第118話 「全ての物事には意味も価値もない」
反射的な行動なのか逃げようとしたのか、勢いよく立ち上がる下浦。
しかし背後に位置取っている奥戸が、肩を押さえて強制的に着席させる。
「まぁ聞け。お前が完全な破滅を逃れるための、唯一の方法だ」
インチキくさい笑顔で言えば、下浦はスッと目を逸らして俯く。
だが俺の隣にいる芦名が、髪を掴んで強引に顔を上げさせた。
「だから話を聞け。自分は巻き込まれただけ、くらいに思ってるのかもしれんがな。警察はお前を、一連の事件の主犯格として取り調べるぞ」
「だ、だけど俺はっ……あの女に、米丸に頼まれただけでっ!」
「普通に断れる状況なのに、話に乗ったのはお前の選択だろうが。今回の誘拐と監禁を抜きにしても、脅迫に盗撮に情報漏洩その他諸々で数え役満だ」
無意味な反論を怒涛の正論で封殺すると、ぐんにゃりと椅子から滑り落ちていく。
そんな下浦の胸倉を掴んで引き戻し、顔を近づけながら静かに告げる。
「もう終わってるお前に選べるのは、終わり方だけだな。一つは米丸やサンキチ、ブランクヘッドの連中と一緒に逮捕されて、芸能界犯罪史に悪名を残す。もう一つは全て諦めて、吊るなり飛ぶなりで来世に期待。最後の一つは、やらかしに巻き込まれて破滅不可避になりかけてる連中に後始末を押し付け、何もかも無かったことにする」
指折り数えながら語っていくと、三つめで下浦の澱んだ目に光が戻った。
「最後のっ、最後のやつで、どうにかっ!」
しかし、俺たちが計画を邪魔しなかったとして、コイツはどうする気だったのか。
どう足掻いても、米丸の共犯者と見做され誘拐殺人の容疑で逮捕だ。
脅されて従うしかなかった、みたいな言い訳で切り抜けられるとも思えんが。
疑問点は他にも色々あるが、結局は「何も考えてない」という結論に辿り着きそうなので、とりあえず放置して話を進める。
「コレはまぁ、やることはシンプルだ。被害者が『テールラリウム』のメンバー二人、主犯がマネージャーの米丸ってのが判明すれば、所属事務所《OTR》はまず間違いなく存続不可能……ついでに、犯行グループの中核だった『ブランクヘッズ』の先代リーダーも所属とか、90年代最大級のスキャンダルになること間違いナシだ」
「こんだけネタありゃ、週刊誌とワイドショーは来年まで騒ぐな」
芦名がそんな予想を口にするが、その程度で済むかどうか怪しい。
「だから、OTRに尻拭いを投げちまえ、まるっと」
「そっ、そう言われても……この状況をどうにかする、のは……」
「できるできないじゃない。やるかやらないか、だ」
「……俺は、どうすれば」
やるしかない、と覚悟した様子の下浦に、やるべきことを伝えていく。
まずは事務所に電話して、米丸の起こした事件について端的に説明。
意味不明すぎて信じない可能性も考慮し、綾子たちにも話をさせる。
ブランクヘッズの関与についても伝え、先代リーダーを引っ張り出す。
現場の清掃や怪我人の回収のため、とにかく人を集めて現地に来させる。
放置すると確実に次の事件を起こす、サンキチの処理も押し付ればいい。
「本当に……それで、どうにかなるのか……?」
「ならなきゃ、お前らは全員揃って人生終了だ。OTRが常識的な判断をするよう祈れ……オク、オフィスっぽい部屋に電話あったよな」
「あったけどよー、通じるかどうか怪しいなー」
「ダメなら公衆電話か……途中で見かけたボックスはまぁまぁ遠いな」
スマホどころか携帯電話も一般的じゃない時代は、連絡が本当に面倒だ。
「あのアメ車のキーはまだ持ってるか、芦名」
「おう。工場の電話が死んでたら、ボックスまで走ってOTRに電話か」
「理解が早くて助かる。お前から話してもイタズラ電話としか思われんから、下浦とアイドル二人を説明用に連れてく感じで」
ついでに下浦のカメラと撮影済みのテープの回収を芦名に任せ、守鶴麻実に詰め寄られている綾子の所へ向かう。
「だからさぁっ! 何なのっ!? 何だったの、これぇ!?」
「おおおおっ? 落ち着いて、みんみん。私にも、ななななな何が何だか……」
両肩を掴まれた綾子が、間欠的に激しく揺さぶられている。
真相を知っている連中は、ほぼ全員が半死で転がっているので仕方ないが。
ともあれ、この状況ではどうにもならないので、守鶴の両脇に手を入れると羽交い絞めにして引き剥がす。
「ちょっ、なぁああぁあん!?」
「綾子も言ってるが、とりあえず落ち着け。まずは深呼吸して、それから手のひらに饕餮と三回書いて飲め」
「とう――ハァッ?」
困惑しつつジタバタする守鶴を持ち上げ、大人しくなるまで放置。
背が低めで体重が軽くても、今の筋力で持ち上げ続けるのは若干つらい。
そんな弱音が湧いてきた辺りで、守鶴はフッと力を抜いた。
「んぁー……どーゆーことか、教えてもらえるかな」
「俺にわかる範囲であれば」
俺と綾子の間柄から始めて、ストーカー対策から犯人探索を経て、この場での乱闘に至るまでの流れを、ザックリまとめて守鶴に伝える。
どれだけ理解できたかは怪しいが、だいぶ味わい深い表情になっている。
綾子の置かれた状況のキツさと、米丸のイカレ具合は飲み込めたようだ。
「えぇっと、要するに……米丸が頭おかしくなって、綾子を精神的に追い詰めてから殺そうとした、ってこと?」
「今回の件がドラマだったら、メインプロットは大体そんなだ」
サブプロットもイベント盛り沢山だが、説明しても意味不明だろう。
デタラメすぎて信じられないのか、混乱が丸出しの表情で見てくる守鶴に、綾子が肯定の意味を込めて頷き返す。
それから俺の方に向き直り、安堵と疲弊の混じった歪な笑顔を浮かべる。
汗や涙で化粧が崩れているのに、それでも見苦しく感じないのは、流石アイドルと褒めるべきなんだろうか。
「来てくれるといいな、とは思ってたけど……来てくれたんだね、弟くん」
「姉からの命令に、弟は拒否権ないんだよ」
「鵄夜子じゃなくて……私からのお願いだったら?」
「美人に頼み事されたら、基本的には断らないな」
「まー、男子高校生はアホだから可愛い子に弱いなー」
「どこから目線で言ってんだ、オク」
初対面であろう奥戸に、綾子が少し怯えた様子で会釈する。
ブランクヘッズの一員でも違和感ない格好だし、アチコチに返り血が染みているので無理もない反応だが、俺の仲間だとは認識しているようだ。
「聞きたいことも言いたいことも色々ある。だけど、そういうのは後回しでとりあえず撤収するぞ」
「わかったよ、おと……荊斗くん」
「マルさんとか、ヤンキーとか、変なオッサンとか、どうすんのさ?」
守鶴が、ピクリとも動かない荏柄をチラ見して言う。
「放っといて、アンタんとこの事務所に片付けさせる。その連絡をしなきゃならんから、説明係として綾子さんと一緒にあのデケェのについてけ」
芦名を指しながら言えば「どうして自分が」みたいな表情を閃かせる。
しかし、文句を言い出す前に綾子が腕を引っ張り、守鶴を連行した。
「巻き込まれたのは災難だけどよー……危機感足んねーなー」
「この現実味のなさだと、仕方ない気がしなくもないが」
そんな話をしつつ、芦名ら四人が階下に向かうのを見送る。
復活して逃げられても面倒なので、ぶちのめした連中を拘束しつつ、武器や財布や手帳などを回収していく。
手帳やアドレス帳は言わずもがなの情報収集、財布はファイトマネー徴収の意味もあるが、免許などで名前や住所を押さえるのがメインの理由だ。
「ショットガンかー……どうするよヤブー」
「色々と使い道はあるし、他のと一緒にテイクアウト」
「物騒な使い道しかねーなー」
「家の鍵を失くした時にも大活躍だぞ」
「鍵穴じゃねー穴が開くがー?」
荏柄とサンキチが静かすぎるので、念のため鼻の下に指を翳してみた。
かなり弱いが、呼吸はしているようなので放置しても大丈夫だろう。
二人と比べれば外狩の怪我はマシだが、全治半年は要りそうな気配だ。
半地下のフロアまで降りて、最後まで名前がわからなかったバケットハット――もう帽子はどこかに消えてるが、とにかく荏端の手下から銃弾を没収。
最後に、この惨状の元凶である米丸美茉と対面する。
「出血やばくねー? 死んでるのかー」
「普通に生きてるな……スゲー見てくるし」
頭がバックリ割れてるだろうに、意識を保ったまま薄目で俺を見つめる。
全身打撲状態の激痛も無視するとは、ちょっと精神力が鋼鉄すぎだろう。
何か言いたいのか唇が動くが、途端に咳込んで黒っぽい血を溢れさせた。
「アンタの計画は全部ぶち壊した……なぁ、今どんな気分だ?」
イヤミではなく、純粋な興味から訊いてみた。
米丸は、質問の意味を吟味するように数回ゆっくり瞬く。
そしてまた咳をして血飛沫を少し散らし、訥々と語り始める。
「気分は、いい……です、よぅ……やるべき、ことはやっ――てぇ……これで、『テールラリウム』は、永遠に……誰も忘れ、ない……忘れ――られ、ない、存在に……」
苦しげに掠れているのに、どこか弾んだ調子を含んだ声色。
閉じかけた瞼の奥で、瞳は夢見るような煌めきを宿している。
「命懸けでやる価値があったのか、それは」
「当然、じゃない、ですか……才能も、若さも――美しさ、も……いずれは褪せて、失われるから……残るのは、残せっ――るのは……記憶と、記録――ぅぶぇっ!」
そこまで言って力尽きたか、喉の奥から血の塊を吐いて意識を失った。
鼻から血泡を無限生成している米丸を見下ろし、深々と溜息を漏らす。
そんな俺の背中をバンバンと叩きながら、奥戸は疲れた感じに言う。
「まー、どーせ全部なかったことになるだろー」
「たぶん、そういうオチだろうな……今回の件でテールラリウムが伝説になるのは、まずあり得ない。むしろグループの存在を抹消する、って方向で扱われるかもしれん」
「諸行無常の響きアリアリだなー」
「全ての物事には意味も価値もない……だから、自分で決めるしかない。なのに絶対的な意味があると思ったり、普遍的な価値があると信じたりするから、おかしなことになる」
半ば独り言で返せば、奥戸は何か言いたげな表情を浮かべる。
だが言葉にはせず、苦笑で紛らわせて銀に染めた髪を掻き上げた。
米丸も彼女なりの意志で、理不尽に抗おうとしたのだろう――俺と同様に。
ある程度の心境は理解できても、選んだ方法が拙すぎて共感はできない。
それに加害者の分析よりも、まずは被害者《綾子》の心配をするべきだな。
とりあえず、トラブルはほぼ解決だと依頼人《鵄夜子》に伝えに行くとするか。
今回で第3章は終了になります!
幕間エピソードを数回(2桁にならなければ数回と言い張る)挟んでから新章開始となりますので、今後ともお付き合いください。
章の終わりでキリもいいので、「面白かった」「続きが気になる」「今後にも期待」って方は、この機会にブックマークや評価をよろしくお願いします!
次章を待つまでの間、暴力や流血が不足しそうな方はコチラをどうぞ。
『友達の友達』
https://ncode.syosetu.com/n6513kt/




