第24話 「俺の知ったこっちゃないな」
元は一万円札だった白と黒の粉が、煙と一緒にバスルームに舞う。
権利書が、借用書が、手形が、名簿が、あっという間に灰になっていく。
瑠佳に教えた「燃えやすい焚火のセッティング」のこうかはばつぐんだ。
「あぐっ……はふっ、うっ……げっ、はぅ……」
そんな光景をまともに見ることも、目を逸らすこともできない貞包は、半ば呼吸困難になりながら時々「オエッ」と嘔吐いている。
自身の破滅を特等席で見物していたら、ゲロを吐きそうなほどに追い詰められるのも無理はない。
だからといって、何一つ同情できやしないのがアレだが。
「おいおい、シッカリしてくれよサダやん。まだ終わってないぞ」
「は……? まだ、何か……ぅばっ、ぶぇっ!」
虚ろな表情の貞包にビンタを二回入れ、強制的に正気を取り戻させる。
そして頭を掴んで、バスタブの横にある便器へと顔を向けさせてから、便座の蓋を蹴って上げた。
「ホラ、次はこっちだ」
「う……うぉあ⁉ なっ、ななななっ⁉ ななんっ? ななななななんっ⁉」
「おう、今日イチ愉快なリアクション出たな。カネと一緒にクソみたいなモンも見つけちまったからな、クソに相応しい場所に捨てといた」
「おいおい……おいおいおい……おぉいおいおいおうぃ! おおおおおおおおおおおおおおおお、マジか⁉ 正気か⁉ ヘロインだぞ、これっ! いくらになると思ってんだ!」
「知らん。知ってても、知ったこっちゃない」
俺の返事に貞包は頭をフラつかせ、気絶しそうな遠い目を見せる。
ここまでやるとは思っていなかったのか、或いは交渉して切り抜けるような考えがあったのか。
何にしても、手加減ナシに徹底的にダメージを積み重ねる作戦が成功し、貞包のプランを粉砕したようだ。
そんな結果に満足感を覚えつつ、水洗レバーに指をかけた。
「待て待て待て待てっ! マジでそれはダメだっ! いいから、オレの話を――」
「聞いて、どうなるんだ? このクソ粉を売った金を惜しむんなら、こんな真似しないで黙って持ち帰ってる」
「いいから、まぁ聞けって! そいつは預かりもんでな、もし消えたら洪知会よりもっと上の、もっとヤベェところが動くんだ、マジでっ!」
「へぇ。具体的に、それはドコだ?」
「どこって、そりゃ……マジでヤベェとこ、だぜ?」
「ハッタリすらまともにカマせないとか、義務教育で何を習ってきたんだ」
呆れ顔で言い放つと、俺はレバーにかけた指を「大」の方へクイッと回す。
無慈悲な水音が響き、末端価格で数千万になる粉末を数秒で消滅させた。
「あ……あぁ、ああああー、ああああー、ああああー」
情緒がぶっ壊れたのか、渦巻く水に押し流される粉を眺めながら、貞包は実写版『デビルマン』めいた棒読みの嘆きを吐き出す。
しかし、ここで呑気に壊れてもらっては困る。
こいつは今後、この場で起きたことの全責任を背負うのだから。
「ああああ、じゃねえんだよ。雑に決めた勇者の名前か」
「べぅっ――おぉ、お?」
さっきより強いビンタを入れ、彷徨いかけた貞包の精神を現世に戻した。
「わかってるとは思うが、こうなったのは何もかもアンタのせいだ」
「えぁ? はぁ? これは全部、テメェが――」
「アンタが女衒の真似事をしなけりゃ、俺が暴れる必要はなかったんだわ。そもそも、アンタがヤクザの下っ端になる生き方を選んだことが問題だ」
「あっ……あの時の俺には、選ばせてもらえなかったんだよ、この道しか……」
「いいや、アンタは選べたんだよ。ただ、ラクな道を選んだ結果がコレってだけだ。逃げて逃げて、怠けて、カッコつけて、イキがって、ココに辿り着いたんだ」
俺の断言に対して、貞包は反論したそうな気配を見せる。
だが、二度ほど口を開きかけた後、結局は何も言わず嘆息しながら天を仰いだ。
「繰り返しになるが……こうなったのは全て自業自得だ。変なガキにカチこまれてメチャクチャにされました、と事実を語ったところで責任が軽くなることもない。カネを燃やされ、クスリを流され、名簿や証文が消えて無くなったのも、全部アンタのせいだ」
「それは、まぁ……そうかもしれない、が……」
「かもしれない、じゃなくて確実な決定事項なんだよ。アンタとアンタの手下は、運が良くてどっかで死ぬまで奴隷労働、普通に考えればケジメと腹癒せのためにリンチで処刑、運が悪けりゃ変態のオモチャになって拷問死か発狂死だ」
「テメッ――くっ、クソがっ!」
反射的に「テメェのせい」もしくは「テメェが言うな」などと吼えたかったようだが、すぐに論破されると学習したのか、貞包は途中で適当な悪態へと切り替えた。
悪意の澱んだ視線を受け止めつつ、俺は貞包の前に回って身を屈め、至近距離から語りかける。
「何をどうしようと、アンタはもう終わりだ。今この場で何かしらのミラクルが起きて、俺をブッ殺す大逆転劇をキメても、カネも書類も灰になってるし、フロッピーは炭になってるし、ヘロインは下水道で白いワニをトリップさせてる、って状況は変わらない」
「だったら……だったら、どうだってんだ」
「どうもしない。単なる事実確認をして、アンタの絶望感を深めてるだけだ」
「クソァ! ふざけてんじゃ――」
「フザケてるのは、そっちだろ」
ヘッドバットをかまそうとしてきた貞包を片手で往なし、顔面を便器の縁へと投げ捨て気味に叩きつける。
「はびゅる――」
「頭脳派みたいなツラをしときながら、最終的な頭の使い方は打撃武器かよ」
「おごっ! ぽごっ!」
首筋を掴んで、追加で二回、三回と便器に顔面を衝突させる。
珍獣めいた喚き声を上げて、貞包の体から力が抜けていく。
割れた額と鼻の穴から流れる鮮血が、アイボリーの便器を朱に染めていく。
「生き残りたければ、アタマを頭突き以外で使えよ、サダやん」
「ぅが、がっ……はっ……」
「このまま行けば、アンタは今月中には彼岸の住人だ。引っ越しがイヤなら、自分が何をすべきなのか、シッカリと考えて動くのがオススメだ」
「ぶふっ、ふぅー……ふぅー……」
「じゃあな、木下サンにもよろしく言っといてくれ……よっと」
「のぅふっ!」
サヨナラの代わりに、腎臓の辺りに八割程度のじんぞで蹴りを叩き込む。
そして貞包の拘束を解いてからバスルームを後にし、回収した諸々を詰めた二つのバッグを担いで階段を下りていく。
ここから先は、コチラの仕掛けがどれだけ機能するかと、貞包や芦名がどれだけ機転を利かせられるかで、結果が変わってくるだろう。
しかしまぁ、何にしても全てはこの一言に尽きる。
「俺の知ったこっちゃないな」




