアチコチをバットで殴打して進む。


 コイツもまた、対人戦闘の基本がなってない……どころではない。

 恐らくは、無抵抗の相手を殴った経験すらロクにないであろう、とことん酷い構えと距離の取り方だ。

 そんな経験を詰んでいる奴はどうかしている、というのは措いといて。


「うぉらっ、クソガキァ! 怪我の治療費と店内の修理費合わせて、一千万行くのは覚悟しとけよっ!」

「アホか……俺がそんなカネ持ってるように見えるか」

「ハハッ! お前が一文無しでも、親は持ってんだろうが!」


 完全な無理筋だが、その無理を通すのがチンピラの常套手段じょうとうしゅだんでもある。

 そんなことより、どうしてコイツはここから逆転する気マンマンなのか。


「で、実家も貧乏だった場合は?」

「そんなモン、本人を売りゃいいだけの話だ。そっちの女もなぁ、千五百万のカタになってんだぜ?」

「……へぇ、それはそれは」


 朧気おぼろげながら、瑠佳が巻き込まれているトラブルの中身が見えてきた。

 本人が何かやらかして千万単位の負債ふさいを作る、ってのは中々に考えづらい。

 罠にかけて借金を背負わせる手段は色々とあるが、いくらこの時代でも未成年相手に無茶はできない。


 となると、親兄弟に原因があると推測するのが妥当だとうだろう。

 父親か母親が、金貸しに迫られて娘を売り飛ばす契約でもしやがったか。

 瑠佳の様子をうかがえば、自分の置かれた状況を再確認したせいか、だいぶ顔から血の気が引いている。


「余裕ぶってんじゃねぇぞコルァ! 治療費修理費とは別に、落とし前で手足の二三本はもぎ取るかんなぁ!」

「ウワー、チョーコワーイ」

「だからぁ! 余裕ぶってんなっ、てんだよクソガキィッ!」


 棒読みのリアクションがお気に召さなかったようで、店員がわめきながらバットを片手でブン回してきた。

 瑠佳の精神状態も心配だし、この馬鹿を早々に黙らせるとするか。

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