第104話 「立ち合いは強く当たって、あとは流れで」
「どうよ、オク。らしく見えてるか」
「あー、いいんじゃねー? まーまーの雰囲気あるわー」
灰色レンズのサングラスの位置を直して訊けば、奥戸は両手の指で四角を作るカメラマン風のジェスチャーをしながら、俺の姿を前後左右からチェックしていく。
遊び人かヤクザしか着ないタイプの黒スーツにバーガンティのシャツ、髪はワックスでゆるめに撫でつけてある。
奥戸の方は、外国人観光客が土産に買いそうな和柄のアロハに、ダボッとしたシルエットのパンツを合わせ、頭はスプレーで染めた銀色だ。
「そっちも、ヤンキーとチンピラの中間生成物って仕上がりだ」
「オレの溢れる知性を隠せねーから、こんくらい偽装しねーとなー」
明らかにパワータイプな奥戸の戯言を聞き流し、駅中にあるトイレの鏡で確認して違和感がないかの最終チェックをしておく。
実年齢の若さと童顔の問題は、服装の威圧感とサングラスで誤魔化せそうだ。
隣にいる奥戸の、目が合った瞬間にトラブルになりそうな厄介コーデもあるし、そうジックリと観察はされないだろう。
現に、小走りに入ってきたオッサンが、俺たちに気付いて回れ右で出て行った。
「スーツは古着でもよー、合計で結構な金額だったが大丈夫かー?」
「まぁ、あんま気にすんな。近々、まとまったカネも手に入るから」
「そりゃーサスペンスの序盤で不審死するヤツの台詞だなー」
空閑の家を辞した後、俺と奥戸は綾子のマンション近くにある、いかにも怪しい一軒家への訪問を試みることに。
瑠佳も同行したがったが、見知らぬ場所では安全を確保できないので、あいつには引き続き飴降の部屋にあった諸々の調査を頼んでおいた。
で、強引な突入か理由をつけての接触か、俺らは相談の上で後者を選んだ。
サブカルライターの取材、『はーるーま』関係者のフリ、芸能事務所からの連絡など、設定について互いに意見を出し合った結果、「アイドルを引退に追い込んだらバックのヤクザがブチキレて襲来」に決定。
そしてウチから三駅先にある、不良向けアイテムの豊富さで有名な服屋に寄り、いかにもそれっぽい格好をキメた。
その後にドラッグストアでワックスとヘアカラースプレーを買い、ルックスの面倒臭さに磨きを掛けて今に至る。
「しかしアレだー……これで電車に乗るの、ちょいキツいわー」
「知り合いと会っても、俺らって気付かないだろ……たぶん」
「気付いたけど、見て見ぬフリされるってセンもねーか」
「下手に興味持たれても困るから、スルーされても構わんだろ」
そんな話をしながら、着替えた服を詰めた紙袋を手にトイレを出る。
都心方面に向かう電車に乗り、周囲からの警戒や忌避の視線を感じながら、綾子のマンションの最寄り駅へ。
コインロッカーに二人分の紙袋を押し込み、目的地までの五分ほどを歩く。
普段は無駄口の多い奥戸が静かなので、柄にもなく緊張してるのかと様子を窺えば、何かしら考え込んでいる表情だ。
「どうした、オク。晩飯で何を奢られるか悩んでんのか」
「それもあるんだがー……」
「あるのかよ」
「あのエロビ、やっぱ貰っときゃ良かったかもなー、って」
「うるせぇよ」
飴降の家から回収してきた、ラベルの貼ってない三本のVHS。
盗撮映像でも入っているかと思いきや、中身は普通の無修正動画だった。
出ているのはAV女優らしいが、モザイクがない代わりにNGシーンがそのままだったり監督やスタッフの声が聞こえたりする、未編集素材の流出ものってヤツだ。
三本ともがそんな内容なんで「どうすんだコレ」となったが、俺には不要だし奥戸もいらんというので空閑の所に置いてきたのだが。
「まー、それは半分冗談でー……画質良すぎじゃねーか、あのビデオー。ダビング一回目か二回目だろー」
「ん、言われてみればそう、かもな。となるとブツの出所は、ああいうのの原本が簡単に手に入る業界関係者ってことか」
「それと出てた女優の一人なー、引退後に即AVデビューして去年話題になってたー、元グラドルか何かだぞー」
「マジか。ならそいつのAV堕ちも、SATが噛んでる可能性があるな」
言いながらも、多少の引っかかりを感じたまま消化できない自分がいる。
いくら資金があっても、素人集団がそんな影響力を行使できるだろうか。
そして、業界関係者がハイリスクな悪ふざけに関わる理由もなさそうだ。
ただ、俺はこういうことを嬉々としてやりそうな下衆を知っている。
もしや、この件も裏にアイツが――と思ったところで目的地が見えてきた。
「うぉ、アレかー……この距離から見てもヤベーなー」
「家の前、見覚えのあるハイゼットが停まってんな……走るぞ」
奥戸を急かし、相変わらず悪目立ち感がえげつない一軒家までの二百メートル足らずを、小走りで駆けていく。
エンジンが掛かったままなので、少し遅ければ逃げられていたかもしれない。
開いたままのバックドアから見える車内は、雑多な荷物が大量に積まれている。
庭先のガラクタを踏み越えて玄関に向かおうとすると、奥戸が運転席の窓から手を突っ込んで、エンジンを止めてキーを抜いた。
「焦ることねぇぞ、ヤブー」
「ぬっ――おう」
いつもなら避ける馬鹿力の平手だが、今回は甘んじて背中で受ける。
奥戸に言われた通り、少し逸りすぎていたかもしれない。
軽く呼吸を整え、ガラの悪い演技へと気持ちを切り替え、ノックから入ろうか少し迷ってから、ドアノブへと手を伸ばす。
車があの状態なら、きっと頻繁に出入りしているだろうと考えたからだ。
予想通り、鍵は掛かっていない――見える範囲で屋内を確認してみる。
物は多いが、荒れているでも汚れているでもなく、本当にごく普通だ。
周辺を埋め尽くすメッセージや、庭に犇めくゴミの山を作ってしまう、あからさまに常識から外れた人間の居場所とは思えない。
やはり、近寄り難い場所と認識されるためのカモフラージュだったか。
耳を澄ましても、一階で人が動いている気配はないようだが――
「踏み込むか、呼び出すか……どうするー?」
「何やっても通報はされんだろ。踏み込もう」
小声で訊かれたので、こちらも小声で強硬策で始めると告げる。
二階からは、ドタドタ歩き回る音や「アレはどうした」「それはいらんって」などのやりとりが断続的に響く。
玄関にあるの履物は四足で、スニーカーと革靴とリングブーツとサンダル。
腰を捻ったり指を組んで両手を伸ばしたりと、戦闘の準備運動に入る奥戸。
俺も両の手首と足首を軽く解し、逃走難度を上げようと玄関の靴を全て庭にブン投げた。
「暴れる方向だとしてー、まずはどうするー」
「立ち合いは強く当たって、あとは流れで」
「……どういうこったー?」
おっと、相撲の八百長メール騒動はもっと後の時代か。
曖昧な笑いで誤魔化すと、土足で上がり框を越えて家の中へ。
とりあえず一階を確認しておこうと、二つの部屋と台所をザッと見て回る。
雑然とした和室は広めで、恐らくはリビング――というか居間なのだろう。
壁際にいくつか棚が並んでいるが、その中身は大部分が持ち出されていた。
残っているのは、数年前くらいに出版された半端に古い漫画や雑誌だ。
その向かいにある四畳半ほどの洋室は、引き戸を開けた途端に異臭というか、生活臭を煮詰めたようなものが漂ってきた。
床が見えないほどの雑多なゴミとゴミみたいな何かだらけで、その中に埋もれるように薄汚れた寝袋が見える。
キッチンではまともな料理がされていた形跡がなく、使用前と使用後のインスタント食品のパッケージばかりが目立つ。
「まともに暮らしてる感じ、ねーなー」
「そもそも、まともじゃない連中だしな」
ついでにトイレと風呂も見ておくが、どちらも掃除をしていないのと、シャワーしか使ってないのが予想される程度だ。
生活感はあるんだが、誰かの「住居」という感じがしない。
アジトとか隠れ家とか、そういう呼ばれ方をする場所だな、これは。
そんな結論を出しつつ、階段の傍らで一旦待機し、降りてくる誰かと鉢合わせしないよう、しばらく気配を探る。
大丈夫そうだ、と判断し「ついてこい」と奥戸にジャスチャーで伝える。
物音を立てないよう忍び足っぽい動作で上って行けば、奥戸も俺を真似て静かに移動。
あと二段、と思った瞬間「ギュキッ」と踏板が派手に軋んだ。
マズい、と身構えて上り切った先の襖を見れば、中からススッと開かれていく。
奇襲は無理だな、と判断した俺は残りの段を駆け上がり、無警戒に出てきたアバタ面の二重顎に右のショートアッパー。
「ひぶぃっ!?」
足を浮かせ、引っくり返るアバタの胸倉を左手で掴んで止めた。
血泡を吹いたアバタを引きずって一歩、二歩と素早く室内に侵入。
まずは全力で怒鳴り散らし、この場の主導権を握っておくべきだな。
そう直感して大きく息を吸った直後、視界の右端で何かが動く――
ここにリンクを貼っていいか不明なのでタイトルか作者名で検索してほしいのですが、カクヨムの方に掲載していた近世風ファンタジー恋愛小説『壊崩のベレンガリア ~世界3大悪女筆頭の暴虐皇妃、墜落したら30年ほど巻き戻る~』でコミカライズ賞をいただきました!
そんなこんなで若干浮かれてますが、「面白かった」「恋愛……恋愛?」「こっちも書籍化しろ」という方は、評価やブックマークでの応援をよろしくお願いします!
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