もう一人の才能の化け物
貧民王の騒ぎから、ハガルも色々とあった。ちょっとした興味本位に手をつけた女が妊娠したのだ。ハガルとしては、その子どもを処分したかったのだが、妖精の悪戯による妊娠であるため、諦めた。
そうして、ハガルの悪い癖が出た。また、家族ごっこを始めたのだ。母体にステラという名前をつけて、可愛がった。
だけど、ハガルの予想外のことばかり起こった。ステラはさっさとハガルを捨てようとしたのだ。ともかく、ステラはハガルを邪魔に扱った。ハガルが用心棒のように強い義体を贈ったり、花を贈ったり、目障りな勢力を消したり、とせっせとご機嫌とりをしても、ステラは喜ばなかった。逆に怒って、ステラから別れを告げられていたという。
妖精憑きは自尊心が高い。その自尊心によって、ハガルはすっかり、ステラに夢中になったのだ。会えないが、かなり強烈な女性だな。肖像画を見せられたが、女としても魅力はない。それもまた、ハガルには魅力だったのだろう。ハガルとは正反対の女だ。しかも、ハガルを種馬扱いである。死の際まで、ハガルの存在を拒絶したのだ。
嫌っていたわけではないのだ。ステラなりに、ハガルを愛していた。ステラは、女扱いをされたことがない。ハガルだけだろう、女扱いしたのは、その行為に、ステラも心を開いていたのだ。
だが、ステラは海の貧民街の支配者一族だ。一族として、貧民であり続けるのだ。それは、ステラの子であるラインハルトもだ。
こんな面倒臭いことをハガルと、皇帝ライオネルから聞いた。ライオネル、気の毒に、ハガルに巻き込まれて、子育てまで手伝ったという。ライオネルにとって、ラインハルトは我が子のように可愛いのだ。
「それで、今度は、ハガルの真似っこか」
改めて、俺はラインハルトと二人っきりで話すこととなった。開口一番にそれを言われて、不貞腐れるラインハルト。
「いいではないですか!! 親としては、子が真似するのは嬉しいものでしょう」
「ハガルもそうだったな。だからって、ハガルの真似はやめろ。あんな最低最悪な男の真似したって、お前も最低最悪になるだけだぞ」
「最低最悪になりたいんです。貧民にとって、最低最悪は誉め言葉です。そう言われる存在になりたいんです」
「えー」
頭いい子は、考え方も特殊だ。言われて、確かにそうだな、なんて言いたくなってしまう。頑張って耐えたけど。
「まず、俺とお前は血のつながりのない姉弟だ」
「弟か妹が欲しかった!!」
「ハガルに頼め!!」
「母上が嫌がったから、拒絶されましたよ。誕生日の度に言ってやったというのに、どうでもいい物で誤魔化されました」
膨れて不貞腐れるラインハルト。本当に普通の子どもだな。これで、海の貧民街の支配者やっているというのだから、驚きだ。
きっと、そういう所では立派な貧民の支配者なのだ。ここでは、父親であるハガルの庇護下だから、甘えが出るのだ。わかる。俺もそうだ。
ラインハルトは、時々、あらぬほうに視線を向けて、俺を見る。俺がそこを見ても、何も見えない。もしかしたら、物凄い格の高い妖精がいるのかもしれないな。それが妖精の目を通して見えるラインハルトは、かなりの才能持ちだろう。妖精の目を装着したからといって、全ての妖精が見えるわけではない。そこは、格が決まっているのだ。
「私の父上なのに」
「そうだな。俺は養女でしかない。俺とハガルはもう、親子ではない。どっちかというと、ハガルは兄だな」
「兄ですか?」
「父親じゃないだろう。俺とハガルは長く同じ時を共にしているから、仲間意識が出るんだろうな。若い頃は娘扱いされてはいたが、今はそういうのがないな。俺も、ハガルから離れて生きて、色々と学んだ」
「貧民王を育てたんですよね」
「結果だけどな。別に、そんなつもりはなかった。ただ、強く生きていける力を与えてやっただけだ。そういうガキをいっぱい、育てた。今では、立派に独り立ちして、もう、俺のことを心配する側になってる」
「あなたを心配? どこを心配する必要があるのですか」
「ただの人にとっては、そういうものだ。俺はそいつらにとっては親だ。親はどんどんと老けていって、足腰たたなくなってくる。その頃になると、育てた子は大人になって、親を心配するんだ」
「そういうことですか。ですが、あなたは心配する所はこれっぽっちもありませんね」
「本当に生意気なガキだな!!」
また、乱暴に頭を撫でてやると、嬉しそうに笑うラインハルト。こういう扱い、されたことがないんだろうな。初めての体験に、喜んでいる。
「それで、筆頭魔法使いの儀式をやるのか? まあ、説得してもやめないのなら、俺はこれ以上言わないけど」
ハガルはまだ納得いってないけどな。皇帝ライオネルだって、やりたくないのだ。だけど、ライオネルはラインハルトに説得されている。残るはハガルだ。
「あなたはやりたくないですか?」
「うーん、昔、一度だけやりたい、と言ったな。物凄く反対されて、そのまま有耶無耶にされたけど」
「今は?」
「ハガルが一体、俺に何をさせようとしているのか、そこがわからない。ただ、俺は契約紋をつけちゃダメみたいだ。俺は、家出したりしたけど、ハガルに金で買われたから、ハガルの下僕だ。そこは死ぬまで変わらない」
「本当に、最低最悪だ」
「そういうな。ガキだった頃はわからなかったけど、今ならわかる。俺は、運よくハガルに保護されたんだ。口では下僕だなんだ、と言ってるけど、優しく囲われていた。外に出て、旅をして、色々と見てきたからわかる。俺は、守られてたんだ。だから、同じようなことを貧民で捨てられたガキどもにしてやった。結果、貧民王が誕生させちゃったけどな。大人になって決めたことだから、俺は止めなかった。俺が出来ることは、途中でイヤになってやめた時に逃げ道になってやるだけだ。もう、そういう役割も、俺は終わったけどな」
ガキどもな立派になった。もう、逃げ道は必要なくなったのだ。皆、前を向いて歩いている。
一緒に成長した仲間が、貧民王になり、その手下になり、としたけど、それだけだ。切り捨てているわけではない。もし、今も逃げてきたら、あいつらは暖かく迎え入れて、隠すだろう。そういう奴らだ。そうやって、俺と出会う前から生きていたんだ。
少しだけ、ラインハルトは落ち着いたようだ。そして、俺と真摯に向き合った。
「私は、妖精に寿命を盗られる一族の生き残りです」
「そうなのか!? こんな化け物じみた神の加護持ちに、妖精、何やってんだよ!!」
バカなの? そう叫びたくなるほどである。この加護はきっと、子々孫々、伝わるものだ。ラインハルトの母ステラも、とんでもない加護持ちだ。だから、ハガルに囲われることとなったのだ。ステラとハガルの繋がりは、神の導きだ。必要だったのだろう。
だけど、神の加護持ちから寿命を盗る妖精はおかしい。そんなことをすれば、神に逆らうようなものだ。
「私は妖精から聞いていましたが、その裏事情は亡くなった母から教えられました。妖精の女王が嫉妬して、寿命を盗っているという話です」
「バカなの!?」
叫ぶしかない。妖精のくせに、ダメな女みたいなことしてるな!!
「それと、契約紋は関係ないだろう」
本当に、それだ。まずは、妖精の女王をどうにかしないといけない。いくら妖精の目をラインハルトが持っているといえども、妖精が本気になれば、簡単に寿命を盗られてしまう。
「簡単には死にません。まず、私の跡継ぎが出来るまで、私が死ぬことはないんです。母上の時は、父上が囲い、守ったことで、短い寿命ではありましたが、私がここまで成長するまで生きていました」
「ハガルは知っているのか?」
「たぶん、気づいているでしょう。ですが、理由までは知りません。いずれにしても、私は父上を置いて死にます。それは絶対です」
可哀想になってきた。こんな若い内から、死を覚悟するなんて。
平然にしようとしていた。いつもは平気なのだ。だけど、俺の前で、ラインハルトは涙をボロボロと零した。
「眠る、のが、怖いぃ」
「そうだよな」
「気づいたら、母上が、死んでたんです。眠るように、死んでぇ」
ずっと耐えていたのだろう。ラインハルトはハガルにだって、こんな泣き言は言えない。俺は特殊な身内みたいな感じだから、言えたのだ。
俺はラインハルトを乱暴に抱きしめて、背中を叩いた。
「だからって、ハガルの真似事はやめろ」
「そうやって、父上に思い知らせてやるんです。私が死んだ後、過去に縋る愚かさを思い知らせてやる!! 私が父上と同じ所業をして、言ってやるんだ。父上は私の父上だ!! 母の夫だ!!! 二度と、皇帝ラインハルトに戻してやるものか!!!!」
亡くなった皇帝ラインハルトに嫉妬するラインハルト。そこは、子どもじみている。
だけど、仕方がない。ハガルは、常に皇帝ラインハルトに縋っている。今は、身内であるラインハルトが側にいることで落ち着いているが、この子が妖精によって寿命を失って死ねば、ハガルはまた狂って、過去に縋るのだ。そういうものを俺は見た。
ラインハルトは、どうせ短い一生と覚悟している。死ぬのは怖い。だけど、もっと怖いことをラインハルトは気づいていた。
「父上に、私のことを過去にして、忘れさせてやるものか!!」
そう、ラインハルトが恐れているのは、ハガルの過去のその他にされることだ。過去の一部になることをラインハルトは恐れていた。
貧民の支配者なんてしているから、ラインハルトは色々と見て、知っている。
「俺もハガルより先に死ぬんだけどな」
「それでも、私よりも長く生きるでしょう」
「ハガル流にいうと、誤差だ。もう、十分、長く生きた。もうそろそろ、俺もお役御免になりたい」
やることがなくなって、暇になると、そう考える。
ハガルは筆頭魔法使いとしての仕事がある。常に帝国中に目を光らせ、帝国を守っている。もう、身代わりとして愛した皇帝ハイムントのことすら、ハガルは過去にしてしまっている。今、見ているのは、生きている息子ラインハルトだ。
結局、誰もラインハルトを説得出来ず、筆頭魔法使いの儀式を行うこととなった。
ラインハルトは筆頭魔法使いを人工的に作る実験に参加することとなった。俺はやることもないので、心配だし、と隠形して見守ることにした。
俺は筆頭魔法使いの予備だ。ハガルに万が一のことがあった場合、表に出ることとなっている。それまでは、隠形の魔法を施された服を着て、さらに自らに隠形して、ハガルの傍らに控えている。ハガルの側にいても、魔法使いですら、俺のことが認識出来ない。
「ルキエル、今日も来てたんですね!!」
なのに、ハガルの息子ラインハルトはすぐ、俺を見破る。一度、見破られると、隠形なんて意味がない。
「お前なぁ、俺は隠れてなきゃいけないんだから、話しかけるなよ」
「そうなんだ、知らなかった」
笑顔で嘘をつくラインハルト。タチ悪いな!! そういうトコ、ハガルにそっくりだよ!!!
ラインハルトは貧民として参加している。自己紹介から、貧民と言ったのだ。後で、ハガルに叱られたのだが、結局、いい具合に説明し、黙らせた。頭もいいよな、ラインハルト。
人誑しの才能まであるラインハルトは、一年もすれば、それなりの見習い魔法使いと親しくなった。
ラインハルトを嫌うのは、貴族とか、そういう出身の見習い魔法使いだ。特に、先祖に皇族がいるという見習い魔法使いには目の敵にされて、いつも、対抗心を燃やされていた。
ラインハルトは、勝負事に興味がない。勝とうが負けようが、どうだっていい。ただ、ハガルに誉められるのは嬉しいから、人前でも喜んでいた。
ハガル、おじいちゃんの姿だけど。
人前に出る時は、ハガル、しわしわのおじいちゃんだ。ラインハルトを誉めているハガルを見ると、孫誉めてるみたいだよ。変な感じだ。
ラインハルトは大人みたいな顔をしているが、やっぱりガキだ。見習い魔法使いたちとそれなりに悪戯したりしている。俺を見つけることも、ラインハルトの悪戯だ。
こうやってラインハルトが仲の良い見習い魔法使いたちと笑っているのを見ると、まあいっか、とか思ってしまう。
昼間はいいんだ、昼間は。
問題は夜だ。ラインハルトは三日に一回、見習い魔法使いとして訓練だ。残る二日は、貧民街の支配者をやっている。だけど、訓練の後、大人しくラインハルトは帰っているわけではない。
本当にたまたま、俺は暇で巡回している所に、ラインハルトが皇帝ライオネルの私室に侵入しようとしている現場を見つけてしまった。
もちろん、ラインハルトを捕まえて、皇帝ライオネルの私室で尋問だ。
何故か、皇帝ライオネルまで正座している。まーさーかー。
「何やってんの、あんたたち!? バカなの!!」
「ライオネル様は悪くありません。私がただ、私だけの皇帝を欲しがったんです」
「それも、ハガルの真似事か」
「そうです」
これっぽっちも悪びれることなく、笑顔で言い切るから、俺はラインハルトの頭を拳骨で殴った。さすがに痛くて、ラインハルトは涙目になって、頭を抱えた。
「いや、拒絶出来なかった私も悪い」
「無理でしょうね。あなたは、こんな感じのラインハルトに迫られたのでしょう」
「っ!?」
俺が目の前で偽装を外してやれば、皇帝ライオネルは驚いて、口をあんぐりと間抜けに開けた。
「本当に女だったのか!?」
「そうだよ。だけど、俺はどうしてもルキエルの影武者でないといけないから、ずっと、男に偽装してたんだ。長年、やっているから、感触も男にしている」
すぐに偽装を戻すと、ライオネルは息を吹き返したように安堵する。
「百年の妖精憑きでも、これほどか」
「ラインハルトは、ハガルによく似ている。あんな美貌を前に出されたら、誰だって篭絡される。実際、昔、ハガルはその美貌で、皇族同士を殺し合いさせたんだ。かなりえげつなかったぞ」
俺が家出する前の話だ。悪趣味といっていいほど、酷い光景をハガルの側で見たな。その時も、隠形してハガルの側にいたんだ。
ラインハルトは、俺を見て、不貞腐れたような顔を見せる。
「どうした?」
「ルキエルはずるい!! 私の前で、そんな、上手な魔法を見せるなんて、悔しいではないですか!!」
「こうなるまで、随分とハガルに鍛えられたんだ。俺だって、最初は酷い頭痛に苦しめられた。それをどうにかなるまで、随分と時間がかかったんだ。才能だけで、こうしているわけではない。ラインハルトだって、それなりになれば、こんなこと簡単だ」
「でも、私は妖精憑きではありません。妖精を取り上げられたら、無力です」
その欠点が、ラインハルトの弱点でもある。
ラインハルトは才能は化け物ではあるが、妖精憑きではない。妖精の目によって、魔法は使える。しかし、魔法の源は妖精だ。ラインハルトは魔法を使うためには、どうしても、妖精を誰かに借りなければならない。
今、ラインハルトは、高い格の妖精を持っている見習い魔法使いたちから妖精を借りて魔法を行使しているのだ。
魔法使いの才能と妖精憑きの格は比例しない。だいたい、妖精憑きたちは全力を出しても、妖精を使いこなせないのだ。だいたい、魔法使いの才能不足だ。そこに、格不足もあるのだから、妖精憑きは全力を出すことは出来ないのだ。
才能と格が比例しているのが、百年の才能持ちの妖精憑きである。そして、才能と格が化け物なのが、千年の才能持ちの妖精憑きだ。
そこのところを皆、勘違いするのだ。一応、見習い魔法使いたちは、講義で教えられるが、自覚がない。皆、自分は大丈夫、と思っているのだ。
そうでないことを知るのは、妖精の目を持ち、魔法使いの才能も、格も化け物であるラインハルトである。だけど、ラインハルトは妖精がいないので、どうしても、他人から借りるしかないのだ。
俺は不貞腐れるラインハルトの頭を乱暴に撫でてやる。
「あのハガルだって、狂ってるという欠点があるんだ。欠点の一つや二つ、気にするな。お前はさ、そんなに才能いっぱいあるのに、たった一つないくらいで、すぐ拗ねる」
「欲しかったんです!! 欲しかったのに、本物は手に入らないなんてぇ」
ボロボロと泣き出すから、皇帝ライオネルは困った。こんなふうに子どもみたいになるのは、久しぶりなんだろうな。
「もうガキじゃないんだから、出来る出来ないを理解しろ。そういうのは、仕方がないと諦めるんだ。そして、可能なものに向かっていく。ガキだったころなりたいものになれた大人なんて、ほんの一握りだ。お前は、妖精の目のお陰で、魔法使いになれた。妖精が欲しいなら、違う方法を見つければいい。俺やハガルの知らない何かがあるはずだ」
「あるかな?」
泣きながら、俺を見るラインハルト。
「大昔に、貴重な本が焚書された。だから、ないとは言い切れない。それに、世の中ってのは、俺やハガルでは思いもよらない、驚くことがいっぱいある。違う所に目を向けてみろ。きっと、違うものが見える」
「うん、うん」
何故か俺にだけは泣き虫なラインハルト。俺に抱きついて、ラインハルトは泣いて、眠る。
「さて、どうなっているのか、しっかり教えてもらおうか?」
残念ながら、俺は皇帝ライオネルには容赦しない。
俺は、ラインハルトとライオネルが、どうしてこうなったか、きっちりと尋問した。




