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最低最悪な魔法使い  作者: 春香秋灯
養女と魔法使い
21/38

問題の養女

 どこもかしこも綺麗な、大きな家に連れて来られたアタシは、動けなくなった。こんな豪勢で、綺麗な場所、知らない。見ただけで、場違いだとわかる。

 だから、アタシは大人しくするしかなかった。

 ハガルは、アタシを別の大人に手渡した。

「整えなさい。あ、女の服は着せないように」

「わかりました」

「アイオーン様を呼んできてくれ。まずは、大事な通過儀礼だ」

「はい」

 アタシは大人の腕の中で、大人しくした。熱い水に入れられ、髪を整えられ、綺麗な服に着替えさせられ、再び、ハガルの元に連れてこられた。

 ハガル一人ではなかった。ハガルは立ち、その傍らにある椅子に座っている大人がアタシを珍しそうに見ていた。

「女といっても、子どもじゃないか!! まさか、こんな小さな子どもを地下牢に」

「好みでもないのに、囲うわけがないでしょう。この子は、百年の才能の持ち主なので、仕方なく、養女にしました」

「女とは、珍しい?」

「過去にはいました。ですが、野良なのは、珍しいでしょうね。だから、養女にしました」

「まだ子どもなんだから、教育すれば、普通に裏方でやっていけるだろう。過去にも、そうしていたんだから、ハガルの養女にする必要はないだろう」

「最初は、そう思いました。ですが、過去の私を見ているようで、危険を感じました。私には、ラインハルト様がいましたが、この娘には、まだ、そういう存在はいません」

「………まさか、つまり、そういうこと!?」

「だから、裏方には出来ません」

 ハガルに言われて、男は哀れみをこめてアタシを見た。

「こちらに来なさい」

 そう言われて、アタシは大人しく従った。そう、父ちゃんから教育を受けていた。男に呼ばれたら、側に行くように、と。

 これまでの客とは違う。ハガルと同じように、いい匂いがする。何より、優しい。アタシを膝に座らせ、頭を撫でてくれる。

「よく、頭を叩かれたんだな。そんなに怯えなくていい」

「私は容赦なく叩きます」

「ハガル!!」

「私のは教育です。私だって、テラスにそう教育されましたよ」

 この男の前では、ハガルは笑顔がない。不貞腐れて、アタシを見下ろす。

「誰かが、罰を与えなければなりません。ただ、私が与える罰は、正当な理由があってのことです。気に入らないから、と罰を与えるわけではありません。最初のうちは、飴です。それなりに良識が出来てから、鞭ですよ」

「父親に引き離されて、こんなに不安そうにしているのに、本当に、怖い奴だな!!」

「誉め言葉です」

「悪評を全て、誉め言葉、で誤魔化すんじゃない!! 私だって、いつ死ぬかわからないんだ。もっと落ち着きなさい。見習い魔法使いの時のほうが落ち着いてるって、どうなんだ」

「千年は、こんなものですよ。その中で、私は特別です。仕方がありません」

「開き直るな!!」

「私が悪事をしても、神は絶対に罰したりしません。それが答えです」

「本当に、なんて理不尽な奴だ。ハガルを真似するんじゃないぞ。むしろ、悪い見本だからな」

「そうですよ」

 笑顔で開き直るハガルに、男は歯ぎしりしながら睨み上げる。

「からかうのはここまでにしましょう。この方は、私の皇帝です」

「っ!! そう、私は、帝国の皇帝アイオーンだ」

 ハガルに色々と言いたいことを飲み込んで、皇帝アイオーン様はアタシに名乗りました。

 アタシは戸惑った。だいたい、こういう時は、名乗られても、そう呼んではいけない、と父ちゃんに教えられている。間違えると、酷い罰を受ける。だから、こう言う。

「ご主人様、可愛がってください」

「違う道を開いてしまいそうだよ!!」

「別にいいですよ、それで。あなたは皇帝だから、この子のことは、好きにしてください」

「やらないよ!!」

 半泣きで皇帝アイオーン様はアタシを膝から下ろした。

 離れると、ちょっと寂しくなってしまう。そこが居心地よいからだ。いつも、客の膝に座らされ、色々なことをされていた。それは、馴れているし、それが普通だからだ。

 体の奥は、そういうものを求めていたのに、ハガルも、皇帝アイオーン様も、ただ、膝に座らせるだけで、何もしてくれない。

「あ、そんな泣きそうな顔しないで。嫌いだからとか、そういうわけじゃないから。大事だから、離すんだ」

「色々としてもいいのに」

「お前は何てこというんだ!?」

「皇帝って、そういうことするのが普通でしょう。テラスだって幼い頃はされたって言ってましたよ」

「聞きたくない!! 私はそんなことはしない。それよりも、この子の名前は決めたのか」

「アイオーン様が決めてください」

「そんな責任重大なことは出来ないよ!! ハガルが養女にするんだろう」

「正確には、私の予備です」

 ハガルはアタシを冷たく見下ろす。最初の印象とは逆だ。アタシのことを道具として見ている。

「私だって完璧ではありません。いつかは壊れてしまいます。その時、次代の筆頭魔法使いがいないと、帝国が大変なこととなってしまいます。だから、そういう時の予備として、この子を育てます。テラスの時にもいましたよ、そういう予備が」

「いたんだ。知らなかったよ」

「私の時も予備として扱っていたのですが、色々とやらかしてくれたので、処分しましたが」

「聞いてないよ!!」

「魔法使いの管理処分は筆頭魔法使いである私の管轄です。皇帝が知らないうちに魔法使いが処分されている、なんてこと、よくありますよ。表に出すと、魔法使いの権威が落ちますから、秘密裡にやっているだけです。予備を処分してしまいましたので、丁度良かったです」

 嫣然と微笑んでいうハガル。この世の罪悪とはまるで無縁そうな感じだ。

 それを見る皇帝アイオーン様は呆れている。

「私が皇帝となってから、ずっと、お前には振り回されてばかりだよ!!」

「私だって、あなたにはがっかりなことがありますよ。あの皇族、処刑したかったのに、それを契約紋で無理矢理、拒否して。ほら、子まで作って、どんどんと増えていっています。ちょっと目を離すと、人は増えます」

「………」

 ハガルに顔を合わせられない皇帝アイオーン様。どうしても、アイオーン様でも、ハガルには逆らう何かがあるのだろう。

「ほら、不安そうにしていますよ。もっと甘やかしてください」

「子育てしたことがないのに、わからないよ」

 ハガルはまた、アタシをアイオーン様の膝に乗せる。

「膝に乗せて、高く抱き上げて、甘い菓子を与えてやればいいだけです。子どもなんて、それで喜びます。簡単でしょう」

「そんな、単純じゃないぞ、子育ては」

「あなたは親になるわけではありません。この子の皇帝となるのです。躾等は、他にやらせればいい。あなたはただ、誉めて、可愛がって、甘やかせて、依存させればいい」

「お前も、そうだったんだな」

「そうです。私はラインハルト様に可愛がられました。それが今も生きている」

「どうだろうな」

 アイオーン様はそう言いながらも、ハガルに言われた通り、アタシの頭を撫でて、甘い菓子を食べさせてくれた。

 これまでに与えられたことがない甘味に、アタシは夢中になった。





 夜、就寝は、一人ではなかった。いつも、父ちゃんと一緒に寝ていた。ここでも、ハガルと一緒に寝ることとなった。

「懐かしいですね。祖父母、母、弟たち、妹たちとは、幼い頃はこうして寝ました。懐かしい」

 ハガルは人肌が嬉しいようで、優しくアタシを抱きしめて、眠りに入った。

 これまでとは寝心地が違う場所。色々と状況が変わったけど、すぐに眠れるかと思えた。

 だけど、日頃の習慣が抜けきっていない。アタシは、眠っているハガルの腕から抜け出した。アタシには人肌は逆なものを感じた。

 毎日、何かしらの刺激を体に与えられていた。それは日常だ。だけど、今日は何も受けていない。怖い感じはあったけど、それだけだ。アタシにあるのは、気疲れだけだ。体はこれっぽっちも疲れていない。だから、ハガルから離れて、起きていた。

 ところが、ハガルはアタシが離れたから、逆の意味で起きた。

「幼い内に、夜更かしなんかしてはいけません。ただでさえ、お前の体は成長が遅れているというのに」

「あの、ご褒美、欲しい」

「ご褒美?」

 眠そうな目をこすって聞き返すハガル。アタシはハガルの手をとって、アタシの体に触れさせる。

「父ちゃんはいつも、ご褒美をくれた。そうすると、すごく気持ちよくて、すっきりして………」

 それ以上、言葉を重ねられなかった。冷たくハガルはアタシを見ていた。

 すぐに、アタシの腕を引っ張って、部屋を出た。アタシがまともに歩けなくて、引きずられても、かまわず、ハガルは外に出た。

 しばらくして、ハガルとよく似た服を着た男たちが集まってきた。皆、アタシとハガルを見て、首を傾げている。

「こんな夜に、何かありましたか? あなたの守りは完璧でしょう」

「城で、悪さを出来るような者はいません」

「いたって、ハガル様が消し炭にして、証言ごと、なくすではないですか」

 気持ちよく休んでいた所に呼び出されて、彼らはちょっと不機嫌だ。そんな彼らの前にアタシを放り投げる。

「抜き打ち試験です。冷たい水をこの子にぶつけなさい」

「………え?」

「さすがに、こんな寒空に」

「風邪をひいてしまいますよ!!」

「妖精憑きは病気になりません。なっても、頑丈だから、すぐに回復します」

 口答えにイラっとするハガル。それには、彼らも危険を感じて、背筋をよくして、言われた通り、アタシに魔法の水をぶつける。

「やあ、どうして!!」

 父ちゃんにも、こういう罰を受けたことがある。冷たい水を被せられ、外に放り出された時は、死ぬかと思った。死ななかったけど、明け方まで、放置された。どんなに泣いて訴えても、許してもらえなかった。

 そんな事をハガルに命じられてする彼ら。アタシはハガルに縋るために、地面を這いずった。

「ごめんなさい!! きちんと大人しくしています!!!」

 だけど、ハガルはアタシの手をギリギリと踏みしめる。

「なにが悪いか、これっぽっちもわかっていないのに、謝るな!! 反省なんかしていない。お前はすぐに同じことをする。緩めるな!!!」

 ハガルの激昂に、アタシにぶつけられる魔法の水は激しくなる。それは、ハガルをも濡らしてしまうが、ハガルはこれっぽっちも気にしていない。

 しばらくして、ハガルは魔法の水を止めた。その頃には、アタシは寒さに震えて、地面で泥だらけになりながら、わが身を抱えるしかない。水がなくなると、空気が触れて、そちらのほうが寒さを増長させた。

「ハガル様、可哀想ですよ」

「お前たちは帰っていい。合格です」

 ハガルは勝手に呼びつけたくせに、また、帰るように命じる。彼らは、言いたいことがあるけど、ハガルの怒りに全て飲み込んで、その場を離れて行った。

「ラインハルト様は、私を上手に操作して、こんなこと、表に出させなかった。お前も、今後は、そんなことは表に出すんじゃない。私は、お前の主人だが、そんなものはいらない!!」

「うぇ、えーん」

 泣くしかない。何故、叱られているのかわからない。ハガルの怒りの理由がわからないから、どうすればいいのか、わからない。泣いて、相手の怒りがおさまるのを待つしかないのだ。

 いつまでも泣き止まないアタシをハガルは汚れるのも構わず、抱き上げた。

「これで、今日は眠れるでしょう」

 確かにそうだ。こんな酷い目にあったのだ。ご褒美なんか求めていられない。

 ハガルは魔法でアタシの服をアタシごと綺麗にして、再び、あの寝室に戻った。ハガル自身も、汚れ一つない。

 暖かいベッドに、アタシは夢中でもぐりこんだ。そんなアタシをまた、ハガルは抱きしめる。最初は怖かったが、寒かったから、ハガルの暖かさに涙が出るほど嬉しくなった。

「明日から、大変ですよ。ほら、しっかりと寝なさい」

「はいぃー」

 また、涙が出た。だけど、ハガルは怒ったりしない。アタシの頭を優しく撫でてくれた。それだけで、アタシは安心して、すっと眠りについた。






 皇帝アイオーン様と食事をすることとなった。だけど、アタシは手掴みだから、アイオーン様がアタシを膝に乗せて、食べさせてくれた。

「それはまた、大変な目にあったね」

「本当に、どうして私がこんな目に」

「お前じゃないよ!! こんな幼い子に、寒い夜、外で水攻めって、どんな拷問だよ!!!」

「仕方がありません。そこまでしないと、この子は誰にでも、あんなことをしてしまいます。女なんですよ。きちんとわからせないといけません」

「ハガルはどうだったんだ?」

「私ですか? 別に、何もありませんでした。私にああいう衝動を呼び起す存在は、ラインハルト様だけです。ラインハルト様が天に召されてから、これっぽっちも起きません」

「本当に? 女遊びしてるじゃないか」

「必要なことです。私が聖人君子になったって、嘘くさいでしょう。民衆は、笑って許してくれますよ」

「ま、まあ、お前は平民には人気があるよな。近いって」

 皇帝アイオーン様は苦笑する。そんなふうにハガルと会話しながらも、上手にアタシに食べさせてくれる。しかも、ものすごく美味しい。お肉なんて、溶けるみたいに柔らかい。アタシは夢中になった。

「名前、決めました。役割も決めましたよ」

「役割って、そんな、まだ子どもじゃないか」

「この子は、私が買ったんです。道具ですよ。その役割をはたしてもらいます」

「で、なんて名前だ?」

「ルキエルです」

「っ!?」

 アタシの新しい名前を聞いて、アイオーン様は手を止めてしまう。それどころか、フォークを落としてしまう。

「ハガル、どういうつもりだ!? この子は、ルキエルじゃないんだぞ!!」

「アラリーラ様と同じですよ」

「年齢だってあわないじゃないか!!! ルキエルは、ハガルとそう年頃が変わらない」

「力の強い妖精憑きは、老いない。何より、百年二百年、生きていられます。ルキエルには、表向き、生きていてもらうほうが、好都合なのですよ」

「そんなこと、ルキエルは望んでいない!!」

「私が望んでいるだけです。ルキエルのやったことは、誉められるべきことです。ですが、ルキエルは自らの善行を一切、表に出しませんでした。せめて、ルキエルの名前だけでも、表の世界で、良いものとしてあげたい。いけませんか?」

「自己満足だ」

「そうです。私の我儘です。別にいいでしょう。誰かが迷惑を被るわけではありませんから」

「本当に、誰も迷惑を被らないと思っているのか? 私は逆に不安だ。ルキエルのことは、報告で聞いている。ルキエルが死んで、安心した」

「私はルキエルが死んで、今も悲しい」

「ハガル!!」

「私は、ルキエルを助ける力があったのに、ただ、観察していただけです。この子は、私に保護されなければ、ルキエルと同じになっていたでしょう。確かに、はた迷惑な自己満足です。今も諦めているわけではない。私はまだ、何か出来たはずです。あんな死に方、ルキエルが可哀想です」

「………」

 人らしい憐憫をこめていうハガル。それには、皇帝アイオーン様もこれ以上、説得することも、責めることも出来なくなった。

 アタシは話を聞いていても、よくわからない。難しいことを話しているな、という程度だ。それよりも、美味しい食事が止まって、我慢出来なくて、つい、手でつかんでしまう。それを見て、慌てて、アイオーン様はアタシの手の汚れをとってくれる。

「ルキエルということは、男装させるんだな。ずっとか?」

「どうせ、私の予備です。家庭を持ちたい、というのなら、その時は、裏方に行かせればいいだけです。女に戻りたい、というのなら、女に戻ればいい。ただ、それまでは、ルキエルの影武者です」

「ならば、今日からルキエルだ。女だけど、男だなんてな。どうやって教育するんだ? もう、ルキエルは、女の悦楽を知っているぞ」

「そんなの、簡単に解決出来ます」

 嫣然と微笑むハガル。それを見て、アイオーン様は不安そうな顔をする。だけど、アタシはただ、受けるだけなので、この時は、他人事のように思っていた。






 食事が終わるなり、ハガルはアタシを騎士団の所に放り投げた。

「この子を動けなくなるまで、鍛えろ」

「こんな子どもに訓練させることなんてしないよ!!」

 アタシを保護する時、一番偉そうにしていた男が叫ぶ。

「煩い。さっさとしろ。おかしなことをする輩がいたら、その場で消し炭だ。わかったら、さっさと走らせろ!!」

「無茶苦茶だ!!」

 偉そうにしていた男は文句をいうが、ハガルは無視して、その場を去っていった。

 残されたアタシは、父ちゃんに教えられたことを実践するしかない。だけど、たくさんの大人たちがアタシを見下ろしている。それが怖い。これまで、大人を相手にするのは、一人だ。そんなたくさんの大人たちを相手にしたことはない。

「あんの男、養女にすると言っておいて、私に押し付けやがって!!」

「団長、諦観です、諦観」

「魔法使いたちも言ってましたよ。昨夜、寝ている所に呼び出されて、抜き打ちの試験をさせられたって」

「諦めましょう。ハガル様に逆らったって、いいことなんてありませんから」

 周囲の大人たちは、偉そうにしていた男を説得します。

「わかったわかった。事情はハガルからも聞いている。お前、いくら子どもでも、私は容赦しないからな」

 そして、アタシは本当に容赦なく、騎士団の訓練を一緒にこなすこととなった。

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