第109話 「お前が言うなって思った瞬間、自動的に体が動いた」
ナビ担当として奥戸が助手席に回り、鵄夜子は後部に。
シートも広いし二人が小柄なので、三人並んでも窮屈さはない。
奥戸の説明を聞いていた芦名は、大判の地図を畳みながら言う。
「そこだと……とりあえず東北自動車道をひたすら北進か」
「結構距離あるが、どんぐらいで着くよー」
「時速150キロで飛ばせば、川口から一時間ぐらいだ」
「週末だし混んでるかもしれんぞー」
そういう問題じゃねえだろ、とは思うが面倒なので突っ込まない。
だが、本気で全力疾走をカマす危険もあるので、一応注意しておくか。
「急いじゃいるが、安全運転でな。警察沙汰になると、余計に時間がかかる」
「そうそう、急がば二度寝だよ」
「確実に遅刻するやつじゃねえか」
姉さんの寝言を一蹴しながら、芦名がエンジンをかける。
相変わらず安定感のある運転で、スムーズに車は北に向かって進む。
奥戸の話では、相手は数台の車に分乗していた、とのことだった。
そういう移動方法だと、逸れたり迷ったりのトラブルが起きがちだ。
ミスを期待しすぎるのは悪手だが、相手の素人臭さからしてモタつくのはほぼ間違いない。
これといった問題もなく車は川口JCTから東北道に乗り、百キロ前後の速度で走り続ける。
目的地近くにならないと案内人の出番がない奥戸は、芦名に色々と話題を提供して助手席の任を果たしていた。
そんな様子を眺めつつ、俺は脳裏を過った疑問を口に出した。
「とにかく、連中が綾子をどうしたいのか、が問題だな」
「荊斗は……アヤちゃんが誰と一緒にいると思ってるの」
「呼び出したのは、マネージャーの米丸じゃないか、たぶん」
俺が鵄夜子に答えると、右隣のアルジェントが小さく二回頷いた。
こいつも色々知ってそうだな、と思えたので話を振ってみる。
「米丸とは面識あるのか、アリス」
「一応はね。会ったのは、あの子が現役だった頃だけど」
「現役って、何の」
「アイドルだよ。もう十年くらい前だけど」
唐突に初耳の新情報がブッ込まれ、脳の処理が追い付かなくなる。
今のルックスからだと、芸能活動をしている姿が想像できないが……
十年あれば人の外見も中身も変わる、としても全然ピンとこない。
「レコードなんかも出してた?」
「うん、グループだけどね。ミミシロ――『ミミミ・シロップ』って三人組で、アルバム二枚とシングル五枚くらい出てる。クミ、ロミ、マミがメンバーで、マミが米丸美茉」
「まるで知らん……人気あったのか、そいつらは」
「まぁまぁ、かな。きっかけあれば、ブレイクしてたかもね。リーダーのクミは、女優やってる雀部久美」
「あっ、今期の連ドラにも出てるよね、その人」
急に混ざってくる鵄夜子に、アルジェントが硬い笑みを返す。
放って置くとドラマに話題を引っ張られそうなので、質問を続ける。
「解散の理由は、リーダーの女優転向か」
「いや、ロミの引退っていうか失踪っていうか、そんな。原因はスキャンダル……いやいやいや、ボクが流したんじゃないんだよ、この件は」
俺と鵄夜子の冷えた視線で挟み撃ちにされたアルジェントが、パタパタと手を振って否定してくる。
「十代のアイドルで騒ぎになるなら、飲酒喫煙か交際発覚が定番っぽいが」
「その両方だね。ロミは地元で付き合ってた彼氏とデビュー前に別れてたんだけど、交際当時のイチャつき写真が相手の所に残ってたらしくて。それを見つけた元彼氏の友達だか先輩だかが、写真を週刊誌に持ち込んで……って流れ」
「でも、それだとロミって人は被害者じゃない? ファンは元カレの存在にショック受けるかもだけど」
鵄夜子の言葉に、短い唸り声のようなものを発するアルジェント。
「んむぅ……それはそう、だけど。流出したのが、ベッドの中で半裸の男に寄り添いながら、トロけた表情で煙草を咥えてる写真で、雰囲気が明らかに事後なんだよね。脱ぎ散らかした下着も写ってるし、中学時代なのも激ヤバだ」
「マジか……そうなるとファンがどうこうより、本人が耐えられんか」
「記事が出るとわかって、事務所は止めようとしたんだけど……交渉が上手く行かなかったみたいで。雑誌の発売前にロミは姿を消して、半月後くらいにロミの引退とミミシロの解散が事務所から発表されて、それで全部おしまい」
「ひっどい話だねぇ……」
「ホントに。こういうのはちょっと、ウンザリしちゃうな」
自分でも何人も潰しておいて、他人事のようにほざくアルジェント。
だいぶイラッときたので、頭を掴んでアイアンクローをカマしておく。
「ぁだだだだだだだっ! 何で何で何でっ!?」
「あー、お前が言うなって思った瞬間、自動的に体が動いた」
「そういやこのおじさん、アヤちゃんにイヤガラセした犯人じゃん!」
アルジェントの腹を目掛け、ボスボスと音を立てて拳を突き込む鵄夜子。
「おごっ! うぶっ――げはっ!」
「姉さん、とりあえずその辺で。あんま殴ると壊れるから」
「そうだね……アヤちゃんが殴る分は残しておかないと」
「くぁ……ちょ、まっ……言い訳、させてくんない……かなぁ」
「聞くだけなら、聞いてやらんでもない」
腹と頭を擦りながら言うアルジェントに、無表情で応じる。
「ボクらのやってたことは、ハッキリ言ってロクでもないよ。でもさ、それでも最低限の倫理観はあったんだって。暴かれるべき罪を抱えてる相手を選ぶ、みたいなぁばっ!」
「アヤちゃんに何の罪があったの、ねぇ!」
「喋らせたいならノドはやめるんだ、姉さん」
まぁまぁ鋭い手刀が、アルジェントの喉仏の見えない首を襲う。
しばらくゲホゴホ咳込んだ後、ちょっと嗄れた声でアルジェントは答える。
「佐久真珠萌――武谷綾子、さんに関しては……下浦からの情報じゃ男関係がだいぶヤバいって話で、その証拠も結構あって……それに、『テールラリウム』を抜けたのも裏事情がありそうだから、そこを調査する感じに……」
下浦の情報やら仲間と調べた噂などがアルジェントから語られるが、自分の知る綾子の姿と乖離しているせいか、鵄夜子はずっと仏頂面で聞いている。
その内容が話半分、いや二割くらいだとしても綾子の行状は中々の破天荒さだが、どこまで真実が含まれているのやら。
人には誰しも多面性があるにしても、こんな十面鬼ゴルゴスみたいなのはイレギュラーすぎる。
「綾子の話は一旦おいといて……下浦やお前の仲間を回収していった連中、どこのどいつなのか心当たりは」
「明言は出来ないけど、可能性が高そうなのは……『ブランクヘッズ』かな」
「ブランクヘッズ? アホの集団っていう自虐かよ」
「じゃなくて、空の木って書く空木ってのと、頭の山で頭山ってのが中心になって作られたチームなんだ。拠点は渋谷だけど、メンバーの出身は目黒周辺のが多いとか。今のアタマは三代目で、確か荏柄ってヤツ」
全盛期は過ぎているだろうが、まだチーマーが現役な頃だったか。
近い内にカラーギャングに不良代表の座を奪われるにせよ、半グレのプロトタイプであるコイツらの組織・集団としての厄介さは油断ならない。
そんなことを考えていたら、助手席の奥戸が振り返って質問する。
「なーんでチーマーが出てくんだー?」
「ボクらが……SATが前に取材した相手に、ブランクヘッズもいて。そこのメンバーのガリさん――外狩ってヒトが、ウチの活動を面白がって出入りするようになってさ……今回のくまたま取材にも参加してるんだ」
「もしかして、その外狩はパチンコを武器にしてないか」
俺に向けて撃たれた金属弾を見せながら訊けば、アルジェントが肯定する。
「そうそう、こういうのを発射する……あとはブランクヘッズの二代目ね、一昨年にOTRが中心で製作された不良映画の演技指導を頼まれたんだけど、見た目はワリといいし本物の迫力があるってんで、そのまま出演もして流れでOTR所属の役者になったんだ。そのパイプもあるから、米丸がやらかしてるなら協力するんじゃないかなって」
「ハートマン軍曹みたいね」
あの『フルメタル・ジャケット』でハートマン軍曹を演じたR・リー・アーメイは、海兵隊教官の演技指導で雇われたが、そこで披露した鬼教官ぶりが最高過ぎて、キューブリックから軍曹役を任された……というエピソードがある。
それはそうと、ブランクヘッズとやらが米丸に協力する理由はあるとして、どこまでやりそうなのか。
「なぁ芦名、ブランクヘッズについて知ってることは?」
「名前ぐらいだな。今の渋谷界隈で目立ってるチームは三つあるが、そこに入ってない」
「となると、どの程度まで危険な集団か予測できんな……」
そう呟いて車の天井を見上げていると、アルジェントから反応が。
「ガリさんが言うには、リーダーが荏柄になってから武闘派路線に寄ってるっていうか、警察上等な感じのトンパチなのがチームに入ってきてるとか」
「難アリなのも取り込んで、とにかく人数を増やして勢力拡大、みたいな方向か」
「まー、内輪揉めで崩壊するパターンだなー」
半笑いな奥戸の分析は正しいが、まだ崩壊してない現状では、何をするかわかったモンじゃない連中を抱え込んでいる、ってことになる。
どうやら、交渉してどうにかなるって考えは捨てた方が良さそうだ。
25/10/13
ブランクヘッズ3代目の名前を荏端→荏柄に変更しました




