妖精憑きの悪い所
屋敷に戻れば、赤ワインをがぶ飲みする筆頭魔法使いハガルとご対面である。とても不機嫌だ。
「アイオーン様が許可してくれれば、あのメリルも、その子も、孫も処刑出来たというのに」
こわっ!! 人前ではメリル様、と呼ぶけど、本音は、様もつけたくないんだな。どんだけ、メリル様を嫌ってるんだよ!!
俺が戻ってきたのは、すでに気づいていた。俺がもの言いたげに見ているから、ハガルは魔法で席を動かす。本当に、この人、自分の手を使わないな!!
「アイオーン様から聞きました。ルキエルは、父親に悪戯されてたんだって」
「だからといって、お前をルキエルの影武者にしたわけではありません」
「同じじゃないか!!」
「ルキエルの精神は鋼鉄のごとく強いが、お前は女だから繊細だ。ルキエルを見習って、立派になってほしい、とは考えました」
「どこが!?」
「ルキエルが、どうすごいか、知らないから、そういうのでしょう。同じ貧民だってのに、ルキエルは図太かった。やはり、男と女では、そこが違うか」
「勝手に納得するなよ。さっさと教えろ」
もう、待ってられない。アイオーン様にあんなこと言わせたんだ。俺は、本当のルキエルを知りたかった。
俺が態度最悪なのを見て、何故か、ハガルは嬉しそうに笑う。
「影武者になれ、と言いましたが、よく似ていますよ」
「貶されてるとしか思えないんだけど!!」
「ルキエルは、父親を失っても、身売りで生計を立てていました」
また、気持ち悪くなる事実を言われた。吐きそうだけど、もう、胃の中に吐き出せるものがない。それに、ハガルには隠したかったので、我慢した。
だけど、ハガル、やっぱり知っていたのだろう。気分がよくなるような飲み物を出してくれた。一口飲むと、吐き気がおさまった。
「私は、何もしなかったわけではありません。生活に苦労しないように、金を送り、妖精を護衛につけ、としました。ですが、ルキエルは身売りをやめませんでした。私が送った金は、一切、手がつけられませんでした」
「それって、身売りが好きだった、とかじゃ」
「ルキエルは、その身を使って、人を篭絡し、操ることに長けていました。王都の貧民街でも、ルキエルのことを信奉する勢力があったほどです。ですが、ルキエルが身売りをしていたのは、ルキエルの過去を知る者たちを殺すためでした。ルキエルは、過去を消して、平穏に暮らしたかっただけです。そのため、手段として、身売りしていました」
「ハガルは、ルキエルの友達なら、どうして、止めなかったんだ?」
「ルキエルが、身売りをしていることを隠していたからです。止める以前の話でした。私は知らないふりをするしかありませんでした」
「ハガルが手伝えば、そんな奴ら、簡単にいなくなるだろう」
「それ以前に、そんな奴らは、いなくなっていました。ルキエルだけがそれを知らなかった。だけど、ルキエルはそれを支えにして生きています。もともと、死にたがっていた男です。支えを失ったら、死んでしまうでしょう。だから、私は教えなかった。部分的には、ルキエルも繊細ですね」
「………」
表面の情報だけで、俺は知った気になっていた。内面までは、想像していなかった。
誰も、好きで父親の手についたわけではない。俺は知らずに、それを喜んでいた。
貧民のルキエルも、何か理由があって、父親の手がついていたのだろう。
「帝国の生活を支えるのは魔法使いと思われていますが、実際は、魔道具や魔法具です」
突然、話が変わった。今更ながら、帝国の常識を話されても、聞き飽きたほどである。
「ですが、魔法使いが支えている、というのは、ある意味、確かです。魔道具や魔法具の動力源は魔法使いたちです。あなたが生まれるよりも昔、私が若い頃なんかは、魔道具と魔法具は壊れる一方で、もっと不便な世の中でした。魔道具と魔法具は、直せない、それ以前に、直す技術は失われた、それが、帝国の常識でした」
「し、知らない」
「教えていません。もう、それは常識ではありませんから。ですが、私が若い頃は、道具は壊れて直せないことが常識です。その常識を覆したのが、ルキエルです。ルキエルには、道具を作ったり、直したりする才能がありました。その才能を使って、秘密裡に帝国中の壊れた道具を直したのです。そして、二度と壊れない仕組みを編み出しました。それが、今の常識です。ルキエルはこの事を私に教えてくれました。別に、ルキエルは名声が欲しいとか、そんなこと、望んでいませんでした。友達だから、と手紙で教えてくれただけです。この道具の問題は、手紙の中での日常会話でした。ですが、私はルキエルの名前で発表しました。こうして、今の常識が出来上がりました」
「っ!?」
酷いことを言ってしまった。知らないとはいえ、こんな、偉業を行った人を悪く言ってしまったことに、後悔した。
昔を語っていて、思い出したのか、ハガルは笑った。
「すごい友達でしょう。自慢の友達です」
「う、うう」
泣いてしまう。全然、俺なんか、本物のルキエルの足元にも及ばない。
父親に悪戯されて、その事に傷ついて、今も苦しんでいる。その一方、同じ経験をしていた貧民のルキエルは、とんでもない偉業を行って、ハガルに、友達だと自慢されている。
「ど、どうして泣くのですか!?」
俺が泣くから、ハガルは困って、慌てた。
「だ、だって、俺、全然、すごくない」
「ルキエルだって、すごくなりたかったわけではありません。本当に、ひっそりと生きていたかっただけです。ルキエルの名声は、私の我儘です。ルキエルの耳には届かないとわかっていたから、私が勝手にやっただけです」
「俺は、父親との過去は気持ち悪いぃ」
「隠せるものなら、隠したいでしょうね。特に、アイオーン様には」
「最初から知ってるし!!」
「きちんとした家族を教えてあげたかったのですよ。家族とは、血のつながりがなくても、いいものだと、あなたに体験させてあげたかった。私がそうでしたから」
ハガルに、悪意なんてこれっぽっちもなかった。
口では、俺のことを下僕だ、玩具だ、と言っているが、本音は違う。ハガルだって、甘っちょろい。
時々、怒らせると怖いけど。今日の皇族メリルと対峙したハガルは、本当に怖かった。怒らせないようにしよう。
「私は、あなたに本当の父親がいることが羨ましい。私にはないものです。私は血のつながりのある家族に、今も憧れています。ですが、筆頭魔法使いは家族を持てません。弱点になってしまいますからね。だから、血のつながらない家族を帝国に隠されてしまいました。私の執着は、一歩間違えると、帝国を滅ぼしてしまいますからね」
「だからって、俺にあの父親を押し付けないでよ!! 父親を見ると、その日は悪夢を見るんだ」
「もし、万が一、私が死んだ時、あなたは次の筆頭魔法使いです。筆頭魔法使いは、私心を持てません。ここぞという時は、耐えなければなりません。あの父親を許す気がないのであれば、あなたは、私の予備としては、不合格です」
「ゆる、す?」
「そうです。受け入れるとか、色々と方法があります。いつか、何かの拍子に、あの父親と対面した時は、どうしますか?」
「知らないふりをする。どうせ、今の俺を見たって、誰もわからない」
「実際に、その場に立った時でしか、わからないものですよ。口では、何とでも言えます」
「無視する!!」
「わかりました」
苦笑するハガル。絶対に、あの父親は無視してやる。それ以前に、対面するような場になんて行くものか!?
「私のように力の強い妖精憑きにとって、ああいうのは、好物ですね。囲いやすいです。私の父がそうでした。囲いやすいので、囲いましたよ」
「聞いてる。金を渡して、好き勝手させてたって」
「最後は、私の素顔で、篭絡しました。老後の面倒だってしましたよ」
「うわっ」
「あなたの父親は、私の父によく似ています。だから、他人事としては見れません」
「まさか」
「次も、馬車から見ていていいですよ」
ぞっとした。ハガルは、死んだ父親の身代わりとして、俺の父親に金を渡して、囲ってるんだ。こわっ!!
「そんなに似てる?」
「こう、感じが。父は最低最悪な人でしたよ。酒は飲む、賭博はする、女遊びはする、はては、可愛い妹を売ったんです。あんなに金を渡しているというのに、知り合いに唆されて、はした金で可愛い妹を売ったんですよ。それには、さすがの私も怒って、折檻しました」
「………」
最低っぷりがすごい。これ、ハガルがいなかったら、家族は大変なことになってたな。
「最後は、妖精金貨の呪いの根源となって、私に囲われないと人の形も保てない存在となってしまいましたよ。あれは良かったなー」
少し考え込むハガル。
「俺の父親はやめてぇ!!」
「妖精金貨を発生させたら、また、叱られますから、やりませんよ」
笑顔でいうハガル。別のこと考えてたな。
ハガルはおかしい、狂っている、とハガルをよく知る人は皆、言う。俺は、今日、それを再確認した。ハガルは本当におかしいよ!!
色々と知ると、吹っ切れる。中途半端に貧民のルキエルのことを知った気になったのがいけなかった。色々と知って、良い部分も悪い部分もあるんだ、と学ぶこととなった。
しかし、解決していない事もある。
俺は筆頭魔法使いハガルとちょっとした諍いを起こすこととなった。
「もう、アイオーン様の日参はしない」
「皇帝と筆頭魔法使いは仲が良い関係を築かないといけません」
「俺、ただの魔法使いだし」
「私に万が一のことがあった場合、あなたが筆頭魔法使いとなるのですよ。もう、魔法使いの間でも、その話がついています」
「万が一、ないだろう」
帝国最強の魔法使いであるハガルに、敵なんかいない。俺だって、勝てないのに。
もう、表向きは一人前の魔法使いだ。ルキエルの影武者だから、外に出ると、外野が煩いから、城で大人しくしているけど。だからって、日常の一つや二つ、やめてもいいと思う。
「アイオーン様だって、忙しい立場なんだから、聞いてるよ」
時々、時間がないことを俺にぼやくことがある。それでも、ハガルに強制されているのだ。どっちが偉いのか、わからないよ!!
「私だって、万が一のことはあります。まだ、筆頭魔法使いとして表に出たばかりの頃、ラインハルト様の命令違反が重なって、天罰を受けて、動けなくなることがありました」
「どんな命令違反したんだよ!?」
「血の繋がらない父親を見捨てろ、というので、無視しました」
笑顔でドン引きすることをいうハガル。皇帝ラインハルトは間違ったことは言っていない。妖精金貨まで発生させたような父親、見捨てるべきだ。
「というわけで、私は平気で皇族の命令違反をするので、また、天罰を受けるでしょう」
「命令違反しちゃうんだ」
「します。私は気にいらない命令には、断固拒否です」
こういうところが、今までの筆頭魔法使いとは違うのだろう。
「アイオーン様と何かありましたか?」
「………」
「ありましたか!」
嬉しそうだな!! 喜ばれて、腹が立って、机を叩いた。
「最近、理由をつけてはアイオーン様に会うことを避けていましたが、とうとう、進展したのですね」
「ハガルの思い通りにならない!!」
「別に、そうなってほしい、なんて、考えてもいません。言ったではないですか。家族を経験させてあげたかった、と。男女の仲にしたくて、アイオーン様とルキエルを毎日、会わせていたわけではありません」
「本当に?」
「男女の仲になってほしい、とは思っていませんでした。ルキエルは、影武者以前に、私の養女です。可愛い娘とは思っていますよ」
「そ、そうなんだ」
「私とラインハルト様と同じことをして、同じようなことになるとは、思っていませんでしたけど。男女だからでしょうか」
「………ハガルと賢帝ラインハルトは、恋人同士?」
「まあ、よく似たものですね」
じっとハガルを見て、賢帝ラインハルトの肖像画を思い出す。ハガルは才能の化け物だから、屋敷に自作の賢帝ラインハルトの肖像画を飾っていた。
「ラインハルトって、物凄い女好きだと聞いたけど」
「そうらしいですね。私とラインハルト様が出会ってから、女には一切、手を出していませんでした。女の噂すら出ませんでしたよ。帝国では、ラインハルト様もとうとう枯れたか、なんて笑い話になっていました」
「そうなんだ」
確かにハガルは華奢だ。だけど、見た目は平凡である。これに女好きだというラインハルトが篭絡されるとは、想像出来ない。
「別に、信じなくていいですよ。嘘だと言われたって、気にしません。真実は、私とラインハルト様が知っていればいいだけです。周囲は、どうだっていい」
過去を思い出し、ハガルは優しい笑みを浮かべる。
力の強い妖精憑きは、ただ一人に強く執着することがある。ハガルにとって、それが、賢帝ラインハルトなんだろう。
それは、俺にもある。俺は皇帝アイオーン様に強く執着している。ハガルは、そんなつもりはなかったという。だけど、あんなに優しい人に毎日優しくされ、甘やかされ、時にはハガルを叱ってくれて、とされていると、誰だって絆されるものだ。
照れて、不貞腐れていると、ハガルは俺の頭を撫でた。
「ガキ扱いするな!!」
「娘だからいいではないですか。だいたい、私はアイオーン様とそう歳は変わりませんよ。アイオーン様のほうが年上ですけどね」
「そういえば、そうだけど、アイオーン様って、その、奥さんよりも、若い?」
アイオーン様の妻メリル様のほうが年上に見えるほど老けている。そういえば、孫がいるという話だ。それにしても、アイオーン様は若作りだ。
「あの女より年上です。私がアイオーン様の体の年齢を止めています」
「知らない!!」
「私の皇帝ですから、当然です。ラインハルト様も当然、そういう扱いです。皇位簒奪を防ぐために、あえて、体の年齢を止めています。皇帝を決めるのは筆頭魔法使いです。私の気に入らない者が皇位簒奪して、皇帝となるのを防ぐために、あえてしています」
「それって、いいわけ?」
「皆、勘違いしています。皇族としての血筋が強い者が皇帝となるわけではありません。過去、そうしていましたが、間違った政治をして、帝国を滅ぼしかけました。それからは、きちんとした皇帝を筆頭魔法使いが選ぶようにしました。筆頭魔法使いは常に帝国第一です。皇帝だって捨て石ですよ」
「………無理だ」
心底、そう思う。筆頭魔法使いなんて、俺には無理だ。こんな、冷酷にはなれない。
「なあ、ハガル、俺より長く生きろよ。俺を筆頭魔法使いにするなよ」
「えー、老後の面倒をみてやる、とは言ってくれないのですか」
「今じゃ、見た目だけだと、歳の差がないじゃないか!? 老後って、いつの話だよ!!」
「私もやらかしましたからね。若い頃は寿命も三百年くらいでしたが、ラインハルト様相手に無茶しすぎて、寿命百年くらいに短縮されましたね。それからだから、あと百五十年くらいですか。もっと長いかもしれませんけどね。ほら、寿命は移ろうものだから」
「百年短くなるって、何したんだよ!?」
「ルキエルの真似事です。私も、ルキエルに負けたくなかった。だけど、結果、私はルキエルに今も負けている」
死んだ後も、ハガルが敗北を感じるとは、ルキエルとは、一体、どれほどの男だったのだろうか?
俺と同じ父親に悪戯されていた男。貧民のルキエル。俺と同じ妖精憑き。今の帝国の常識を作った男。
死んだ男だ。貧民のルキエルを知る人は土の下だろう。ルキエルのことを知っているという将軍メッサは、ルキエルのことを最低最悪といいながらも、その思い出は良いものと感じていて、表情がほころぶ。
不安が顔に出た。俺には絶対、無理だ。ルキエルの影武者だって、無理だと思う。本物のルキエルは、すごい男だ。俺なんか、小さい。
ハガルは俺の頭をなでた。何事かあると、ハガルは俺の頭をなでる。幼い頃は、寝る時、抱きしめ、頭を撫でて、とやってくれた。あれは、頭に触れられる恐怖を別のものへと塗り替える行為だったのだろう。今では、頭に触れられても、怖くない。
「もし、魔法使いをやめたいなら、言いなさい。やめてもいいのですよ。どうせ、私はあなたよりも長く生きます。ですが、ただの人の生き方が飽きたら、戻ってきなさい。いつでも、私は待っていますから」
「魔法使い、やめるわけがないだろう!!」
「世の中、絶対はありません。気だって変わります。私だって、あんなにラインハルト様を避けていたというのに、結局、後悔して、ラインハルト様を囲いました。お前はまだ、魔法使いとしては、子どもです」
「もう、大人だ!!」
「だったら、アイオーン様に会いに行けますね。もう、私は手助けしません」
「っ!?」
「いつまでも逃げていられませんよ」
もう、ハガルは俺とアイオーンの間を取り持たないという。
とんでもない難題をぶつけられた。
「何があったか知りませんが、時間をかければかけるほど、大変なことになる、と経験から知っています。さっさと終わらせなさい。人はすぐ、いなくなります。アイオーン様は見た目は若いですが、実際は、孫までいる年寄ですよ」
事実を思い出す。ハガルは賢帝ラインハルトのことを強く後悔したという。
俺はハガルにいいように操られている、とわかっていながら、話し出した。




