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第102話 「数学のルールを軽はずみに乱すな」

 飴降あめふりのアパートに侵入、綾子あやこのマンションで富田とみた尋問じんもん、『ラージュドール』での犬猫との乱闘、蓼下たでもとと会って情報収集、米丸よねまるとの予期せぬ遭遇、嶷災同盟ぎょくさいどうめいを経由しての泗水会しすいかいの接触――と、盛り沢山の一日だったが、帰ってからも綾子・鵄夜子しやこ芦名あしなとの情報共有、明日以降の行動のための連絡や準備など、やることがやたらと多い。


 今後こういうのを仕事にするなら、人手を増やさんと早々にパンクするな。

 そう痛感しながら、日が変わる頃に明かりを消してベッドに潜り込んだ。

 眠気が強まったと感じた次の瞬間には、八時間が経過して深刻な心身の疲労が消え失せている。

 十代の回復力に改めて感動を覚えつつ、質より量の朝食を準備していく。

 玉子三つと厚切りベーコンをフライパンで熱していると、髪がボサボサな鵄夜子がキッチンに若干むくんだ顔を出した。


「あー……どしたの、荊斗けいと。早起きじゃん」

「姉さんが遅いだけだ。もう八時半だぞ」

「でもまぁ、四捨五入すれば七時だし」

「数学のルールを軽はずみに乱すな……メシは?」

「ん、後でいい……綾ちゃん起きたら、あたしがつぷぅふぁああああぁ……」


 言ってる途中で、大きな欠伸あくびをして目をこする鵄夜子。

 だいぶ離れているのに、熟柿じゅくしに似た甘い匂いが俺まで届いた。


「昨夜は結構飲んでたみたいだな」

「マネージャーの……米丸さんだっけ? あの人が味方になってくれなそうなのと、もう一人のマネージャーが自宅に侵入したのを聞いて、綾ちゃん本気で落ち込んでたから。とりあえず、飲ませて心配や不安を消し飛ばさなきゃ、って」

「そんな誤魔化し方を続けてたら、内臓が――」

「持たないぞう、って言いたいんでしょ」

「言いたかねぇよ! とにかくまぁ、予想よりも早く解決には近付いてる。ぶっちゃけ、一ヶ月はかかると思ってたんだが」


 相手が逃げ隠れする気がない、というかワザと存在をアピールしてプレッシャーをかけてくるタイプだったので、手掛かりが豊富なのが大きい。

 それでも綾子はかなり追い込まれていたから、本当にギリギリのタイミングだった可能性はある。

 精神状態はちょっと心配だが、一番の解決策は「この状況を終わらせる」だから、ケアは鵄夜子に任せて俺は俺のやれることをやろう。


「今日も色々と忙しくなるから、綾子さんは姉さんに任せる。出かけるなら、忘れずに芦名を連れてくようにな」

「うん……あたしから頼んどいてアレだけど、無理はしないで」


 鵄夜子の言葉に曖昧あいまいな笑顔を返し、トースト四枚とベーコンエッグを胃袋に詰め込んだ。

 そして着替えを済ませ、飴降の部屋から押収した物品を詰め込んだバッグを掴むと、自転車に乗って駅に向かった。

 十分ほど電車で移動して目的地の改札を出れば、先に着いていた瑠佳るか奥戸おくとが手を振ってくる。


「すまん、待たせたか」

「ううん、ついさっき来たとこ」

「デート前のカップルかー?」


 小学生男子感覚で割って入られ、瑠佳の冷えた視線が飛ぶ。

 俺としても、こういうイジリはウザいので潰しに掛かる。


「だったら、デートに混ざるお前の立場は何なんだ、オク」

「あー……アクマイザーとかアペタイザーとか」

「アドバイザーって言いたいのか?」

えて英語で言うとそうなるなー」

「アペタイザーも英語で前菜ぜんさいだぞ」

「まー、細かいことはいいだろー?」


 胡乱うろんな会話の途中、背中を叩こうとするデカい手をひらりとかわす。

 ヨロけた奥戸は放置し、苦笑いしている瑠佳に話を振った。


「悪いな、急な話だったのに付き合わせて」

「ううん、私は大丈夫。ネネちゃん――空閑くが先輩も、特に用事なかったって。それに、薮上やぶがみくんとも会ってみたい、とか言ってたし」

「オレに感謝の言葉はないのか、ヤブー?」

「お前は単にヒマなだけだろ。でもまぁ、人が多い方が助かるってのはある。晩飯くらいはおごるぞ」

「水臭いなー、昼飯もガッツリ奢られてやるってー」

「どこの暴君だよ」


 そんなこんなで駅を出て、ネネちゃん先輩こと空閑寧々(ねね)の家へと向かう。

 五分と歩かない内に、瑠佳が「そこだよ」と角張った建物を指差した。

 昭和後期に流行ったタイプの、小金持ちが住んでいる洋風の小洒落こじゃれた家だ。

 敷地面積ならウチの方が広いだろうが、三階建てなこともあって床面積はコチラの方が広いんじゃなかろうか。

 瑠佳がチャイムを押すとすぐに反応があり、一分ちょっとでドアが開いた。


「ん、いらっしゃい……ま、挨拶とか後回しでさ。上がってよ」


 金髪で日焼け肌の空閑にうながされ、俺たちは彼女の部屋がある三階へと向かう。

 黒のTシャツにゆるめのデニム――二周目の世界でもアリス・イン・チェインズが存在している、というのが確認できた。

 瑠佳から簡単な説明は受けていたが、映研の部長って立場から想像するルックスから、結構な距離があるような。

 そんなことを考えている内に、空閑の部屋の前へと辿り着く。


「ゴチャゴチャしてるけど、あんま気にしないで」

「おぉー……ビデオ屋なのかー?」

「デッキの数もオカシくないか」


 俺と奥戸は、壁を埋めるビデオの本数と機械類の多さに圧倒される。

 誰もが知っているハリウッド超大作もあれば、日本の有名監督が若手時代に撮ったロマンポルノもある。

 ヨーロッパのアート系作品コーナーの隣に、ミミビデオやユニバーサルビジョンの怪作ホラーが固まっていたりと、雑食極まりないラインナップだ。

 空閑は、呆れ半分感心半分な俺たちを横目に、部屋の隅のミニ冷蔵庫を開ける。

 この光景を見慣れているらしい瑠佳は、ノーリアクションでソファに腰かけた。


「ネネちゃん先輩のオカシさって、こんなモンじゃないからね」

「何目線で言ってくれてんの、ルカっち」


 ジュース類を抱えて戻ってきた空閑は、テーブルの上に缶を並べてから、ドヤ顔の瑠佳を軽く小突く。

 置かれたのはコーラが二本と紅茶が一本。

 人数分に足りなくないか、と空閑の方をチラッと見れば、右手をスッと差し出してくる。


「コーラは映画館価格かな?」

「タダだけど――小銭じゃなくてホラ、現像すんでしょ。チャチャッとやっちゃうから、フィルムちょうだい」

「あぁ、それじゃあ頼むよ、先輩」

「頼まれた。そんなにかかんないと思うから、テキトーに待ってて」 


 バッグから取り出した、三本のフィルムが入った袋を受け取った空閑は、ヒラヒラと手を振って自室を出る。

 瑠佳の話では、空閑は物置だった部屋を改造して、暗室やら工作台やらを備えた作業場にしたんだそうだ。

 クリエイターを目指すなら、実家が太いのは強いアドバンテージだな……と思いつつビデオ棚の背表紙を眺める。

 元はレンタル商品だった証となる、商品管理用シールが貼られているものも多いので、意外と金は使ってないのかもしれないな。


「そんでヤブー、オレらは何すんだー?」

「犯人グループの家から色々と持ち出してきたから、その内容をチェックしつつ役立ちそうな情報のピックアップだ」


 言いながら、飴降のアパートから回収した品々をテーブルに置いていく。

 茶色い革表紙の手帖、葉書ホルダー、十数冊の薄い雑誌、それとラベルのないVHSが三本。

 缶入りのパンツは、犯罪の証拠にはなっても手掛かりにはならなそうなので、ココには持ってきてない。


「こういうのを探せ、みたいなポイントはあるの?」

「ない。とにかく、違和感があったり何か気付いたりしたら、そこに付箋ふせんを貼ってく感じで」

「オレの生き様くらいアバウトだなー」

「自覚はあんのか。とにかく、だ。ココにしかヒントが埋まってなさそうでな」

「じゃあ……掘るしかないか。ビデオは先輩が戻ってからだね」


 そう言って、瑠佳は葉書ホルダーを手に取ってめくり始める。

 奥戸は手帖に手を伸ばしたので、俺は雑誌を見ていくことに。

 A5サイズでページは60ちょい、中綴なかとじでカラーページはなく紙質は悪い。

 表紙上部には『はーるーま』と誌名らしきものがあり、その下に抽象的なイラストが描かれ、右下に『第16号』のナンバリングが。

 目次を確認すると、女性アイドルや女性タレントについての評論やゴシップと思しき記事が、悪意丸出しのタイトルで詰め込まれていた。


「はーるーま……HER(彼女の) RUMOR(ウワサ)ってことか」


 俎上そじょうに乗せられているのはトップアイドルや有名子役が多いが、聞いたことない歌手やタレントも混ざっていて、ついでにAV女優まで登場している。

 内容は恋愛関係ばかりかと思いきや、不祥事の隠蔽いんぺい・家庭の事情・学校生活・グループ内の不和・枕営業・思想宗教・金銭トラブルなど中々にバラエティ豊かだ。

 ひたすらに下品だが、この頃は大手出版社の週刊誌も似たようなノリだな。

 ウンザリさせられながらも、綾子に関係した情報はないかと、ワープロから出力したようなギザついた文字を追っていく。


「手帖の中身は、パチンコの勝ち負けとか、大学関連のメモとかっぽいなー。数字とか記号だけ書かれてるページが多くて、あんま意味ないかもだー」

「葉書は殆どが年賀状かな。何枚かあった普通のは、仲間内の符牒ふちょうみたいなのが多用されてて、何言ってんだかよくわかんない。差出人も『フェニックス一揆いっき』とかフザケてるし」


 しばらく調べてからの二人の感想を聞いて、フッとひらめきが降りてきた。

 記号や符牒を照らし合わせれば、何かしらの意味が浮き上がってくるのでは。

 そう思って、二人が付箋を残したポイントをチェックしてみるが、それっぽい答えに辿り着けない。

 ハズレだったかな――と首を捻っていたら、『はーるーま』をパラパラと読んでいた瑠佳が手を止め、開いたページをコチラに向けながら言う。


「ねぇ、この『大どんでん言板ごんばん』ってコーナーは読んだ?」

「読者投稿っぽかったんでスルーしたが」

「いるんだけど、PN(ペンネーム)フェニックス一揆」

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― 新着の感想 ―
あの時代だと雑誌の交流記事で繋がりを持った人多かったな。
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