第100話 「それは犯人しか言わないセリフなんだよ」
綾子や蓼下の話には何度も出てきたが、会うのは今回が初めてな『テールラリウム』チーフマネージャーの米丸美茉。
太ってないのに丸っこい印象だが、名前に引っ張られたのではなさそうだ。
背が低めで丸顔でダボッとした服装、ついでに髪型は丸みのあるショートボブなので、狙ってやっているようにも思える。
ルックスに特徴を持たせて、一発で覚えてもらうのが目的だとすれば、それなりに成功していると言えそうだ。
どうして自分が現れたのか説明する気もない態度には、蓼下から警告されていた通りの押しの強さが漲っている。
下手に出ると何もかもを有耶無耶にされる気がするので、雑な態度で応じるとしよう。
「あれ、もしかして警戒されてます?」
「この状況で変だと思わないのは、ボンヤリしすぎだろ」
「まーまー、色々と思うトコあるでしょうけど……とにかくウチとしては、お礼とお詫びから始めなきゃなんで」
そう言うと、米丸は立ち上がって深々と頭を下げる。
「御迷惑をおかけしてばかりで、誠に申し訳ございません!」
「や、そういうのいいって。何事かと思われるし、普通に話してくれ」
慌てて制止すると、顔を上げた米丸はもう一度お辞儀し、改めて席に着く。
マスターと二人の女性客が、チラチラとこちらの様子を窺っていた。
流れ的に仕方なく俺も腰を下ろし、相手の話を聞こうとの姿勢を見せる。
正面から向けられる米丸の視線は、やけに刺々しい気が。
とは言え悪意や害意には乏しいので、ただ素早く俺の人物像を見定めようとして、結果的に無遠慮になっているのかも知れない。
「まず最重要ポイントとして、ウチの佐久真を守るのが最優先って認識を共有したいんですけど、OKです?」
「ああ、そこに異論はない」
「その佐久真が寮から出る時の約束事として、常に連絡を取れるようにしておく、ってのがあったんですけど……そこらへんちょっと、どうにかなりませんかね」
「連絡が取れないと、留守宅に下着泥棒を送り込むのか、アンタの事務所は」
富田のやらかしを突けば、また米丸は立ち上がって頭を下げる。
「それに関しては、本当に何とお詫びをしていいか――」
「だから、デカい声はやめろって。三文芝居は仕事相手だけにやれ」
再び制止すると、米丸はケロッとした感じで愛想笑いに切り替える。
「やー、何かあればとにかく謝らせたい、頭を下げさせたいって人が多くてですね。ウチに非がある事案ではまず全力で謝罪、ってのが癖になってるんですよ」
「アンタの仕事の難儀さは知らん。それより、富田の行動は何なんだ?」
「ウチとしても、何が何だか……当然、マネージャーの業務として命じたワケじゃないですし、社内に指示を与えたって人間もいません。事情を訊こうにも要領を得ないし、そもそもまともに話せる状態じゃないんで、実際のトコ手詰まりなんですよね」
富田が単独犯であると半ば断言しつつ、過剰な拷問――もとい、尋問をカマした俺を言外に責めてくるような口ぶりの米丸。
それでいて、俺からの疑問や反論があっても、のらくらと躱せそうな位置取りなのがしゃらくさい。
警察に通報せず、事務所で身柄確保できるように連絡してやったのに、中々に恩知らずな言い草だな。
そんな不満を募らせつつ、どうせ富田が白状するだろうと判断し、聞き出した内容の大部分を米丸に伝えた。
「――というのが富田の主張で、正体不明な相手からの命令に従っただけ、らしいが……心当たりは」
「んー、言っちゃなんですがウチらも特殊な業界なんで、とにかく変なヒト多いんですよね……だから、疑おうとすればいくらでも疑えるっていうか。何となくですけど、富田クンが責任逃れで架空の黒幕をね、デッチ上げてるんじゃないかって気も」
「アンタと事務所の社長が揉めてた、って話も出てきたんだが、そういう事情が関わってたりしないか?」
「アハハハッ――本気で仕事してれば、そりゃ上司とぶつかるコトもありますから。険悪なように見えたのは、経験不足な富田クンの勘違いってだけですよ」
なるほど、蓼下が言う米丸の厄介さに対する理解が深まってきた。
コイツはまるで話を聞かない――というか、コチラの質問に答えているフリをして、自分の意見だけを投げ返してくる。
こういう相手との交渉を円滑に進めるコツは、先方の言い分は半ば流して要求を押し付けるのみだ。
「富田の真意がどうあれ、アンタの身内にアイツみたいなのがいるんじゃ、綾子の居場所や連絡先を常に伝えるのは難しい」
「まーまー、そう言いたくなるのもわかりますよ? わかるんですけど、そこを曲げてもらわないと、佐久真のキャリアにも関わってくる話になってくるんで……」
「それで頭のオカシい奴に刺されたら、キャリアもへったくれもねぇな」
「あー、それについてもですね、安全のためにウチの寮に戻ってもらったらどうかって提案をね、佐久真本人にはしてたんですけど」
「色々あったのにそれを選ばないなら、事務所の監視下に戻るのを拒否してんだろ」
「監視とは人聞きが悪い……アイドルを危険から遠ざけるには、多少の窮屈さを我慢してもらう必要がね、どうしても。佐久真レベルの有名人が事務所の管理から離れるのは、命綱ナシで綱渡りしてるようなモンですよ」
こんな感じで果てしなく、平行線というか噛み合わないやりとりが延々続く。
米丸は会話の主導権を渡そうとせず、主張が否定されると話をズラしてくる。
逃げ道の多い物言いを多用して、言質を取ろうとすると即座に引っくり返す。
情勢の不利を感じたなら、遠い所から話題を引っ張ってきてリセットを図る。
とにかく、自分の目指している結論まで辿り着こうとする姿勢にブレがない。
詐欺師の話法とも違うが、平気でインチキを繰り出してくる苦手なタイプだ。
「マネージャーなら、ライブやイベントに来るファンの中に、不審人物や危険人物がいるのを把握してないのか」
「アイドルってのは、熱狂的なファンがついてナンボですしねぇ……一般社会の基準からすれば変人でも、コミュニティの中では大体が許容範囲ですよ。八十年代みたいに親衛隊みたいな組織があったら、そっちでのコントロールが期待できたのかもですけど」
「つっても、現に綾子は危険に晒されてるだろうが。どういうことが起きてるのか、本人から説明されてるだろ、アンタも」
「それは、まぁ、ハイ。しかしですね、暴走気味のラブレターを送ってくるとか、異物の混入したお菓子を渡そうとするとか、精液のついた手で握手会に来るとか、そんなのは当然の世界ですし。自宅を特定するなんて出版社もやってますよ、迷惑なことに。ゴミや郵便物を盗まれるのも、それなりによくあるんで自衛するしかないですね。我々としても、所属タレントを守る努力は惜しみませんが、カバーできる範囲には限界があります。だから佐久真には、セキュリティを優先して寮に戻るよう説得を――」
気を抜くと話がループして、事務所の都合に沿った提案が持ち出される。
一見すると物腰が柔らかいが、譲歩や妥協をガン無視する強気すぎる姿勢だ。
対話でも交渉でもなく、相手が疲れるか諦めるかして引くのをひたすら待つ、攻撃的な説得が米丸論法の核らしい。
この感じだと、正面からぶつかっても永遠に終わらないだろう。
となれば、相手の意図しない方向から斬り込んでいくべきか。
「綾子が元いた、テールラリウムのメンバーたちはどうなんだ」
「どう……とは? メンバー全員、事務所で用意した寮で暮らしてますし、これといってトラブルも確認されてませんが」
「いや、そいつらが綾子の現状について、どう思ってるのかと」
「不安にさせても何なんで、詳しい説明はしてませんが……困ったファンの行動にちょっと悩んでる、ってのは皆が知ってますね」
追い詰められた綾子の状況も、米丸の視点からすればそんな軽さなのか。
実態を理解してないのではなく、全部わかって言ってるから始末が悪い。
「他のメンバーに、一線を越えたファンからの狂ったアプローチはないのか」
「現状そういった報告はない、ですね。何かしようとしても、セキュリティは万全ですから……佐久真は意地になってるだけだろうから、アナタからも戻るよう説得してくれると助かるんですけど。寮生活がイヤなら、ウチで安全な物件を用意するので」
「だから、アンタらが信用できないのにその選択肢はないんだわ」
「そうれはもう、重ね重ね大変申し訳なく……富田クンには厳正な処分が下ると思われます。きっと、佐久真が彼に会うことはもうありません」
綾子のスキャンダルになるかも、と気を回して警察への通報は避けた。
だが、このままだと富田をトカゲの尻尾にして全部を畳まれかねない。
現状、突破口になりそうなのはココだけなんで、もう少し粘るとするか。
「フカシじゃなく、富田を脅していたヤツが実在するなら……それは事務所の関係者ってことになるんじゃないか」
「そういう仮定は無意味ですよ。それに、他社のタレントじゃなくてウチのタレントを攻撃して、何の意味があるんです? 意味ないですよね?」
「理由や動機は、それこそいくらでも仮定できるだろ。気に入らないからイヤガラセをしたいとか、テールを抜けるのが許せないとか、ポジションを奪うため蹴落としたいとか、精神的に追い込んで事務所に依存させたいとか」
仮説をいくつか並べてみれば、二つ目と四つ目への反応が怪しい。
眉や表情筋の僅かな動きによる、半瞬ほどの間に浮かんで消えた微妙な変化。
それでも、不自然さを読み取るには十分すぎる程だ。
「ンフッ――アハハハハハハッ! いや、失礼……随分と想像力が豊かなんですね。小説家とか向いてるかも知れません」
「それは犯人しか言わないセリフなんだよ」
俺の返しに、わざとらしく笑う米丸の口の端がヒクッと引き攣る。
冗談で言ってるつもりが、事実と重なりすぎて動揺したのか。
米丸が騒動の元凶じゃなくても、かなり近い場所にいるのは確定だな。
綾子のグループからの脱退と、事務所からの移籍や独立を見越した動き。
これが何者かの逆鱗に触れたとして、ストーカーを差し向ける意図は。
もし綾子が襲撃されたり、自殺に追い込まれる事態になれば大事件だ。
その場合、タレントを守れなかったOTRも非難の的になるハズだが――
「ああ……起きてほしいのか、事件が」
不意に閃いた答えが、半ば無意識に口から漏れた。
米丸は「何の話ですか?」と訊くように黙って小首を傾げる。
彼女が怪訝そうではなく嘘臭い笑顔なのは、たぶん正解だからだ。
記念すべき100話目なのに、地味さ炸裂の会話回を持ってくる勇気。
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