第110話 「俺は男女平等がモットーだから」
栃木北部のICで下りて、一般道を走ること三十分弱。
奥戸のナビで、迷わずに目的地である廃工場周辺に辿り着いた。
工場へと通じる道は普段、単管バリケードで封鎖されているようだ。
しかしそれは現在、道の横を流れる水路に叩き落とされている。
やったのはおそらく、俺たちが追っている先客だろう。
「何だか警告の看板が多いね」
「いい感じに街から離れてる廃墟なんて、ちょっと目を離せばヤンキーとか暴走族の溜まり場にされるから」
「へぇ……だから放置されてません、ってアピールが必要かぁ」
鵄夜子の疑問に、徐行運転中の芦名が答える。
定番の『関係者以外立ち入り禁止』に、『警備員巡回中』や『ここは私有地です』のメッセージ、それに『不審者は発見次第警察に通報します』なんてのも。
俺たちも堂々たる不法侵入だが、今は順法精神より優先するものがある。
更に進むと、駐車場でもなさそうな砂利の敷かれた謎の空地が左手に見えた。
「そこ、入ってくれ。最後の作戦会議だ」
「おう」
身を乗り出して指示すると、芦名はラルゴを左折させる。
車が停まると、何人分かの溜息と共に弛緩した空気が広がった。
SAでの休憩が一回あっただけで、あとはずっと走りっぱなしだ。
運転していた芦名は勿論、乗っている方もそれなりにしんどい。
シートベルトを外した奥戸が降りると、他の連中も続々と外に出た。
「くぁー……何だか空気が美味い気がするー」
「都会から目線のテイスティングやめろ」
奥戸の尻をやんわり蹴っていると、鵄夜子が物憂げに問う。
「ねぇ……アヤちゃん、無事だよね」
「単純に綾子さんに何かする気なら、ワザワザこんな辺鄙な場所まで連れてこない。犯人たちが何かするとしたら、ややこしいセッティングを完璧にキメてからだろうから……まぁ、まだ大丈夫だ」
「ボクもそう思う。散々に手間をかけた大ネタのフィナーレだよ? きっとド派手に、メッチャクチャに――おぅふ」
したり顔で語り始めたアルジェントは、姉さんの腹パンで黙らされた。
これだけ散々な目に遭ってるのに、オタク特有の空気読まなさが全開だ。
今後も失言を繰り返しそうだし、もうキャラとして受け入れるしかないな。
プルプルして蹲るアルジェントを眺めていると、芦名が小声で訊いてくる。
「なぁケイ、殴り込みをかけるのは決定として、どこまでやる?」
「最優先事項は、綾子の奪還になるが」
「それはわかってる……その、犯人たちの処遇というか、処理というか」
「死なせると誤魔化すのが大変だし、瀕死にしても警察沙汰になりかねない。あんまり手加減せずに、全治二週間から三ヶ月の戦闘不能で頼む」
「めんどい匙加減だな……」
ワリと幅を持たせた要求だったが、芦名は不満顔だ。
もうちょい丁寧な説明がいるか、と検討していると奥戸も混ざってくる。
「まー、その場にいるのは全員ボコすんでいいよなー?」
「おう。もう二度と綾子や俺らに近付かなくなる、キツめのトラウマを刻め」
「了解だぜー。銀髪を見る度に小便ちょい漏らす体にしてやんよー」
「普通に暮らしてると、ピカピカな銀髪は鉄棒をする猫くらい見ないぞ」
奥戸の毛先を少し摘まんで縒ってみるが、指先には色が残らない。
どうやらこのスプレーは、ちょっとした摩擦では落ちないようだ。
シャンプーでも取れなかったら笑うな――などと考えていたら、相変わらず思案顔な鵄夜子が言う。
「全員ボコボコって、マネージャーさんも? 女の人だよね?」
「そこはそれ、俺は男女平等がモットーだから」
「よくない方向に思想が強いよ! ちょっとは手加減しとこう?」
そう言われても、この件の首謀者は本気の痛い目に遭わせる必要がある。
感情的な問題ではなく現実的な問題として、米丸が芸能界に残れるような温情をかけてしまうと、綾子の安全が脅かされたままになるからだ。
だから最低でも、業界から追放され復帰も不可能な程度には追い込まねば。
そのためには暴力による報復より、もっと別の手段が有効になるだろう。
芸能界の大物に圧をかけられそうなネタなら、幸いなことに手元にある。
「綾子さんの今後を考えたら、米丸は野放しにできない」
「それは……そうかもしれないけど」
「まぁアレだよ。人を消したり黙らせたりの方法、暴力以外に色々あるからね」
俺に近い思考を語るアルジェントに、姉さんが色々言いたげな目を向ける。
考えが似るのは、ロクでもない人生を送ったのが共通するせいだろうか。
そんな推測をしていたら、途中から出てこなくなったヤツを思い出した。
「おい、綾子のストーカーやってたお前の仲間って、外狩とあともう一人いなかったか?」
「あぁ、サンキチ――本名の三吉の読み替えでサンキチってのが。本業はリーマンで、ボクと同年代だよ」
「そいつ、どんな感じなんだ」
「どう、って……普通のアイドルオタク、かなぁ。ウチではまぁまぁ古参だけど、常識の範囲内で非常識やってるような、そんな」
何となくわかる気がする説明だが、何も言ってないに等しい気もする。
「そのサンキチも、工場に来てると思うか」
「どうだろ……あんま喧嘩が強くもないし、いても戦力になるかなぁ」
外狩のスリングショットみたいな、警戒が要る隠し玉はないか。
だとすればサンキチってのはシンプルに半殺しか――などと量刑判断していると、こちらに走ってくる車が二台。
下浦のと同じパジェロに、アメ車っぽいフォルムの――フォードの何か。
気付いた芦名と奥戸は、途端に真剣な面持ちに切り替わる。
「……逃げられる距離だが、どうする」
「歓迎パーティの準備といこう」
「まー、兵隊は減らしといた方がいいなー」
鵄夜子とアルジェントは車内に避難させ、三人で相手の到着を待つ。
程なくしてやってきた二台は、空地の入口から少し手前に停車した。
フォードの方に貼られた『BH』のシールは、チーム名の略称か。
頭のネジが十数本くらい外れていた場合、アクセル全開で轢き逃げアタックをカマしてくる可能性があったが、そこまでキレてはいないらしい。
「おぅコラ! 立ち入り禁止の看板、見えてねぇのか!?」
降りてきたのは六人、服装に統一性はないけどガラの悪さは共通していた。
先頭を切って絡んできたのは、不良やってるよりスポーツやってるのが似合いそうな、筋肉質な茶髪の坊主。
そこそこ暴力も得意そうだが、体格的には芦名と奥戸の方が明らかに勝っている。
それでも堂々としているのは、人数で圧倒できると読んでいるからか。
他は量産型チーマーという雰囲気で、刃物が出なければ危険はなさそうだ。
まだ車に残っているかもだが、とりあえず六人の中に知ってる顔はない。
「関係者なんで、立ち入る権利はあるな」
歩きながら応じると、茶髪の坊主――略して茶坊主が、意外そうに俺を見る。
デカいの二人を差し置いて、俺が前に出るとは思わなかったようだ。
芦名と奥戸も、俺に合わせてさりげなく相手との距離を縮めていた。
指示がなくても状況を把握して動いてくれる、ってのはラクでいい。
コチラの戦闘態勢を察したのか、量産型の内の三人が武器を取り出す。
お馴染みのバタフライナイフと特殊警棒、そしてナックルダスターの登場だ。
漫画や映画でしか見ないアイテムの出現に、ちょっとテンションが上がる。
茶坊主は素手で来るらしく、手や首をボキボキ鳴らして威圧してきた。
「あー……アレだ。お前、薮上だろ」
「そいつならさっき、アッチに行ったぞ」
空を指差しながら言えば、数秒の怪訝な顔の後で茶坊主が続ける。
「お前と、お前の姉ちゃんな。捕まえるとボーナス出んだわ」
「へぇ……いくらだ」
「おぉい! ワザワザ三十万が来たぞ! チャンス拾っとけ!」
茶坊主の煽りに対し、五人は「うお、マジで?」「気前いいじゃん」「三十五万の臨時収入かよ」など騒いでいる。
どうやらブランクヘッズの面々は、基本五万の日当で駆り出されたらしい。
一日の稼ぎとしては上々だろうが……きっと全員、治療費の方が高くつく。
「タイマンで来いよ、タイマンで!」
警棒を握ったスケーター風の男が、小走りに飛び出して俺を見据える。
こちらを見る芦名と奥戸に無言で頷いてから、薄ら笑いのスケ男の招待を受けるべく間合いを詰めていく――
色々あって更新ダダ遅れになってしまいスミマセン……
色々の主成分は、旧作を大幅に改稿した新連載を始めたから、になります。
元の小説があるから楽にイケるはず、と甘く考えていたらドエラい手間が……
『友達の友達』
https://ncode.syosetu.com/n6513kt/
書いた自分でもどうかと思う治安極悪ホラーです……コチラの更新を待つ間などにどうぞ。
それはそれとして、「面白かった」「面白くなりそう」「今度は落とさないでね」という方は、評価やブックマークでの応援をよろしくお願いします!




