第12話 「ウミウシの同類だな」
「今っ!」
色々と省略して大声を出せば、瑠佳が転がるように左手の机へと潜り込む。
それと同時に、俺は右手にある机の上に飛び乗った。
現在の肉体では跳躍力が足りなそうなので、椅子を踏み台にする安全策を採用しながら。
途中で金属製のボールペンをペン立てから抜き取り、並んだ机の上を跳ね進む。
コチラを囲もうとしていた三人は、まともに反応できずに俺を目で追っている。
そんな視線を振り切って狙う相手は、木刀持ちのオールバックだ。
「おぉおおうっ⁉」
自分が狙われている、と察知したらしいオールバックが妙な声を出す。
しかし、得物を構えもしなければ、高所からの攻撃に備えて距離を取ることもない。
コイツもまた、ヤバそうな見た目だけで世の中を渡っているボンクラだ。
「ウミウシの同類だな」
「んがっ――あああああああぁぐっ!」
跳び付いて床に転がし、その最中に右肩の付け根にボールペンを突き入れた。
続いて顔面に膝を落として黙らせ、オールバックのドロップアイテムである木刀を拾い上げる。
見物客状態の三人は叫び声で我に返ったのか、再び俺を包囲すべく動き出す。
当然ながら、包囲網の完成など待ってやらない。
俺は入口方面へと駆けると、腕組みしてボーッと突っ立ったまま、コチラを見もしないヒョロメガネの横っ面を殴り飛ばす。
「ひぶっ――」
おそらく何をされたのかもわからない状況で、ヒョロメガネは派手に転倒。
自分の足元へと強制ヘッドスライディングさせられた同僚の姿に、赤髪は顔色まで赤系統に揃えてくる。
「くっ、クソぁあああっっ!」
自分に気合を入れるためだけの、意味のない大声。
思う存分にノイズを散らした赤髪は、懐から細身のナイフを抜き出す。
刃渡りは十センチほど、それでも斬る場所を選べば人は殺せる。
――とはいえ、俺は殺せないだろうが。
脅しには使っていても、実戦では使い慣れていないようだ。
赤髪は俺に向けた刃先を揺らすだけで、次の動作に移ろうとしない。
「オモチャで遊んでる場合か? ザリガニ野郎」
「だっ、誰ぐぁ――れっ? おふっ!」
喚こうとする赤髪の小手を打つと、あっさりナイフを手放した。
間髪を入れず木刀を引き、真っ直ぐノドを突いて動きと呼吸を止める。
これで人数は最初の半分だが、森内には動揺している様子が見えない。
部下を信用しているのか、或いは一人でどうとでもできる自信があるのか。
他の三人は、仲間が次々に瞬殺されていく様子を見せられ、明らかに及び腰だ。
瑠佳を人質に取られたら厄介だったが、そういう機転も利かないようだ。
「テメェ、もう逃がさねぇぞオルァアアアッ!」
「来いってんだよ、ゴルァアアアアアァ! ああぁん⁉」
ジャージの二人が交互に吠え散らかし、開襟シャツは何も言わずに警棒でそこら辺のものをゴンゴンと叩く。
原始人みたいな威嚇を披露しながら近づいてくる三人に、思わず緩みそうになる口元を引き締めつつ、入口を背にして距離を測る。
リーチではこちらが圧倒的に優位だし、とんでもない隠し玉でもない限り、負ける危険性はないと断言できる。
ならば、警戒すべきは森内だけ、でいいな。
そう結論を出した直後、背後で何かが動く気配。
「んぶぁああああああああああああああっ!」
「おぁっ⁉」
意識を飛ばしたと放置していたヒョロメガネ――眼鏡が消えているのでヒョロ。
こいつが俺に背中から抱きつき、首に腕を絡めて締め上げてきた。
この場で最も役に立たない木偶の坊かと思いきや、予想外の根性だ。
不意に閃いたアイデアを活かそうと、俺は全力で慌てふためいた演技を開始し、木刀も取り落としてジタバタもがく。
実際はまったく決まっておらず、半秒とかからず抜けられる。
だが、パッと見ではガッツリとチョークが決まっている絵面だ。
ヒョロの必死の形相と俺の迫真の演技に乗せられた三人は、ここで勝負を決めようと一斉に寄せてきた。
「よっ、と」
ここだ、というタイミングで俺はヒョロの締め技を外す。
そして首にかけられた腕を捻り、変形の一本背負いでブン投げる。
投げた先にいたジャージ1号は、ヒョロの硬そうなケツを顔面で受け止め、そのまま下敷きになった。
「ぬぉらぁあああああああああっ!」
倒れた二人の股間を蹴って戦意を強奪していると、一直線に突っ込んでくるジャージ2号。
仲間の犠牲を気にせず突撃するとは、何とも雑兵向きなガッツの持ち主だ。
伸ばしてくる手を掴み、ヒョイと体を入れ替えて後ろを向かせる。
そこに絶妙なタイミングで、開襟シャツが警棒を振り下ろしてきた。
「かぼんっ――」
脳天にクリーンヒットを食らうジャージ2号。
意味不明な声を発した後、白目を剥いて膝から崩れた。
「なっ⁉ 違っ‼」
誰に言い訳をしているのか、開襟シャツはガクガクと首を左右に動かす。
仲間への誤爆を後悔しているのなら、せめて同タイプのダメージで沈めてやろう。
ホスピタリティを発揮すべく、さっき捨てた木刀を回収して振りかぶる。
「てぶっ――」
狙いを定めて木刀を振り下ろし、和柄のシャツに水玉のアクセントを加える。
そうして四人を蹴散らしながら、森内がどう出るかを観察もしていた。
だが、悠然と煙草をフカシ続けるばかりで、動く気配がまるでない。
手下が壊滅するのを目撃しながら、コイツの余裕ぶりは何なんだ。
森内に向かってゆっくり歩きながら、鮮血の滴る木刀で横薙ぎに空を切る。
パタタタッ――と血飛沫が舞い、森内の顔や手に赤い斑点を作り出した。
そこまでされても、森内は目を細めるだけで動こうとはしない。
実力は不明だが、コイツの胆力は普通じゃないようだ。
やはり、俺くらいなら一人で対処できる、と判断しているのか。
妙な真似をしてくる前に、なるべく早く戦闘不能に追い込むべきか。
そう考えて、疾駆からの一突きで強襲をかけようと腰を落とした、その瞬間。
「おっ? へっ? あー……いやいや……いやいやいやいや……」
気の抜けた声を漏らした森内は、大慌てで否定のポーズを繰り返した。
何だそりゃ――とこちらも毒気を抜かれそうになる。
だが、演技をしている可能性もあるので、念のため動きは封じておく。
「がうっ! うごっ! んおぉおおぉおおぉおおお……」
どこを狙うか少し迷った後、左右の鎖骨を叩き折る。
森内が落とした煙草を踏み躙って消し、木刀の切先を相手の眼前に突きつける。
不意に、切れなくても切先でいいのだろうか、みたいな疑問が浮かんできた。
だが、目の前の男に訊くべきことはそれじゃない。




