第120話 「確かに計算ニガテだけど、その計算あってんのかなぁ?」
※今回は兼子(犬猫コンビの猫の方)視点になります 。作中時間的には、3章終了のしばらく後です。
淳一がどっかから持ってきた――たぶんパクッてきた原チャリに二ケツして、よく知らん街まで南下してきた。
東京なのか神奈川なのか、よくわかんないけど横浜よりは近い場所。
落とさないよう抱えてたカバンは、微妙じゃ済まないくらい重たい。
チャックに鍵が付いてて「中を見るな」「絶対落とすな」と言われてる。
このカバンを届ける運び屋ってのが、ウチらの今回の仕事だ。
前にも何度か請けたことある、カスガイとかいうオッサンからの依頼。
目的地の近くまで着いたらしく、淳一は道端に原チャリを置いて、人気のない細い道をズンズンと進んでった。
それを追いかけながら、無駄だと思うけどまた意見を伝える。
「なーなー、ワンちゃん。やっぱさー、このハナシ怪しくない? 怪しすぎるって思うでしょ普通さー」
「でもやるしかねぇんだ、って何度も言わせんなよバカネコ。とにかくだなぁ、まとまったゼニがねぇとどうにもなんねぇんだよ、今のオレらは。わかんだろ?」
イライラを隠さず言う淳一に、気まずさがモヤッと湧いてくる。
ずっと言ってるし、ちょっとしつこいかも、って思わなくもない。
だけど何ていうか「これ絶対ヤバい」って予感がバチバチにしてる。
そんでもって、ジブンの予感ってのはホントによく当たるんだ。
それも、イイ予感じゃなくてヤな予感の方が、よく当たるんだよ。
淳一の担いたダッフルバッグを指しながら、ダメ元で食い下がった。
「でもさー、カバン運んだらそんだけで三十万だよ? 絶対ヘンだってワンちゃんも思うっしょ、流石に」
「それは、別に前も、そんなんあったろ。あの……倉庫燃やして五十万とか」
「放火すんのとカバン運ぶの、ワンちゃんの中で同レベルなの?」
「手間としちゃあ、アレだ。燃やす方がラクだったろ。現地行って、用意された灯油ブン撒いて、あとはライター投げて逃げるだけ。人も死なずに皆ハッピーだ」
確かにやること少なかったし、数時間で終わる仕事だった。
だけど、捕まったらまーまーヤバい重罪だったんじゃ、と疑ってる。
江戸時代だったら放火犯は100%火あぶり、って漫画で読んだし。
家の少ない大昔でそれなら、マンションとかある今なら、もっと厳しそう。
八つ裂きとか、何かトゲトゲのやつに入る『何とかメイデン』とか、そんなんで死刑になってもおかしくない。
「んー……でもやっぱ、引っかかんだよなー。だってアレだよ? あの鬼みてーに強かったヤブガミを捕まえんのが二十万で、ちょっと重たいカバン運んだら三十万って、どう考えても変じゃない? 計算おかしいっしょー」
「ハァー……苦手なのに無理に計算とかすんなって。そんなんだから、お前はバカネコ呼ばわりなんだわ」
「そう呼んでくるの、ワンちゃんだけなんだけど」
でっかい溜息を吐く淳一に反論しても、溜息のアンコールが来ただけだった。
そもそも、仲良くもない相手をバカ呼ばわりする非常識なバカは、殴るか蹴るかして常識ってのをわからせるから、誰もジブンをそう呼ばない。
「いいか、あの仕事は元々が百万のギャラだったろ。それが途中で抜かれて二十万になってただけで、つまりは百万の仕事だ」
「んぁー……そう、なの、かなー?」
「で、今回のはたった三十万。アイツの三分の一以下だ。難易度的にはバランス取れてるじゃねぇか」
「確かに計算ニガテだけど、その計算あってんのかなぁ?」
「いいから、無理してアタマ使おうとすんな。いつも通り、考えるのはコッチでやるからよ。お前は全部をよく見て、コレだってタイミングで動けばいいから」
「んむぅ……」
納得はできてないけど、とりあえず頷いとく。
あんまり淳一に逆らいすぎると、しばらく口きいてくれなくなるから。
何かヤバいことになっても、二人なら大丈夫――だとは思うんだけど。
あの日、赤地蔵の喫茶店でヤブガミに返り討ちにされた後、アイツが言ってたことを思い出してしまう。
『暴力だけで世渡りすんのは無理だ』
普通ならシカトして終わりな説教だけど、実際にウチらをボコした相手が言ってるんだから、たぶん聞いておいた方がいいやつだ。
何となくの感覚だけど、もう一年や二年はこのままイケる。
ちょっと仕事を選んだら、三年や五年もイケるかもしれない。
でも、二人だけで暴れまわるのは、そろそろ限界かも。
「第3ヨシダビル……ここだな」
古いって他に特徴のない、灰色の建物の前で淳一が足を止めた。
イヤな予感は消えてくれず、火花が出るみたいにバチバチいってる。
絶対にワナがあるか、騙されるか……何にしても、ヘンなことになるはず。
やめとこうよ、という意味で袖を引くけど、その手は雑に振り払われた。
「やけにビビってんなぁ。大丈夫だって、何かあってもオレらならやるのも逃げるのも、どうとでもなんだろ」
「それはそう、だろうけど……もっと慎重になってもよくない?」
「らしくねぇ弱気だな、バカネコ。どんな危ないことだろうと、金次第でやるってのがオレらのウリだろ」
「……へへっ、そうだね、うん」
そのやり方を続けたせいで、今のこのピンチになってるんじゃん。
ついそう言いたくなるが、そしたら何かが終わりそうな気がする。
だから反論はしないで、テキトーに笑って流しておいた。
最上階である五階までの階段を上り、指定された部屋のドアを叩く。
インターホン越しにやりとりする淳一の背中を眺めながら、とにかく無事に終わるように祈るしかない。
「だからよぉ! コッチは運べとしか言われてねぇし、運んだらそれでギャラを貰えるってことになってんだだから、まずはカネっ! そうだろ!?」
『アホかてめぇは。キッチリと中身の確認せず、金を払えるワケねぇだろ。いいからカバン寄越せやクソガキ』
これはたぶん、相手の言い分の方が正しい。
追い込まれてるせいか、最近の淳一は時々冴えない感じになっている。
無理してるってえか、疲れすぎってえか、とにかくガタガタで。
ジブンの代わりに色々考えたり、面倒なことやったりしてくれてっから、なんだろうけど心配だ。
そこで不意に、壁の向こうでバタバタと人が動く気配が――
「んおっ!?」
乱暴に開いたドアから飛び出した、数本の腕。
それが淳一の手足を掴んで、室内へと引きずり込もうとしていた。
ホラー映画みたいだ、と思ったけどそんなこと言ってる場合じゃない。
ドアを閉じられる前に床を蹴り、淳一を取り戻すために飛び出す。
「ぁにしてんだっ、ゥルァアアアアアアアアアアッ!」
吼えながら室内に踏み込めば、見えた人数は五――いや、六。
四人が暴れる淳一を取り押さえようとし、離れた場所にもう一人。
淳一の背中に乗って右腕をキメてる、黒っぽいデブの顔を蹴り潰す。
利き腕さえ自由なら、そこまでのピンチにゃならないだろう。
次はどいつか、と考える前に自然と駆け出していた。
真っ先にヤるべきなのは部屋の奥、机の上に座ったグラサンジジイ。
「待っ――おいっ!」
何か言ってるが、話を聞くのは殴り殺してからでいい。
真っ直ぐに突っ込みながら、尻ポケットの釘締めを抜いた。
ジジイがアワ食って、逃げるか反撃するか迷っている。
そんな薄ボケた判断のトロさで、ウチらの前に出てくるなっ――
「シャァアアアアアッ!」
「がっ、ぶぁ――ぺぇんっ」
眉間への一撃でグラサンを叩き割り、二撃目は左のコメカミに。
殴りつけた腕を戻す動きで、アゴを狙ってカチ上げる。
だけど狙いはズレて、三発目は右の頬骨の辺に当たった。
ジジイは体を折り曲げて机から転げ、デコから床に落ちて鈍い音を鳴らす。
「んだオイ、テメェらっ!」
「おぁあ、シミさんっ!?」
異変を察したのか、隣室に控えてたらしいのが二匹増える。
茶髪ロン毛のブサイクと、黒髪ウニ頭のブサイク。
とりあえず、数を減らしとかないと――
机の上にあったセロテープの台を拾い上げ、サイドスローでブン投げる。
「びぁい――」
顔面で受け止めたウニ頭は、クルッと半回転してその場に崩れる。
ロン毛はウニを見て、ジジイを見て、それからコッチを見た。
無駄な確認の間にもう、机に飛び乗ってから飛び降りるトコまで進んでる。
「フィイッ、ヤッ!」
「あぐっ!」
何してくるかわかんないから、何かされる前にまず動けなくする。
淳一から教わった、よく知らん連中と乱闘する時の鉄則だ。
それと「喧嘩は先にブン殴った方が勝率85%」とも教わった。
釘抜き部分が左耳へと刺さったロン毛は、白目を剥いてブッ倒れる。
アッチは大丈夫かな、と見てみれば元気よく跳ねている淳一の姿が。
「ふざっ! けんじゃ! ねぇよっ! このボケっ!」
右脚に体重を乗せて、俯せになった男の頭を何度も何度も踏む。
右手に握ったナイフは刃が真っ赤で、淳一にもだいぶ返り血がハネてる。
「うぅううぅ、マジか……おぉおお、マジかよ……」
「痛ってぇえええええええっ! クソッ、クソがよっ! これマジでっ、これシャレんなってねぇぞオィイイイイイイイイイッ!」
顔を押さえて震えるデカブツと、右手を押さえて叫ぶ和彫りマン。
二人のマヌケが、淳一を抑え込もうとして斬られたようだ。
うるさいから黙らせるか、とロン毛から釘締めを回収しておく。
「おっおっおっ――おんっ?」
ワリと深く刺さってたみたいで、抜くのにちょっと手間取った。
変な声を発してまた失神したロン毛、トロみのある鼻血を流し続けるウニ頭、床に突っ伏して動かないジジイの様子を確認し、援護に向かう。
出血中の二人を殴って速やかに黙らせると、淳一も踏み蹴るのをヤメる。
「ワンちゃん、ケガはっ!?」
「してない。そっちは」
「無傷でラクショー! で、コイツら何なんだ?」
「わかんねぇ……けど、お前の言う通りワナだった。スマン」
「それはまー、いいんだけどさ。ザコだったし」
でも、コイツらの中にヤブガミ級のが混ざってたら。
血塗れで転がされてんのは、きっとウチらだ。
寒気が消えないのは、エアコンが効きすぎてるせいじゃない。
やっぱり、ヤブガミが言ってたこと、真剣に考えるべきかな。
『頭を使え。情報を拾え。仲間を増やせ。金の稼ぎ方を学べ』
えぇと、あと何だっけ――「やられたらやり返せ、やられる前にやれ」?
いや、これはしばらく前に淳一が繰り返し言ってたやつだな。
「運ばされたの、でっけー醤油じゃねーか!」
カバンの中身を確認した淳一が、一斗缶を放り捨てている。
業務用の醤油がこぼれ、血の臭いに香ばしさが混ざっていく。
とにかく、この場にいる連中に「誰がウチらを狙ってんのか」訊かないと。
淳一を守るためなら、そいつに土下座しても、上納金を約束してもいい。
ヤブガミも『ダサくても生き残れる方法を選べ』とか、そんな感じのこと言ってたハズだし。




