第114話 「もしもの時は気合で避けろ」
久々に耳にする、テンション全振りな感じの曲は、何というか――
「クソだせーなー」
奥戸の言う通りで、アップテンポなのに妙に気分が沈んでいく。
流行っていたのはもう少し前な気もするが、どうだったか。
この手の音楽は自分も周囲も聴いてなかったんで、記憶が曖昧だ。
ともあれ、激安犯罪集団の葬送曲としては、丁度いい安さと言える。
「こういう曲、普通はどんなタイミングで流すんだ」
「あー、ドライブとかパーティとかじゃねー?」
「じゃあ、使い方はそんなに間違ってねぇのか」
言いながら駆け出すと、奥戸も合わせて走る。
三人組は、余裕の表情で迎撃態勢に入った。
この感じだと、いよいよ拳銃の登場だろうか。
ヒゲはデカいレンチ、黄色メガネは鉄パイプを装備している。
銃を出してくるのなら、真ん中に陣取るツーブロックの刺青野郎だな。
「ヒーロー気取りで現れて、わざわざブッ殺されるとか……超ウケんな!」
「せめてヴィランらしい活躍してから言え!」
半笑いで吼えて、横殴りに鉄パイプをフルスイングする黄色メガネ。
メガネに怒鳴り返しながら、左斜め前に向かって大きく跳ぶ。
当たれば骨折確定の威力はあるだろうが、当たってやる義理はない。
遠ざかる銀色の軌道を視界の端に捉えながら、黄色メガネのガラ空きになった右脇腹に、逆袈裟斬りの要領で一撃を食らわせる。
「ぅぶっ――」
骨まで届いた感触はあるが、KOを狙うには場所が悪い。
よろけて呻いた黄色メガネだが、まだ武器は手放さず目は俺を追っている。
アドレナリンが仕事しているのか、痛みを無視して反撃に転じてきた。
「ガァッ! ナメんなっ、オルァ!」
「チンパンジーの方が――もうちょい上手く、道具を使うっ」
雑な大根切りの一振りを跳び退って避け、踏み込んでの追撃はコチラから鉄パイプを当てて弾く。
下手な体重移動のせいで、無駄に一歩進んで間合いを潰す黄色メガネ。
一瞬、ワザと隙を作ることで攻撃を誘ってるのか、との疑念が浮かぶ。
だがすぐに、そんな駆け引きができる相手じゃない、と断定して渾身の殴打。
「はぎぃいっ!」
奇妙な声と共に、レンズと血飛沫と歯の欠片が吹き上がる。
顎をカチ上げる一撃に、黄色メガネは仰向けに転がった。
取り落とした武器と打ち付けた後頭部が、鉄板の敷かれた床で騒々しい音を鳴らす。
それに重なるように、やかましい音がもう一つ響く。
見れば、奥戸に殴り倒されたか蹴り飛ばされたか、ヒゲが丸まって突っ伏していた。
「あっ、えぁ……はぃ?」
Tシャツの袖口からトライバル風味のタトゥーがチラ見えている刺青マンが、呆然としながら間抜けな声を漏らす。
警戒心ゼロで点けた煙草は、半開きの唇に貼り付いて宙ぶらりん。
着火したまま落としたライターは、着地の衝撃でガチッとフタが閉まった。
油断してくれてるのはラクでいいが、どいつもこいつもこんな感じだと、いらん深読みをしてしまって気疲れするな。
「そーら、ぽっとー!」
「みっ――」
そこは「よっと」じゃないのか――と思いつつ、奥戸がヒゲから奪取したレンチを無慈悲な速度で脳天に落とすのを眺める。
セミが踏み潰されたような声だけ残し、刺青男は膝から崩れて横倒しに。
そして手足を不規則にバタつかせ、耳と鼻からトロみのある血を流し始めた。
「おいおい、死ぬんじゃないか? そいつ」
「喧嘩の最中ダラダラすんのは自殺行為だー。言ってみりゃ介錯だぜー」
「斬新な解釈だな……いや、ダジャレじゃなくてだな」
ヤラしい顔でニヤニヤする奥戸を鉄パイプの先で小突いていると、「ゴシャッ」という破砕音と同時に、耳障りなユーロビートが鳴り止んだ。
そちらに意識を向けると、何者かが重たいものを引きずってくる気配が。
いよいよ危機的状況だと気付いて、荏柄が本気を出してくるのか。
俺と奥戸は、軽く手足を伸ばしたり関節を解したりしつつ、ボスの登場を待っていたのだが――
「んだよー、アッシナーじゃんかー」
工場の奥から現れたのは、片手に一人ずつ襟首を掴んで、気絶した男たちを引きずってきた芦名だった。
まぁ大丈夫だろうとは思っていたが、怪我もないようだ。
「あー……お疲れさん」
ねぎらいの言葉を掛けると、不愛想な頷きだけを返してきた。
服装からしてブランクヘッズのメンバーらしき犠牲者二人は、片方は白目を剥いて盛大に鼻血を垂れ流し、もう片方は右足が変な形になって血泡を吹いている。
「他に残ってる連中はいなそうか?」
「逃げ隠れしてんのはいるかもだが、戦意のあるヤツはいねぇな」
そう答えながら、ボロ雑巾状態の二人を放り捨てる芦名。
応接室で三人、廊下で一人、さっき蹴散らした三人、芦名が潰した二人、それと奥戸が遠距離攻撃で仕留めた外狩――
工場に侵入してから倒した相手は、これで十人になる。
新手を繰り出してくる気配もないし、おそらく手下は品切れに近いはず。
となれば、次はいよいよ最終戦という流れだな。
「あと危ねーのは荏柄だけかー?」
「残ってる戦力はたぶん、そいつとサンキチとバケットハット。他にいたとして一人か二人だろ。米丸や下浦はまぁ、放っといて大丈夫かな」
ダウンした連中のポケットを探りながら言う奥戸に応じていると、どこかから拾ってきたゴム製ブラックジャックを手にした芦名が、半地下のフロアから上がってくる。
「人質が綾子の他にもう一人いるみたい、なんだが……どうすればいい?」
「テールラリウムの守鶴麻実、ね。どういう事情でココにいるのかわからんし、あんま気にしなくていいわ」
俺の返事に、芦名は少しばかり渋い表情になる。
なるべくなら無事で終わらせたいとは思うが、守鶴の安全確保は二の次だ。
不確定要素に気をとられた結果、任務を失敗するケースは何度も見てきた。
女子供を無条件に助けたくなるのは本能に近い反応なんだろうが、それを利用した罠なんてのもあると、芦名には改めて教え込む必要があるな。
「とりあえずまー、チャチャチャッと終わらせますかー」
「チャが一個多いな……にしても、荏柄が動かないのが気になる。何を考えてるのかわからんヤツは、予想外の奇行をカマしてくる可能性があるから、油断すんな」
「だったら、そういう時に盾になるのは俺の仕事、だな」
そう言って先導する芦名に続いて、俺と奥戸も上階に続く階段を目指す。
カン、カン、カンと金属音を響かせて上っていくが、無反応だった。
俺が奴らの立場なら、何もせずに待つというのはまずありえない。
最低限のリアクションとして、外狩のパチンコを使って攻撃を仕掛ける程度の牽制はやっておくだろうが、この静けさは一体どういうつもりか――
「はいはい、ストップね。動くとズドンだし、ザックリいくからね」
俺たち三人が中二階フロアに辿り着くと、妙に平坦な声が出迎える。
中華包丁のような鉈のような、よくわからない刃物を手にしたスーツの男。
アルジェントの仲間で、ストーカー集団の一員だった三吉――サンキチだ。
その傍らでは綾子が、歯医者の椅子みたいなものに手足を拘束されていた。
アイマスクをされ、口はテープで塞がれているので、表情はわからない。
少し離れた場所では、パイプ椅子に縛られた若い女性が項垂れている――これが守鶴だろうか。
二つの椅子の周りには撮影用の照明が用意され、向かって左側にはカメラを手にした下浦と、ハイネケンの瓶を手にした米丸の姿が見える。
そして右側には、物騒なものを提げて鉄柵に寄り掛かるハットの男と、パイプだか煙管だかを咥えてディレクターズチェアに座り、青臭い煙を吐いているドレッドヘア――おそらく荏柄。
外狩がいないようだが、まだ戦線復帰してないのか、どこかに潜んでるのか。
「随分とまぁ、殺意の高いモンを持ち出してるな」
「ジャギ様の専用武器じゃなかったのかー」
危険性を察した芦名と奥戸が、小声で囁き交わしている。
ハットが手にしているのはたぶん、ソードオフ・ショットガンと呼ばれる銃身を切り詰める改造をした散弾銃だ。
水平二連タイプの銃身だし、密輸品ではなく猟銃ベースだろうか。
ここで怯んだらそのまま終わりかねないので、軽く発破をかけておく。
「何で様付けだよ……とにかく、至近距離でアレに撃たれたら穴だらけだ。もしもの時は気合で避けろ」
「気合でどうにかなるレベルかー?」
「撃たせなけりゃ問題ないってことだろ、ケイ」
芦名の言葉を肯定しようとした瞬間「バンッ!」と大きな音が響く。
本物だとアピールするつもりか、ハットが斜め上に向けて発砲したようだ。
無駄に音がデカい気がするが、滅多に遭遇しない武器なんで、これが標準かどうかの判別が出来ない。
場の緊張感が高まったところで、米丸が少しフラつきながら前に出てくる。
酔っている、というより浮かれているのか、足取りがグニャグニャだ。
「ラッキーですねー……薮上クンと、誰かサン。アナタたちは、伝説の目撃者……ううん、伝説の一部になるんです、これから!」
陶然とした表情で語り、調子外れな高笑いを披露する米丸。
何を考えているのかわからない――だが、交渉が通じないのだけはわかる。




