第32話 「ガチのアル中、略してガル中なんで」
家を出て自転車を走らせた俺は、第一の目的地である駅近くの大型ホームセンターへと向かう。
売り場を一通り見て回ったが、世間の防犯意識がまだまだ低いのか、監視カメラは取り扱っていないらしい。
セキュリティ向上を謳うフェンスやシャッターなども、性能的にイマイチ本気度が足りてない印象だ。
名札に『主任』と付いている中年男の店員を呼び止め、あれこれと訊いてみた。
五分ほど話をしてみたが、どうにも頼りない返答しか戻ってこない。
明らかに学生な自分を冷やかしと判断し、塩対応をカマした可能性もある。
だが、そもそも商品のスペックを理解してない疑惑も濃厚だ。
店員から情報を引き出すのは諦め、どんな商品があるかのチェックを主目的に切り替えた。
ガーデニング用品を見ていると、ヒマそうな女性店員が話しかけてくる。
「本日は、どういったものをお探しですか?」
「えぇと、庭とか玄関回りとかの屋外に設置するタイプで、人が近づくと自動で点灯するような、そんなライトありますか」
「製品としてはある、のですけど当店では扱ってませんね……」
「そうですかー。種類とか、値段とか、どんなモンでしょう」
売上につながらないのに、店員は笑顔を崩さずに色々と解説してくれた。
電源をコンセントからとるか、電池を使うかによって設置の難しさが変わるとか、本体価格や設置工事費用の目安とか、そういったことをスラスラと教えてくれる。
レクチャーは助かったが、この時代の電化製品は貧弱な性能だと再認識させられるばかりだ。
LEDを使ったソーラー給電式で、買って設置すればすぐ使える――そんなイメージからは懸け離れた面倒臭さと判明し、ちょっと気が重い。
もしかすると、白色のLEDもまだ開発されてない頃なのか。
まぁ、照明については後回しでいいか、と保留しておく。
「――といった感じですね。防犯用や、夜間の危険防止用にもオススメです」
「なるほど……ありがとうございます。防犯といえば、上を歩くと大きな音が出るような砂利とか、売ってますか」
「ございます! それですと、こちらになりますね、ハイ」
裏の家とウチの境界は壁が低く、中途半端な隙間が存在していて、屋内からだと死角になる箇所が多い。
自分が侵入者ならここを狙う、と断言できる明らかな弱点なので、ここに防犯対策をしておきたいのだ。
店員はまた、材質による効果の違いや価格の差、設置する前の注意などを丁寧に説明してくれた。
それぞれのメリットだけでなく、デメリットも告げてくるのは好感度高い。
価格は高いのか安いのかよくわからないが、貞包の事務所から回収してきた金があるので、予算は心配する必要がない。
元の千二百万から、村雨姉妹に四百万、クソ親父に百万、燃やしたのが二百万。
残りの五百万と金のアクセは、ファイトマネーとして俺が徴収しておいた。
広さをザッと計算して必要な量を弾き出してみたら、自転車で持ち帰るのが無理な重さになってしまったので、自宅への配達を頼む。
ついでに、手頃な長さのバールのようなもの、絶妙な重さのモンキーレンチ、投擲にも使えそうな手斧などの工具も購入し、砂利と一緒に届けて貰うことに。
監視カメラや防犯ライトはどこで買えそうかな、と考えながら店を出て自転車を走らせていると、二人組の警官が職務質問をしている光景が目に入った。
何だか素通りできなくて、ペダルを漕ぐ速度を落として状況を観察する。
「キミィ、どう見ても未成年なのに、これは拙いなぁ」
「いや、あのぅ……これは、僕のじゃ……」
「ああ? ちょっと交番まで来て、話を聞かせてもらうよ」
「あの、でも……急いでて、急いでるんで」
「うんうん、すぐ終わるから、な。ちゃんと話してくれれば、すぐだ」
中年と若手の警官コンビが、モサッとした長髪の少年を挟んで、高圧的にやいのやいの言っている。
横にデカい中年と縦にデカい若手に詰め寄られ、全体的に細い少年は委縮しているようだ。
その表情には怯えの色が滲んでいたが、それは目の前の警官たちではなく、何か違うものに向いている気がした。
少年が提げたビニール袋からは、ウィスキーやビールや煙草が透けている。
禁制品を買うならもっと頭を使って隠せ、と説教したくなる無防備ぶり。
連休でテンションの上がった中高生が、最後の最後でやらかしたんだろうか。
苦笑しながら通り過ぎようとしたが、どうも見覚えがある――
たぶんコイツは、神楠高校の別クラスの同級生だ。
見殺しにするのも後味悪いし、フォローに入ってやるとしよう。
「おいおい、また親父さんの酒、買いに行かされてんの」
「えっ? あっ、はい?」
「いくら休みでもさぁ、昼から飲んでんのはヤバいよなぁ……まったく」
「なっ、何だね、キミィ? この子の仲間かぁ?」
唐突に割って入った俺に、中年の警官が訝しげに訊いてくる。
若い方は何も言わないけれど、コチラに濃いめのマイナス感情を向けてきた。
恐らく、弱者をいたぶる「お楽しみ」を邪魔されたのが不愉快なのだろう。
正義の味方の適性はないが、警察官にはお誂え向きな性格の悪さだ。
「いやぁオマワリさん、コイツの親父はマジでヤバくて、近所じゃ有名なんですよ。仕事中と睡眠中以外はずっと飲んでるガチのアル中、略してガル中なんで。な?」
「そっ、そう……そんな、感じ」
話を振ると、モサモサな同級生はちゃんと合わせてきた。
極端にオドオドしているが、頭は普通に回っているようだ。
「しかしだな、未成年者の酒や煙草の購入は――」
「親に頼まれたなら、おつかいでセーフでしょ。それに、コイツの親父は酒が切れると、凄い勢いでブチキレるんですよ。暴力とかはないけど、とにかく物を壊す。だよな?」
「あ、うん……先週、自転車を壊されたから、今日は歩きで……」
「有名なんですよ、ホント。どうにかなりませんか、オマワリさん」
話の流れで当事者の枠組みに入れられた警官たちは、明らかに困惑している。
中年は戸惑っている雰囲気だが、若いのは明らかに迷惑そうだ。
一応は警官らしい仕事をする気なのか、中年は困り顔のままで言う。
「もし、身体的な暴力があるなら、然るべき所に相談をだね……」
「今のところ、殴られたり蹴られたりは、ないんだよな?」
「それは、うん。大丈夫……」
「でも、酒がないとすげぇ荒れるんで。TVとか炊飯器とか、平気で壊すんで」
俺が言うと、モサ同級生はコクコクと首を縦に振る。
若い警官が、中年の方に何事かを耳打ちした。
声は聞こえないが唇は読める――「面倒ですし、行かせましょう」だ。
意識の低いヤツは、こういうところで素直だから助かる。
囁きに頷き返した中年ポリスは、犬を追い払うような手付きで大声を出す。
「わかった、わかった! もう行っていいが、今後は気を付けるように!」
「はーい、ご苦労様でーす」
わざとらしい笑顔を作り、俺は警官二人に頭を下げる。
数秒で頭を上げると、ポカンとしている同級生の肩を叩きながら訊いた。
「いやぁ、お疲れさん……で、誰だっけ? 俺は三組の薮上だけど」




