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最低最悪な魔法使い  作者: 春香秋灯
教皇長と魔法使い
9/38

賢者からの秘密の告白

 皇族の儀式の翌日、ハガルが一人、神殿にやってきた。

「お前、そんなに暇か?」

「聖域の慰問ですよ」

「もう、ハガルがやっているんだな」

「私が隠された筆頭魔法使いとなってからずっとです」

「………」

 そうか、俺は無駄に賢者テラスを待っていたわけか。実はとっくの昔に、聖域の慰問は代替わりしていた事実に黙り込む。そして、王都の教皇ウゲンに足を踏まれた。

 もう、俺はどうしようもないな。ウゲンを選んだのに、初恋をまだ引きずっているのだ。俺の反応に、ハガルは不思議そうに首を傾げる。付き合いはそれなりだが、俺の過去を知らないハガルは、わからないのだろう。一生、内緒にしよう。

「わざわざ寄ってくれたのか。ありがとう」

「テラスは寄り道しない真面目な人だっただけですよ」

「………」

 どーこーまーでー、知られてるんだ!? 俺は笑顔のまま無言を貫いた。口を開いたら、思ったままを口走ってしまいそうだ。

 ハガルは普段の平凡な姿に、悪戯っ子みたいな笑顔を浮かべる。

「忙しくないのでしたら、テラスのお見舞いに行きませんか?」

「行く」

 そして、ウゲンに顔を殴られた。





 治癒一つ、絶対に他人に任せないウゲン。ハガルはウゲンには何もしないように妖精に命じているようだ。それも、契約違反になるだろうに、あえて、俺から許可をとってやっている。だから、ウゲンが俺を攻撃しても、ハガルの妖精は復讐しない。

 俺に対してはどうしても感情を制御出来ないウゲンは膨れて、俺の隣りを歩く。

 場所は、筆頭魔法使いの屋敷である。ハガルがテラスの面倒を見ているという。

「本当は、下っ端魔法使いがテラスの面倒をみるのですが、これがまた、下手くそで。仕方なく、側仕え経験の豊富な私がしています。お陰で、テラスに叱られていますよ」

「ハガルがやるなら、安心だな」

 ハガルは完璧だ。寧ろ、ハガルがやるほうがいいだろう。

 案内された先には、ハガルは入らない。

「ハガル?」

「私はラインハルト様の元に行きます。好きにお見舞いして、帰ってください。後は、ウゲンにお任せします」

「ありがとうございます」

 やっとハガルが離れるので、ちょっと喜ぶウゲン。まあ、ハガルの側には化け物並に強い妖精がくっついているからな。ウゲンはそれが見えて感じるから、生きた心地がしないのだろう。

 中に入れば、すっかり老けたテラスが上体を起こして、ベッドから窓の外を眺めていた。老けたが、やはり美男子だな。それでも魅力がある。

「わざわざ、老いさらばえた私を見に来なくていいのに」

「老いても、テラスの魅力は変わらないな」

 そして、ウゲンに蹴られる俺。もう、仕方ないだろう!!

 もう馴れているので、俺は痛がったりしない。ベッドの脇に勝手に椅子を持ってきて座る。

「もうすぐ寿命か」

「無理に寿命を引き延ばしてました。とっくの昔に寿命は尽きていましたよ」

「ハガルが心配か?」

「違います。ハガルが私に執着して、無意識に伸ばしたんです」

「っ!?」

 その事実は、とんでもない話だ。ハガルは、他人の寿命まで操作できるのだ。

 千年に一人必ず誕生する化け物妖精憑きは、どこまで出来るのか、俺は知らない。だが、まさか、寿命まで操作できるなど、もう、そこは、神の領域だ。

「あなたには、話しておかねばならないことがたくさんあります」

「それは、ウゲンも聞いていい話か?」

「ウゲンは洩らしません。何せ、命をかけてハガルの父親の居場所を隠したんですから。そうですよね」

「エズル様との秘密の共有は私一人です。誰にも渡しません」

 ウゲンは笑顔である。テラスが死ねば、俺と秘密を共有する者が減るというのだ。嬉しいのだ。

 どこまでも俺一筋だな。俺は呆れるしかない。それが妖精憑きなのだ。

 だけど、ハガルが違う。執着が多すぎる。

 ハガルは家族に、大魔法使いアラリーラ、賢者テラス、皇帝ラインハルト、皇族失格者スーリーンと、俺が知っているだけで、こんなに執着が出てくる。欲張りにしても、矛盾がある。

 それの理由をテラスは教えてくれた。

「本来であれば、ハガルは魔法使いが育てることとなっていました。私と、皇帝陛下とで育て、教育するはずでした。しかし、ハガルは、私に出会ってからすでに、血の繋がらない家族に執着していました」

「あの家族は、偽物なのか!?」

「そうです」

「それをハガルは知っているのか?」

「ハガルが知ったのは、随分後です。戦争に出兵が決まった時に、祖母に告白されました。そこで初めて知りました」

「嘘だろ!?」

 化け物じみた実力である。家族が偽物だと、ハガルは簡単にわかるはずだ。なのに、本物の家族だと信じ込んでいたという。

「嘘っぽいですが、本当なのですよ。妖精憑きにはよくある話です。自尊心が高いので、逆に、嘘だと思わない。ハガルは、生まれてすぐ捨てられていたところをあの欲ばかりの父親に拾われ、そして、金目当てで儀式を受けたのです。そこで、発見されました。あの父親、ハガルが妖精憑きでなかったら、金だけ持って、そのまま捨てるつもりでしたよ」

「本当に、クズだな。だったら、ハガルを引き離すべきだっただろう」

「出来ませんでした。生まれたばかりのハガルは、すでに、家族だと思って、父親と母親に妖精をつけていました。そして、父親が手放さないように、意識まで操作したのですよ」

「そこまで」

 あの父親にとって、ハガルは荷物でしかなかっただろう。それを手放させないうように、ハガルは父親に執着した。

「どうしてかは、今もってわかりません。そして、その執着のために、家族まで増やさせたわけです。一人で寂しいから、弟妹を欲しました」

「………」

 とんでもないな!! だから、あの人数の弟たち妹たちなのだ。大家族だよ。

「家族を増やさせた理由はあります。祖父母が立て続けに亡くなったからです。人は簡単に死ぬとわかったから、減ってもいいように増やさせただけです。ハガルにとって、あの家族は玩具です」

「いい、兄をしているが」

「あなたがそう言うのだから、そうなんでしょう。ですが、私からは遊んでいるようにしか見えない。それが、力のある妖精憑きの感覚です。そんなハガルを私と皇帝陛下、大魔法使いアラリーラ様の三人がかりで教育しました。魔法使いとして、筆頭魔法使いとして、側仕えとして、教育しました。そこに、血の繋がらない家族から平民としての知識を受けました。そのため、ハガルは通常の筆頭魔法使いとは全く違うものとなりました。強欲です。気に入ったもの全てを欲し、囲い込みました。それが、執着です。最初に血の繋がらない家族を囲い、次に、大魔法使いアラリーラ様を囲い、皇帝陛下を囲い、どんどんと囲っていったわけです」

「それも、今はどんどんと離れていってるわけだ。大丈夫なのか?」

「やっと、分別がついただけです。子どもの頃は、あれもこれも欲しがる。同じですよ。ハガルはそれを人でやっただけです。いつかは別れなければならない、ということを今、学んでいます」

 賢者テラスの死も、ハガルの成長の一助だという。

 確かに、筆頭魔法使いとなってからのハガルは子どものようだ。見習い魔法使いをしていた時のほうが、しっかりしているように見えた。

「これから、ハガルは大きな失敗に直面します。きっと、あなたに泣きついたりするでしょう。あなたもまた、ハガルの執着となりました。ウゲン、あなたもです。あなたたちは、私の代わりです」

 これまで、ハガルは困った時は賢者テラスに相談してきたのだろう。それも、テラスの死で出来なくなる。そして、次に相談するのは、俺とウゲンなわけだ。

「他にはいないのか?」

「あなたほどの経験豊かな者はいませんね。あなたは、教皇長として、平民貴族の視点を持ち、皇族教育皇帝教育まで受けています。そして、あなたはウゲンのものです。安心して、側に行けるのですよ」

「どうかな。俺はハガルに狂うかもしれない」

 そして、俺はウゲンに殴られた。もう、容赦ないな!!

 それを見て吹き出すテラス。

「ウゲンがそれを許さない。だから、私も安心して、ハガルを託せます。ハガルは大きな失敗をして、泣きつきます。上手に宥めてやってください」

「どんな失敗だ?」

「初恋ですよ。皇族失格者スーリーンは、ハガルの初恋です。何度も振られて、それでも諦めきれなくて、囲ったんですよ」

「振られたのに!?」

「振られたといっても、理由が、皇族だから、というのです。私から見ても、相思相愛ですよ、あの二人は。アラリーラ様も随分と二人の仲を応援していました。ですが、スーリーンは真面目でした。それだけです」

「なるほどな」

 理由を訊けば、納得する。それは、仕方のない話だ。

 皇族は血筋を残すのが第一だ。皇族の血筋の保護のために、皇族同士の婚姻は普通である。それは、逆にいえば、皇族以外との婚姻は血を薄めることとなってしまうので、やってはいけないことなのだ。

「真面目に守っているのなんて、一握りですけどね。だいたい、皇帝陛下の子や孫なんて、実際には、皇帝陛下の血なんて一滴も流れていませんよ」

「何だと!?」

 とんでもない秘密の暴露である。テラス、死に際だからと、口を軽くしすぎだ。

 そうではない。テラスはあえて、俺に教えたのだ。たぶん、俺の気持ちを軽くするためだ。俺は、どうしても女との閨事が出来なかった。本来ならば、皇族失格なんだ。

「この事実を知っているのは、私とハガルだけです。皇帝陛下の子だと言っている女たちは、死ぬまで沈黙しますよ。そうしなければならないほどの恩恵を受けましたからね。話しても、皇帝陛下は痛くも痒くもありませんよ。不貞だと後ろ指を刺されるのは女だ。男にとっては、勲章です」

「最低だな」

「そうです。最低だから、許せません。私は皇帝陛下を今も憎んでいます」

 怒りに顔を歪めるテラス。俺が皇族からも、テラスからも離れて、避けている間に、何かあったのだろう。それは、死の際でも許せない事なのだ。

 俺の知るテラスは、皇帝ラインハルトの女癖の悪さを笑って許していた。後始末も、嫌々ながらもやっていた。そういう、いい感じの関係であった。

 しかし、俺が久しぶりに城に行けば、ラインハルトとテラスには距離があった。てっきり、隠された筆頭魔法使いハガルが間に入ったから、なんて思っていた。

 テラスは窓の外を眺めて、泣きそうな顔をした。

「あなたに久しぶりに会った時、カサンドラの名前が出て、驚きました」

「まあ、親しかったからな。教皇長となってからも、それなりに会ってはいた。それも、わずか数年だ」

 俺は貴族の学校を卒業してすぐ、教皇長になった。それからすぐ、女伯爵となったカサンドラがわざわざ王都の神殿までやってきて、俺を祝ってくれたのだ。それから数年で、カサンドラは一人娘サツキを残して亡くなった。

「娘にも会った。カサンドラによく似ていた可愛らしい子だった。はきはきと話していた。確か、二歳か三歳だったかな。俺はカサンドラが死んでも、一つの死として扱っただけだ。一人娘サツキが、あんなに酷い目にあっているなんて、新聞で取りざたされるまで知らなかった。知り合いとして、目を掛けてやればよかった、と後悔している」

 新聞で女伯爵カサンドラの毒殺、伯爵家のお家乗っ取り事件を知った。それから、面白おかしく伯爵家の醜聞は取りざたされた。その中で最も目を惹いたのは、父親、義母、義妹、婚約者によるサツキへの暴力である。

 カサンドラの腕に抱かれて、笑っていたサツキのことは今も思い出される。どこにでもいる貴族令嬢だ。親の庇護を一身に受けて、幸せそうだった。

「う、うう」

 突然、テラスが涙をこぼして泣き出した。

「テラス?」

「サツキは、私の唯一でした。私は、囲うのを失敗した」

「っ!?」

 完璧な男だと思っていた。だいたい、百年に一人生まれるかどうかの才能ある妖精憑きであるテラスは、失敗しない。才能があるのだ。

 それなのに、テラスは失敗したという。テラスの見た目は、サツキと出会った時も美男子だった。テラスに出会った貴族令嬢は皆、一度はテラスに恋をする。すれほどの美男子だ。皇族の女だって、初恋はテラスだという。

「ふ、振られた?」

「逃げられました。囲っているつもりでした。しかし、サツキは私の手から簡単に逃げていきました。そして、結果、死なせた」

 膝を抱えて、嗚咽を洩らして泣くテラス。どう言えばいいのか、わからない。

 ただの人は、次を探す。そういうものだ。では、妖精憑きは?

 ウゲンを見た。ウゲンは、テラスのことを哀れみをこめて見た。そう、妖精憑きは、唯一の存在を諦めないのだ。絶対に手に入れる。失敗したら、きっと、今のテラスみたいに、後悔やら何やらで縛られるのだ。諦めない、永遠に。

「ハガルは、どうなるんだ?」

「ハガルはもう、大丈夫です」

 ハガルのことは義務感があるのだろう。泣いた顔のまま、テラスはすらすらと答えてくれる。

「ハガルの唯一は皇帝陛下です」

「スーリーンでなくて?」

「彼女は人としての初恋です。私にとっては、サツキは唯一でもあり、初恋でしたが、全てが一人で集約されるわけではありません。ハガルの皇帝陛下への執着は、出会ってすぐでした。ハガルは無意識に皇帝陛下を篭絡したのです。まさか、女好きの皇帝陛下が、ハガルに手を出し、夢中になるところまで篭絡されるとは、思ってもいませんでしたが」

「あの見た目は仕方がない。俺でも落ちる」

 そして、ウゲンに足を踏まれる。ウゲンが一番だから、大丈夫だ。

「あなたも相変わらずですね。神殿に行けば、男でも囲うかと見ていれば、まさか、ウゲンに見事、囲われるとは。そこまで囲われているから、私は神殿に近づかなかったのですよ」

「そうなの!?」

 今更ながらの暴露である。テラス、神殿に足を運ぼうとはしてくれたのだ。

「こういうのは、妖精憑きの不可侵ですよ。妖精憑きのお気に入りの横取りはやってはいけないことです。ましてや、仲を壊すような真似なんて、やってはいけないことですよ。だから、聖域の慰問には来ましたが、ついでに様子見をしなかったんです。私なりに、あなたことは心配していました。ですが、ウゲンが側にいますから、遠慮しました」

「そうなのか。嫌われたのかと思ってた。ほら、しつこく告白したから」

「私はそこまで子どもではありませんよ。軽く受け流すことは出来ます。私にとっては、手のかかる子どものようなものですよ。そして、ハガルは弟子であり、手のかかる子どもであり、困った弟です。とても大事なんです」

「そうだろうな。ハガルは、見習いと見ていても、面白かったな」

「人に育てられたからか、考え方が特殊です。私はサツキの話をハガルにしました。ハガルは、私では思いつかないような答えを返してくれました」

「どんな?」

「私はサツキを探す時は妖精を使いました。しかし、ハガルは自らが動きました」

 確かに、ハガルの行動は早かった。城から出て、見事、スーリーンを見つけたという。

「皇族の命令にも簡単に逆らいます」

「そうだな。俺の命令にも逆らって、小さい天罰を受けていた」

「言われましたよ。ちょっと痛いだけだ、と。考えもしませんでした」

 皇族の命令は絶対だ、とテラスは教育されたのだろう。しかし、ハガルは人に育てられている。人の常識を持っているのだ。命令違反でちょっと罰を受けても、それは普通だと思ったのだろう。

「先代の筆頭魔法使いも、私とそう変わらない考え方と価値観です。つまり、ハガルは異質なんです。きっと、これまでの筆頭魔法使いでは考えられない、とんでもないことをするでしょう」

「それは、俺には手のおえない話なんだが」

「皇帝陛下の寿命はそう長くありません。それはハガルも知っていることです。皇帝陛下を失ったハガルは必ず、気狂いを起こします」

「あんなんになるのか!?」

 ちょっと前に、化け物になった父親を取り戻そうとして、気狂いのハガルと対面したが、恐怖でしかなかった。

「私も、皇帝陛下も、やれることはやります。しかし、万一の時は、あなたが次の皇帝となって、ハガルを抑え込んでください」

「断る!!」

 そして、ウゲンが俺をテラスから引っ張り離して叫んだ。

「エズル様は私のものだ。皇帝になったら、独り占め出来ないじゃないか」

 ウゲン、完全な私情だな。教皇長なら、王都の教皇であれば、四六時中、側についていけるが、皇帝はそうではない。ウゲンは魔法使いやめちゃったからな。魔法使いに戻っても、皇帝の側にいるのは筆頭魔法使いハガルだ。

「ウゲン、我慢しなさい」

「絶対に許しません。他の皇帝を探せ。エズル様は絶対に渡さない」

「こらこら、二人で話を進めるな。まず、俺の意思はどうなる?」

「まさか、ハガルの側がいいのか!?」

 ギリギリと俺の足を踏みしめるウゲン。さすがにそれは痛い。

「やめろ!! テラス、悪いが、皇帝にはならない。俺は死ぬまで教皇長だ。ウゲンも手放さない。他を当たれ」

 俺はきっぱり断った。

 今でもテラスは初恋だ。どうしても、胸の高鳴りを思い出す。しかし、今一番大事なもの、と聞かれれば、迷わずウゲンを選ぶ。

 ウゲンは嬉しそうに俺の胸にすり寄る。俺も焼きが回ったな。仕方なく、抱きしめる。

「そうですか。仕方ありませんね。ウゲンがそこまで囲って、エズルは囲われているのですから、諦めます。ですが、ハガルの相談役は続けてあげてください」

「神殿に来たら、話くらいは聞いてやる」

「皇族の集まりもお願いします。私がいなくなったら、全て、ハガルの取り仕切りです。最初の一年は、とんでもないこととなりますよ」

「ウゲン同席であれば、出よう」

「皇帝陛下には、そうするように頼んでおきます」

 そして、テラスは全て吐き出して疲れたのか、ベッドで横になった。

「エズル、ウゲンのこと、大事にしてあげてください」

「わかったわかった」

 当然のことだから、適当に返事をした。それを聞いて、呆れて見返すテラス。

「ハガルは、初恋を秘密の部屋に閉じ込めてしまいました。本当に、あの皇族は余計なことをしてくれた」

「あの、筆頭魔法使いが執着するものを閉じ込める、という部屋か?」

 筆頭魔法使いは基本、家族を持てない。弱点となるからだ。だから、ハガルの家族は隠されたのだ。しかし、どうしても強く執着するものはどうしようもないので、特別な部屋に閉じ込めるのだ。

「そうです。ですが、最初は、そんな計画ではありませんでした。彼女を貴族にして、世話をして、外で自由に生かすために、きちんと準備までしていました。ところが、彼女が人買いに売られてしまった。その事実に、ハガルは狂ったんです。外で自由にさせて、また、どこかに売られてしまったら、と考えてしまうと、どうしても手放せなくなりました。そして、とうとう、秘密の部屋に閉じ込めてしまいました」

「気の毒にな」

 ハガルも、皇族失格者スーリーンも、可哀想な結果になった。

 筆頭魔法使いの屋敷にある秘密の部屋は、特殊な魔法が施されている。そこに入れられた者は、まず、外に出る意思を魔法で封じられる。そして、筆頭魔法使いに尽くすように、どんどんと変えられていくのだ。

 皇帝教育で、この事を知った時は、ぞっとしたものだ。魔法で意思まで塗り替えられるなんて、神をも恐れない行為だ。

 だけど、そこまでして、筆頭魔法使いとなれるほどの力ある妖精憑きは、安心するのだろう。部屋の中で、歪んでしまっても、筆頭魔法使いは幸せを感じるのかもしれない。

「そうなら、もう、ハガルは振られないな」

「あの部屋には、段階があります。すぐに意思を歪めるように働かせることも出来ますが、ハガルはそうしませんでした。まずは、部屋から出る意思だけを封じました」

「それじゃあ、振られるな」

「私から見ても相思相愛ですよ。ただ、今度はハガルが妙なことを企んでいます」

「何を?」

「復讐です。聞きました。彼女を売り払った皇族に復讐してやる、と。ああなると、止められません」

「くだらん」

「当事者はそうではありませんよ。サツキもそうでした」

「………」

 俺の知らないことだ。伯爵令嬢サツキは、随分と昔に死んだ人だ。生家を追い出されてすぐだという。

 なのに、サツキが死んで随分と経っているというのに、今だに、伯爵令嬢サツキに関わる醜聞が新聞で取りざたされ、どこそこの貴族家が零落、なんてことが起こっている。

 伯爵令嬢サツキの代わりとなって誰かが復讐している。それは、サツキの意思なのだろう。そうテラスは語った。

 だから、くだらない復讐だとわかっていても、テラスはハガルを止めないのだ。

「失敗しても、恨むなよ」

「その時は、帝国が滅ぶだけです」

「責任重大すぎるだろう!?」

 どんだけ重いの、これ!! しかし、もう俺に任せたものと決め込んでいたテラスは、疲れたのか、そのまま眠ってしまった。

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