野良の妖精憑き
いつものように、大人の男の元に連れて行かれる。父ちゃんが客を連れてくる。アタシは、その客の膝に座り、ただ、大人しくしていればいい。
いつも、体のあちこちを触られ、時には、口に舌をいれられ、として、一方的に何かされる。逆らったりすると、父ちゃんに殴られるので、我慢した。
もう、それが普通だったから、逆らったりしない。これが終わった後は、父ちゃんからご褒美が貰える。だから、大人しく受けていた。
その日はいつもと違っていた。身綺麗な、ぱっとしな男がやってきた。
これまでの大人は、がっしりして、変な臭いをさせていた。アタシは身綺麗にされているけど、父ちゃんはそうではない。だから、そういう変な臭いが普通だった。
だけど、この客はいい匂いをさせていた。それが、心地よい。
客は普通に椅子に座って、ニコニコと笑っている。そんな客の前にアタシは行く。いつもの通りに、客の膝に座ろうとした。
「隣りに座れ」
どこか、命令を馴れている感じだ。そう言われて、アタシは言われた通り、客の隣りに座った。
客はアタシを頭のてっぺんから足の先までジロジロと見た。これまで、手を出されるのが当然だったから、こうやって見られるだけなのは、馴れない。アタシは戸惑った。
「お客さん、ほら、好きにしていいから」
父ちゃんが客にいいながら、アタシを客の体に密接するように押した。
客はというと、アタシとは距離をとるように、少し、離れた。
「客引きに着いて来てみれば、こんなガキだなんて、聞いてない」
「この子を好きにしていいんですよ」
「好きにって、どういう事だ?」
「こんな小さい子に、悪戯することなんて、帝国では犯罪です。ですが、こちらは、金さえ払えば、黙っていますから」
「ふーん、そういうことか」
笑顔で、客は納得した。客はアタシの肩を抱き寄せる。
「ちょっと成長が足りないな。もっと食べさせろ。抱き心地が悪い」
「それは、まあ、仕方がないことです。ほら、俺は病気だから、大した金も稼げないですし」
「このガキが金を稼いでいるじゃないか。さっき、俺は十分な金を払ったぞ」
「こういうことをするには、それなりの所に上納金を払わないといけない。それがバカ高いんですよ」
「俺は、もっとこう、柔らかいほうがいいな。こんなガリガリなのは、抱き心地が悪い」
「俺も、そうしてやりたい!! 俺の体が病気でなければ!?」
「可哀想だな。じゃあ、俺がこの子どもを買ってやるよ」
「………は?」
「いくらだ? お前も子連れでは生きていくのも大変だろう。だから、俺がこの子どもを買ってやる。いくらか言え」
「い、いや、しかし、俺の、たった一人の家族ですから!!」
上ずった声で父ちゃんはいう。
客と父ちゃんの会話を聞いていても、アタシはよくわからない。ただ、父ちゃんが嬉しそうに笑っているのだから、アタシも嬉しくなる。いい事が起きているんだ。
「この子どもが気に入ったんだ。いい値段で買ってやる。こう見えても、金はあるんだ」
そう言って、懐から金貨の入った袋をぽんと出した。その音に、父ちゃんの目の色は変わる。慌てて拾って、中身を確認する。
「たった一人の家族だから、それでは足りないだろう。だから、残りの金貨をここに持ってくる。それまで、この子どもを連れて、どこかに逃げるなよ。逃げたら、ただでは済まさんからな」
「もちろんです!!」
「あと、もう店にも立たせるな。いいな」
「大事に、隠しておきます!!」
そうして、アタシは客に何もされず、店の奥へと連れて行かれた。
「あの、アタシ、今日は」
「大人しくしてろ、いいな」
「う、うん」
今夜もご褒美が貰えるかどうか心配だったが、父ちゃんが怖い顔をするので、飲み込んだ。下手なことを聞いて、ご褒美を貰えなかったら、がっかりだ。
だから、アタシは大人しく、店の奥で待っていた。そして、夜はいつもの通り、父ちゃんからご褒美を貰った。
次の日、早朝から、外は物々しくなった。
「一体、誰だ!?」
普段から、昼まで寝ている父ちゃんは機嫌悪く、外に出ていった。アタシも父ちゃんと同じ生活をしていた。父ちゃんの側で寝ていた。
何をやるにしても、アタシは父ちゃんのいう通りにしていた。父ちゃんは外に出て行ったけど、アタシは大人しく待った。そこから出ることすら、アタシは父ちゃんの許可が必要だった。
衣食住、全て、父ちゃんの言いなりだ。トイレ一つ、父ちゃんの許可がないと行けない。
外は騒がしい。父ちゃんの叫びのような声が聞こえる。だけど、アタシは、動けない。どこに行くにしても、アタシは父ちゃんに従わないといけない。
そうして、じっと待っていると、部屋のドアが開いた。
「ここにいましたか」
昨夜の客だ。地味な顔立ちはそのままだが、着ている服が違う。昨夜は、どこにでもいる感じの服を着ていた。だが、今、着ている服は、派手で、装いが高貴だ。
優しい笑顔を見せる昨夜の客。
「今日から、お前は私の養女です。金で買いましたから、お前は、私に絶対服従です」
だが、その口から出てくるのは、支配者の言葉だった。
だけど、アタシは常に誰かに支配されていた。頭の隅で、主人が父ちゃんからこの男になったんだな、程度である。
昨夜の客に手を引かれて外に出れば、父ちゃんが物々しい人たちに抑え込まれていた。
「この、離しやがれ!! おい、こいつらを吹き飛ばせ!!!」
父ちゃんの命令で、アタシは力を使う。途端、父ちゃんを抑え込んでいた奴らは吹き飛んだ。
父ちゃんは自由になるなり、アタシの腕を引っ張った。
「そいつも吹き飛ばせ!!!」
「はい」
頭の中では、やはり、父ちゃんが主人だった。主人は変わっていない。だから、昨夜の客に向かって、アタシは力を使った。
ところが、昨夜の客に、アタシの力が盗られてしまった。
「どうした!? はやく、あの男を吹き飛ばせ!!!」
「妖精憑きは帝国のものです。それを私利私欲で使うことは、罪ですよ。よりによって、私の前で使わせるなど、罪を認めたようなものです」
あの地味な感じだというのに、昨夜の客は嫣然と微笑む。その微笑みに、何か色香があり、父ちゃんも一瞬、飲まれた。
そうして、呆然としていると、隣りにいた父ちゃんは、人の目には見えない何かによって、地面に叩きつけられるように抑え込まれていた。その隙に、昨夜の客に似通った服を来た男たちが、アタシを父ちゃんから離した。
昨夜の客は、父ちゃんの頭を踏みつけた。
「金で解決してあげようとしたのに、別の飼い主を連れて来るとはな」
昨夜の客の視線の先には、いつも、父ちゃんから金を奪っていく男が捕縛されていた。真っ青になって、膝をついて、怯えている。
「それで、この娘の飼い主はまだいるのか? 話をつけないといけないから、教えてくれ」
「い、いえ、俺は、ち、違う!!」
「さっき、そう言ったじゃないか。先に金を払って買ったんだ、と。さらに、役人に訴えるぞ、とも言っていたな。ほら、騎士団を連れて来てやった。訴えろ」
昨夜の客がそう言えば、武装した、物々しい集団が前に出てきた。
「あんた、一体」
「私のこの服を見て、どこの誰かだとわからないとは、私もまだまだ、知名度が低いな」
父ちゃんをギリギリと踏みしめつつ、落ち込んだように溜息をつく昨夜の客。
「ハガル様、我々をここまで足を運ばせておいて、これはどういうことだ?」
物々しい集団で一番偉そうな男が、昨夜の客に向かって文句をいう。
「私は家族を持つことは出来ない。だから、養女をとることにしたんだ。だが、この娘の父親は病気で働けないと言っている。だから、金で解決をしようと考えた。しかし、ほら、非合法なことをしている。そこで、お前たちの出番だ!!」
「くだらん!!!」
一番偉そう男が激昂する。
「貴様は、帝国で二番目に偉い男だというのに、酒は飲む、女は買う、賭博はすると最低最悪なことをしただけでは飽きたらず、今度は、家族を金で買うだと!? どこまで最低最悪なんだ!!!」
「誉め言葉だ」
これっぽっちも、昨夜の客は反省しない。叱られているというのに、むしろ、喜んでいる。
「諦めてください!!」
「ハガル様には、諦観の気持ちで!!」
武装した男たちと昨夜の客と同じような服を着た男たちが、一番偉い男を止めた。そうしないと、今にも、昨夜の客は殴られそうだからだ。
「弱い家族を持っても仕方がないでしょう。弱い家族は私の弱点になってしまいます。だから、力のある者を家族にするのですよ」
「どういうことだ?」
「この子は、百年の才能の持ち主です」
「っ!?」
アタシにはわからない話だが、それだけで、この怖い大人たちは、昨夜の客を責めるのを止めた。
昨夜の客は、優しい笑顔を浮かべたまま、アタシを見下ろす。
「お前は、今日から私の養女です。そう決めました。来なさい」
「父ちゃんは?」
一緒にいるのが当然だった。いくら、主人が変わっても、父ちゃんは父ちゃんだ。
父ちゃんを見れば、嬉しそうに笑っている。アタシは、正しいことを言っているのが、これでわかった。今日も、父ちゃんからご褒美を貰える。
昨夜の客は、踏みつけたままの父ちゃんを不思議そうに見下ろす。
「私の側にいたら、すぐ、死んでしまいますよ。連れて行けません」
「じゃあ、アタシも行かない」
アタシは父ちゃんの側に座り込んだ。このまま離れたら、父ちゃんに罰せられる。だから、父ちゃんを踏みしめる昨夜の客を押した。
「やめないか!!」
それを一番偉そうな男がアタシを抱き上げて止めた。
「離して!!」
「死にたいのか!? この男は、気に入らないことがあれば、赤ん坊でも殺すぞ!!!」
言われた内容は理解出来ない。ただ、怖いというものだけを感じた。
「離してよ!!」
それは、怒鳴ったこの一番偉い男だ。怖い!!!
だけど、アタシの見えない力は昨夜の客に盗られてしまっている。どんなに念じても、アタシは自由にならない。
昨夜の客は、父ちゃんのことなんて見向きもしない。踏むのをやめたけど、見ていない。一番偉そうな男に抱き上げられるアタシを面白そうに見る。
「昔の私を見ているようです。いいですね、これは。教育しがいがあります」
手を伸ばしてくる。それにアタシは怯えた。頭を叩かれると思ったからだ。
だけど、昨夜の客はアタシの頭を撫でた。
「怖いのは仕方ありませんね。私の前では、全て弱者ですから。ですが、お前はこの国で二番目に強い存在となります。いつまでも、そこで怯えてもらっていては困る。下ろしてください」
「子どもに、そんな厳しいことを」
「お前が主となるのなら、そのまま抱き上げていればいい。だが、妖精憑きは帝国の物だ。帝国の真の支配者は皇帝だ。お前は、皇帝か?」
「そんなつもりで言ったんじゃない!! この子ども、何もわかっていないんだぞ」
「だから? 何も知らない、真っ白だから、簡単に大人に騙される。その騙す大人に、お前がなるのか?」
「私はそんなことしない!!」
「騙す大人は、私だ。そして、この子の主は、私の皇帝だ。この子を優しく甘やかすのは、皇帝の仕事だ。皇帝は、筆頭魔法使いのご機嫌取りがうまくないといけない。さあ、離しなさい」
不承不承と、アタシは下ろされた。それからすぐ、アタシの両腕に鉄の枷がつけられた。重いそれに、アタシはどっと疲れる。なのに、昨夜の客はアタシの手を握って、歩かせる。
「あの父親は忘れなさい。今日から、私が義理だが、父親だ」
そう言われても、アタシはわからない。昨夜の客の手を振り払って、父ちゃんの元に戻りたい。だけど、アタシの体は鉛のように重い。何か吸い取られているような感じだ。だから、ちょっと引っ張られるだけで、アタシは地面に膝をついてしまう。
「その程度で、倒れてしまうのですか。思ったよりも、貧弱ですね」
「ハガル様とは違いますよ。我々でも、その手枷一つで、それなりに疲れます」
「百年でも、やはり子どもですか。仕方がありませんね」
「ハガル様!?」
昨夜の客はその華奢な腕でアタシを抱き上げた。それに悲鳴のような声があがる。
「ハガル、無理をするな。お前は腕っぷしは貧弱なんだから」
「これくらいは、私だって持てます!! 若い頃は、弟たち、妹たちをこうやって抱きあげて、家につれ帰りましたよ」
一番偉そうな男が手を出すと、昨夜の客は伸びる手を払って、頬を膨らませて歩き出した。
周囲はとても心配していた。だけど、昨夜の客は、どんどんと歩いて行く。
アタシは、抵抗らしい抵抗が出来ない。ただ、遠ざかる父ちゃんを見るしかなかった。
父ちゃんは、何か話しては縋って、としているが、誰も父ちゃんの話に耳を傾けている様子はない。最後に見たのは、絶望で泣いている父ちゃんだ。
綺麗な通りに出た所で、馬車に乗せられた。アタシを膝に乗せて、昨夜の男は改めて、名乗った。
「私はハガルです。この国では、二番目に偉い男ですよ。あなたの名前を教えてください」
「なまえ?」
「そうです。あなたにも名前があるでしょう。父親からは、何と呼ばれていましたか?」
そう言われて、アタシは思い返す。
「おい、とか、こら、とか、おまえ、とか、呼ばれていた」
どれかが質問の答えだろう。
馬車には、昨夜の客であるハガルだけでなく、あの一番偉そうな男も一緒に乗っていた。アタシの答えに、驚いて、哀れみをこめて見てきた。
「名前がないのですか。それは、面倒臭いですね」
「お前が名付ければいいだろう」
「愛玩動物の名づけとは違います。まだ、この娘の役割を決めていません」
「養女にすると」
「帝国では、女の妖精憑きは魔法使いには出来ません。そう決まっています。女の妖精憑きは、裏方です。ですが、この子は百年の才能です。迂闊に裏方には出来ません。だから、養女にしたのです」
「だったら、どうするんだ?」
「男として育てます」
「養女にすると言ったじゃないか!!」
「言葉の上ではです。百年の才能の持ち主の上、女です。幸い、寿命は私よりも短いですから、私が責任をとれます」
「別に、女が魔法使いになってもいいだろう」
「女を魔法使いにしてはいけない理由があります」
「その、心が弱いとか、そういう話だったな。それは、男だってあるだろう。別に、女だけが弱いわけではない」
「あなたは女というものをわかっていませんね。もう少し、女と遊んだらどうですか」
「それとこれとは関係ないだろう!?」
「女遊びをしたこともないお前が、女を語るか。片腹痛いな」
見るからに嘲るハガル。それを悔しそうに睨み返す一番偉そうな男。だけど、言い返せない。
「仕方ない。まずは、この子の役割を先に決めてから、名づけだな」
「別に、名前はそんなに重要ではないだろう」
「生涯、その役割を演じてもらうこととなるかもしれない。この子には、いくつかの可能性がある。そのどれを与えようか」
品定めをするようにアタシを見るハガル。その視線は、たくさんの客から向けられていたから、馴れていた。
「まずは、私の皇帝と相談です。それまでは、名無しで、屋敷に閉じ込めです。立派な、家族ごっこをしましょうね」
「子育ては遊びじゃないんだぞ!?」
「遊びですよ。だって、この子は私が買ったんです。この子は、私の玩具です」
笑顔で言い切るハガル。それに苦々しい顔をする一番偉そうな男。だけど、言い返さない。
玩具とか、遊びとか言われても、アタシはわからない。ただ、父ちゃんのいう通りに動いているだけだ。遊びとかも、知らない。
だけど、不安はある。父ちゃんと離れてしまった。もう、父ちゃんからご褒美が貰えない。
「ねえ、父ちゃんには、また会える?」
父ちゃんのご褒美欲しさに、アタシはハガルに訊ねる。
「会いたいのですか?」
優しい声で、優しく微笑みかけて聞き返すハガル。今までの客の中で、ハガルは一番優しい。だから、アタシは安心した。
「うん、会いたい!!」
「病気だと言っていましたから、もう会えないでしょうね」
「ハガル!?」
「だって、そう言っていましたから。働けないほどの病気なのですから、そう長くないでしょう。ただの人は、すぐいなくなります。ちょっと目を離すと、いなくなっていますよ」
「それは、お前の常識だ。こんな子どもにお前の常識を押し付けるな!!」
「次に会えるとしても、五年後か十年後ですよ。死んでいるでしょう」
「………は? 一週間とか、そういう話じゃないのか!?」
時の長い短いをアタシは知らない。だから、アタシの上で、大人二人のやり取りを聞いていても、全くわからない。
「あなたは、わかっていませんね。帝国は、金を見せて、赤ん坊に儀式を受けさせて、妖精憑きを見つけ出します。そして、妖精憑きだった時に祝い金を両親に渡します。そうすることで、帝国は妖精憑きを両親から買い取っているのですよ。同じことを私はしただけです。金で買ったのです。あの父親は金を私から受け取ったんですよ」
「騙すようにしたんだよな」
「金を受け取りました。それで、売買は成立しました。私だって、赤ん坊の頃、何も知らないうちに、帝国に買われたのですよ。同じことをやって、いけませんか?」
「っ!?」
「まあ、私の価値は、あんなはした金額ではありませんでしたから、後が大変でしたけどね。私を両親から引きはがせなかったばかりに、帝国は、とんだ出費でしたね」
「この、性悪が」
「誉め言葉です。もっと言ってください」
貶されているというのに、ハガルは大喜びしていた。




