家出
これからどうしようか、と悩んだ。実は、やることがない。
皇帝アイオーン様の愛妾としていた時も、特にやる事がなかった。ただ、可愛がってもらっただけだ。騎士団に混ざって体を鍛える、なんてとんでもない話だった。だから、大人しく囲われていた。
だけど、今、俺を縛るものがない。
ハガルは狂って、俺のことを貧民のルキエルと混同してしまっていた。試しに数度、会いに行ったのだ。
相変わらず、皇帝ハイムントの側にくっついているハガルは、俺を見るなり、皇帝から離れた。誰が近くにいても、ハガルは皇帝から離れなかったというのに、俺を前にすると、あっさりと離れた。俺の腕をとって、皇帝の元に引っ張っていく。
「ルキエル、皇帝陛下が、許してくれた。もう、ルキエルは隠れていなくていい!! 私の側で、魔法使いになろう。何がしたい? また、道具いじりをするか? 義体は渡せないけど、それ以外なら、望むだけ、道具を渡してやれる」
今日は、貧民のルキエルと見ていた。
皇帝ハイムントは、ハガルに名前を呼ばれることを嫌がった。ハガルが狂っている時、ラインハルト、と呼ぶからだろう。だから、ハガルは人前では、ハイムントを皇帝陛下と呼んでいた。人前で、名前を呼ばないようになると、ハガルが狂っているとは、誰も思わない。
筆頭魔法使いとしてはまともで優秀だ。常に帝国第一で、皇帝の側で一緒に采配する姿は、立派だ。
外面はいいんだよ、外面は。
皇帝ハイムントは俺を見て、苦笑する。ハイムントは、ハガルの現状を知っている。皇帝であるので、使用人たちから、普通に報告されているのだろう。俺のことも、知っている。
「ハガル、少し、ルキエルと話をさせてくれ」
「私に聞かせられないことですか!? 隠し事はしないと約束したではありませんか!!」
「隠し事じゃない。ただ、話したいだけだ。そういうハガルは、また、女を囲っていたりしないか?」
「していません!! 皇帝陛下一筋です!!!」
「っ!?」
若いな。ハガルの素顔でこんなことを言われたのだ。皇帝ハイムントは顔を真っ赤にした。
人前にもかかわらず、いちゃこらしている。若い皇帝は、照れてしまっている。だけど、ハガルはこれっぽちも気にしない。こうやって、周囲を牽制しているのだ。皇帝に手を出す者は男も女もハガルは許さない。
それは、俺も警戒対象のはずだった。
「まあ、ルキエルならいいでしょう。席を外します」
「いいの!?」
「ルキエルには、唯一がいるでしょう。私と同じく、死んだって大事にする人が」
「ま、まあ、いる、けど」
それは、皇帝アイオーン様のことだ。亡くなったとしても、俺の唯一はアイオーン様だ。
そうして、呆気なく、俺と皇帝ハイムントは二人っきりで話すこととなった。
本来、俺のことをハイムントは警戒するべきだ。ハイムントはアイオーン様を殺した男だ。だけど、俺は全てを知って、恨むのをやめた。
仕方がなかった。ハイムントは、気の毒な男だった。ハガルに選ばれるまでは、影に生きている男だった。皇族メリルは、殺された皇族ハイラントの復讐を諦めず、最初は息子を使った。だが、息子は才能がこれっぽっちもなかった。父親ハイラントに似たのだ。そして、失敗した息子はアイオーン様の情けで、片腕を斬り落とすだけで済んだ。
続いて復讐に使われたのは孫だ。片腕なくっても子作り出来る、とハガルは嘲笑っていたが、まさしくそうだった。なんと、三人も孫がいたのだ。成人に近く歳の近い男二人に、まだ幼い男一人だ。メリルは立場も悪くなっていたので、それなりに育った二人の孫を使った。
長兄である孫は、残念ながら、祖父、父親に似て、出来が悪かった。だけど、祖母であるメリルの愛情を一身に受けたのだ。そして、次男である二人目の孫は、ものすごく優秀だった。だけど、見た目が、皇帝ラインハルトに似通っていた。そのため、祖母からはこれっぽっちも愛情を傾けられず、何事かあると、長兄の尻ぬぐいをさせられていた。
そして、皇位簒奪の日、二人目の孫はメリルに言われたという。皇位簒奪の名誉を兄に譲れ、と。いつまでも、二人目の孫の扱いは酷いものだった。
実際に皇位簒奪の現場では、大変だったという。ハガルは皇位簒奪を成功させたハイムントに素顔をさらし、その口上で篭絡し、祖母であるメリルだけでなく、実の兄まで処刑させたのだ。さらに、片腕を失い、失格紋を施されたことで、皇族としても失格となった父親を捕らえさせ、こちらもハイムントが手をかけた。
残るは、歳の離れた弟だけだ。その弟だけは、さすがのハイムントも生かしていたが、それは今だけだ。弟が大きくなった時、必ず、ハガルの逆鱗に触れる。そういうものは、血筋だ。
身内だけでも随分と手をかけた皇帝ハイムントは、皇族も数人、処刑した。ハガルは酷い男だ。皇族の儀式で、その姿を晒し、数人の皇族を狂わせたのだ。ハガル欲しさに皇位簒奪を企てた皇族たちは、呆気なく、皇帝ハイムントの手によって処刑された。
ここまで利用されたハイムントはというと、穏やかな空気を持った男だ。体躯や持っているものは賢帝ラインハルトに似ているだけで、性質は違うだろう。どちらかというと、アイオーン様に近い感じがした。
皇帝ハイムントは、人払いをしてから、改めて、俺と向き合った。
「アイオーンの件は、申し訳なかった。祖母に命じられたままにしてしまったことだが、殺したのは私だ。恨むなら、私にしてほしい。ハガルは悪くない」
人払いをしたのは、ハイムントが頭を下げるためだ。ハガルまで離したのは、頭を下げる姿を見せないためだ。ハガルは、皇帝が頭を下げることを絶対に許さない。アイオーン様の時もそうだった。
「頭を下げないでほしい。俺だって、ハガルの教育を受けている」
「アイオーンの愛妾だったと聞いた。見た目が違うからわからなかったが、祖母がハガルを壊すきっかけとなった時の愛妾だな。腹の子を殺せ、と祖母に命じられ、それを拒否したハガルは壊れたと聞いている。それからずっと、ハガルは壊れたままだ。まともに見えているが、そうではない。ずっと、壊れている」
「気づいていたのか」
「気づくさ。夜、床をともにすると、私のことをラインハルトと呼ぶ。ずっとだ」
「っ!?」
絶望的な顔をする皇帝ハイムント。あんなにべったりくっついているが、ハガルの愛は、遠い過去に亡くなった賢帝ラインハルトに向けられていた。
心底、憐れに思った。だけど、ハイムントはそう感じていない。
「だけど、私はハガルに感謝している。ハガルのお陰で、祖母の呪縛から解かれた。ハガルに出会わなければ、私は今も、祖母に言われるまま、全ての手柄を兄に渡していた。ハガルは素晴らしい。アイオーンを殺した場で、私に選択を迫ったんだ。皇族の血筋の強い祖母を殺すかどうか、と!! 私はそれで、祖母を殺した。こうして、私は自由になった。自由になれば、兄が邪魔になったから、殺した。父も邪魔だったから、殺した。ハガルは理由をくれた。ハガルのお陰で、今は、自由だ!!」
ハイムントにとっては、ハガルは救いの何かだ。
ハガルはただ、筆頭魔法使いとして、通例を言ったにすぎない。ハイムントと出会った時には、ハガルもまた、魅了されていたのだ。そして、より、賢帝ラインハルトに近くなるように、ハイムントを導いた。
ハイムントとハガルの関係は歪んでいる。だけど、これが、二人にとって幸福なのだ。
ハイムントが俺にしたかったことは謝罪だけだ。すぐに話すことなんてなくなる。
ハガルはハイムントと長く離れたくないから、すぐに戻ってきた。
「話は終わりましたか?」
入るなり、ハガルは座っているハイムントを後ろから抱きしめる。もう、べったべただな。
「ちょっとお互い、確認しただけだよ。俺は、もう行く。ハガル………いいや」
いうべき言葉はあったが、俺は飲み込んだ。
ハガルは嫣然と微笑み、腕の中にいるハイムントを喜んでいた。
「じゃあな」
「また、来てくださいね」
ハガルはハイムントの側を離れない。だから、筆頭魔法使いの屋敷にも戻るつもりはないのだ。
それどころか、ハガルから、俺の元に来ることもしないのだ。それには、呆れるしかなかった。
俺は屋敷の私室に戻るなり、簡単な手紙を書いて、机の上に置いた。俺もハガルも力ある妖精憑きだ。部屋の清掃は使用人にさせない。使用人たちは、ハガルと俺を監視する役割があるから、たまに、部屋に入ってくることはあるけど、それだけだ。
妖精を使えば、いつ頃、使用人が俺の部屋に入ったかわかる。だいたい、週に一回、あるかないかで、俺の部屋は検分されている。つい昨日、それが行われていた。
「ハガル、じゃあな」
手紙を置いて、俺は城を出た。それからしばらく、行方をくらました。
王都を避けて、あちこち旅をした。金なんて、適当に働いて稼げばいい。妖精憑きの力を使わないように気を付けた。
外で一人出たって、何が出来ることがあるのか? と最初は不安だった。だけど、実際は、ただの人として生活するのは、それほど難しくなかった。妖精憑きは才能がある。しかも、俺は百年の才能持ちだ。何をやってもうまくいく。
妖精憑きだから、騙されることもない。攻撃されたって、騎士団で鍛えられたのだから、簡単に反撃出来る。一人旅をしていると、色々とあったけど、面倒臭くない。妖精憑きの力はなるべく使わないようにした。ハガルに居場所が知られてしまうからだ。
数年、根無し草をして、新聞を通して、皇帝とハガルの話題を集めてみれば、大したことはなかった。皇帝はいい政治をしていた。ハガルは、悪い遊びを控えたくらいだ。だから、新聞では、とうとうハガルも寿命か、なんて書かれていた。
ちょっとがっかりなのは、俺が探されていない、ということだ。ハガルは少しでも俺を気にかけてくれるのでは、と期待していた。
神殿や聖域の近くに行っても、誰も俺には見向きもしない。俺が力を隠しているのもある。俺が持つ妖精は格が高いから、そこら辺の魔法使いや神殿にいる妖精憑きでは見えないのだ。だけど、疑った。全ての魔法使いが見えないわけではない。王都にいる、それなりの実力がある魔法使いなら、たぶん、俺の妖精は見える。
そういう危ないことをわざとしても、俺は見とがめられることはなかった。
それもいつまでも続けていくわけにはいかなくなった。隠れるには、貧民街がいい。どこかの貧民街に訪れた時、悪さをする兄弟に狙われた。片方が妖精憑きだ。俺が妖精憑きだと知らず、俺の荷物を奪おうとしたのだ。
妖精を使って、俺から荷物をとろうとしても、逆に、俺がその妖精を盗って、ついでに悪ガキ二人を捕縛した。
「よりによって、俺に手を出すとは、ガキといえども、容赦しないぞ」
「くっそー、離せ!!」
「ちくしょー!!!」
悪ガキ二人を捕まえるなんて、俺には簡単だ。ほら、騎士団で鍛えていたからだ。
だけど、悪ガキは俺の手を噛んだり、足を蹴ったり、となかなか痛いことをしてくれる。
「痛いからやめろ」
だけど、痛みの訓練も受けているから、こういうのには耐性が出来ていた。
いつも、こうやって、痛い目にあわせて、手が緩んだところで逃げているのだろう。それが通じないため、悪ガキ二人は真っ青になった。
「はなせよーーーー!!」
「わるかったからーーーーー!!」
一人は諦めず、もう一人は半泣きだ。
「お兄ちゃんを離せ!!」
「俺たちの兄ちゃんに何をするんだ!!」
小さい子どもたちが続々とやってきて、俺の周囲を囲んできた。それも、俺が妖精憑きの力を使って、それ以上、近づけなくする。
ここにきて、俺がただの人でないことに気づいた。
「お前ら、逃げろ!!」
妖精憑きの悪ガキが叫んだ。だけど、誰も逃げない。泣きながら、どうにか助けようとする。
どっちが悪者なんだか。呆れた俺は、二人の悪ガキをぽいっと投げ捨てた。
「相手を見てやるんだな。俺は、魔法使いが束になったって勝てないほど強いんだ」
俺ははした金が入った袋を投げ捨てて、その場を去っていった。
だけど、この悪ガキどもとの縁は、このせいで、結びつくこととなった。
貧民街はともかく、隠れるのにはいい場所だ。金はかからないし、皆、後ろ暗い奴らばかりだ。だから、俺一人が入っていても、誰も気にしない。下手に仲間意識を持って、騙されたりしたら大変だから、俺には距離をとるのだ。
「あ、あの」
だけど、そうではないのもいるのだ。
妖精を使って、あの悪ガキが俺の居場所を見つけたのだ。恐る恐ると俺に近づいてくる。
「何か用か?」
「か、金を」
「足りなかったか? あれが俺が持っている有り金全部だ。もうないぞ」
「そうじゃなくって、どうやって、あの金を、手に入れたんだ?」
妖精憑きの悪ガキは、同じ妖精憑きである俺を頼ってきたのだ。
それはそうだ。この悪ガキは、あの子どもたちの集団では、大将のようなものだろう。妖精憑きの力があるから、そこら辺の大人だって、この悪ガキには勝てない。悪ガキは、そうして、頼ってきた子どもたちを守っていたのだ。
だけど、それには限界があることを俺と出会って知ったのだ。金だって、限りがある。俺が渡した金なんてはした金である。あれほどの人数の子どもを養うには、足りないのだ。
この妖精憑きの悪ガキは、大将らしく、金をどうにかしたかった。そのために、俺に教えを乞いに来たのだ。
俺は妖精憑きの悪ガキの頭を乱暴に撫でた。
「バカだな。お前はガキなんだから、お前ひとりで頑張ったって、金なんか手に入らないぞ。これまでだって、そうだろう」
「奪えばよかったんだ!! だけど、お前みたいに強い奴が来たら、逆に奪われる。だから、違う方法が知りたい」
妖精憑きは才能が高い。この妖精憑きの悪ガキは、頭が良かった。俺と出会ったことで、そういう考えに至るのだから、本当にすごいものだ。
ふと、ありし日の自分を思い出した。俺はハガルに保護される前までは、あの父親の元で散々なことをさせられていた。
だけど、俺は父親には捨てられなかった。金づるだったからかもしれない。今では、それはわからない。父親なりに、何か、考えあってのことだろう。
貧民街にいけば、この悪ガキの妖精憑きのようなのはいっぱいだ。ガキはガキで固まって、どうにか生き抜こうとしている。そういうものを俺は他人事のように見ていた。助けてやろう、なんて欠片ほども考えなかった。
憐憫すら感じない俺もまた、おかしいのだ。感覚が妖精寄りなんだろう。さらに、ハガルの教育もあった。ハガルは貧民街のことを必要悪、と言っていた。帝国は広くて、人が多すぎるから、どうしても支配から漏れるのだ。それをどうにかするのが、貧民街だ。帝国の支配から外れた場所だが、あぶれた人たちを閉じ込めるには、丁度いいのだ。貧民の価値は低い。赤ん坊の命だって、安く売り買いされる。そうして、あぶれた人たちは、色々と削られるのだ。
だから、この妖精憑きの悪ガキがやっていることは無駄だ、と俺は思っていた。俺が手段を与えたとしても、あの子どもの集団で、大人まで生き残っているのなど、一握りだ。
そんなの、わかっていながら、俺は妖精憑きの悪ガキの頭をまた、乱暴に撫でた。
「ガキなんだから、大人を頼れよ」
「大人なんて、信用できるか!? いつも嘘ばっかりつくんだ。金をたくさん増やしてやる、というから渡せば、そのまま消えていなくなる。食い物だってそうだ。もっと美味しく料理してやる、と持って行って、また、いなくなったんだ!!」
「………」
善意か悪意かはわからない。だけど、この妖精憑きの悪ガキから金やら食い物やら奪った大人は、もう、生きていないな。妖精憑きを騙す、ということは、命をかけることだ。その事を妖精憑きの悪ガキは知らない。
なんとも言えなかった。騙されているのだが、騙した大人たちは妖精の復讐を受けているのだ。どっちにしたって、この妖精憑きの悪ガキの前には出られない。
溜息しか出ない。このままでいくと、ハガルが動く。この妖精憑きの悪ガキは悪くはない。ただ、何も知らないで、妖精の復讐をあちこちに振り撒いてしまっているのだ。そういうものの報告が増えると、魔法使いが動く。そして、野良の妖精憑き狩りが始まる。この貧民街は、大変なこととなるな。
ぱっと、そんなことを予想たてて、俺は迷った。逃げるか、それとも、このまま居座るか。
俺が無言で考えこんでいるから、不安になった妖精憑きの悪ガキがボロボロと泣き出した。
「お、俺が、どうにかしないと、あいつら」
「お前は優しいな。見捨てればいいだろうに」
「みんな、捨てられたんだ!! 俺だって、捨てられたんだ!!! 俺が捨てたら、あいつらが可哀想だろう!!!」
「その中に、お前も入っているって、わかっているのか? お前も、可哀想だ」
「っ!?」
俺に言われて、妖精憑きの悪ガキは自覚した。
この妖精憑きの悪ガキは、集まっている可哀想なガキを憐れんで、自らを不幸ではないと思い込んでいたのだ。妖精憑きは皆、自尊心が高い。だから、可哀想なんて思われたくない。その悪循環を繰り返して、この妖精憑きの悪ガキは、可哀想なガキどもの間で英雄のように慕われたのだろう。
「お前にばっかり頼ってるガキはな、すぐに別の宿主を見つける。お前は寄生されているだけだ。わかれよ」
「う、うううう」
「まあ、俺に捕まったお前を助けようとしたガキどもは、そうではないな。良かったな、お前のこと、命をかけてまで助けようとするガキがいる」
「っ!?」
本当に大切な仲間を見極めた瞬間だったのだろう。妖精憑きの悪ガキは驚いて、泣くのをやめた。
「俺、そうか、助けようとしてくれたな、あいつら」
「そうだ。隠れて、逃げてた奴ばっかりがほとんどだろう。そいつらは今、どこにいる?」
「もういない」
「残っている奴らを大事にしろ。金と食い物は、俺がどうにかしてやる。お前たちはまず、自立する力を手に入れろ。教えてやる」
「俺も一緒に金をどうにかする!?」
「俺もな、運よく、いい大人に拾われたんだ」
思い出した。俺は、ハガルに保護されたから、幸福な日常を手に入れた。
ちょっと、ハガルが狂ったくらいで、俺はそれを忘れていた。過去を振り返れば、俺はハガルのお陰で幸福を手に入れたのだ。アイオーン様は殺されてしまったが、アイオーン様と俺の逢瀬は俺の中に残っている。
俺は腹を撫でた。もう、そこにはない命。今も、時々、何事かあると、腹を撫でて、確認する。生まれていたら、人並に育てようとアイオーン様、ハガルと話していた。
やっと、甘ったれた夢から覚めた。




