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最低最悪な魔法使い  作者: 春香秋灯
養女と魔法使い
27/38

愚かな皇族

 筆頭魔法使いハガルの養女、という後ろ盾は、とんでもなかった。

 まず、皇族たちは、私に頭を下げる。妙なことを言わない。喧嘩腰なのは、皇族メリル様くらいである。

 そのメリル様は、私に容赦ない。毒の食事を本当に出したのだ。

 そして、大変な妖精の復讐を使用人たちが受けた。メリル様が首謀であるが、私の妖精ではハガルの妖精に勝てないので、メリル様だけが無事だった。

「メリル様のご命令で!!」

 しかし、妖精の復讐を受けた使用人たちは、簡単にメリル様を裏切った。皇帝アイオーン様、筆頭魔法使いハガルに泣きついた。

「可哀想」

 気の毒だな、と私は普通に思った。だって、この使用人は契約に縛られているから、皇族の命令に逆らえないのだ。

 そんな私の呟きに、希望を見出して、使用人たちは縋った。

「ルディ、簡単に許すんじゃない」

 ハガルに注意された。

 私は皇帝アイオーン様の愛妾となってから、名前も変えた。ルディとアイオーン様がつけてくれた。そうすることで、私は新しい名前をすんなり受け入れ、呼ばれると喜んだ。

「だけど、契約で縛られてるから」

「だったら、もう、妖精の復讐は終わっている。お前のことを蔑んでいることを妖精が見破っているんだ。口ではどんな取り繕ったって、妖精は騙せない」

「っ!?」

 使用人たちは真っ青になった。ハガルのいう通りなんだろう。

「でも、私は皇族でもないし。きっと、この人たちよりも、地位は低い。バカにされても仕方がない。私は、アイオーン様の、いつ変わるかわからない愛に縋るしかない」

 心底、そう思っている。一度、手に入ったからといって、それで終わりではない。私は妖精憑きの力が強いから、この想いは一生物だ。アイオーン様が死んだ後も、アイオーン様に縛られるだろう。だけど、アイオーン様はただの人だから、いつか、私は見限られてしまうだろう。

 それを聞いたアイオーン様は人前とか関係なく、私を抱きしめる。

「私が捨てられる側だ!! ハガル、こいつらは城から追い出せ。もう二度と、ルディの前に見せるな」

「はいはい」

 呆れて、いい加減な返事をして、ハガルは道具を使って、妖精の復讐を受けたままの使用人たちを城の外に転移してしまう。

「ルディ、どうすれば、私の気持ちが通じる? 私は誠実に、ルディだけを愛している。過去にも、ここまでの感情を持った女はいない」

「愛妾や側室がいたじゃん」

 過去はどうしてもひっかかる。私は全てをアイオーン様に捧げた。だけど、アイオーン様の過去には女がいた。

 それを言ってしまって、アイオーン様は言葉につまる。物凄く苦しんでいる。

「あ、ごめん!! 俺、じゃなくて、私は、アイオーン様の側にいれれば、それだけでいいから!!!」

「過去は変えられませんからねぇ」

「言わないでぇ!!!」

 ハガルが口出しして、さらに追い詰められるアイオーン様。私も言葉に気を付けないと。

 それよりも、ハガルがあっさり証人である使用人たちを城の外に逃がしたことが気になった。

「ハガル、メリル様の罪を暴かなくていいのか? あの使用人たちだけでも、十分、追い詰められただろうに」

「皇族は、その程度、大した話ではないですから。それよりも、メリル様の評判を貶めてやるほうがいいですよ。メリル様、外面はいいですからね」

「そうなの!?」

「アイオーン様は愛妾やら側室やら、いっぱい抱えているけど、メリル様は貞淑な妻を気取っていますからね。契約がありますから、あの使用人たちが出来ることは限られますよ。ですが、ああやって外に出されれば、使用人たちの間で、メリル様に従う勢力はいなくなります」

「メリルにつく使用人も、厳選しよう。筆頭魔法使いに従う使用人に代える。契約の種類が違うから、もう、使用人は使えなくなる」

 こうして、メリル様の周囲をどんどんと削ぎ落していった。

 使用人たちも、メリル様に従った者たちの馴れの果てを見てしまったのだ。城にいる者たちだって見ている。同じ契約同士だと、普通に噂を流せるという裏技をハガルに悪用され、メリル様は追い詰められていった。






「やることやってますね。はやいから驚きました」

 ハガルに言われて、耳を塞ぐアイオーン様。

 最強の化け物は、私を見ただけで、すぐに妊娠に気づいた。私だって気づく前だ。そういうのは、隠して、体調が悪いとか、そういう体験を経て、知りたかった。

「皇族になるか、ただの人になるか、そこは神の思し召しですね」

「わからないのか!?」

 てっきり、赤ん坊の頃にわかると思っていたアイオーン様は驚いた。

「皇族の血筋は謎が多い。過去の研究から、発現する時は個人差があります。それでも、十歳を越えると、皇族か、皇族失格者かはっきりします。だから、それまで、大事に育てるのですよ」

「そうなると、この赤ん坊は、ハガルの加護が受けられないのだな」

「それが普通です。まれに、お腹にいる内に皇族だとわかることがあります。そういう子は、特別な教育を施します。いるでしょう」

「いるな」

 いるんだ。

 皇族は全て、普通の教育を受けるわけではない。もう皇族だとわかっている者は、生まれてから、筆頭魔法使いが教育する。隠れて教育を施すので、親すら知らないという。皇族の儀式を行って、初めて知らされるのだ。親をも騙して教育を受ける子どもというのも、なかなか、怖い話だ。

「あれ、皇族であったほうがいいですか?」

「元気に生まれるのなら、どうだっていい。皇族でも、そうでなくてもいい。ただの人ならば、貴族につかせよう」

「私が教育してあげます。立派な皇族にも、貴族にもします。私の孫ですから」

「血の繋がりがないだろう!!」

「孫を持つ気持ちを味わいたい」

「その見た目でか!?」

 ハガルの見た目は若い。力の強い妖精憑きだから、妖精が老いることを許さないのだ。結果、若々しいままである。孫なんてとんでもない。

 私が普通にハガルと呼ぶから、色々と噂されたのも、ハガルのこの見た目だ。きっと、私の妊娠も、影では、ハガルの子では、なんて言われちゃうんだろうな。

 皇族メリル様はなかなかしぶとく、こんな目出度い話の場に、とんでもない事を言ってきた。

 皇族は年に一度は食事会をする。ともかく、人数がすごいのだ。こうやって、顔合わせしないと、この人誰? なんて話が出てきてしまう。

 そういう食事会、もちろん、皇族のみである。私は皇族ではないので、まあ、紹介されるだけで、すぐに退室の予定だった。

 アイオーン様は、私が妊娠したことが嬉しくて、その場で発表する。

「おめでとうございます!!」

「アイオーンの子は一人だけだったから、心もとなかったんだが、これで心配ないな」

「出来るなら、メリルとの子であれば良かったが」

「妖精憑きだから、何か奇跡が起こるかもしれないぞ」

 好意的な声がほとんどだった。

 皇族メリル様はというと、不敵に笑っている。また、何かしそうだ。

「私はこれで」

「待ちなさい!!」

 さっさと退場したいのに、メリル様が呼び止めてくれる。もう、どうだっていいだろう、私なんて。

 メリル様はわざわざ席を立ち、しーんと静かになった皇族たちを見回す。

「この娘のことを調べました。妖精憑きだというのに、魔法使いたちすら、この娘のことを知らなった。どこの誰かもわからないような女を城に入れるなんて、危険きわまりない!!」

 いやいや、メリル様のほうが危険でしょう。私が城に入ってすぐ、毒殺なんかするし。

 メリル様が私を毒殺しようとした、という事実は証拠不十分で隠された。ほら、メリル様の命令だと使用人たちは暴露したけど、皇帝アイオーン様の怒りを買って、外に捨てられたのだ。証拠も証人もないようなものである。

 だから、メリル様はそれを利用して、堂々として、私の存在を下げ落とそうとした。

 皇帝の側には、常に筆頭魔法使いがついている。ハガルは養女である私が悪く言われても、平然としている。

「仕方がない。私が隠した」

「どういうことよ!? 妖精憑きは、帝国のものだというのに」

「儀式を受けていない、野良の妖精憑きでした。仕方がないので、金で買ったんです。名目上では、妖精憑きは帝国のもの、となっています。ですが、儀式は強制ではありません。選択して、儀式を受けない平民はいくらだっています。ですが、野に放ったままでは危険ですから、私は金で解決しました。妖精もそうだが、妖精憑きは、扱いが難しい。ただ、取り上げればいいわけではありません。場合によっては、妖精の復讐で、帝国が滅ぶことだってあります」

 嘘は言っていない。しかし、よくもまあ、すらすらと出てくるな、ハガル。末恐ろしく、呆れてしまう。

 アイオーン様も、ハガルの口上に、呆れるしかない。下手に口を出すと、ぼろが出てしまうから、黙っている。

「つまり、お前はアイオーンの愛妾にするために育てたと」

「愛妾になってしまっただけです。私は娘として可愛がっていたというのに、アイオーン様にとられてしまいました」

「本当に?」

「娘としては可愛い。ですが、女としては、好みじゃない」

 こんなたくさんの皇族が集まる場で、私をよくも下げ落としてくれるな、ハガル!! 私は顔が引きつるのを感じる。ハガル、敵なのか味方なのか、本当に読めない。

 平然と言い切るハガルに、嘘かそうでないか、誰も見破れない。常に笑顔のハガルだ。よほどのことがないかぎり、表情を崩させることはない。

「メリル様、ご子息は元気ですか? 今日も欠席だなんて。ご子息だけでなく、孫まで欠席とは。アイオーン様だって見たいだろうに、そうやって隠すから、別の子が欲しくなるのですよ」

「ハガル、それは言い過ぎだ」

 さすがにアイオーン様は止めた。だけど、ハガルは容赦ない。

「私も一度だけ、メリル様のご子息を見ましたが、アイオーン様には似ていませんね。むしろ………」

「その女の腹の子が、アイオーンの子とは限らないだろう!!」

 痛いところを突かれる前に、メリル様は話題を変える。標的をまた、私に戻した。

「別に、誰の子でもいいだろう。今は、ルディは私の愛妾だ。側に置けるだけで、十分だ」

 下手に口出ししないようにしていれば、アイオーン様がとんでもないことを言って、私の腰を抱いて引き寄せる。

「私の子は一人でも、別にかまわない。この通り、皇族はいっぱいだ。ルディの子が、皇族でないから父親が違う、と悪く言われても、構わない。私がいいんだ。口出しするな」

 いつも温和なアイオーン様が怒った。それを聞いて、メリル様は嘲笑う。

「離婚はしません」

「好きにすればいい。離婚はしない、皇妃の役割はしない、ただの名前だけの妻だ。メリルがそうやって座っているだけでも、帝国は平和だ。皇妃の役割を放棄しても、ハガルがやってくれるしな」

「皇妃は誰だってかまいません。そこにいる小娘でも。ですが、皇帝はアイオーン様ただ一人です。残念ながら、メリル様のご子息は、皇帝としての才覚はありませんでしたね。アイオーン様を越えられるのであれば、私だって、跡継ぎとして教育も施してやりましたのに」

 常に上から目線のハガル。皇族の下僕である筆頭魔法使いハガルだが、身分的には皇族より上の存在だ。

 そして、歴代の皇帝は、筆頭魔法使いを下に扱う皇族を許さない。優しいアイオーン様でも、それだけは絶対に許さないのだ。

 ギリギリと歯ぎしりまでするメリル様。だけど、私への攻撃は緩めない。

「万が一、その女の子どもが、浮気で作られたと発覚したら、どう責任をとるのですか、ハガル!!」

「まずは、子が健康に誕生するかどうかです。これまでのアイオーン様の側室、愛妾は全て、生きていません。子だって流れました。生まれるかどうか、そこが問題ですよ」

 笑顔を消すハガル。これまでの側室、愛妾とは違う。私はハガルの養女だ。しかも、妖精憑きだ。すでに私に手を出して、妖精の復讐を受けた者たちがいる。

「お前に何が出来る?」

「昔、ラインハルト様に散々、逆らって、天罰を受けましたね。痛いのを我慢すればいいだけです。そうして、私が無力となった時、お前たちの妖精の守りは失われる。契約紋といえども、私の命が優先される。やってみればいい。そして、その責任を、今度こそとらせてやる」

 挑むように嘲笑うハガル。

 過去にハガルは天罰まで受けて、実際に無力化した。その時、まだ、賢者テラスが生きていたから、皇族は無事だった。

 しかし、今回は、代わりの守りがいない。皇族たちは、メリル様を睨んだ。誰も、メリル様に味方なんかしない。一歩間違えれば、皇族は全滅するのだ。







 皇族だからと賢いわけではない。頭の悪い皇族だって存在するのだ。

 皇族メリル様は、皇族教育の上では、とても優秀な成績をおさめた、と言われていた。女帝となって、片思いをしている皇族を夫に迎えよう、なんて企んでいたという。

 現実は違う。筆頭魔法使いとなったハガルが選んだ皇帝はアイオーン様だった。当時のアイオーン様は成績は酷いものだった。城の外で遊んで、最低限の皇族の仕事をこなして、ととても皇帝には向かない人だった。

 そんな最低最悪なアイオーン様の真の姿を見抜いたハガルは、アイオーン様を皇帝に、皇妃をメリル様にした。皇族の役割は子を残すことである。勢力なんてどうだっていい。立派な皇族を一人でも多く生み出し、その中で、より血筋もよく、優秀な者を皇帝にする。それが皇族だ。貴族とは役割が違う。

 血筋重視の皇族だから、結婚だって、好き嫌いではない。義務だ。だから、メリル様はアイオーン様と結婚するしかなかった。

 だけど、メリル様は諦めていなかった。片思いの皇族との間に子を作り、それをアイオーン様の子としたのだ。

 普通なら、この浮気を許してはならない。だけど、アイオーン様も、ハガルでさえ、許した。子さえ生まれれば、親が誰でもどうだって良かったのだ。アイオーン様は、メリル様には皇妃としての役割しか求めていなかった。アイオーン様は皇帝であるために、皇妃がどうしても必要だっただけだ。

 そういう話を聞けば、アイオーン様もハガルも非情だな、なんて思ってしまう。だけど、妖精憑きの本能の部分では、喜んでもいた。アイオーン様の愛情が私に傾けられているからだ。

 そうして、喜んで、お腹が目立つ頃に、とうとう、メリル様は実力行使に出た。

 アイオーン様の側室がメリル様の手による殺害が成功したのは、夫婦であったからだ。

 アイオーン様の私室は家族の部屋である。メリル様はその夫婦という立場を悪用して、部屋に入って、身重で動けない側室を殺したりしたのだ。

 今回も、その方法で向かってきた。もちろん、私は抵抗する。武器を持ってこられたって、私には通じないのだ。だって、私は騎士団と普通にやりあっている。逆に、私が武器を持って、メリル様を撃退した。

 部屋の外に出れば、たくさんの皇族たちの目に晒される。失敗したメリル様は笑った。

「助けて!! この女、わたくしを殺そうとしている!!!!」

 武器を隠して、メリル様は叫んだ。

 こう出たかー。心底、この女の図太さと、えげつなさには恐れ入る。

 私は妖精憑きだが、それだけだ。この城自体には、妖精封じが施されている。だから、私自身の力はそれなりに抑え込まれている。そういう事情を知っている使用人たちは、私を拘束しようと手を出してきた。きちんと、大義名分が出来たから、容赦がない。ほら、毒だと妖精の復讐があるけど、暴力にはないのだ。

 お腹が大きいので、ちょっと動き辛い。避けるのは難しい。かといって、お腹の子どもに何かあると困るので、大人しくするしかない。

 使用人は、私が持つ武器を奪う。

「これで皇妃様を」

「なんて恐ろしい女」

「皇族を殺そうとするなんて!!」

 大義名分で、使用人たちは気持ち悪い笑みを浮かべる。本当に、私は格下と見られているんだな、とこれでわかる。だから、私には使用人がつけられない。

「何をしている」

 そこに、筆頭魔法使いの屋敷の契約に縛られた使用人たちに呼ばれた筆頭魔法使いハガルがやってきた。

「私の養女に汚い手で触れるな。やっと孫が出来ると喜びを噛みしめている所に、台無しにするつもりか。命以外で、責任をとってもらうぞ。妖精の呪いの刑罰は、恨まれるぞ」

 無表情でいうハガルに、使用人たちはぱっと私の拘束を外し、離れる。万が一のことがあった場合、彼らだけでなく、身内まで、見せしめの刑を受けることとなるのだ。

「ハガル、この女は、わたくしを殺そうとしたのよ!!」

「それが?」

「皇族を殺そうと」

「私はお前のことが大嫌いだ。むしろ、死んでほしい」

「わたくしは皇族なのよ!!」

「私だって人だ。好き嫌いはある。守りたくて守っているわけではない。お前はただ、その血筋で守られているにすぎない。もし、私が狂って、自殺なんかした時、お前が責任をとれるのか? 私の跡はまだいない。筆頭魔法使いの守りのない皇族なんて、役立たずだ。貴族が総出で内戦をしかければ、簡単だ。城の者たちだって、筆頭魔法使いの守りがある皇族に従っているだけだ。簡単に裏切るぞ」

 見物人に徹していた皇族たちが動き出した。

「いい加減にしろ!!」

「お前のために、皇族を滅ぼすつもりか!!!」

「皇妃としての仕事一つやってない、名前だけの皇妃が!!!!」

 とうとう、皇族たちの怒りに火がついた。

 メリル様は抑え込まれても、諦めない。

「ハガル、その女の腹の子を殺せ!!!」

「っ!?」

 とんでもない苦痛をハガルは受けた。これは、命令だ。いくらハガルといえども、契約紋に逆らうのは、とんでもない苦痛となる。

「やめろ!!!」

「ハガル、やるんじゃない!!!!」

 他の皇族たちが命令を取り消す。だけど、ハガルは苦しんだままだ。

「い、いやだっ」

「殺すのよ!!!!」

 嬉しそうに笑うメリル様。この命令に苦しむハガルに、何かを見出したのだ。

「天罰を食らいたくなかったら、殺すのよ!!! ここで最強の皇族は、このわたくしよ!!!!」

 皇族の穴が出た。

 ハガルは蹲り、全身からとんでもない汗を流しながら、ギリギリと噛みしめ、耐えた。

「いやだいやだいやだいやだやだやだやだやヤダヤダヤダヤダヤダ!!!!」

 そして、ハガルは壊れた。その姿が揺らいだ。命令に対する抵抗に、その姿の偽装が解けようとしている。それをどうにかしているのは、アイオーン様の命令だ。その命令が上回っているのだ。

 アイオーン様は、ハガルの真の姿を晒さないように、常に命じていた。それが今、生きていた。だけど、もう一つの、私の腹の子を殺す命令は取り消されていない。

「メリル、いい加減にしろ!!!」

「取り消すんだ!!!」

「殺せ!!!!」

 メリル様は取り消さない。もう、誰も止められない。

 私は目立ったお腹を撫でた。どうしてもやりたくない、と全てをかけて耐えるハガルを見て、涙が出た。

「もう、いい」

「やめろ!!」

 皇帝アイオーン様が来たが、もう遅い。

 私は自らの子を殺した。

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