父親
俺が貧民のルキエルを調べることは、すぐに、筆頭魔法使いハガルに知られることとなる。騎士団長メッサが話したんだな。あの人は騎士団長止まり、とか言っているけど、きちんと身の振り方をわかっているじゃないか。
それなりに体も女らしくなったけど、ハガルは俺を風呂に入れて、洗ったりとかする。これ、最初は皇帝アイオーン様にやらせようとしたんだけど、アイオーン様が契約紋を使って拒否したのだ。
妖精憑きは、常に体が綺麗だ。だから、入浴なんて必要がない。だけど、それなりの立場だから、こういう習慣を取り入れているだけだ。
俺はついつい、じろじろとハガルを見てしまう。顔立ちは平凡だが、体つきはどこか、色っぽい。男なんだけど、中性的というか。これで、顔立ちも綺麗であれば、完璧だな。
「男の体をそんなふうに見るんじゃない」
「大丈夫、ハガルは男じゃない」
無茶苦茶、傷ついたハガル。俺と距離をとって、湯舟につかって、そっぽ向いた。
「聞きましたよ。メッサにルキエルのことを訊ねた、と」
「大した話じゃなかった。むしろ、よくわからなくなった」
人となりがわからない。すごい人、ということだけしか伝わらない。
だいたい、表に出ている情報がないし、メッサもそれを隠している。当たり障りのない情報を出されたから、さらにわからなくなるのだ。
メッサが俺の行動をハガルに告げたことは怒っていない。ただ、やっぱり秘密は話してもらえないんだ、という事が悔しい。メッサは、結局、俺よりも帝国なんだ。
「ルキエルのことを聞いたって、同じようになるのは無理ですよ。つかみどころのない男ですから」
「どんな感じ?」
「見た目は私と同じ感じですね。綺麗な男です。中身は、貧民の図太さもありますが、とても、頭がいいです。私では思いつかない戦い方をします」
「貧民だということも、今日、初めて知った」
「言ってませんでしたか?」
「聞いてないよ!!」
肝心なところが抜けているハガル。その人の身分すら、俺は知らなかった。
たぶん、ルキエルを知る人たちは、身分、どうだっていいと思っているのだろう。だから、貧民であることを誰も俺に教えてくれなかったのだ。
かくいう俺だって、ここに来る前は貧民だ。だから、ふと、思う。俺がルキエルの影武者になったのは、元は貧民だったからだ、と。
他にも貧民のルキエルの共通項があるのだろう。父親の元にいた俺を見つけたハガルだって、色々と感じていた。
「表向きの情報だけでも教えておきましょう。まずは、貧民だということは、メッサから聞いていますね。妖精憑きでもあります。あと、母親は元貴族で、父親は貧民出の騎士でした」
「なんか、両親は立派な経歴なんだけど」
「身分を捨てて、貧民になりました。その経緯も、その内、知ることとなるでしょうね」
「教えてくれない?」
「あなたはね、エサなんです。しかるべき場に出た時に釣れるものは、いいものばかりではありません。悪いものだって釣れますよ」
やっぱり、俺はハガルの下僕だよ!! だけど、文句は言えない。世の中をちょっと知った気になっているだけだ。本当は、俺はハガルに守られている。
勉強すれば、矛盾を感じる。本来、俺は見習い魔法使いとして、教育を受けなければならない。それなのに、それをするのはハガルだ。体術や剣術だって、見習い魔法使いたちとこなすものだ。それも、限られた騎士がいる所だ。俺の知る人たちって、実はそれほどいないし、顔ぶれも変わらない。
父親の元にいた頃は、毎日、様々な大人の相手をした。数回、通う大人だっている。だけど、ほとんどは、すぐに顔ぶれは変わった。それが俺の日常だった。
だけど、ここは、顔ぶれが変わらない。人の目に見えない妖精を使って、ハガルは色々としてる。そうして、俺は隠されていた。情報だって、必要最低限でおさえている。その中には、貧民のルキエルのことも含まれている。
俺がもの言いたげに見たって、ハガルは固く口を閉ざす。どっちにしても、ハガルには簡単に誤魔化されてしまうし、その立場を出して、俺の抵抗を封じるのだ。本当に、ハガルって、卑怯だな。
ハガルは俺と遊ぶみたいに、お湯を軽くかけてきた。ちょっと考え事していたから、つい、それを魔法で弾いてしまう。
「ほら、魔法を使わないように」
「出ちゃうから、仕方ないじゃないか。ハガルはどうなの」
「私は常に魔法を行使しています。逆に、魔法で防ぐようなことはしません」
「するんじゃないの!?」
「実力をバカ正直に表に出すのは下策です。化け物じみた力なんて、政治の上では必要ありません。権謀術に優れていればいいのですよ。だいたい、私は帝国で二番目の権力者です。私は動くんじゃない。私が人を動かすんです。お前も覚えておきなさい。こういう攻撃を防ぐのは、魔法じゃない。人を使うのですよ」
「今のままだと、わからないよ!!」
ただ、学ぶだけだ。学んだって、人を使うことなんてわからない。
そんな叫びでハガルは呆れる。
「すでに、お前は人を使う側でしょう。この湯だって、人を使ってはられています。服だって、誰が綺麗にしていますか? 着替えだって、人を使っているでしょう。食事もまた、人に作らせ、給仕され、食べている。当然と受けているけど、もうそろそろ、自覚を持ちなさい。お前は、私と同じ、人を使う側です。ルキエルも、貧民でありながら、人を使うことをよくわかっていましたよ」
その情報は、メッサから聞いている。貧民のルキエルは、自らは動かず、人を使う。
潜入調査したメッサを見つけたのはルキエルだが、捕らえたのはルキエルの手足のごとく動く貧民だという。
貧民だけど、ある意味、支配者だ。そういうものを身につけろ、とハガルは言いたいのだ。
子どもだから、と甘えていた。ちょっと反省した。
「たった一年で、立派な為政者になるわけではありませんけどね。ルキエルは、まあまあ、出来はいいですよ。さすが、百年です」
「ハガルは千年なんだよね。もっと早かった?」
俺とハガルは同じようで違う。
俺は百年に一人、生まれるかどうかの才能ある妖精憑きだ。そこら辺の妖精憑きよりは才能はあるし、強い。筆頭魔法使いにもなれる。
ハガルは、千年に一人、必ず誕生する化け物妖精憑きだ。才能は化け物、妖精憑きとしての力も人外だ。筆頭魔法使いにして、皇族の首輪をつけて、帝国に縛る存在だ。
まず、才能も実力も違う。俺はまあまあ、成長が早いのだろう。たった一年で、勉強も進んで、体術剣術も、それなりに身に着けた。その進捗はものすごく早い、と騎士団長メッサが驚いたほどだ。
「私は、十に満たない頃には、隠された筆頭魔法使いでした。筆頭魔法使いとなってすぐ、戦争にも行きましたよ。側で、大魔法使いアラリーラ様を見ました。私はこの通り、力がない。だから、人を使うしかない。お前とは逆です、使うしかないから、人の使い方を覚えるしかありませんでした」
筆頭魔法使いハガルにとって、唯一の弱点は、人としての体力のなさだ。見たかぎり、華奢で、細い。簡単に男に抑え込まれてしまうだろう。その腕っぷしではどうにもならないから、ハガルは人を使ったのだ。
ハガルは逆らう魔法使いの妖精を盗って鞭打ちをするという。だが、鞭打ちはなかなか、体力がいる仕事だ。それをハガルは同じ魔法使いに命じるのだ。そうして、同じ魔法使いの心を折って、支配力を見せつける。
「ルキエルは、その手を使ってもいいですよ。それもまた、力を見せつける手段の一つです。私の前の筆頭魔法使いは、口よりも、魔法よりも先に、拳が出ましたからね。あの速度には、私も負けました」
「わざと負けたんじゃないの?」
「あの人は、腕っぷしが化け物だったんですよ。魔法を行使する前には、すでに、私は殴られていました」
「えー」
驚いた。魔法以外の方法で、こんな化け物を下せる人が過去にいたなんて。
「先代の筆頭魔法使いは、皇族も殴れる、とんでもない人でした」
「筆頭魔法使いだから、契約紋の儀式、やったよね」
筆頭魔法使いとなる者たちは、皇族に絶対服従の契約紋の焼き鏝を背中に押される。それにより、筆頭魔法使いは皇族に逆らえなくなるのだ。
まず、皇族に暴力なんて、筆頭魔法使いは出来ないはずだ。それが、俺が知る常識だ。
「親が子にやる叱りですよ。愛の鞭と言います。当時の皇族たちにとって、先代の筆頭魔法使いは尊敬する人であり、親であり、兄であり、先生でした。そのため、皇族は暴力を受けても、契約紋は罰を与えなかったのですよ。あんな非常識なことをしたのは、後にも先にも先代筆頭魔法使いだけです」
バカっぽい話だが、真実だった。
後で、皇帝アイオーン様に聞いたら、同じ答えだった。アイオーン様もまた、先代の筆頭魔法使いから、愛の鞭を受けた経験の持ち主であった。
俺がハガルに保護されて数年が経った。もう、父親に会いたい、とは欠片ほども思っていない。父親のことも聞きたくないほどである。今の立場を守りたかった。むしろ、父親の存在は邪魔に思っていた。
だけど、定期的に、ハガルは俺に父親を見せた。会って話すわけではない。本当に、見せただけである。
定期的に、俺はハガルに連れられて、城の外に出た。見た目は地味だが、中は豪勢な作りの馬車に乗せられ、城の外に行く。窓から見る外は、別世界だ。人は溢れるほどたくさんいる。俺とそう歳の変わらない子どもが働いている姿を見ることもある。それを見て、俺は、再認識させられる。俺は大事に囲われている、と。
勉強はしているが、実は世間知らずだ、とこうやって外に連れ出されると、思い知らされるのだ。ハガルの元を追い出されたら、どうやって生きていけばいいのか、なんて、不安になってしまう。もとは底辺だったから、そういう不安が人一倍、強かった。
薄汚れた場所に到着すると、ハガルは馬車から降りる。その近辺に、俺の父親が暮らしているのだろう。ハガルは、俺を買ったけど、俺の父親をそのまま放置していない。
かなりすごい金をハガルは父親に払ったと聞いている。俺が見たのは、ほんの一部だ。俺を保護した後に、ハガルは俺の父親にしっかりと契約を交わして、金で俺の身柄を父親から手放させた。
それで縁が切れたのに、ハガルは忘れたころに、俺を父親の近くに連れて行く。
馬車自体に人払いをしているのだろう。ハガルの手を引かれてやってきた父親は、馬車の存在すら気づいていない。
卑屈な顔をする父親。ハガルが優しい笑顔を向けると、何かいいことがあるのでは、なんて企む。その顔が気持ち悪い。
「体のほうは、どうですか? 病気で働けないと言っていましたし、随分とお金を融通しました。まだ、病気は治りませんか?」
「か、金は……騙されたんだ!! もう、ない!!!」
父親はわっと泣いて、蹲る。だけど、実際は泣いていない。手の隙間から、ハガルの様子を伺っている。
「せっかく、娘が体を張ってくれたってのに、俺は、本当に情けない!!」
「それはまた、気の毒ですね。そういう輩はまだまだいるのですね。可哀想に」
「本当にすまない!! あんたは、何かと俺を医者に診せたりしてくれてるのに、こんな風で」
「病気だから、仕方がありませんね。そうだと心配して、お見舞いに来ました。少ないですが、これを受け取ってください」
嬉しそうに笑う親父。
ハガルは、定期的にこうやって俺に、気持ち悪い父親を見せた。嘘だとわかる言い訳を信じているわけではない。ハガルは、こういう姿を俺に見せて、その代償として、金を渡しているのだ。
最低最悪な父親。俺がいなくなっても、この父親は変わらない。病気でもないのに、病気だと言い張って、楽をして、こうやって、ハガルの金を貰って、どうにか生きながらえている。
袋の中に入っている金貨の数を見て、気持ち悪い笑みを浮かべる父親。それから、ふと、思い出したように、いう。
「娘は、どうしてる? 俺に会いたいと言ってるだろう」
次は、俺なんだ。ハガルが会いに来て、こうやって金を落としてくれる。きっと、娘である俺も金を落としてくれる、と父親は信じている。
バカバカしい。そんなことしない。まず、会いたくない。ハガルはただ、俺の父親を弄んでいるだけだ。父親を見せて、こうやって、俺に世の中の最低な部分を教えているのだ。
「元気にしていますよ。綺麗になりました。もうそろそろ、一緒に就寝はやめないといけませんね」
「抱き心地は最高だろう」
ハガルと親父の温度差はすごい。ハガルはただ、お年頃だから、という話をしているだけだ。親父は、俺を一人の女として話している。
気持ち悪い。むしろ、ハガルは立派だと思い知らされる。ハガルは、俺の衝動にも動じず、それをなくすように、様々なことをした。そうして、俺は一か月で、それなりにまともになり、数年で、そういう衝動に嫌悪感を持つようになった。
気持ち悪い、温度差の会話をして、ハガルは俺の父親をまた、家に送っていく。そして、馬車に戻ってきた。
「久しぶりに見る父親はどうですか?」
物凄い笑顔で聞いてくる。この人の感覚が、正直、わからない。答えによっては、怒るし。だけど、正直に話す。
「もう、見たくない。気持ち悪い」
思い出しただけで、鳥肌だってたった。
正直に話した。それを聞いて、ハガルは驚いた。
「え、そんな、見たくないなんて、どうしてですか!?」
「父親に散々、悪戯されて、あげくのはては、身売りまがいなことをさせられてたんだぞ!!!」
「それでも、父親ですよ!!」
「だいたい、血のつながりがあるのかどうか、怪しい」
俺と父親、似てない。母親は気づいた時にはいなかった。
それを聞いて、ハガルは泣きそうな顔になる。何か、まずいことを言ったんだけど、俺はわからない。
「血のつながりなんて、どうだっていいでしょう。あなたは、私が保護するまでは、あの父親が育てたのです。でなければ、あなたは、私の元にはいませんでした」
「だからって、何もしらない幼い子どもに、あんなことして」
「血のつながりはありますよ。それは確かです」
「最悪だ!!」
「貧民で、血のつながりなんて、本当は、意味がありません。赤ん坊だって商品です。生まれてすぐ死ぬために売られることも普通ですよ。ですが、あなたは悪戯された程度で、あそこまで父親と生きていたではないですか」
「あんたは、魔法使いだから知らないだけだ!! あんな最低な事されてみろ。父親のことを嫌いになって当然だ」
「私に保護するまでは、それを喜んでいたのに?」
「知らなかったからだ!! 知っている今、あの父親は最低最悪だ」
心底、実の父親を蔑んだ。それを聞いて、ハガルは悲し気に俯く。
「間違えてしまっただけでしょう。間違える前は、立派な父親です」
「最初から間違えてたんだよ。俺の記憶には、あの悍ましい行為しかない!!」
「………そうですか」
ハガルが悲しんでいる理由がわからない。理解すら出来ない。
教育を受けてわかることだ。過去の父親との生活は最低最悪だ。むしろ、隠しておきたいし、知られたくない。
俺は隠された存在だ。一部の人しか、俺の存在は知られていない。それでも、いつかは表に出ることとなると、ハガルはいう。その時、過去の俺のことを知る奴らは近づいてくるだろう。
成長して、姿形はすっかり変わっていた。口調は乱暴だけど、動作は洗練されている。もう、過去の俺とは別人だ。それでも、内心では恐怖だ。もしかしたら、誰かに知られてしまうのではないか、と。
父親とのことは、生涯の恥だ。それなのに、ハガルは、それを呼び起すように、父親を見せる。
「もう、あの父親を見たくない!!」
嫌悪まで顔に出た。吐き捨てるように言ってやると、ハガルはもの言いたげに俺を見上げた。
「会いたいと思っても、会えなくなりますよ。ただの人はすぐ、いなくなります」
「会いたくないし、見たくない。あんたには、俺の気持ちはわからない!!」
「そうですね。私には、ルキエルの気持ちはわかりません。私は、幸福でしたから。ですが、その幸福は、そう、私が作ったものです」
「あんたは、帝国にとって、大事な魔法使いだもんな。俺とは違う」
「皇帝の真の仕事は、筆頭魔法使いのご機嫌とりです。これが上手でないと、皇帝にはなれません。ですが、ただ、ご機嫌をとっていればいいわけではありません。どうにか、筆頭魔法使いを縛り付けるために、たくさんの枷をつけます。私には、目に見えない枷がたくさん、つけられていますよ」
「契約紋には、絶対に逆らえないもんな」
「本気になれば、逆らえます。契約紋の隙をついて、皇族を殺すことも出来ますよ」
「っ!?」
訊き返せない。実際にしたから、言うのだろう。
皇帝アイオーン様は俺を膝に置いて、よく、愚痴った。
「あいつは、これまでの千年とは全く違う。あんなの、どうしようもない」
どういうことなのか、その時はわからなかった。
だけど、今、アイオーン様が言っていた事がわかる。ハガルには、契約紋は通じない。皇族の無茶苦茶な命令も、ハガルは逆らえるのだ。
ハガルは馬車から見える景色に目を向ける。過ぎ去る光景の中に、何か懐かしいものに似たものを見つけたのか、時々、口元に笑みを浮かべた。
「また、父に会いたいな」
毎日、俺は皇帝アイオーン様の膝に座らされる。これ、不敬罪なことやっている、と今はわかっているが、ハガルはさせるのだ。そして、最近は、ハガル、部屋を出て行ってしまう。
ハガルが遠くに行ったことを確認してから、俺はすぐにアイオーン様の向かいに座る。
「あいつ、いつまでもルキエルのことを子どもだと見てるよ!!」
「すみません!!!」
ハガルに逆らってもいいことはないので、アイオーン様も表向きでは大人しく従っているが、こうやって、監視の目がなくなれば、俺から距離をとる。
もう、俺はアイオーン様の手から食事をとることはない。さすがに恥ずかしい。
「たく、あいつは、狂った愛情をルキエルに押し付けて」
「ハガルもこういう経験をした?」
「じゃないかな。でないと、私にこんなことさせないよ!! 皇帝と筆頭魔法使いはこういうもの、なんてハガルは思い込んでるけど、違うからね!!!」
「さすがに、違うと俺でもわかる」
大衆小説だって読むようになった。世間知らずだけど、さすがにこれは狂っている、と俺も気づいている。
「父親を見に行ったと聞いたよ。どうだった?」
答え辛いことをアイオーン様に質問された。
俺にとって、アイオーン様は特別だ。いい部分だけを見せたい。だけど、父親のことは、決していい部分ではない。
答えに困って黙り込んでいると、アイオーン様も察してくれた。俺の裏の事情、アイオーン様には全部筒抜けだからね!!
「複雑だろうね。ハガルも、自分の常識を押し付けるから」
「ハガルはいいでしょう。家族に恵まれたから」
「表向きでは、孝行な男だからね。実際、そうなんだ。ハガルは、最低最悪な父親のこと、大好きなんだ」
「え、ハガルの父親って、最低最悪なの? まさか、俺みたいなこと、された?」
恐る恐ると聞いてしまう。最低最悪と聞くと、そっちの方面である。
「それはない。普通の平民家族だから。ただ、あの父親だけは最低最悪だ。祖父母、母親に関しては、ものすごくまともなんだ。だけど、父親だけは、最低最悪だ。働きもせず、借金を抱え、酒は飲む、賭博はする、女遊びはする、と最低最悪だ」
「一部、既視感を感じます」
あっれー、誰かさんも、同じことしてるよ。
「ハガルのはな、最低最悪な父親の真似事だよ。真似して、はまって、今は好きでやってるけどね」
「ハガルも最低最悪なとこ、父親から受け継いだわけか」
俺も気を付けよう。父親があれだから、俺もそうならないように気を付けないと。
「ハガルは、本当は捨て子なんだ」
「っ!?」
「話してもいい、とハガルから許可をとっている。最低最悪な父親が、ハガルを拾ったんだ。ただ、帝国からの祝い金欲しさに拾っただけだ。それから、妖精憑きだと発覚して、ハガルは金づるとして、最低最悪な父親の元で育てられたんだ」
「取り上げなかったのですか!?」
俺は金使って、契約により、父親と縁を切らせたのだ。帝国、そういうことをするものと思っていた。
「ハガルがそれを許さなかった。赤ん坊の頃から、すでに、手がつけられなかったんだ。だから、家族への執着が人一倍だ。最低最悪な父親の借金も返して、働きもしない父親の遊ぶための金だって出した。そうして、ハガルは家族に執着した」
「力の強い妖精憑きって、頭おかしい」
「父親は最低最悪だけど、それ以外はまともだ。血の繋がらない妹たち弟たちは、まともで、逆に、父親に金を渡すハガルを責めたほどだ」
「まともだ!!」
「そう育てたのもハガルだ。ハガルは、見習い魔法使いをしながら、弟たち妹たちをしっかり育てて、教育も施した。なのに、父親に対しては、ダメダメなんだ」
驚いた。ハガルは、確かにまともなのだ。力の強い妖精憑きだから、変な見方をするが、大きく見れば、まともな人だ。俺だって、ハガルのお陰でまともになったと言っていい。
だけど、ハガルは父親に対しては、まともではない。逆に、父親にとって悪い事をしている。父親をまともにするためには、逆に金を取り上げて、無理矢理にでも仕事をさせるべきなのだ。
俺だってそう思う。
「それなりの力のある妖精憑きに質問した。あれはあれで、妖精憑きにとっては幸福なんだと。金で縛って、囲って、束縛する。ハガルの父親は、ハガルにいいように束縛されてたんだ」
「まさかっ」
俺は、ハガルと俺の父親のやり取りを思い出す。
ハガル、俺の父親に優しい対応をしているように見えた。だけど、そうじゃない。
妖精憑きとして、俺の父親を堕落させて、何かしようとしている。




