帝国一
ハガルのやり方は、バカバカしい、一か八かだ。気狂いしたハガルは、失敗したっていい、と考えていたのだろう。それもまた、ハガルにとっては遊びなのだ。
ハガルは世界を騙そうとした。ルキエルは死んだ。だけど、ルキエルに憑いていた禍々しい妖精は存在している。あれほど恨みを持っていた妖精たちだ。いつの日か、ハガルに復讐するだろう、と考えていた。
ただ、妖精は妖精憑きに手が出せない。出せるのは、人と決まっている。
しかも、ハガルは千年の才能を持つ妖精憑きである。そこら辺の人や妖精憑きでは勝てない。ハガルに勝てるのは、凶星の申し子である。
禍々しい妖精たちは、待つしかなかった。もしかしたら、ルキエルのような凶星の申し子が誕生するかも、と。
誕生なんてしない。ハガルは知っている。歴史がそう語っている。万年に一人誕生するかどうかだ。ルキエルが死んだら、それから万年は平和である。その間に、ハガルは寿命で死んでしまう。
だけど、ハガルは寿命が尽きる前に、最高位妖精カーラーンを解放したかった。そのために、偽物の凶星の申し子を作ることにしたのだ。
本当に、たまたま、俺という百年の才能持ちに出会ったのだ。ハガルにとって、俺は玩具で下僕だ。成功するかどうかわからないから、俺をルキエルにしたてあげたのだ。
ルキエルの過去と俺の過去に似通ったものもあった。あとは、性格や話し方、そういうものをさりげなくルキエルに近づけていった。
そうして、本当のルキエルを知る人がいなくなった時、帝国中は、俺をルキエルと信じた。皇帝も代わったのだ。そうして、記録も残さず、世代が変わっていき、俺をルキエルとした。
俺が出奔した時、筆頭魔法使いの保護が消えため、凶星の申し子の妖精たちは、俺に憑いて、確かめたのだ。
最初は、信じていなかった。だけど、妖精たちは本物のルキエルを失った時に気狂いを起こしていた。誰でも良かったんだ。ただ、俺がルキエルと呼ばれているから、俺をルキエルに仕立てようとしただけだ。
俺をルキエルにしようと、俺の意識を操り、記憶を操作して、様々なことをさせて、俺をルキエルに近づけていった。時には、帝国を混乱に陥れることもさせた。
そうして、俺が城に戻った時、ハガルは俺が凶星の偽物になっていることに気づいた。まさか、成功するとは、ハガルも思ってもいなかった。
だけど、ここで、ハガルの中で計算外のことがあった。
「私は、力を半分失うことを恐れました」
「………は?」
耳を疑った。お前、半分なくなったって、化け物には変わらないだろう!!
現実に、半分を失ったハガルは平然としている。矛盾を感じる。
「今は、元に戻ったので、そんなこと、考えません。ですが、狂っていた私には、力は絶対です。ステラを失った私は、ラインハルトを失うことを恐れました。ラインハルトを守るには、より強い力が必要だったのです。だから、完成した凶星の偽物を前にしても、私は躊躇いました。それは、ラインハルトが寿命の半分を奪われた時も、変わりませんでした。まだ半分ある、と納得させて、力に拘ったのです。そして、ラインハルトが死んで、後悔しました。あなたが、城に戻ってきた、あの時に、カーラーンを切り離していれば、ラインハルトは今も生きていた、と」
だから、ハガルは、ラインハルトの死に強い自責の念を持ったのだ。
事情を知らなかった俺は、ハガルのせいじゃない、と思った。事情を知った今は、迷う。ハガルのせい、と言い切るには、ハガルは色々と背負い過ぎている。
力に押し潰れされそうになりながらも、ハガルは様々なことを行っていた。帝国を良い方向へと導くだけではない。手の届くところ、届きにくい所まで、ハガルは目を向けていたのだ。酒は飲む、賭博はする、女遊びはする、と言われているが、それだって、裏では、悪事を働くような輩を炙り出す手段だ。
ルキエルから引き継いだ妖精を手放せば、ハガルは楽になる。楽になるとわかっていても、それを抱え、帝国のために、時には、手の届く親しい者たちのために、働いていた。そこに、ハガルの私事はない。全て、他人のため、帝国のためである。
悪ぶっているが、それは、必要悪だ。ハガルが悪者になることで、円滑に事を進めたのだ。
ハガルは泣いたりしない。ハガルの息子ラインハルトの前では、よく泣いていた。泣き落としをしていた。情けない父親だな、なんて見ていたが、あれは、苦しんでいたからだ。泣いて、誤魔化していたのだ。
ラインハルトは、ハガルのことを、すぐ泣く、と呆れていた。知らなかったのだ。
本当のハガルは、そうではない。簡単に泣いたり、泣き言を言ったりしない、男らしい人だ。
「今更です。後悔しても、遅すぎます。だから、せめて、ステラの、ラインハルトのかたき討ちです」
「あの妖精は、勝ったのか?」
もう、俺には妖精憑きの力はない。見ても、耳を傾けても、わからない。
ハガルはただ、笑うだけだ。それだけで、十分だった。
妖精憑きの力を失った私は、お役御免である。ほら、魔法も使えない。
「妖精を失って、どうですか?」
無力となった私をハガルは心配した。妖精憑きは、妖精を奪われると、恐怖で動けなくなることがある。それほど、妖精憑きは妖精に依存しているのだ。
妖精憑きの力を失ったため、傷の治りも人並だ。だからといって、身に着けた才能は失われていない。男になるために、騎士団に鍛えられた体は健在だ。知識だって失われていない。
「私も、とうとう、心配される側に立ったということです」
自然と、それが嬉しくなる。力を失って、やっと、人並の幸福に気づかされた。
まだ、私が育て、手放した、あの悪ガキだった者たちは生きている。時々、城で会うことだってあった。声をかけあうことはなかったが、私が元気にやっているのを見て、彼らは安堵していた。
「怖いなら、ずっとここに居ていいですよ。私が守りますから」
「まさか、あの秘密の部屋に閉じ込めるのですか? イヤですよ。お互い、好みではないでしょう」
笑ってしまう。いつまで経っても、私とハガルは、親子であり、兄妹であり、師弟である。あ、師弟ではなくなったな。もう、私はただの人だ。
「私にとっては、大事な娘です。あんな凶事を押し付けましたが、その気持ちは本物です。正気となっても、ルディは大事な養女です」
「もう、ルキエルとは呼ばないのですね」
「呼びません。あなたは女です。もう、偽装すら出来ない」
「確かに」
私は、魔法で偽装することによって、男となっていた。だけど、妖精憑きの力を神によって取り上げられた私は、男にはなれない。
色々と考えた、服装やら、何やら。だが、この、でかい胸のふくらみを隠すのは、不可能だった。やってみたが、苦しくて、倒れるだけだった。そこは立派に成長しちゃったなー。
「本当なら、私がハガルの老い先を心配して、面倒を見る立場ですが、寿命は短いですからね」
「………そうですね」
最初から言われていたことだ。だけど、ハガルは違うものを見ていた。
神を介した契約を破るようなことをしたのだ。妖精憑きの力を奪われた程度で済むはずがないのだ。私が想像も出来ない何かを神は、私から奪ったのだろう。
私はお腹をさする。遠い昔、ハガルのために、私は腹にいる我が子を手にかけた。もう、子どもなんていらない、なんて言ったな。実際、私が愛する皇帝アイオーン様はもういない。私が欲しいと思うのは、今も、アイオーン様との子だ。
「ルディに内緒にしていたことがあります」
「いっぱいあるでしょう、私に秘密にしていることなんて」
今更である。ハガルの隠し子ラインハルトに出会ったのだって、本当に驚かされた。帝国にすら、その秘密を隠し通したハガル。もっと色々と隠しているだろう。
「何故、あの父親が、ルディを育てたか、知っていますか?」
「金づるだから」
思い出したくもない過去の話だ。父親のことは、忘れていたい。話題にされて、私はうんざりする。いつまでも、ハガルは私に家族を押し付けてくる。
「生活が苦しいと、そういうことも起こります。ですが、あの父親は、ルディを育てるために、色々と頑張ったのです。病気というのも、実は本当なんです」
「ハガル、いくらなんでも、そんな嘘言ったって」
「あなたの母親は、他に男を作って、逃げて行きました。残されたのは、赤ん坊のあなたでした。普通なら、裏切った女の子ですから、捨てるものです。ですが、あの父親は、なけなしの金を使って、あなたを育てたのです」
本当かどうか、今更、わからないことだった。
だけど、ハガルは私の父親とは色々と話ていた。父親は、近所では評判が良かった。
だからといって、過去の所業を思い出すと、嘘っぽく感じる。
ハガルはというと、ニコニコと笑っている。私の反応を見て、楽しんでいるのだろう。そこのところは、どこまでも、化け物だな。
「ルディという名前、アイオーン様がつけたものではありません。これは、あなたの父親がつけた名前です。私が聞き出して、アイオーン様に教えました」
「っ!?」
私の皇帝アイオーン様も知っていたのだ!? 知っていて、アイオーン様は黙っていた。その意図は理解出来ない。
ただ、騙された気分になった。
「きちんと話し合いましょう、と私は説得しました。あなたは拒絶していましたが、真実を知ることは、残されるルディのためになります。話し合いは、ルディのために必要でした。ですが、あの父親は拒絶しました。弱かったのですよ。実際に会って、拒絶され、口汚く罵られることを恐れていました。我が子の体を使って、生活することを最初は拒んでいました。ですが、悪い者たちに脅され、負けて、ルディを泣かせることとなったのです。その時に、ルディが妖精憑きだとわかりました。皆、ルディを取り上げようとしたそうです。ですが、父親はそれを拒みました。ルディも父親から離れることを強く拒絶して、手がつけられなかったそうです。仕方なく、父親は、あなたが苦痛を感じないように、体に悦楽を教えるしかありませんでした。そして、妖精憑きの力に父親は狂いました。ただの人に、妖精憑きは麻薬です。父親は、ルディの側にいたために、ルディに執着したのです。それが、あんな形となりました。仕方ありません。私の皇帝ラインハルト様もそうでした。それほど、力ある妖精憑きは、人にとっては、麻薬なのですよ」
まるで、私が悪いみたいなことを言われた。勝手におぼれたのは、あの最低な父親だってのに。
ハガルがいつものように私の頭を撫でようとする。それを私は手で払いのけた。
「ルディは悪くありません。帝国が作った悪い部分です。わざと貧民を作って、そこに、悪いものを集めたのです。その犠牲になったのが、ルディとその父親です」
「ハガルは認めるんだ。帝国が悪いって」
「帝国は勝者であって、絶対的な正義ではありません。帝国は弱肉強食です。強者こそ正義を謳っています。そういうことです」
弱者を食い物にすることを帝国は良しとしていた。その結果が貧民である。
「私は貧民を使い勝手のいい道具と見ていました。だから、ルキエルの正体を知った時も、いい玩具程度でした」
「………」
ドン引きするほど、最低最悪だな、この男は!! 声も出ない。同意は絶対にしない。
「ですが、ルキエルを知れば知るほど、友達になりたくなりました。ルキエルは、かっこよかったんです。貧民という枠がバカらしくなるほど、すごい人でした。ルキエルは、信じてくれませんでしたけどね。最後まで、玩具扱いされている、とルキエルは思っていました。それは、私とルキエルの価値観が違い過ぎたからです」
ルキエルは貧民だ。ハガルは、帝国最強の妖精憑きであり、帝国で二番目に偉い男だ。そりゃ違い過ぎる。
話を聞いていればわかる。どう聞いたって、ハガルは人を玩具と見ている。憧れというが、ハガルは才能の化け物だから、簡単に身に着けられるのだ。
「私は今でこそ、体術も剣術も負け知らずです。ですが、最初からそうではありません。ルキエルのことを知る前は、全て、諦めていました。ラインハルト様の命令で、体術を剣術を封じられました。だから、負けても仕方がない、と。ですが、ルキエルはそれを技術で克服しました。ルキエルは、体を鍛えることを父親に禁じられていました。あの体躯を保つためもあります。体に傷がつくことをルキエルの父親は許しませんでした。だから、ルキエルは技術だけを身に着けて、力だけの相手を叩き伏せたのです。あれを見せられて、私はルキエルに敗北しました。それからずっと、私はルキエルに負け続きですよ」
とても嬉しそうに笑うハガル。
理解出来ない。ハガルは敗北を喜んでいる。帝国では、敗者は弱者である。弱者は罪だ。だけど、ハガルはルキエルに負けることを喜んだ。
ふと、ハガルの側面を思い出す。ハガルは賭博が好きだが、強くない。いつも、ハガルは賭博では負けてばかりだ。だからといって、不正が行われていないので、妖精の復讐は起こらない。あんなに負けているというのに、ハガルは賭博を止めない。
私が混乱しているから、ハガルは楽しそうに笑って見ている。
「頭おかしいと思った」
「勝つのが当然なんです。負けると、人並なんだ、と安心します。いつも化け物と呼ばれているので、人並な部分が嬉しいのですよ。これは、私だけが持つ感情です。私が平民に育てたから、平民により近くなりたい、と思っているからでしょう。ラインハルト様を失った時、筆頭魔法使いなんてやめてしまいたかった」
その気持ちは、理解出来る。実際、私は逃げた。皇帝アイオーン様を失って、父親と下っていたハガルは皇位簒奪した狂皇帝に夢中で、ともかくイヤになって、家出した。
自分が持っていた世界が逆転したのだ。ハガルは色々な大切なものから引き離され、孤独となっていた。筆頭魔法使いは帝国の最強の盾であり鉾である。弱点を持っていてはいけない。だから、ハガルは血のつながらい家族を隠されたのだ。さらに、大切な皇帝ラインハルトを失ったのだ。途方に暮れたのだろう。
「そんな時、同じように大事な人を失ったルキエルは、死を望んでいました。生きたくなかったから、というわけではありません。ルキエルは、支配者であれば当然、という意見からです。処刑こそ正しい、と私に言いました。ここでも、私はルキエルに負けました」
「どこが?」
「貧民であるルキエルに、支配者としての正しさを指摘されたのです。私は感情のままに動いていました。ルキエルは、第三者の立場から、支配者の意見を述べました。ルキエル、すごいでしょう」
「強がったんじゃないか? あと、ちょっとした賭けとか。そう言えば、処刑されない、とルキエルは考えたんだろう」
「死にたがっていたのに? ルキエルは、成功しようと、捕縛されて失敗しようと、どうだって良かったのですよ。どっちでも良かった。ただ、自らを娼夫に貶めた全てに復讐したかっただけです。どちらにしても、復讐は成功ですよ。皇帝襲撃を成功すれば、帝国の敵となります。失敗すれば、帝国は威信のために、全てを処刑してくれます。どちらにしても、破滅です。凶星の申し子の力がより強く働いていましたね。あれもまた、私の敗北ですよ。いいように、ルキエルに利用されました」
「何やったって、負けたみたいに言っているじゃないか」
「だって、ルキエルに勝てると思っていたもの全て、負けたんです。結果は全て敗北です。皇帝襲撃を防いだって、ルキエルの目的は別です。そのルキエルの目的通りに私は動かされたのです。結果だけ見れば、負けですよ」
思い出したのか、色々と悔しいものを噛みしめていた。
ハガルはルキエルに勝ちたかったのだ。だけど、結局、最後の死の際まで、ハガルはルキエルに敗北したのだろう。その言い方が、おかしいけど。
「話は逸れましたね。つまり、貧民というものを使い捨ての道具と思っていた時もありましたが、ルキエルと出会って、ルキエルのことを知って、そうして、私も考え方を変えました。だから、あなたの父親のことを知ろうと考え、金を使って、懐柔しました」
「言い方!!」
「実際、そうですよ。金を与え、住む家を与え、そうして、人並にしていきました。貧民なんて、と見ていれば、あなたの父親は、父親なりに、ルディのことを大事に思っていました。やり方は間違えましたが、それは、貧民である以上、仕方がありません。あなただって、実際に、貧民の捨て子たちを育てて、気づいたでしょう。貧民という立場の低さを。ただ、貧民というだけで、蔑まれます。能力があっても、貧民という立場が邪魔をします。それが貧民です。あなたの父親も努力しました。ですが、あなたを手放さないために、間違った道に踏み込んでしまいました。もし、貧民でなければ、あなたの父親はまともだったでしょう。そのことを心のどこかに、留めてあげてください」
「また、父親を許せ、というのか?」
何かの節目に、ハガルはそう言ってくる。
幼い頃にされた行為は、今も、心の傷として残っている。ぬるま湯のような生活を長年、与えられたとはいえ、ふと、気が付くと、過去のことを思い返してしまう。
「まず、私は許せますか?」
「許す許さない以前だろう。ハガルには恩がいっぱいだし」
「あなたを凶星の偽物にしたてるために行ったことで、あなたは身売りまで妖精にさせられていましたよ」
「………狂ってたし」
「あなたの父親も同じです。狂っていただけです。最後は、あなたが結婚して、お腹に子がいる、と知って、喜んでいましたよ。近所で、孫を見に行く、と自慢していました。彼は、あなたが妊娠したことで、話し合う決意をしてくれました。しかし、彼の寿命はその前になくなってしまいました」
「っ!?」
「今更、過去を振り返っても、意味がありません。たられば、です。遅い早いと人は言います。ですが、そんなことを言っていては、前進は出来ません。だから、今から、最善と思うことをやればいい。ルディ、あなたの残りの人生は、あなたの好きにしなさい。外が怖い、というのなら、ここにいればいい。そうしてくれるのは、私も嬉しいです」
ハガルは、私が逃げる道までくれた。
いつもの家で、私は本を読んでいた。それは、帝国中で読まれる大衆小説だ。全十巻と大長編であるが、将来は騎士になりたい、と男の子たちを鼓舞させるものだった。大衆小説は、劇になり、戯曲になり、どんどんと広がっていき、子どもだけでなく、大人まで夢中になった。
その大衆小説はある騎士の一生をつづったものだった。その騎士を立派にしたのは、貧民と魔法使いの友達だ。
騎士になるために都に訪れたというのに、田舎者であるために、見習い騎士の試験も受けられなかった男を助けたのは、平民に扮した貧民だ。その貧民は、実は貧民の支配者で、貴族の仕事を受ける見返りに、田舎者に見習い騎士の騎士を受けられるにお願いしたのだ。その事を隠して、貧民は田舎者を騎士になれ、と応援して別れた。
だけど、田舎者だから、見習い騎士のまま、いつまでも騎士になれなかった。そこにやってきたのは、筆頭魔法使いとなった魔法使いである。魔法使いは、軍部の不正を暴き、見習い騎士だった男を騎士へと引き上げたのだ。
こうして、立派な騎士となったのだが、田舎者と蔑む者は多かった。騎士となった男を貧民街の密偵へと送り込んだのだ。そこで、平民に扮していた貧民の支配者に出会った。貧民の支配者は、密偵と知りながら、騎士を鍛えた。そして、騎士が強くなると、貧民の支配者は騎士を追い出してしまった。
騎士は役立たずと罵られながら、騎士団に戻ったが、そこで、貧民の支配者が敵となって帝国に弓なした。それを防いだのが騎士だ。貧民の支配者は、自ら育てた騎士に討ち取られることとなった。
そうして、騎士は英雄となったのだ。
そんな話だ。簡単に説明したが、色々と間には面白いものが入っている。貧民の支配者が滅茶苦茶だったり、筆頭魔法使いは理不尽だったり、そういうものもあった。
話の内容もそうだが、騎士と、魔法使いと、貧民の人となりが人々を魅了したのだ。
それを読み終わって片づけると、外はすっかり暗くなっていた。
「ただの人って、不便だ」
心底、そう思う。身なりだって常に整えるのも、労力がいる。体だって、綺麗にするには、それなりに道具とか必要だ。何より、食べないと動けなくなる。
結局、ハガルの元を離れて暮らすことにした。ただ、ハガルはすぐには手放さない。これまで妖精憑きとして生きてきたから、その常識は危険だと、ハガルに説得された。
結局、以前、亡き将軍メッサが暮らしていた家でお世話になることとなった。実際に生活して、ハガルの正しさを噛みしめることとなった。
「お元気ですか?」
時々、ハガルに命じられて、城の者がやってくる。見た目は、私よりも年上な感じの男だ。
「城を出てたった一か月でしょう」
つい、笑って、そう返してしまう。そう言うと、男は苦笑する。
「不便なら、いつでも言ってください。僕がお世話します」
「そういうこと、簡単にいうんじゃない。こう見えても、物凄い年上なんだから。見た目に騙されないように」
「そんなつもりで言ったわけではありません!!」
真っ赤になって否定する。ちょっと、からかい過ぎた。
「ハガルには、元気だと伝えてください」
「………はい」
ハガルと聞いて、微妙に顔を引きつらせる。そう、私の後ろには、帝国最強の男がついている。簡単に、手を出してはいけないのだよ。
そうやって、見た目に魅了されてしまった男たちを牽制するのが、私の日常となった。ハガルは最低最悪な魔法使いではあるが、私には、帝国一の男であった。




