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最低最悪な魔法使い  作者: 春香秋灯
教皇長と魔法使い
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妖精憑きのダメなところ

 神殿の横には平民向けの学校がある。教えるのは神官はシスターだ。俺は、校長のような役割を押し付けられている。

 だから、時々、様子見で生徒たちを見る。この学校、それなりに金がないと通えない。だから、皆、それなりに育ちがいいのだ。

「お前の親父、また借金してるぞ!!」

「本当に、どうしようもない奴だな!!」

「さっさと返せ!!」

 まれに、そうでない者も混ざっているのだ。

 たった一人の女の子に対して、それなりに金のある商家の子どもたちが悪態をついていた。女の子は、本当のことだから、何も言い返せない。

「こらぁ!! 俺の妹に何してやがる!!!」

 そこに、なんと、見習い魔法使いハガルがやってきたのだ。女の子は、ハガルの妹だった。

 大変なことになる。俺は仲裁に入ろうとしたが、王都の教皇ウゲンに止められる。

「見ているだけでいいでしょう」

「しかし、妖精憑きと喧嘩なんて、大変なことになるぞ」

 主にただの人側がな。ハガルのことなんて、これっぽっちも心配していない。

 金を払って通っているのだ。大事なお客様である。こういう収入も、大事な神殿の収入なのだ。

 商家の子どもたちはハガルが来ても、馴れているのだろう。全く怯まない。

「お前の親父が、借金してんだよ!!」

「なんだと!? あのクソ親父、また借金なんかしやがって。後でとっちめてやる。で、他に何かあるか? 親父は酒を飲んで、仕事もしないで遊び歩いてるよな。まさか、女遊びか? それはまあ、お袋も死んだし、仕方ない。他には?」

 ハガルの口から、父親の悪行がどんどんと並べられていく。それを大した問題ではない、という態度のハガルに、商家の子どもたちは押されている。

「そ、そんな最低な父親を持ってる奴が、学校に通うなんて、恥ずかしいだろう!!」

「そういう最低な親父だから、逆にそうならないように、学校に通わせてんだよ。悪いか!!」

「え、あ、悪く、ない、です」

 言い負かされた!! 商家の子どもたち、ハガルの正論とも暴論ともとれるそれに、尻込みする。何より、ハガルは年上で、勢いがあるし、平然と言い切るので、負けてしまうのだ。

「ほら、カナン、他の奴らも一緒に連れて帰るぞ」

「うん!!」

 ハガルの妹カナンは、嬉しそうに笑って、ハガルの腕にしがみ付いた。

 見ていて、微笑ましいな、あの二人。親父は最低だが、ハガルがまともで、妹たち弟たちのために、色々としてやっているのだ。

「ほら、解決しました。あなたが出ると、逆にこじれます」

「しかし、妖精憑きが本気になったら、商家の子どもたちは大変なことになるぞ」

「そっちのことを心配していたのですか」

 物凄く驚いているウゲン。酷いな、それ。

「いくら俺でも、親しいからとハガルの味方をするわけではない。妖精憑きは、人外だ。扱いを間違えてはいけない、というのは、皇族教育では常識だぞ」

「あなたのような皇族ばかりでしたら、魔法使いも助かりますよ。皇族教育なんて、中途半端に受けている皇族が大半ですよ。お陰で、我々妖精憑きは、無理難題を言われることが度々、ありました」

「そうなんだ」

「そういうものも、皇帝陛下、テラス様、そして、エズル様もよく助けてくれましたね」

「覚えてない」

 俺は異質な皇族だ。だから、色々とやらかしているのだ。

 皇族の大半は、俺が教皇長になって喜んだだろう。ともかく目ざわりなことばかりしていた。その縁で、俺はウゲンと繋がったと言える。

「あの妖精憑きも、そこのところはよくわかっていますよ。妖精憑きのほうが、賢いんです。きちんと教育すれば、ああなります」

「平民なりのやつだな。声が大きく、勢いがあるから、押されたんだな」

 数では商家の子どもたちのほうが上だが、ハガルの声の大きさと勢い、さらには年上ということで、相手を抑えたのだ。

「ああやってみると、平民だな」

「両親が平民ですからね」

 ちょっとしたいざこざがあると、ハガルはどこからともなくやってきて、解決していった。ハガルの存在を意識し出してから、こういうことをよく見るようになった。


 そして、とうとう、ハガルの我慢の限界か、お試しでハガルの父親が神殿に連れて来られた。


「また借金しやがったな、親父!! ここで反省しろ。エズル様、よろしくお願いします。一週間で迎えに行きます」

「ハガル、もうやらないから!?」

「聞き飽きた。きちんとそれなりの寄付を払ったから、扱いはいいほうだ。大人しく、奉仕作業してろ」

 なんと、いい金額の寄付までしてくれた。

 受け取ったウゲンは、物凄く暗い笑顔である。

「あの子も、ある意味、世間知らずだな」

 こわっ!! いいカモが来た、なんてウゲンは思ったんだな。わかるけど。

 いい金額の寄付したんだね、ハガル。こうやって、世間知らずの魔法使いは搾取されるんだろうな。

 これ、神殿だから許されるのだ。寄付だからね。だけど、普通の店でぼったくろうものなら、魔法使いの支払いは、妖精金貨に化ける。呪われた金で、店も呪われ、広がってしまったら、触れただけで、帝国民も呪われ、大変なこととなるのだ。だから、魔法使いに対して、詐欺まがいなことは、絶対にやってはいけないのだ。

 ちょっと詐欺っぽい感じに見えなくもない。

 そうして、ハガルの父親は、体験で神殿に入ることとなったのだが、ここからが、ある意味、ハガルの試練となった。


 一日目。

 様子見をしに来たハガルに縋りついて泣く父親。

「もうやらないから!!」

「本当に?」

「ちょっと待て!!」

 ハガル、いきなり、父親を許そうとしているから、俺が間に入った。

「ハガル、寄付は返しませんよ!!」

「そうじゃないだろう!!」

 ウゲンまで、酷いこと言いやがる。

 ハガル、泣いている父親に、もう絆されてやがる。あれだ、妖精憑きの悪い部分が出てきたんだ。

「ハガル、落ち着け。今日は帰るんだ」

「けど、親父も反省してるようだし」

「帰れ!!」

 俺はハガルを無理矢理、神殿から追い出した。

「ウゲン、ハガルを今日一日、絶対に入れるな!!」

「別に連れ帰られてもいいのに」

 どっちの味方かわからないウゲンは、不承不承、俺に従った。

 神殿は魔法具である。神殿の主であるウゲンが命じれば、人の侵入まで制御出来るのだ。


 二日目。

 用心して、ハガルの面談はさせない。その代わり、ハガルの妹で、一番しっかり者であるカナンの面談を許可した。

「カナン、ハガルは? もう絶対にしないから!!」

「大人しく奉仕作業してればいいじゃない。どうせお兄ちゃんは、お父さんに甘いんだから、少し、距離を置いたほうがいいの」

「冷たい!!」

「家の生活費まで持ち出しておいて、借金までして、どれだけお兄ちゃんが大変な目にあっていると思っているの!? お兄ちゃんに言っておくから。全然、反省してないって」

「そんなぁ!?」

 やっぱ、女が一番、しっかりしているな。きっぱり、父親を拒否している。

「あんなにしっかり者なのに、どうして、あんな父親なんですかね」

「元凶は、ハガルだな」

 昨日の今日ではっきりした。

 ハガルがあの父親を甘やかしたんだ。そうとしか思えない。妹のカナンは、父親が反省していないことを見破っているというのに、ハガルはちょっと泣いたけで許してしまうのだ。

 こういうこと、ずっとしていたのだろう。ハガルは本当に、身内に、特に父親に甘いのが、ここではっきりした。


 三日目。

 何故かハガルが入ってきた。

「許可したのか!?」

「してませんよ!! エズル様はダメだっていうから、神殿に入れないようにしたのに!?」

 妖精の契約に続いて、神殿の制御までハガルには効かない。本当に、何者なんだよ、あの妖精憑きは!!

 しかし、ハガル一人ではない。今回は、妹カナンも同伴である。

「お兄ちゃん、びしっとしなきゃダメだからね」

「わかった、びしっとする」

 兄の威厳でも保とうと、ハガルは背筋を伸ばして言う。本当に大丈夫か?

 そうして、仕方なく父親と面談である。

「ハガル、会いたかった!!」

「俺も会いたかった」

「一緒に帰ろう!!」

「そうだな」

「お兄ちゃん!!」

 そのまま連れて帰ろうとするハガルをカナンが止める。ついでに、ドアだって開けさせない。

「もう、またお父さんは、お兄ちゃんが甘いからって。反省したの?」

「したした」

「軽い!!」

「ほら、反省してるって」

「してない!! もう、お兄ちゃん、お父さんから離れて」

「え、でも、反省しているって」

「してない!!」

 どうにか、カナンが間に入って、ハガルと父親を離した。

「えーと、これ、明日もやるのか?」

「もう、帰ればいいのに」

「ダメだよ!!」

 ウゲンは貰うもの貰ったので、ハガルの父親が途中で離脱しても構わないのだ。それを俺が必死に止めた。

「ほら、出なさい。今日の面談はここまで!!」

「親父が寂しいって」

「言ってない!!」

 ハガル、本当にダメだな。このダメな父親に、ハガルも依存しているのだ。

 俺が強制的にハガルとカナンを面談室から出した。中では、神官たちが、無駄に抵抗するハガルの父親を抑えている。

「もう、明日は来るな」

「けど、心配だし」

 ハガルは警戒しているのだ。神殿送りとなった者たちの末路を見た。父親もそうなるんじゃないか、と心配になっている。

 見学をさせてしまったので、仕方のない反応である。ハガルはカナンの隣りで泣きそうな顔をしている。ある意味、ハガルは病気だな。こういうの、平民と接していれば、それなりに見るのだ。


 四日目。

 ハガル、来やがった。

「絶対にダメだ!!」

「ちょっと見るだけだから。遠くからでいいから」

 仕方なく、奉仕活動をさせられている父親を見せてやる。

「ちゃんと、やってるんだ」

 そう、あの父親、与えられた仕事はしっかりやっているのだ。やれば出来るんだ。

 俺はちらっとハガルを見た。あの父親をダメにしたのは、間違いなく、ハガルだ。ハガル、穏やかに笑って、安心しているけど、ダメ親父にしたのは、お前だからな!!

 そうして、しばらく、父親の雄姿を見て、安心したのか、ハガルは帰っていった。

「あれ、帰してしまったのですか」

「面談させないほうがいいだろう」

「面白いのに」

 もう、ちょっとした娯楽になっていた。ハガルのあの情けない姿は、見ていて面白いのだろう。酷いな。

「お前な、他人事だと思って」

「そんなこと、これっぽっちも思っていませんよ。ハガルのあの行動、理解出来ます。私だって、エズル様があんなダメ男でも、ハガルと同じことをしますよ」

「するの!?」

「そういうものです。あれはあれで、いい関係なんですよ」

「ダメだろう、絶対」

「えー、ああやって尽くすのって、妖精憑きにとっては、嬉しいことですよ。エズル様、出来ることが多いから、尽くすことが少なくて、ちょっと物足りないのですよね」

「おいおい」

 尽くすといったって、あのダメっぷりはどうかと思う。


 五日目。

 とうとう、ハガル、我慢が出来なくなった。

「連れて帰ります。親父も立派に奉仕活動しているところが見れましたし」

「ダメだよ。許可しない」

「連れて帰ります」

「ダメ」

「連れて帰ります」

 もう様子見とか面談とか、どうでも良くなったハガル。笑顔で連れて帰ると言っている。

「もう、連れて帰らせればいいではないですか。可哀想ですよ」

「お前は金を戻さなくていいからって、いい加減なこと言わない!!」

「妖精憑きでは普通ですよ。ねえ」

「はい」

 とんでもない伏兵が俺の側にいた。王都の教皇ウゲンだ。

 笑顔で、妖精憑きでしかわからない感覚を共有する。もう、これっぽっちもわからないよ、お前たちの考えが!?

「絶対にダメ!!」

 そして、俺側にだって伏兵はいる。学校で勉強中のハガルの妹カナンを強制的に呼び出したのだ。

「卑怯ですよ、エズル様!!」

「煩い!! 絶対に連れて帰ることは許可しない。今日も、大人しく遠くで見てろ」

「可哀想ですよ」

「黙ってろ!!」

 ハガルに味方するウゲン。本当に、妖精憑きって、面倒臭い習性持ってるな。

「お兄ちゃん、もう、ここには来ちゃダメ!! お迎えは、私がするから」

「そんな!? 俺だって一緒にお迎えしたい!!」

「家で待ってて!! そうだ、体験が終わったら、お父さんの好物、たくさん作ってあげてよ。ほら、お酒も」

「えー、一瞬で終わる作業だぞ」

「メニュー考えて。後で教えて」

「わかったわかった」

 妹カナンの説得で、やっとハガルは帰っていった。

「お騒がせしました、教皇長様、教皇様」

「いや、こちらこそ、こう、ダメな教皇がいて、すまん」

 礼儀正しく頭を下げるカナン。いい子だ。それに対して、神殿最強の妖精憑きは、とんでもないな。

「帰してあげればいいのに」

「ダメです!!」

「許さん!!」

 まだいうウゲン。本当に、お前、どっちの味方なんだ!?


 六日目

 俺はもうわかっているから、城に行って、直接、皇帝ラインハルトに頼むこととなった。

「どうにか、あの大魔法使いの側仕えを神殿に行かないようにしてほしい」

「え、どういうこと?」

 ラインハルトは知らないことだ。そりゃ、一見習い魔法使いのことだ。言われてもわらかないよな。

 俺は、簡単にだが、これまでのハガルの所業を説明した。

「え? 何? どうしてそうなるの? 連れ帰るって、正気か!?」

「ウゲンがいうには、妖精憑きでは普通なんだと。父親に随分と傾倒しているんだ。ああなると、妖精憑きとしては、どうしても手放せなくなるとか」

「そうか、わかった。テラスに言っておこう」

「穏便に頼むぞ、穏便に」

「まかせておけ」

 心配だ。テラスだよ、テラス!!

 賢者テラスは、穏便とは無縁な男だ。怒らせると、口よりも、魔法よりも先に、手が出るのだ。

 ちょっと心配になって、俺は皇帝ラインハルトにくっついて、賢者テラスとハガルのやり取りを遠くから見た。

 賢者テラス、大魔法使いの側仕えをしている最中のハガルの元に行くなり、思いっきり殴りやった!!

「穏便じゃない!!」

 さすがに俺はその場に割って入った。

「穏便にしてくれと頼んだじゃないか!!」

「これでも穏便にしてやってます」

「やりすぎです!!」

 俺だけではない。アラリーラまで俺の味方だ。

 アラリーラは殴られて吹っ飛んだハガルを助け起こした。

「いえ、大丈夫です。妖精憑きは、頑丈ですから」

「大丈夫じゃないだろう!? 顔、顔!!」

 そして、何故か皇帝ラインハルトまでやってきて、ハガルの顔の怪我を心配する。だけど、ハガルのほうがラインハルトから離れようと身をよじっていた。

「皇帝陛下、不敬になります」

「そんなこと心配するんじゃない。テラス、穏便にと言っただろう!!」

「言ってもきかないから、こうするしかありません」

 皇帝に責められても、開き直るテラス。

「一体、どういうことですか!!」

 そして、事情を知らないアラリーラが激怒して、俺が再び、説明することとなった。


 七日目。

 とうとう、お迎えである。確か、ハガルの妹カナンが迎えに来るはずだったんだが、大人しく待っていられないハガルもやってきた。

「親父、頑張ったな!!」

「ハガル、もう二度と、借金はしない!!」

「反省してるんなら、いいんだ」

 そんななんともいえないやり取りを、俺とカナンは呆れたように見ていた。

「もう、どうしてお兄ちゃんはお父さんに甘いの」

「逆だな。ハガルをまず、どうにかしないといけないな」

「それは、ちょっと、困る」

 兄ハガルが離されるのは、妹としても困るだろう。あれだけ優しく、頼もしい兄だ。ダメな父親のためといえども、兄と離れるのは、カナンだってイヤだろうな。

 父親に関わらなければ、ハガル、きちんとした人のはずなんだ。

 しかし、このやり取りを見て、俺は、妖精憑きの悪い部分を知ることとなった。

「良かったですね、ハガル」

 そして、ウゲンは、ハガルが父親を取り戻したことを喜んでいた。俺も気を付けよう。

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