第44話 「五体満足で帰れると思ってんのか?」
深夜、耳慣れない音を察知して、リビングのソファで目を覚ます。
文字盤に夜光塗料を使っている時計を見れば、二時半まであと数分。
襲撃を警戒し、二階の自室ではなく一階で寝ておいて正解だった。
ザクッ――ザリュ、グリッ――ボリッ――ザク、ボキュ――
昼に撒いておいた防犯用の砂利が、早速仕事をしてくれている。
足音の感じからして侵入者は二人で、どちらも標準的な体格の男。
結構な音が鳴っても怯まないのはド素人だからか、或いはバレるのを前提で動いているのか。
どちらにせよ質の低い連中だろうが、何はともあれ迎撃しないとな。
半端な睡眠時間で起こされたせいで、軽い痛みと怠さが頭の奥に居座っている。
それでも普通に動けるのが、半世紀ほど若返った肉体のありがたさだ。
ついでに、夕食は『びっくりチキンカツ弁当』にエビグラタンを追加する暴食ぶりだったのに、まったく胃もたれしていない。
若いってのはそれだけでチートだな、と改めて思い知らされつつ、防衛戦に備えて用意しておいた諸々をポケットに詰め込む。
『あの、大丈夫なんスか、これ』
『うるせぇ、静かにしろ』
壁越しに、小声のつもりで話している内容が丸ごと伝わってきた。
さて、ここで採るべき行動は、勝手口から飛び出しての強襲か、玄関から出て裏に回っての奇襲か。
前者は銃器で反撃されるリスクがあり、後者は他の仲間が潜んでいたら発見される可能性がある――
どちらにするか少し迷ったが、後者を選択して忍び足で侵入者へと近付く。
ライトの光線が、忙しなく地面を跳ねている。
物陰から様子を窺えば、黒いジャージと目出し帽の二人組が、大型のマグライトを手に裏庭をウロウロしていた。
隣家との境界になっている、低い壁を越えて侵入されたようだ。
サクッと戦闘不能にして捨ててくるか、と攻撃を仕掛けようとしたところで、不吉なアイテムの存在に気付く。
赤いポリタンク――18リットル入りの、標準的なサイズ。
中身が灯油かガソリンかは不明だが、何に使うのかは明白だ。
アチラが放火殺人も辞さないほど覚悟が決まっているなら、コチラとしてもそれ相応のもてなしを考える必要がある。
グリュ、ザク――ジャッ――グジッ、ザシュ――ボシュッ
二人は相変わらず、砂利を踏んで出るノイズを気にせず動き回っている。
この手際の悪さと気の抜けっぷりなら、雑に仕掛けても大丈夫そうだ。
身を低くしながら駆け、ポリタンクの傍に屈んで何かしていた男の首筋に、実戦では初使用となる武器を押し付ける。
バチバチバチバチッ――
店で何度か試しに使った時よりも、ハデな音と光が弾ける。
桐子から教えてもらった、秋葉原にある防犯用品の店『御護屋』で購入した、出力がヤバい海外産のスタンガン。
とにかく強力で使いやすいヤツ、と注文したら出てきた一品だ。
店主が言っていた「どんな相手だろうと問答無用でダウンさせる威力」ってのは大袈裟じゃなかったらしい。
声も出さず仰向けに倒れた男の顎を蹴り上げ、完全に意識を飛ばす。
もう一人の侵入者は異変には気付いたようだが、奇襲を全く想定していなかったのか、俺にライトを向けるでもなく棒立ちだ。
こいつも仕留めるべく、防犯砂利を鳴らしながら距離を詰める。
あと数歩で蹴りなら届く、というタイミングで男の姿が見えなくなった。
「おぉっ!?」
デタラメな跳躍か、猛スピードでの疾駆か。
唐突に視界から消えられて困惑していると、地面の方から声がする。
「すっ、すんませーんっ!」
異様な俊敏さを発揮した男は、その場で土下座をキメていた。
身の危険を察知して、すぐさま命乞い方向に舵を切る、その判断の速さには感心しなくもない。
とはいえ、それで現住建造物等放火罪が軽くなるハズもない。
俺は土下座した男の頭を踏み、背中にスタンガンを押し当てトリガーを引いた。
「あんまり騒がしいと、近所から通報が行くな……」
どうしたもんかな、と倒れている侵入者たちを見下ろす。
大したことは知らない下っ端だろうが、一応は情報を引き出しておきたい。
それに、探偵の指を二本折ったのをガン無視してくるのは予想外だ。
警戒するまでもないと思われているのか、力押しで何とでもなるとナメてるのか。
単に連絡のマズさで、俺から反撃を受けた事実が共有されてない可能性もあるが。
何にしても、コチラに手を出したら痛い目に遭う、と学習させてやらないとな。
「ガレージは確か、防音になってたっけ」
父親が夜にも車をイジるために、壁を防音仕様にしていた記憶がある。
二人を後ろ手にして親指を結束バンドで縛り、襟首を掴んで一人ずつ倉庫の一階へと引きずって行く。
「サドっ気ないから、楽しくないんだよなぁ」
かつての仕事仲間には、相手が何を嫌がるかを即座に読み取って、あっという間に情報を引き出す拷問のスペシャリストや、とにかく人を苦しめるのが大好物で、男女を問わず苛烈な拷問を繰り返しては恍惚となっていた変態がいた。
そんなのが身近にいたので、ある程度の技術力と精神力を身に着けてはいるが、やはり一方的に誰かを嬲る行為に喜びを見出せない。
「雪枩の仲間どもなら、ノリノリでやるんだろうが……」
桐子が袋叩きにされていたトイレや、自分の血祭りが予定されていた体育館裏の光景を思い出し、何とも言えない不快感が甦る。
そういえば、コイツらはあの中にいた誰かなのか、と目出し帽を脱がせてみるが、どちらも見覚えがない顔だ。
土下座をキメた方は二十歳前後で顎ヒゲを生やし、もう一人はそれより少し年上っぽくて鼻にピアスをしていた。
「こりゃ、年齢的にも雪枩パイセンの手下じゃないな」
あの探偵と同じく、雪枩の父親の指図で動いている連中だろう。
そして、この件についてより詳しい事情を把握してるのは、さっきの会話から推測すると鼻ピの方だ。
では、あまり気は進まないが情報を引き出す作業を始めるとするか――
ヒゲと鼻ピを拘束し、意識を回復させて椅子に座らせ、質問を開始して二十分。
辺りには蛋白質の焦げるニオイと、肉の焼けるニオイが漂っている。
ついでに、血と尿と糞とゲロのニオイも混ざっているので、この場の空気の組成はたぶん毒に近い。
人を燃やそうとした報いを受けてもらおうと、髪や眉を焼いたり、耳を炭化するまで炙ったりと、軽めの拷問をヒゲに加えてみた。
案の定、下っ端だったヒゲは何も知らないようで、「俺は何も知らない」「ヒャッケンさんに言われて来ただけ」「放火するのも聞いてない」などと答えるばかり。
それに対して「本当は?」「誰の命令?」「目的は?」と問い返し続け、新しい情報がなければ柄の長い着火ライターで炙るのを繰り返す。
やがてヒゲは、意味のあることを言わずに呻くか喚くかだけの反応しかしなくなるが、次は自分の番だと慄いた鼻ピが泣きを入れた。
「あの……そいつは本当に、これ以上は何も……だから、もうやめて、やめてやって……下さい……おねっ、お願い、しますっ……」
鼻ピも大した情報を持っていなかったが、雪枩家に逆らった人間への懲罰として、大輔の父親である力生の意を酌んだ秘書の百軒という男が襲撃を指示した、自分や鵄夜子について結構な人数を使って調べさせている、放火は倉庫や物置を焼くだけに留めて脅す予定だった、などを途切れ途切れに白状した。
これ以上は何もなさそうだ、と見切りをつけた俺は、威圧のためにカチカチ点けたり消したりしていた着火ライターを手放す。
「まぁ、こんなモンか」
もう終わりが近い雰囲気を出すと、鼻ピはあからさまにホッとした様子だ。
そんな甘ったれ野郎の肩に手を置いて、俺は今日一番の笑顔を作って告げる。
「おいおい……五体満足で帰れると思ってんのか?」




