第103話 「それはMAT、もしくはZATじゃねえの」
『チャーリーの祭り、ちょっち期待ハズレに終わっちゃったカナー、みたいな反省ありますけど、どんなもんでしょーかね(ドキがムネムネ)。あんだけ盛り上がってたのに、1306でFOってのもズコー、かもね。ま、事務所が強いと防御力も高いッス。そんなこんなで我らSAT団員一同、次のサクリをパヤッパヤに決めちゃおうと鋭意選定中。とにかく待て、次号! それか次々号!(おいおい)』
瑠佳が指差した、『はーるーま』15号の『大どんでん言板』での、PNフェニックス一揆の投稿はこうだ。
おちゃらけ文体はさておき、謎めいた表現が多くて内容が不明瞭。
掲載する手紙は編集が選ぶから、読者には意味が伝わっているのだろうが……
誌面を覗き込んだ奥戸が、眉根を寄せながら溜息交じりに言う。
「これだけだとワケわからんなー」
「FOは、映像用語だとフェードアウトだけど……」
「とにかく、コイツの投稿がないか、他の号もチェックしよう」
「じゃあ、えぇと……全部で二十二冊あるから、この号を抜いて七冊ずつだね」
瑠佳は薄い本を三つに分けて、創刊号から7号までを俺に渡してくる。
奥戸には最新号までの七冊を任せ、瑠佳はその中間を選んでいた。
「引っかかる物言いとか、似てる表現にも注意した方がいい?」
「そうだな……他の連中の投稿も、この界隈でしか通じなそうな文体ではある。でも、誰の話をしてるのかはわかるよな、大体。アイドルやらタレントやらの話をするのに、その名前を伏せてるのは、どうにも不自然だ」
「だよなー。嫌いだから変な綽名で呼んでやろー、ってんならまだ理解できんだけどさー」
「あ、それだとチャーリーが綽名だったりするのかも」
「ぬー、本名が浜かブラウンの二択かー?」
「もっといるだろ、シーンとかコーセイとか」
そんな無駄話をしながら、まずは他より更に薄い創刊号を読んでいく。
扱っている内容にはブレがないが、ノリはまだ模索中だったようで、どの記事も論調は少し大人しめだ。
当然ながら読者投稿はまだなく、コーナー名と趣旨説明の文章があるのみ。
情報欄は芸能人グッズ売買業者の宣伝や、雑誌の関係者が主催するトークイベントの告知、そのイベントにも参加しているアイドル研究会のメンバー募集など。
「これって、本屋でも売ってるのかな。見たことないんだけど」
「奥付からすると、出版社から発売されてるようだが」
ただ、勝手に会社を名乗っているだけで、個人でやってるパターンもある。
実際に商業で流通しているにしても、少部数なのは間違いないだろう。
月刊で二年近くも続いているのは、それなりに儲けは出ているからか、或いは金持ちが道楽でやっているのか。
2号にも気になる記述はナシ、と次に手を伸ばそうとしたら奥戸が声を上げた。
「おっと、17号に出てきたぞ『SAT』と『サクリ』がー。送り主はフェニックスじゃなくて『カンパリ入道』だー」
「赤そうな妖怪が現れたな……何て書いてある」
「んー、我らSAT、独自ルートで極秘情報を入手せりナズナ。まだマスコミにも流れてない激レアやばネタで御座候チロウ。目下、次なるサクリ候補として検討&研究中でありますニジマス。コイツはもしかすると、今までにない規模の祭りになるかもだアヒルだ。もしデルタが誰か途中で気付いても、ナイショにするのが『はーるーま』読者のたしなみウマナミ、とかなんとか言っちゃったりなんかして……だとよー」
「何で最後だけ不意に広川なんだよ」
「またキッツい文体だね……てか変なギャグ増やしてない? 奥戸くん」
「オリジナルだったら、もうちょい面白いこと言うわー」
瑠佳に抗議する奥戸を横目に、読み上げられた文章の意味を考える。
アイドルやら芸能人やらを調査研究する集団がいて、そいつらが中間報告にこの読者投稿欄を使っている、のだろうか。
ならば、具体的な成果は記事として発表している、と考えるのが自然かな。
「これってさぁ、『我ら』とか『団員』とか言ってるから、きっとSATってのはグループ名なんだろね」
「あー、アレだろ、ウルトラマンに出てくる防衛隊ー」
「それはMAT、もしくはZATじゃねえの」
SATを『サット』と読めば警察の対テロ特殊部隊だが、この頃はそう呼ばれてないだろうし、こいつらは国家権力とは関係ないはず。
アメリカの学力テストにそんな略称があったが、それも関係なさそうだ。
略称、という部分で引っかかり、どこで引っかかったのかを考える。
さっきまで読んでいた2号を素早く読み返し、創刊号の方も確認すると――
「あった、たぶんコレだ。ここでメンバーを募集してるアイドル研究会みたいな連中が、『世紀末アイドル特捜団』を名乗ってる。頭文字を並べればS・A・T」
「そんな日本放送協会みたいな略し方する?」
「クソボケ共のやることだ。そのくらい雑でも不思議はない」
納得いかない様子な瑠佳の横で、奥戸が「んー」と唸ってから言う。
「そういう感じだとよー、チャーリーとデルタは三番目と四番目かー?」
「ああ……アルファ、ブラボーの流れか。よく知ってんな、オク」
「深夜にやってた戦争映画に出てきたんだわー」
ABCみたいな短い音だと、無線の通信不良や話者の発音の癖などで、誤った情報を伝える危険がある。
そのため、アルファベットを正確に伝えるため、軍の部隊名や航空機の連絡などで使用される『フォネティックコード』というものが存在するのだ。
ちなみに「朝日のア」「保険のホ」みたいに伝える日本語バージョンもある。
三人で投稿欄を中心に読み解いていくと、大雑把な構図が見えてきた。
SATの連中は、まず何らかの疑惑があるアイドルを標的にする。
これが祭りの生贄、略してサクリと呼ばれるようになる相手だ。
サクリとその周辺をとことん調査して、得られた情報を団員で共有。
そこから更に疑惑を掘り下げ、芸能人生を左右する醜聞を見つけようとする、という遊びをしているらしい。
飴降毅は、半年ほど前にSATにコンタクトを取って団員となったようだ。
「断片的なヒントを組み合わせると、デルタは綾子さんで間違いなさそう」
「それ以前の三人も、大体が誰なのかわかっちまうなー」
「1306は『はーるーま』13号の6番目の記事、みたいな読み方がわかっちゃえば、暗号だらけの文章も解けるしね」
「ニュースにもなってたけど、マスコミ関係者もこの雑誌を見てんのかー?」
奥戸に訊かれるが、そこら辺は推測の域を出ない。
「どうだか……ともあれアルファは兄のエグい前科バレで引退したアイドル、ブラボーは中学時代にイジメで同級生を自殺に追い込んだ噂で干されたタレント、チャーリーは昔の彼氏が撮ったヌードが流出した女優、で決まりだろう。SATは執拗な取材、というかストーキングで彼女らの秘密を掴んで、それを仲間内にバラ撒いた」
「綾子さんにも、ヤバめの秘密がある……ってこと?」
「さぁな。アルファの件は事実だろうが、ブラボーは同級生が自殺したって一点から話を膨らませたように思える。チャーリーは問題の写真がすっぴんで撮られてるし若干ピンボケなんで、似てはいるが確実に本人と断定するのは難しい。実際、事務所が偽物だと声明を出して、騒動は幕引きされてるしな」
「こいつらは『事務所の圧力で揉み消された』とか『情報提供者の元恋人が行方不明』とか言って、まだ燃やそうとしてっけどなー」
火の無い所に煙を立てるか、小火にガソリンをぶちまけるかして、とにかく騒動を起こしたいという感情が先走っている。
連中の『祭り』は、後年ネットで猛威を振るう『祭り』と基本的に同質だ。
それに、綾子に何らかの後ろ暗い秘密や過去があったとして、どこの馬の骨かもわからんマニア集団に断罪される謂れはない。
ファンならば、失望や幻滅を表明する権利くらいはあるだろう。
だが、こいつらは単なる愉快犯の眷属でしかない、唾棄すべき畜生だ。
高まる不快感を深呼吸で誤魔化していると、ドアが開いて空閑が現れた。
「待たせたね。完全には乾いてないけど、出来たよ」
「お疲れ、ネネちゃん先輩……って、本気で疲れてない?」
ちょっとフラついて戻ってきた空閑に、瑠佳が心配そうに声をかける。
「急いで作業したのもあるけど、被写体がねぇ……似たようなのが多かったから、残りは後日改めて焼くってことで」
含みを持たせる感じの空閑から、十数枚の写真を受け取った。
それらをザッと眺めていると、すぐさま彼女の態度の理由がわかる。
「店に持っていかなくて正解だったな」
「あー、これはポリスを呼ばれかねんー」
写真は概ね三つのグループに分かれていて、まずは綾子の隠し撮り。
望遠レンズを使って、マンションの部屋やベランダにいる姿や、自宅周辺で買い物している様子を撮影している。
次に、誰だかわからない若い女性がベッドで裸になっている写真。
寝ているのか気絶しているのか、意識がない様子の被写体がメチャクチャに扱われていて、どうにも見るに堪えない。
最後は、ゴミ袋の中身を一つ一つ撮影しているもの。
これはおそらく、綾子の捨てたゴミを持ち出したのだろう。
「うぇー……着替えもバッチリ写ってるけど、どこから撮ったんだろね」
「どこから、か……望遠にも限界はあるし、この角度で部屋を撮れる場所……」
綾子のマンションの周辺状況を思い出していくと、最有力候補が思い浮かぶ。
あからさまに怪しいせいで容疑対象から外していた、メッセージ性の強すぎる看板とラクガキだらけのヤバそうな家だ。
「あそこだったら、距離的にも方向的にもシックリくるな」




