表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100/116

第100話 「それは犯人しか言わないセリフなんだよ」

 綾子あやこ蓼下たでもとの話には何度も出てきたが、会うのは今回が初めてな『テールラリウム』チーフマネージャーの米丸よねまる美茉みま

 太ってないのに丸っこい印象だが、名前に引っ張られたのではなさそうだ。

 背が低めで丸顔でダボッとした服装、ついでに髪型は丸みのあるショートボブなので、狙ってやっているようにも思える。


 ルックスに特徴を持たせて、一発で覚えてもらうのが目的だとすれば、それなりに成功していると言えそうだ。

 どうして自分が現れたのか説明する気もない態度には、蓼下から警告されていた通りの押しの強さがみなぎっている。

 下手したてに出ると何もかもを有耶無耶うやむやにされる気がするので、雑な態度で応じるとしよう。


「あれ、もしかして警戒されてます?」

「この状況で変だと思わないのは、ボンヤリしすぎだろ」

「まーまー、色々と思うトコあるでしょうけど……とにかくウチとしては、お礼とおびから始めなきゃなんで」


 そう言うと、米丸は立ち上がって深々と頭を下げる。

 

「御迷惑をおかけしてばかりで、まことに申し訳ございません!」

「や、そういうのいいって。何事かと思われるし、普通に話してくれ」


 慌てて制止すると、顔を上げた米丸はもう一度お辞儀し、改めて席に着く。

 マスターと二人の女性客が、チラチラとこちらの様子をうかがっていた。

 流れ的に仕方なく俺も腰を下ろし、相手の話を聞こうとの姿勢を見せる。

 正面から向けられる米丸の視線は、やけに刺々(とげとげ)しい気が。

 とは言え悪意や害意にはとぼしいので、ただ素早く俺の人物像を見定めようとして、結果的に無遠慮ぶえんりょになっているのかも知れない。


「まず最重要ポイントとして、ウチの佐久真さくまを守るのが最優先って認識を共有したいんですけど、OKです?」

「ああ、そこに異論はない」

「その佐久真が寮から出る時の約束事として、常に連絡を取れるようにしておく、ってのがあったんですけど……そこらへんちょっと、どうにかなりませんかね」

「連絡が取れないと、留守宅に下着泥棒を送り込むのか、アンタの事務所は」


 富田のやらかしをつつけば、また米丸は立ち上がって頭を下げる。


「それに関しては、本当に何とお詫びをしていいか――」

「だから、デカい声はやめろって。三文芝居さんもんしばいは仕事相手だけにやれ」


 再び制止すると、米丸はケロッとした感じで愛想笑あいそわらいに切り替える。


「やー、何かあればとにかく謝らせたい、頭を下げさせたいって人が多くてですね。ウチに非がある事案ではまず全力で謝罪、ってのが癖になってるんですよ」

「アンタの仕事の難儀なんぎさは知らん。それより、富田の行動は何なんだ?」

「ウチとしても、何が何だか……当然、マネージャーの業務として命じたワケじゃないですし、社内に指示を与えたって人間もいません。事情を訊こうにも要領を得ないし、そもそもまともに話せる状態じゃないんで、実際のトコ手詰まりなんですよね」


 富田が単独犯であると半ば断言しつつ、過剰な拷問――もとい、尋問をカマした俺を言外に責めてくるような口ぶりの米丸。

 それでいて、俺からの疑問や反論があっても、のらくらとかわせそうな位置取りなのがしゃらくさい。

 警察に通報せず、事務所で身柄確保できるように連絡してやったのに、中々に恩知らずな言い草だな。

 そんな不満を募らせつつ、どうせ富田が白状す(ゲロ)るだろうと判断し、聞き出した内容の大部分を米丸に伝えた。


「――というのが富田の主張で、正体不明な相手からの命令に従っただけ、らしいが……心当たりは」

「んー、言っちゃなんですがウチらも特殊な業界なんで、とにかく変なヒト多いんですよね……だから、疑おうとすればいくらでも疑えるっていうか。何となくですけど、富田クンが責任逃れで架空の黒幕をね、デッチ上げてるんじゃないかって気も」

「アンタと事務所の社長が揉めてた、って話も出てきたんだが、そういう事情が関わってたりしないか?」

「アハハハッ――本気で仕事してれば、そりゃ上司とぶつかるコトもありますから。険悪なように見えたのは、経験不足な富田クンの勘違いってだけですよ」


 なるほど、蓼下が言う米丸の厄介さに対する理解が深まってきた。

 コイツはまるで話を聞かない――というか、コチラの質問に答えているフリをして、自分の意見だけを投げ返してくる。

 こういう相手との交渉を円滑えんかつに進めるコツは、先方の言い分は半ば流して要求を押し付けるのみだ。


「富田の真意がどうあれ、アンタの身内にアイツみたいなのがいるんじゃ、綾子の居場所や連絡先を常に伝えるのは難しい」

「まーまー、そう言いたくなるのもわかりますよ? わかるんですけど、そこを曲げてもらわないと、佐久真のキャリアにも関わってくる話になってくるんで……」

「それで頭のオカシい奴に刺されたら、キャリアもへったくれもねぇな」

「あー、それについてもですね、安全のためにウチの寮に戻ってもらったらどうかって提案をね、佐久真本人にはしてたんですけど」

「色々あったのにそれを選ばないなら、事務所の監視下に戻るのを拒否してんだろ」

「監視とは人聞きが悪い……アイドルを危険から遠ざけるには、多少の窮屈きゅうくつさを我慢してもらう必要がね、どうしても。佐久真レベルの有名人が事務所の管理から離れるのは、命綱ナシで綱渡りしてるようなモンですよ」


 こんな感じで果てしなく、平行線というか噛み合わないやりとりが延々続く。

 米丸は会話の主導権を渡そうとせず、主張が否定されると話をズラしてくる。

 逃げ道の多い物言いを多用して、言質げんちを取ろうとすると即座に引っくり返す。

 情勢の不利を感じたなら、遠い所から話題を引っ張ってきてリセットをはかる。

 とにかく、自分の目指している結論まで辿たどり着こうとする姿勢にブレがない。

 詐欺師の話法とも違うが、平気でインチキを繰り出してくる苦手なタイプだ。


「マネージャーなら、ライブやイベントに来るファンの中に、不審人物や危険人物がいるのを把握はあくしてないのか」

「アイドルってのは、熱狂的なファンがついてナンボですしねぇ……一般社会の基準からすれば変人でも、コミュニティの中では大体が許容範囲ですよ。八十年代みたいに親衛隊みたいな組織があったら、そっちでのコントロールが期待できたのかもですけど」

「つっても、現に綾子は危険に晒されてるだろうが。どういうことが起きてるのか、本人から説明されてるだろ、アンタも」

「それは、まぁ、ハイ。しかしですね、暴走気味のラブレターを送ってくるとか、異物の混入したお菓子を渡そうとするとか、精液のついた手で握手会に来るとか、そんなのは当然の世界ですし。自宅を特定するなんて出版社もやってますよ、迷惑なことに。ゴミや郵便物を盗まれるのも、それなりによくあるんで自衛するしかないですね。我々としても、所属タレントを守る努力は惜しみませんが、カバーできる範囲には限界があります。だから佐久真には、セキュリティを優先して寮に戻るよう説得を――」


 気を抜くと話がループして、事務所の都合に沿った提案が持ち出される。

 一見すると物腰が柔らかいが、譲歩じょうほ妥協だきょうをガン無視する強気すぎる姿勢だ。

 対話でも交渉でもなく、相手が疲れるか諦めるかして引くのをひたすら待つ、攻撃的な説得が米丸論法の核らしい。

 この感じだと、正面からぶつかっても永遠に終わらないだろう。

 となれば、相手の意図しない方向から斬り込んでいくべきか。


「綾子が元いた、テールラリウムのメンバーたちはどうなんだ」

「どう……とは? メンバー全員、事務所で用意した寮で暮らしてますし、これといってトラブルも確認されてませんが」

「いや、そいつらが綾子の現状について、どう思ってるのかと」

「不安にさせても何なんで、詳しい説明はしてませんが……困ったファンの行動にちょっと悩んでる、ってのは皆が知ってますね」


 追い詰められた綾子の状況も、米丸の視点からすればそんな軽さなのか。

 実態を理解してないのではなく、全部わかって言ってるから始末が悪い。

 

「他のメンバーに、一線を越えたファンからの狂ったアプローチはないのか」

「現状そういった報告はない、ですね。何かしようとしても、セキュリティは万全ですから……佐久真は意地になってるだけだろうから、アナタからも戻るよう説得してくれると助かるんですけど。寮生活がイヤなら、ウチで安全な物件を用意するので」

「だから、アンタらが信用できないのにその選択肢はないんだわ」

「そうれはもう、かさがさね大変申し訳なく……富田クンには厳正な処分が下ると思われます。きっと、佐久真が彼に会うことはもうありません」


 綾子のスキャンダルになるかも、と気を回して警察への通報は避けた。

 だが、このままだと富田をトカゲの尻尾にして全部をたたまれかねない。

 現状、突破口になりそうなのはココだけなんで、もう少し粘るとするか。


「フカシじゃなく、富田を脅していたヤツが実在するなら……それは事務所の関係者ってことになるんじゃないか」

「そういう仮定は無意味ですよ。それに、他社のタレントじゃなくてウチのタレントを攻撃して、何の意味があるんです? 意味ないですよね?」

「理由や動機は、それこそいくらでも仮定できるだろ。気に入らないからイヤガラセをしたいとか、テールを抜けるのが許せないとか、ポジションを奪うため蹴落としたいとか、精神的に追い込んで事務所に依存させたいとか」


 仮説をいくつか並べてみれば、二つ目と四つ目への反応が怪しい。

 眉や表情筋の僅かな動きによる、半瞬ほどの間に浮かんで消えた微妙な変化。

 それでも、不自然さを読み取るには十分すぎる程だ。


「ンフッ――アハハハハハハッ! いや、失礼……随分と想像力が豊かなんですね。小説家とか向いてるかも知れません」

「それは犯人しか言わないセリフなんだよ」


 俺の返しに、わざとらしく笑う米丸の口の端がヒクッとる。

 冗談で言ってるつもりが、事実と重なりすぎて動揺したのか。

 米丸が騒動の元凶じゃなくても、かなり近い場所にいるのは確定だな。

 綾子のグループからの脱退と、事務所からの移籍や独立を見越した動き。

 これが何者かの逆鱗げきりんに触れたとして、ストーカーを差し向ける意図は。

 もし綾子が襲撃されたり、自殺に追い込まれる事態になれば大事件だ。

 その場合、タレントを守れなかったOTRも非難の的になるハズだが――


「ああ……起きてほしいのか、事件が」


 不意にひらめいた答えが、半ば無意識に口から漏れた。

 米丸は「何の話ですか?」と訊くように黙って小首を傾げる。

 彼女が怪訝けげんそうではなく嘘臭い笑顔なのは、たぶん正解だからだ。

記念すべき100話目なのに、地味さ炸裂の会話回を持ってくる勇気。

それはそれとして、「面白かった」「続きが気になる」「100回おめでとう」と思ってくれた方は、評価やブックマークをよろしくお願いします!

感想やレビューなどもお気軽にどうぞ!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 祝!百話到達、ここから話が動き出す期待をもたしてくれる一話でした。
うわー、またいいキャラが。 カタキ役が有能なので、その分主人公がスカっと解決してくれるのを期待しちゃいます。
さすが主人公。アクション以外も頑張っているな。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ